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606.転売屋は具材を考える

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「流行るとは思ったが・・・。」

「まさかこんなことになるとは思いませんでしたね。」

「ちょっと!何ぼさっとしてるのよ、お米炊きあがっちゃうわよ。」

「だ、そうだ。」

「ひとまずここは俺が何とかしますんで、今のうちに新しい何かを思いついてください。」

「思いついてくださいって言われてもなぁ。」

ぽりぽりと首の後ろを掻きながら食堂を後にする。

いつもは静かな屋敷の中も今日に限ってはそうではない。

大勢の奥様方が廊下を小走りで駆け抜け、皆忙しそうにしていた。

「シロウ様。」

「もう少し待ってくれ、今何か考えている。」

「心中お察しします。しかしながら備蓄しておりました鮭のほぐし身は残りわずか、モーリス様のお店に眠っておりましたサワープラムも大好評で品薄です。ハワード様の海藻の煮詰めは間に合いそうですか?」

「ミラ様、そっちは間に合うと思います。たぶん。」

「ではアネットさんは引き続きハワード様の補佐をお願いします。今ハーシェ様が婦人会との連絡を付けてくださっていますので、もうすぐ向こうの調理場も使えるようになるでしょう。」

「悪いな、何もかもまかせっきりで。」

「いつもの事です。」

そう言いながらも表情はあまりよろしくない。

無理やり微笑むミラを抱きしめ、すぐに開放した。

「コレで元気になったか?」

「キスをしてくださればもっと頑張れます。」

「任せとけ。」

頬にではなく唇同士をしっかりと重ねあい、なんなら舌も絡ませながらもう一度強く抱きしめる。

ブルブルと電気が走るかのようにミラの体が震えたのがわかった。

力を緩めると名残惜しそうな顔をして俺を見つめてくる。

「さぁ、客は待ってくれないからな。もうひと頑張りだ。」

「頑張りましょう。」

去り際に尻の感触も堪能させて貰い俺も気合を入れなおす。

そう、客は待ってくれない。

俺達にできることはただひたすらオニギリを作ることだけ。

具材が足りないのならば作ればいい。

そのために俺は頭をフル回転させて、新しいネタを考えているんだ。

「オニギリの具材といえば鮭に梅に昆布、後は納豆とか牛カルビとかか。たらこ明太子系もあるが、こっちでは魚卵をあまり見かけないなぁ。あとは・・・。」

ふと食堂から香る出汁の香りに意識を向ける。

これは鰹出汁か。

ってことは、おかかが作れるな!

醤油を基本にしてビーンズオイルを入れて味変する手もある。

手間もかからないし数も作れる、コレはいける!

「エリザ!」

「呼んだ?」

「冒険者ギルドに行ってデブ豆の油を買ってきてくれ。10壷もあれば十分だ。」

「え、あのにおいの強いやつ?」

「アレは確かごま油みたいな味だったはず、それとボア肉の脂身部分も頼む。こっちは醤油であまじょっぱく味付けしたら美味いと思わないか?」

「絶対美味しい!」

「だろ?俺は食堂に戻る、後は任せた。」

「オッケー!」

廊下をうろついていたエリザを捕まえお使いを頼む。

とりあえずコレで追加の具材は三種類、おかかは比較的在庫もあるのでしばらくはもつはず。

「ご飯炊き上がりましたー!」

とか思っていたら、ミミィの元気な声が裏庭から聞こえてくる。

それを聞きつけドドドドという足音と共に、屋敷中の奥様方が裏庭へと向かっていった。

前言撤回、すぐに無くなるかもしれない。

巨大な釜で作る大量のご飯も、奥様方の人海戦術によってあっという間にオニギリへと形を変える。

そしてそれらはガキ共によって街の大通へと運ばれるだろう。

そこで行われている大食い選手権へと提供されるために。

何故こんなことになってしまったのか。

最初は豆ご飯が流行るはずだったんだ。

屋敷で出したスカイビーンズの豆ご飯は中々に好評で、中でもオニギリは手軽に食べられると大人気だった。

簡単に作れる上に美味いとなれば売れる。

そう考えた俺とハワードは早速翌朝市場で売り出してみた。

それはもう、売れた。

あっという間に初回投入分が売れ、コメの炊き上がりを待つ客で長蛇の列になってしまったぐらいだ。

オニギリ自体は前に流行っていたので皆にもすぐに受け入れられたわけだが、なぜかそれが、大食い大会へと変化してしまった。

どうせ冒険者同士でどっちが多く食べられるか競い合うことにでもなったんだろう。

そこまではいい。

それが何故、ギルド協会を中心としたお祭り騒ぎになってしまったのか。

犯人のめぼしはついているものの、それに使う具材作りに忙殺され追及することが出来ないでいるのが現状だ。

幸いコメはある。

無いのは具材だけなので、俺の知識と在庫ををフル稼働してここまでやってこれた。

最初は秋に手に入れたサモーン。

塩焼きにして身をほぐして中に入れたらウケた。

続いてモーリスさんの店に眠っていたサワープラム、まぁ梅干しだな。

それも追加したらウケた。

だがすぐに思いついたのはこれだけで、後は適当なおかずを入れてみたのだがウケが悪く、そのタイミングで大食い競争が始まってしまったというわけだ。

まぁハワードが思いついた昆布の佃煮もどきで対応出来そうだし、おかかと味付肉で急場はしのげるはず。

あとはそれを奥様方の作ってくれたおにぎりに詰め込めば出来上がりだ。

あの時ミラが奥様方を呼びに走り、婦人会とのパイプ役になってくれなかったら大変なことになっていただろう。

いや違う、そもそもなんで俺達がこんな面倒なことをしなければならないのか。

ただおにぎりを売るだけのはずだったのに。

「おのれシープめ。」

「呼びました?」

「お前、よくもまぁぬけぬけと顔を出せたな。」

「そんな怖い顔しないでくださいよ、皆楽しんでるんだからいいじゃないですか。」

「そういう問題じゃない。お祭り騒ぎを主導するなら自前で何とかするのが筋だろ?」

「お米はあっても中に入れる具材が無いんじゃ味気ないじゃないですか。でも、シロウさんにはそれがある。こうなったのも必然です。」

腕を組みうんうんと何度も首を上下に動かす羊男。

なにが必然だよ。

お前のせいで俺達がどれだけ大変だったか。

「よし死ね。」

殺意が膨れ上がり気づけば腰にぶら下げた短剣を抜いていた。

「ちょっと!刃物はまずいですって!」

「死んで詫びろ、それとも何か?今更ながら後はこっちがやりますと言いに来たのか?」

「いや、そういうわけでは。」

「じゃあ死ね。」

「わー!誰か!シロウさんがご乱心です!」

「自業自得じゃない。でも、これでも私の大事な旦那なので殺さないでもらえます?」

刃物を振り上げたところで素早く間に入った何者かに腕を掴まれてしまった。

さすが元上級冒険者。

申し訳なさそうな顔をしたニアが俺の腕をゆっくりと降ろしていく。

「旦那の管理はしっかりしてもらわないと困るぞ。」

「あはは、すみません。」

「で?今更出張ってきたギルド協会はどう落とし前をつけてくれるんだ?っていうか状況を説明しろ。」

「始まりはうちの若い冒険者(こ)がくだらない競争をした所からなんだけど、それがあっという間に広まって街のだれが一番数を食べられるかに変わっちゃったのよ。」

「で、競い始めたら誰かが審査をしなければならないわけで我々が出てきたというわけです。最初は冒険者限定だったんですけど、職人さんとかが俺にもやらせろって言いだしましてね。」

「それを許して大騒ぎになった。ばっかじゃねぇの。」

開いた口が塞がらないというか、飯はもっと落ち着いて食えと言いたい。

大食いは好きだが汚い大食いは嫌いだ。

現場は見ていないがさぞ大変なことになっているだろう。

作っている身としては美味しくいただいてほしいんだがなぁ。

「それもこれもシロウさんが美味しいおにぎりを作ったのが原因です。」

「俺が悪いのかよ。」

「豆ごはんで終わっていたらいいのに、サモーンにサワープラムなんて凄いのを投入しちゃうから。あれで終わりですか?」

「いや、あと三種類はある。」

「あはは、まだ終わりそうにないわね。」

「銅貨5枚のオニギリが今日だけで何個消費されるんでしょうねぇ。」

「ちゃんとカウントしてるんだろうな。」

「それがうちの仕事ですから。お代は終わった後にしっかりお支払いさせて頂きます。そうだ、ハーシェ様より伝言です。『お米はこっちで炊くので具材だけ運び込んでください。』との事です。」

どうやら話しがついたらしい。

これでこっちは具材づくりに専念できそうだ。

「了解した。で、お前が来た理由は?」

「シロウさんをおちょくりに、って冗談ですって!ニアも手を離さないで!」

「ごめんなさいシロウさん、こんな旦那で。」

「マジで何とかしてくれ。」

手を握られたまま大きなため息を吐く。

昔はもっと小難しいやつだったはずなのに、随分と変わったよなぁ。

「後でお灸を据えておくから。で、ここに来たのは具材調達のお手伝いの為よ。さっきエリザから聞いたけど追加素材が決まったんでしょ?後はそれを作る人手が必要になるはず、素材は私が、人材はこの人が用意するからシロウさんは具材づくりに専念してくれて大丈夫よ。美味しいの、期待してるわね。」

「材料費も人件費もそっち持ち、その上おにぎりの個数に応じた代金も支払われる。何が目的だ。」

「レシピ、公表してくれますよね?」

「それだけか?」

「お米が来たことでこの街の食事も随分と様変わりしました。目下の話題は新しいご飯のお供、シロウさんの両肩にそのすべてがかかっているというわけです。」

「おにぎりの具材だけで話しがでかくなりすぎだろ。」

「そうでもないのよね。お米の消費が増えたことで麦の消費は三分の二に低下、単価で言えばお米の方が高いんだけど確実に手に入るから安心なのよね。」

おにぎりの話のはずが、何故そんなにデカい話になるんだろうか。

コメが増えて麦が減ることで依存度が分散する。

そういう事なんだろうけど。

「凶作なのか?」

「今はまだわかりませんが、穀物地で病気が出たそうです。今年は高くなるかもしれません。」

「だから今のうちにコメを普及させて依存度を低下させ、値上がりに対応しようってわけだな。」

「西方とは話がついています、後は頼みましたよシロウさん。」

「責任重大すぎだろ。」

「私達にできることは何でも言ってね。」

「とりあず旦那に良く言い聞かせておいてくれ、この貸しは高くつくぞってな。」

「だって、聞こえた?」

俺とニアに睨まれ、冗談を言おうとした羊男の顔が引きつる。

やれやれ、何事もなくここまで来たが色々と大変なことになりそうだ。

「聞こえました。」

「よし。」

「お館様味見を頼みます!」

「お、向こうも出来たみたいだな。とりあえずコメの方は任せた、具材は任せろ。」

「お願いします。それじゃあニア、行こうか。」

逃げるようにして羊男が駆け出し、それをニアが追いかける。

今年は麦不足か、この夏は色々と大変かもしれないなぁ。

「ご主人様早く!」

「わかったって!」

そんな難しい事よりも今は目の前の用事を片付けよう。

醤油の香ばしい匂いに誘われるように、俺は食堂へと急ぐのだった。
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