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612.転売屋は顔を見に行く

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「すみませんお忙しいのに。」

「たまにはこういう時間も必要だ。っていうか息抜きがしたい。」

「色々と準備が大変そうですね。」

「まぁなぁ、行くと決めたからには万全を期して向かいたい。」

「まるでダンジョンに潜るみたいですね。」

「俺からしてみれば似たようなものだ。冒険者の戦う相手が魔物なら、俺は人間が相手。丸腰で行けば骨までしゃぶられそうな場所だしな。」

王都と聞けば大きく華々しい場所だと思うのが普通だが、俺からしてみれば新しい市場であり、そして同業他社のひしめく場所でもある。

買取屋なんてやっているが元はただの転売屋。

良い物を安く買い高く売るのが俺の仕事。

鑑定スキルさえあれば誰にでもできるだけに同業他社は山ほどいるだろう。

皆儲けを出そうと血眼になって獲物を探している。

そういうイメージが俺の中にはある。

そんな場所に飛び込んでいくんだ、準備も入念になるだろう。

とはいえ、連日それでは疲れてしまうので今日はアネットと共にビアンカのいる隣町まで向かうことにした。

表向きは現状確認と不在時の打ち合わせ。

でも実際はただの休憩だ。

温かな風に吹かれながらアネットの操る馬車に揺られる。

このままいけば後二時間ぐらいで到着するだろう。

「少しお休みになられますか?」

「そうさせてもらおう。膝、借りるぞ。」

「どうぞごゆっくりお休みください。」

柔らかな太ももの感触を感じながら、小刻みに揺れる馬車の振動にいざなわれるようにして俺は夢の世界へと旅立つのだった。

「ご主人様到着しましたよ。」

「お、もう着いたのか。」

「思った以上に早くつきました。」

「アネットの日ごろの行いのおかげだな。」

「馬が元気だっただけですよ、きっと。」

「さてっと、まずはビアンカの所に顔を出してそれからアイルさんの所か。」

「先に顔を出さなくてもよろしいのですか?」

「今回は行商しに来たわけじゃないからな。一応荷物は積んでいるがこれはついでだ。」

いつもなら薬品や加工素材・工業製品などを持ち込み、代わりに薬草や食べ物などをやり取りしているのだが今日はそれ用に仕入れを行っていないので、主にアネットの薬と手元にあった素材を少量運んできた程度だ。

なんせ今日は打ち合わせをしに来たわけだし、儲けは二の次。

っていうかたまにはそういうことを考えずに過ごしたくなっただけなんだけども。

「わかりました。では一度停車場へ移動しますね。」

ギルド協会の前ではなく宿の停車場に馬車を止め、主人に一声かけてからビアンカの店へと向かう。

相変わらず静かな街だ。

皆、のんびりとしていて落ち着いた雰囲気が落ち着く。

始めて大きな街に出た時はあまりの人の多さに吐き気がしたものだ。

なんていうと田舎ものみたいだが、実際そうなのでこういう場所の方が何となく合うんだよなぁ。

将来はこういう場所で余生を過ごすのもいいかもしれない。

「あれ、お客さんが並んでる。」

「そのようだな。」

「何かあったんでしょうか。」

「見た感じ冒険者のようだ、少し話を聞いてみよう。」

ビアンカの店の前につくと扉の前には複数人の冒険者が列をなしていた。

腕利きの錬金術師ではあるがわざわざ並んで買う必要はない。

効果は市販のものとほとんど変わらないわけだし、並ぶ理由がわからないなぁ。

とりあえず一番後ろに並び前の男の肩を軽く叩く。

「なぁ、なんで今日はこんなに混んでるんだ?」

「ここなら特別な薬草があるって来たんだ、順番は譲らねぇぞ。」

「特別な薬草?」

「なんだよお前、そんなのも知らないで並んでるのか。」

知らないから聞いてるんだろうが。

そんなやり取りをしていると、ドタバタと足音を建てながら中から冒険者が出てきた。

いや、追い出されてきた。

「ですから、ここには特別な薬草なんてありません。あるのは普通の薬草だけ、危ない薬が欲しいのなら他をあたって下さい!」

「そんなはずない!絶対にあるはずなんだ、頼む分けてくれよ!」

「ですから何度も申しましたように・・・。」

「そんな言い訳はいいんだよ!おら、隠してないでさっさと出せ!」

追い出されたのは男女二人組、さっきまでは普通だったのに急に態度を変え男の方がビアンカの肩をドンとつき飛ばした。

「おい。」

「んだてめぇ!」

「俺の女に何してるんだ?」

「お前には関係ないだろ・・・俺の女だぁ?」

「こいつは俺の奴隷。で、俺はこいつの主人。人の奴隷を目の前でつき飛ばしておいて何様のつもりだ?他人の奴隷に危害を加えたら賞罰があるのを知らないわけじゃないよなぁ。出るとこ出てもいいんだぞ?」

一歩前に出ると同時に男が一歩下がる。

相手が冒険者だろうが酔っ払いだろうが、俺の女にちょっかいを出されてビビったままでいると思うなよ。

まぁ、後ろでアネットが凄い顔してる気配をビンビンと感じるからこそ強気に出れるわけだけども。

大切な友人を傷つけられて、俺がいなかったら殴り掛かってるところだ。

実は結構短気だからな、こいつ。

「お前が主人?じゃあアンタが持ってるんだよな、ほら、さっさと出せよ。」

「だから何をだよ。」

「薬草だよ!それも特別な奴、錬金術師なら持ってるだろうが。」

「そんなものあるわけないじゃないですか。」

「なんだてめぇ、女が適当なこと言うんじゃねぇ!」

「あー、イキがってる所悪いがこいつも俺の奴隷だからな。ついでに言うと腕利きの薬師だ。そいつが無いって言ってるのに何を根拠にあるというんだお前は。特別かそうでないかしらないが、ここには無いって言ったら無いんだよ。さっさと失せろ。」

「ね、ねぇ早くいこうよ。」

「けっ!女侍らせていい気になってんじゃねぇぞ!」

いやいやお前もそうだろうが。

男とのやり取りをしている間に、並んでいた他の冒険者たちが散り散りに去っていった。

まったく、なんなんだ?

「そうだ、ビアンカ無事か?」

「大丈夫です。すみません、助けて頂いて。」

「怪我はないのね、よかった。」

「とりあえず中に入って詳しい話を聞かせてくれ。さっきの感じじゃ初めてじゃないみたいだしな。」

幸い突き飛ばされただけで怪我とかはなさそうだ。

ひと先ず中に入り、閉店の札を出しておく。

これで邪魔者は入ってこないはず。

「今お茶を用意しますね。」

「あ、手伝う!」

「簡単でいいからな~。」

さっきまでは少し落ち着かない感じのビアンカだったが、親友であるアネットがいるおかげかいつもと同じ雰囲気に戻った。

仲良く話ながら台所で香茶の準備をしている。

その様子を横目に見ながら、俺の目線は家の外。

街の広間の方へと向いていた。

さっきの冒険者たちがまだうろついている。

様子をうかがっているのかは分からないが、報復するような感じではなさそうだ。

「お待たせしました!」

「クッキーも一緒にどうぞ、お口に合うといいんですけど。」

「ビアンカの腕は信じてるから心配するな、見た目だけで旨そうだ。」

「ビアンカはお菓子作りも得意なんですよ。」

「アネットだって得意じゃない。」

「私は作るより食べるほうが好きだけど。」

ビアンカを励まそうとしているのかいつもよりもテンションの高いアネットと共にお茶を頂く。

クッキーはやはりおいしかった。

「で、さっきのはなんなんだ?特別な薬草がとか言ってたが。」

「私もよくわからないんです。二日ぐらい前から急に冒険者が来るようになって、皆特別な薬草があるはずだからそれを売ってくれって。無いといっても聞いてくれない人が多いんです。」

「薬でもやってるのか?」

「そういう感じではなく、なんていうか焦っているような感じでしょうか。」

「借金に追われてるとか?」

「そんな感じです。」

金欲しさに薬草を?

たかだか銅貨15枚にしかならない薬草をあんなに必死になって集めるだろうか。

もう一つ、『特別な』薬草ってのも気になるよな。

ビアンカもアネットも薬草には精通しており、その二人が知らないとなると余程珍しいものになるんだろう。

でもそれはここにはない。

にもかかわらずここにあるはずだと冒険者がやってきている。

何のために?

「いまだウロウロしていることを考えるとまたこないとも限らない、か。とりあえずしばらくは店を閉めるなりして自衛するしかないな。急ぎの仕事はあるのか?」

「いえ、通常の製薬依頼だけです。」

「それなら屋敷の機材でも対応できるだろう、だよな?」

「はい!」

「ってことでしばらくは屋敷で仕事をするように。ここの警備はアイルにお願いすれば荒らされることはないだろうが、一応貴重品やら何やらを纏めておけ。俺は事情を説明してくる、鍵はかけておけよ。」

「わかりました。」

何がおきているかはわからないが、長期で街を離れるだけに面倒ごとは避けておきたい。

嬉しそうなアネットとビアンカを店に残し、ギルド協会へと向かう。

休暇のつもりで来たはずなのに、面倒なことになってしまった。
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