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607.転売屋は壺を買う

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「お、なんだこれは。」

「いらっしゃい。兄ちゃん良い物に目を付けたね。」

いつものように露店を見回っていると、古ぼけた壺を見つけた。

決して綺麗ではないが妙に引き付けられる壺だ。

「触ってもいいか?」

「かまわないけど壊さないでくれよ?」

「触るだけだ心配するな。」

触らないと鑑定できないんだよな。

ゆっくりと手を伸ばし、かさついた外側に手を触れる。

『幸せの壺。中にお布施を入れると幸せが訪れる。ただし、金額に応じて幸せが増えるわけではない。最近の平均取引価格は銀貨19枚。最安値銀貨1枚最高値金貨1枚。最終取引日は419日前と記録されています。』

「そいつの中に金を入れるとな良い事が起こるんだ。兄ちゃんも幸せになってみるか?」

「ちなみにどんな幸せなんだ?」

「美味いものが食えたり、物が売れたり、まぁ色々だ。」

「結構曖昧なんだな。」

「俺も最初はとびきり幸運が訪れると思って買ったんだが、気づけばこんな感じさ。幸せって何なんだろうなぁ。」

幸せとは何か。

そりゃ俺にもわからない。

美味い物を食べても幸せだし、女を抱いても幸せだし、幸せと感じるタイミングは結構多い。

それがこれを使う事でもっと増えたとしたら?

「いくらだ?」

「銀貨30枚。」

「いらね。」

「あー冗談だって、銀貨にじゅ、いや10枚でいい!」

「幸せの壺なのに安いんだな。偽物じゃないのか?」

「娘に誓って本物だ。あいつに新しい服を買ってやりたいんだ、頼むよ。」

「その言い方は卑怯だなぁ。わかった銀貨15枚で買ってやる。」

「本当か!」

本当は娘なんかいないかもしれないが、最近苦労する親を見るとつい甘くなってしまうんだよなぁ。

困ったもんだ。

代金を支払い代わりに古びた壺を手に取る。

鑑定スキルを見るに本物なんだろうけど、どうも眉唾物だなぁ。

壺の口に手を突っ込み、肩に担ぐようにして屋敷へと運ぶ。

「お館様おかえりなさいませ。おや、その壺は?」

「幸せの壺だとさ。」

「それはそれは。」

「興味ないのか?」

「お館様に買い上げて頂いた以上の幸せはございませんから。」

「なるほど。」

「これからもよろしくお願い致します。」

「引き続きよろしく頼むな。」

先日、夏に王都へ行くのを前にグレイス達を買い上げた。

最初はその気もなくレイブさんの店に向かったのだが、話しの流れで買うことになってしまった。

いやまぁ、元から買うつもりだったしお金もたまったのでそれは問題ないんだけども。

それを夕食の時にサラリと報告したら、あのグレイスが食器を落としかけるぐらいに動揺していた。

ハワードは厨房で男泣きするしキルシュとジョン、ミミィの三人は号泣だ。

何ともまぁ大変な夕飯になってしまったが、その後は夕食を歓迎会へと変更し改めて五人を迎え入れる運びとなった。

中途半端な派遣という身分ではやっぱり気持ちの入りようが違うからなぁ。

俺の、というよりもこの家付の奴隷としてこれからも尽くしてくれることだろう。

もっとも、5年ぐらいしたら奴隷ではなく従者として勤めてもらうことになるだろう。

グレイスも高齢とはいえまだまだ現役。

自由に出かけたりしたいだろうしな。

深々と頭を下げるグレイスの横を通りエントランスへ。

「あ、シロウ様。」

「おかえり。」

「二人一緒とは珍しい。そうか、今日は検診日か。」

「二人とも特に問題なかったわ。で、そのぼろい壺は何?またガラクタ買ってきたの?」

「ガラクタは言い過ぎだろう。まぁ、似たようなものだけど。」

「似てるんじゃない。で、何?」

「幸せの壺。」

「「幸せの壺?」」

二人の声が綺麗にハモる。

まぁその反応になるよなぁ。

「鑑定結果からも本物で間違いないらしい。お布施を入れると幸せが来るらしいぞ。」

「へ~、面白そう。」

「金額は決まっているんですか?」

「そういうわけではないらしい。ちなみに大量に入れたからって幸せが大きくなるわけではないらしいから期待するな。」

「ちぇ~。」

ポケットの中の小銭を全部入れようとしていたエリザが手を戻す。

せこいやつめ。

「シロウは試してみたの?」

「まだ。」

「え、なんで?」

「なんとなく。」

「ふ~ん、じゃあやってみていい?」

「おぅ。」

先程とは違い銀貨を1枚だけ取り出して壺の中へ。

カランと音がしたと思ったら、すぐにその音が消えてしまった。

ひっくり返してみるも出てこない。

「消えた?」

「みたいだな。」

「どんな幸せが来るのかしら。」

ソワソワと辺りを見回すエリザ。

そんな簡単に幸せが来れば苦労しな・・・。

「あ、エリザ様!今日の夕ご飯はエリザ様の大好きな唐揚げだそうですよ。アングリーチキンが大量に持ち込まれたそうで、ギルドから分けてもらったそうです。」

「ほんと!やったぁ!」

「今仕込んでいますからもう少しお待ちくださいね。あ、ご主人様おかえりなさい。」

大はしゃぎのエリザと信じられないという顔をする俺とハーシェさん。

その対比が不思議に見えたのかアネットが首をかしげる。

事情を説明すると今度はアネットが挑戦するそうだ。

「それじゃあ、行きます!」

ジャラジャラと銅貨が30枚程投入される。

やはり最初は音がするものの、しばらくすると何も聞こえずひっくり返しても出てくることはなかった。

「いったいどこに行くんだ?」

「神様が回収してるんじゃないの?」

「金を?何に使うんだよ。」

「さぁ、美味しい物食べるとか。」

確かに神様はいるようだが現金を欲しがるタイプではなかった。

むしろ自分で生み出すタイプだよな。

「何が起きるんでしょうね。」

「さぁなぁ。」

「きっと美味しいお酒が舞い込んでくるわよ。」

「お前じゃないんだから。」

アネットはエリザみたいに酒飲みではない。

そっち系ではないと思うんだが。

と、ガチャリと音がして玄関の戸が開き、グレイスとアグリが入ってきた。

「ちょうどいい所に。アネット様、アグリ様が参られました。」

「アグリさん!この間はどうでしたか?」

「おかげさまでアネット様の薬で熱が下がりました。今日はそのお礼に伺った次第です。」

「そんな、スカイビーンズもたくさん作ってもらいましたし気にしなくていいですよ。」

「そういうわけにはまいりません。こちら、息子が見つけてきた薬草です。お役に立ちますでしょうか。」

アグリが籠から取り出したのは真っ黒い草。

これでもかというぐらいに黒い。

これが生えていたら嫌でも視界に入ってしまう事だろう。

「わ!ブラックハーブ!どこでこれを!?」

「カニバフラワーの傍に生えていたようです。」

「珍しいのか?」

「魔物の血を吸う事で成長するハーブです。魔物の巣やダンジョンの中でもなかなか見つからないのに。」

「ちょいと失礼。」

『ブラックハーブ。魔物の血を吸い成長する珍しい薬草で、吸った血に含まれる魔力に応じて色が濃くなる。特に魔力の濃い血を吸ったものは漆黒となり、毒から薬まで様々な物に利用できる。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値銀貨1枚最高値銀貨66枚。最終取引日は30日前と記録されています。』

ちょん、と先に触れ鑑定スキルを発動する。

この色から察するにかなりの魔力を含んでいるんだろう。

さすがカニバフラワー、ダンジョンの外でこれを作り出すとは。

「うむ、かなりの品だな。」

「やっぱり幸運が訪れたわね。」

「エリザが食べ物でアネットが薬、ハーシェさんやってみるか?」

「私は結構です。」

「どうしてだ?」

「この子がいてもう十分幸せです、これ以上の物はありません。」

「グレイスと同じか。」

今が幸せなのでこれ以上は何も望まない、か。

幸せの定義は人によって様々だ。

エリザなんかは貪欲なタイプなのでもっともっととなってしまうが、そうではない人もいる。

俺?

どっちかっていうとエリザタイプなんだけど。

「じゃあ次はシロウね。」

「いや、俺もいい。」

「えぇ!?何でよ。」

「シロウ様も満たされているんですね?」

「正直に言うと満たされているわけじゃない。もちろん幸せだとは思うが、知っての通り金はいくらあっても欲しいと思うタイプだ。だがなぁ、これに金を入れて金をもらうってのもなぁ。」

「別にお金が出て来るとは限らないんじゃない?」

「他に欲しいものは何がありますか?」

欲しいもの、欲しいものねぇ。

全員の視線が俺に向けられる。

今俺が欲しいもの。

「休み。」

「言うと思った。」

「シロウ様はお忙しいですからねぇ。」

「アグリに言われたくないんだが?」

「いえいえ、私なんて畑だけですから。他にも色々とお仕事を抱えておられるシロウ様とは比べ物になりません。」

「とはいえ、いくら入れれば休みが手に入るんだ?金貨1枚か?10枚か?」

「金額じゃないんでしょ?」

「じゃあ銅貨1枚でいいか。」

「極端すぎるわよ。」

「いいだろ、金額じゃないんだし。それに十分満たされているし銅貨1枚分の幸せでも十分だよ。」

ポケットを漁るとちょうど銅貨が1枚残っていた。

それを壺に放り込んでみる。

カランと音がしたと思ったら、それはすぐに消えてしまった。

中身は空っぽ。

さて、何が起こるのやら。

期待と不安の混ざった時間が流れていく。

皆が息をひそめ静かにその時を待っていた。

そして、その時は訪れる。

コンコンと再び玄関の戸がノックされ、そしてゆっくりと開く。

俺の幸せ。

それは・・・。
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