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630.転売屋は絡まれる

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巨大な広間にはきらびやかな衣装を身に纏った人がいたるところで談笑していた。

一目で一般人とは違うと分かる。

着ている服もさることながらその雰囲気が違う。

こんな場所に招待されるぐらいだ、かなりの身分なんだろう。

そしてそんな場所の隅の方で静かに、いや豪快に飲食をする俺達。

奇異の目を向けられるのにもすっかり慣れてしまった。

声をかけてくる人はおらず皆遠巻きに見てくる程度。

てっきりちょっかいをかけてくると思ったんだが、それは杞憂に終わったようだ。

「美味いな!」

「ね、このお肉なんて見た目の割にとっても柔らかいわ。味付けも濃くないし、ハーシェさんでも食べられそう。」

「後でいただきますね。」

「ミラは?」

「私もあとでいただきます。」

「後でって言ってたらなくなっちゃうわよ。」

「そうだぞ、我々が全て食べてしまうからな。」

「あぁ、好きなだけ食べろ。なんせタダだからな。」

奇異な目を向けられる原因の半分は、エリザとディーネのあの食べっぷりだろう。

大量の肉をさらに盛り付け、いや直接さらに乗せてもらって戻ってきてはまた皿を空っぽにする。

その繰り返し。

広間の端の方にはたくさんの料理が並べられ、これまた大勢の料理人が一生懸命に料理を作っている。

ビュッフェスタイルってこの世界でも普通にあるんだなぁ。

食べ放題とか始めたら元は取れるんだろうか。

金額次第では可能かもしれないが、その為には色々と準備が必要だろう。

「シロウ様は食べなくてよろしいのですか?」

「二人と一緒で見ているだけでお腹いっぱいだ。」

「ふふ、分かります。」

「この中で見たことのあるやつはいるか?」

「生憎と王都の貴族とは縁がありませんでしたので。そういえばイザベラ様とウィフ様の姿が見えませんね。」

「呼ばれていないと考えるべきか。そこから察するに王家に近い貴族の身が集められているって感じだな。」

「確かに、それならちょっかいをかけてこないのもうなずけます。」

こんな場に呼ばれている一般人な時点で王家に所縁があると察することができるだろう。

それをわかって喧嘩を売りに来るやつはいないということだ。

余程のバカか、恨みが無ければな。

「失礼ですが、そこにおられるのはシロウ様ですかな?」

「ん?俺か?」

「えぇ貴方以外にいないでしょう。」

『確かにシロウだが、まずは名乗るべきじゃないのか?』と言いたくなる気持ちをぐっと抑え、静かに頭を下げた。

「あぁ、そうだ。」

「噂の買取屋とこんな場所でお会いできるとは、はるばる地方から来るのは大変だったでしょう。」

「そうでもない、船も馬車も全て用意してもらったんで快適だった。」

「どのような用件で呼ばれたのかは存じませんが、あまり大きな顔はされないことですね。本来この場所はここは貴方のような庶民の来る場所ではないのだから。」

背が低く小太りでちょび髭、ちなみに頭の若干てっぺんが薄いいかにも金持ってますって感じのオッサンが両サイドにセクシーなお姉さんを侍らせての登場だ。

わざわざそれを言いにここまで来たのか。

ふむ、俺の女たちのほうがスタイルも見た目も勝ちだな。

「ご忠告どうも。だからこうして隅の方で大人しくさせてもらっているんだ。」

「ならお連れの二人にも注意しておくといい、国王陛下のお言葉を前にあんなにも野蛮に食事をするなど恥じるべきだ。」

「別に騒ぎもせず食事を楽しんでいるに過ぎない、食事をしてはいけないという決まりがあるのなら先に告知するべきだと思うが。それにリング様からは、先に食事を楽しむようにと言われている。お名前を聞かせてもらえるだろうか、あの人に伝えておこう。」

「け、結構だ。くれぐれも粗相のないようにしてくれたまえ。」

それだけ言うとオッサンは再び広間の人ごみの中へ消えていった。

リングさんの名前を出した途端に顔色が悪くなったな。

ってことは、こいつはただの貴族で王家とはそんなにも近しいわけじゃないのか。

文句を言いに来る当たり根性があるのかもしれないが・・・。

「アナタ、始まるようです。」

ハーシェさんの言葉にハッとわれに返ると、壇上にいかにも偉い!って感じの人が現れた。

「静粛に、エドワード陛下のお言葉です。」

先程までの喧騒が一瞬にして静まり返る。

全員の視線一身に受けながらエドワード陛下が壇上に現れた。

「今日は急な呼びかけにもかかわらずよく来てくれた。暦一つ前の夏、我が最愛なる息子ロバートがこの国の平和を祈りながら命を失った。アレから12ヶ月、我々は喪に服し彼の冥福を祈り続けた。しかしあの子ならこういうだろう、いつまでもうつむくべきではないと。強く、そして優しい子だった。今宵この場を設けたのは、我々の新たなる一歩を見せるためだ。平和な世とはいえ、国民の中には飢えや病に苦しむ者もいる。怪しげな薬に苦しみ、罪なき者にその毒牙を広めんとする者もいる。彼らを救い、そして我らの国を荒らす者共に鉄槌を下すべく皆に集まって貰った。我らが愛すべき祖国を守る為にどうか力を貸して欲しい。我が息子ロバートに誇れる国にしようではないか。」

芯のある太く通る声が俺達の心に響く。

そうか、あれから12ヶ月も経つのか。

早いものだなぁ。

ロバート王子が亡くなり、マリーさんがこの世に生を受けた。

本当の自分を手に入れて。

そして、一年がたった頃その身に子供を宿したわけだ。

そりゃ陛下からしてみれば喜びもひとしおだろう。

名目上はロバート王子の喪に服すのを終えようという内容だが、実際は孫が出来たぞ!という祝いの席。

その証拠にどの料理にも縁起のいいものが使われていた。

この世界でも赤と白は祝いの色のようだ。

「そして、もう一つ皆に伝えることが在る。節目でも在るこの良き日に、我は一人の男を呼び寄せた。愛すべきロバートが心を許した数少ない友人であり、またこの国で猛威を振るっている例の薬草、それを売りさばく売人を見事捕まえて見せた男だ。シロウ、こちらに来い。」

は?

陛下が俺に向かって手招きをするのと同時に、陛下に向かっていた視線が全て此方に向けられる。

先程までの静寂が嘘のように、周りがざわめきだした。

「呼ばれてるわよ。」

「わ、わかってるって。」

「早く行きなさい。」

全身がまるで石のように固まってしまった俺の背中をエリザが軽く押してくる。

たたらを踏みそうになるのをグッと押さえ、モーゼの如く割れた広間を俺はゆっくりと歩き出した。

見られていないのをいい事に、陛下がニヤリと俺に向かって笑う。

全身に突き刺さるような目、目、目。

様々な感情が混ざった目線に心がつぶされそうになるも、なぜか足だけは止まらなかった。

壇上へと登る段に足をかけると、あろうことか陛下自身が俺に向かって手を差し伸べた。

「慣れない場に呼び出して申し訳ない。だが、ロバートの事を思えばお前を呼ばないわけに行かなかったのだ。あの時のお前やローランドの献身はわが子を亡くしたばかりの私にはとても力強かった。そして此度の成果本当に見事だ。お前のもたらした情報によりこの国で苦しむ者達の治療は大いに前進したのは間違いない。その成果に報いるべく、今日この時ををもってお前に名誉男爵の位を授ける。もちろん受けてくれるな?」

今、なんていった?

名誉男爵?

つまりどういうことだ?

俺は慌てて女達の方を見たが、ミラは目を見開きハーシェさんは口元に手を当てて震え、エリザは真顔で頷きディーネはどうでもいいと飯を喰らっていた。

ちなみにリングさん、ならびにマリーさんとアニエスさんの姿はない。

援軍はなく、再び視線を戻すと陛下はまっすぐに俺を見てくる。

万事休す。

コレを断るのは流石に無理だよなぁ。

「つ、謹んでお受けいたします。」

「そういってくれると思っていた。この決定に異のある者はこの場で手を上げよ!」

いやいやさすがにそんな強者はいないだろうと、俺の背後を見渡すエドーワード様を見ながら思う。

「お、恐れながら申し上げます!」

とか思っていたらいたわ。

ゆっくりと振り返ると、先程のチビデブちょっとハゲのちょび髭オッサンが震えた手を挙げている。

うぅむ、俺が思っている以上に強者だったようだ。

「申してみよ。」

「此度国を脅かしております薬草ですが、我らが聖騎士団を含め多くの者達がその正体を突き止めるべく奔走しております。しかしながら、地方の末端売人を捕まえた程度で名誉男爵の地位を授けるのはいかがなものでしょうか。そのような前例を作れば、王都(ここ)で売人を捕まえるたびに爵位を授与する必要が出て参ります。爵位とは本来貴きもの、ご一考いただけませんでしょうか。」

「ふむ、ドゥルジ卿の意見ももっともだ。確かにシロウの功績がそれだけであれば一考する必要もあるが、実際には他にも多数の功績を上げている。散逸した呪われし遺物の蒐集、違法な売買人の告訴、ダンジョンの氾濫を冒険者を率いて止めたのもまた誇るべき功績だ。最近ではお前たちも掃除道具や宝飾品で世話になっているのではないか?我らが生活を向上させ、国の為にこれだけ奉仕した者を報いないのは如何なものかと思うが。どう思うドゥルジ卿。」

「そ、それは・・・。」

「それともなにか。平民如きがこの場にいることが不服だとは申すまいな。」

「め、滅相もございません。そのような事情があるのでしたら爵位を授かるのも当然かと思われます。」

「わかってもらってなによりだ。今回の件は決してロバートに近しい者だから授けたわけではない、それに見合う功績を上げているからこそのものだ。それを理解してもらいたい。もっともそれ以上の功績があるのであれば別の褒章も考えねばならんがな。」

ここまで言われて文句を言えるやつはいないだろう。

流石のオッサンも引き下がるよりなかったようだ。

さて、せっかく壇上に呼ばれたわけだしこのタイミングで渡してしまうとしよう。

「エドワード陛下、一つよろしいでしょうか。」

「どうしたシロウ。」

「我が領主ローランド様より親書を預かっております。直接渡すようにと言われておりますが、鑑定の結果何か仕掛けが施されている模様。いかがしましょうか。」

「ローランドか。なるほど、あいつらしい余興ではないか。かまわん、こちらに渡せ。」

「かしこまりました。」

直接渡せと言われていたのをさっきはすっかり忘れてしまった。

本当は他にも渡したいものがあるのだが、それはプライベート用なのでまたの機会だな。

懐から親書を取り出し直接手渡す。

これで俺の仕事は終わりだ。

開封しようとしたところで、慌てて文官らしき人が駆け寄ってくる。

「陛下、この場で開けるのはおやめください。もし何か仕掛けられていたら、それでも開けると仰るのであればせめて我々が開封致します。」

「この蝋封に魔封は間違いなくローランドのもの。もし害意のあるものが仕掛けられていたのであれば奴の宣戦布告と思えばいい。親書を届けたシロウの首を送れば大人しくもなるだろう。もっとも、奴がそんな大それたことをするはずがないとも断言できる。わざわざ友人が託した手紙を他人に開けさせるつもりもないしな。」

文官の提案を断り、ゆっくりと開封していくエドワード殿下。

封が外されたその瞬間。

「むっ。」

「陛下!」

手紙からかすかに白い煙が噴き出した。

が、それも一瞬の事。

兵士が駆け寄る前に陛下がそれを制し、煙もすぐに収まった。

「まったく、冗談が好きな男だなあいつも。皆のもの心配するな、ただの香だ。」

笑いながら手紙を取り出し目を通しはじめる。

まったく何してんだよあの人は。

もし害のあるものだったら俺の首が飛んでたんだぞ。

まぁ、そういう人じゃないとご本人が言っていたわけだけどもしもっていう可能性もある。

エドワード陛下はよっぽどローランド様と親しい関係なんだろうな。

「うぅむ。シロウ、ここに書かれていることは誠か?」

「と言いますと?」

「ダンジョンで大量の魔力結晶が見つかった。そしてそれをお前に教えたのはダンジョンに住まう古龍、ディネストリファだというではないか。」

「いかにも。シロウに教えたのは私じゃ。」

自分の名前が呼ばれ先程まで肉を喰いまくっていたディーネが返事をした。

偉そうにいうものの、口の横にはソースが少しついている。

まったく、誰か拭いてやってくれ。

「ディネストリファだって?」

「あの四古龍の一匹、まさか。」

「王家の守り主ガルグリンダム様の妻だというはなしではないか。そんな古龍がなぜあのような平民の男に。」

「声が大きいぞ、今はもう名誉男爵だ。」

見た感じはただの小娘。

しかし、その本性はダンジョンに住む肌荒れが気になってきた古龍ディネストリファその人だ。

「手紙にはこうも記されている。『古龍が授けし魔力結晶は全て王家に献上する。その代わりに彼女の庇護を受け発見に貢献したシロウに然るべき報酬を与えてほしい』とな。金貨1万枚もの魔力結晶を全て王家への手土産とするか。シロウ、相変わらずお前は無欲な男よなぁ。」

いやいや、発見したのは俺だけどその権利を有するのはローランド様だ。

その人が全て献上するといったんだから褒められるべきはあの人であって俺じゃない。

なのになんで俺の手柄になっているんだ?

大笑いするエドワード陛下を前に俺はどうすることも出来ず立ち続けるしかできなかった。
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