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635.転売屋は王都の影を見る

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「こっちに来てもう五日、早いものね。」

「そうだな。最初こそ色々あったが今日は特にすることもない。強いて言えば夕方にフェルさんの工房に行くぐらいだ。」

「いいや、することはあるぞ。」

「今日も食い倒れだろ?」

「うむ。この街はいいな、どこを歩いても美味い店がある。まぁ、たまにハズレもあるがそれを含んでも素晴らしいものだ。」

王都滞在五日目。

イベントは滞りなく終了し、後は滞在時間を有意義に使わせて貰っている。

つまり観光だ。

昨日はマリーさんの案内で王都の観光名所を巡り、大聖堂のステンドグラスや城壁の上から見る夕日を背にした王城などまるで絵に描いたような景色を堪能させて貰った。

いやー、凄いわ。

元の世界にも素晴らしいものはたくさんあるけれど、この世界の技術はまた別物。

魔力を介した芸術品はどれも見たことのない美しさを称えている。

「ディーネ様は本当に食べることがお好きですね。」

「ダンジョンの奥底では魔力を摂取する事しかしないからな、たまにはこういうのも悪くない。」

「ってことで、今日も夕方までは食べ歩きよ。いい店を見つけたの、一緒に行きましょう。」

「ハーシェさんは?」

「大丈夫です。」

「私も問題ありません。ですが途中で取引所によっていただければ助かります。」

観光ばかりになったとはいえ、仕入れの仕事を忘れてはいけない。

こちらで得た軍資金を元手に、今度は街に持ち帰る用の素材や商材を買い漁っている。

ちなみにアレから魔石関係の問い合わせはない。

わざとなのかそれとも本当にないのかはわからないが、とりあえず様子見だ。

あの感じだと間違いなく何か仕込んでくる。

なんせラウドーン家といえば国内に複数の魔石鉱山を持つ大貴族。

その次期当主様が直々に挨拶に来たのは偶然ではないだろう。

国王陛下とディーネ達の庇護があるので強引なやり方はしてこないが、水面下で色々と動いているのはアニエスさんが掴んでくれている。

マリーさんに危害が加わらないようかなり敏感に反応してくれているのがありがたい。

しっかし、面倒といえば面倒なんだよなぁ。

なりたてのひよっこが、大人に狙われているようなものだ。

王都を離れて何かしてこないとも限らない。

ここを出るまでにはある程度の決着を付けておきたいんだが・・・。


「ここか?」

「そ!裏通りなんだけど、味は表通りにも負けないんだって冒険者に教えて貰ったの。」

「彼らの紹介なら間違いないでしょう。正直に言いますとお上品な味に飽きてきた所です。」

「あー、それはわかる気がする。」

王城での食事はどれも素晴らしい。

そして美味い。

だが、やっぱり綺麗過ぎて薄かったりパンチが足りなかったりするんだよなぁ。

俺達はやっぱり貴族ではなく庶民だ。

冒険者達が好きな味がやっぱり口に合うんだろう。

「いらっしゃい。」

「五人だけど、いける?」

「奥のテーブルを使いな。」

恰幅のいいオバちゃんが顎で店の奥を案内してくれる。

いいねぇ、こういう雑な感じ。

ぞろぞろと移動すると、機嫌悪そうな顔をしてオバちゃんがやってきた。

「どうしたんだ、随分と難しい顔してるが。」

「美人を侍らしている兄ちゃんには関係ない話さ。」

「そりゃ失礼した。エリザ、任せた。」

「おっけー!それじゃあねぇ、まずはボアの巨大ステーキ10人前とそれからワイルドカウのシチューが同じく10人前、それからパンが人数分と、あ!サラダは山盛りで!それから・・・。」

「ちょ、ちょっとまっとくれ!それ全部食べるのかい?」

「当然じゃ。間違いなく足りぬから追加注文も頼むぞ。ただし作り置きは許さんからな。」

「はぁ、見た目以上に食べるんだねぇ。」

あまりの注文量にオバちゃんが目を丸くしている。

いや、食うのはこの二人だけで俺達は普通だ。

最後に飲み物の注文を通してオバちゃんは去っていった。

「気になるな。」

「え、不機嫌だったこと?」

「いくら裏通りの店とはいえ、あんなに露骨に機嫌が悪い顔で接客しないだろう。まぁ、考えすぎってだけかもしれないが。」

「確かに、大量に注文しても嬉しそうじゃありませんでしたね。」

「そうなんだよなぁ。コレだけの大口注文だ、面倒かもしれないが金になるなら喜ぶだろう。なのにそうじゃなかった、なんていうか別の事に気が行っている感じだ。」

これも俺の思い込みで、ただ単に機嫌が悪いだけかもしれない。

それにオバちゃんの言うように俺には関係のない話だ。

下手なことに顔を突っ込んで面倒なことになって来ているだけに、旅行中ぐらいはおとなしくしておく方がいいだろう。

しばらくして飲み物と料理が運ばれてきたものの、オバちゃんの表情は変わらないままだ。

エリザの情報どおり飯はどれも美味く、久々の濃い味付けに思わず食べすぎてしまった。

「あー、食った食った。」

「美味しかったでしょ?」

「あぁ、間違いなかったな。ディーネも満足か?」

「満足といえば満足じゃが。」

「どうした?」

「向こうの壁から感じる視線が気になるのぉ。恐らくは童か、それとも犬コロか。」

ディーネの視線の先は壁。

だが良く見ると木製の壁には小さな穴があいていた。

ここからではよく確認できないが、光が動いている所から察するに向こう側に何かがいるのは間違いない。

「子供か。」

「大方我々の食事を見て指を咥えて見ておるのだろう。ずいぶんと弱弱しい魔力じゃ。」

「これだけ大きな街だもの、孤児ぐらいいるわよ。」

「裏通りの奥には貧民街もあるそうです、取引所でも近づかないようにといわれました。」

「悲しいですね。」

「誰かが儲ければ誰かが損をする。世の中そういうもんだ。」

その儲けの上に俺がいる、きれいごとなんて言うつもりはない。

壁から視線をそらして食後の果物に手を伸ばす。

「お気に召してもらえたかい?」

「おかげさんで大満足だ。随分と機嫌が良くなったみたいだな。」

「まぁね、さっきは悪かったよ。お客の前であんな顔するもんじゃない。」

「大丈夫だ気にしてない。」

先程とはうってかわって上機嫌なオバちゃんが水差しを持ってやってきた。

憑き物が取れたような顔。

それと時を同じくして、悲鳴に近い物音が壁の向こうから聞こえてきた。

その途端にまた不機嫌な顔をするも、それもすぐに戻る。

「追い払ったようじゃな。」

「何の話だ?」

「こっちの話だ。こういう場所じゃ粗暴な輩も多いだろう、大丈夫なのか?」

「うちのことを気に入ってくれている冒険者も多いからね、皆が守ってくれているのさ。お礼にうちは美味い料理をたんまりと食わせてやるんだ。」

「持ちつ持たれつってやつか。追加でさっきと同じだけパンに何か適当にはさんでくれるか?それも一緒に会計を頼む。」

「あいよ、任せときな。」

俺は腹いっぱいだしこれ以上食べる気もないのだが、まぁ気づいてしまった手前なにもしないってのもアレだ。

皆、俺が何をするのか気づいているようだが何も言わない。

会計を済ませ大量のパンを手にそのまま店の外へ、そして先程の壁の裏手へと向かう。

そこには泥だらけだが恐らく人であろう小さい塊が転がっていた。

「子供が!」

「ハーシェさんダメよ。」

「でも!」

「治療するぐらいは良いだろう。ったく、ガキでも容赦しないのか。」

「世の中弱肉強食、弱ければ死ぬ、それだけじゃ。」

もちろんそれはわかっている。

わかっているが、頭から血を流してぐったりする子供がいれば何もしないわけにはいかないだろう。

ハーシェさんとミラが駆け寄り、服が汚れるのも気にせず抱き上げる。

頬には殴られたようで赤く腫れあがり、頭からは血が流れている。

腹部は蹴り飛ばされたんだろう靴跡が黒々とついていた。

そんな状況ではあるのだが、どうやら息はあるようだ。

生きているのを確認するとミラがすぐにビアンカお手製のポーションを取り出し、惜しむことなくふりかけ、最後に口にふくませる。

見る見るうちに頬の腫れが引いていくのがわかった。

「恐らくはこれで大丈夫でしょう。」

「そうか。」

「どうされますか?」

「どうもしない。これは単なる気まぐれで、ただ単に気持ちを落ち着かせるためのものだ。介入する気はない。」

「そう、ですよね。」

呼吸が落ち着き、寝息を立てる子供。

よく見ると男の子のようだが、年の割に随分と痩せこけている。

腹を空かせあの隙間から中を覗き込んでいたのだろうか。

やるせない気持ちがこみあげてくる。

「奥にまだ何人かおるようじゃな。」

「動けるなら問題ないだろう、行くぞ。」

抱えるようにして持っていたパンを彼の近くに置き、その場を離れる。

ミラとハーシェさんは何度も後ろを振り返ってはいたが、俺達には何もできない。

小さい街なら孤児院に金を落とすなり、仕事を回すなりして支えることが出来る。

でもこれだけ大きな街となるとそうもいかない。

ディーネの言うように、弱肉強食。

弱い者は死ぬだけ、それがこの世界の決まりみたいなものだ。

セーフティーネットはあってないようなもの、それを使えるのはそれを知る者だけで、あのような子供たちが知ることはない。

「随分とつらそうじゃな。」

「そうでもないさ。」

「てっきりお金も置いていくのかと思ったけど、そこは我慢したのね。」

「それで救われるのは一瞬だ、下手に手を出した所で俺程度じゃどうにもできない。貴族なんかになってもな。」

「そうね。彼らが強くあってくれることを祈るわ。」

エリザはよくわかってる。

もちろん俺もわかってはいる。

エドワード陛下程の人がいてもなおこのような状況が生まれるんだ、俺みたいなのがいくら頑張った所でどうしようもない。

「長居は無用だ、今日はさっさと帰ろうぜ。」

「そうですね。」

「私はもう少し食べたいんじゃが、致し方あるまい。」

「ミラ、行くわよ。」

角を曲がる最後の瞬間までミラは後ろを振り返っていた。

その目には何が映っていたのか。

それは本人にしかわからない。
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