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588.転売屋は誘惑される

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「さて、品物も売れたし今日はもう帰るとするか。」

「今日は随分調子がよかったな。」

「露店は久々だからな、そのせいもあるだろう。」

「サボりすぎなんじゃないかい?」

「色々と忙しいんだよ。でもまぁ、そうかもしれないな。ちょくちょく顔を出すようにはするさ。」

久方ぶりに市場に店を出すと持ち込んだ品々が飛ぶように売れた。

いつもはメルディやキキに頼んでいたのだが、やはり自分で店を出すと気分が違う。

自分で仕入れた武具を自分で売るのはやはり気持ちがいいな。

目の前で現金が動くのは稼いでいるっていう実感がある。

やはり俺は金儲けが好きだ。

「気をつけて帰れよ。」

「わかってるって。」

いつものようにおっちゃんとおばちゃんに注文を済ませて店を片付ける。

まだ日は高い。

もうすこし見て回ってから店に顔を出すとしよう。

何かいいものないものか。

荷物片手にウロウロと露店を見て回る。

半数は固定の出品者、残りの半分の半分が隔週ぐらいで来る人。

で、残りの半分がご新規って感じだ。

なじみの店も一応は見るがやはり大事なのは新規の店。

そういう店にこそ掘り出し物は眠っている。

とはいえ今日はあまりそういう店もなく、掘り出し物も見つけられなかった。

そんな日もあるだろう。

さて、そろそろ店に・・・そう思っていたときだった。

ふと路地裏に目を向けると、中々なスタイルをした女性と目が合った。

スラっとした長身で胸も尻もうちの女達に引けをとらない。

なにより色気がすごい。

あの目で見つめられるとどんな男でもつい声をかけてしまうだろう。

まるで獲物を狩る肉食獣、そんな雰囲気すら感じさせる女性だった。

あんな美人この街にいたかな。

そんな事を考えながら目線をそらそうとするも、なぜか目を離すことが出来なかった。

それどころかじっと見つめてしまう。

向こうもそれがわかっているのか決して目をそらすことなくこちらを見てくる。

ヤバイ。

体の中の何かがそう囁くが、やばいとわかってもどうすることもできないんだよ。

しばらくするとその女は反対を向き路地の奥へと消えていく。

その途端に体が軽くなったのがわかった。

「いったい何なんだ?」

思わずそんな独り言がこぼれる。

思わず追いかけようとしてしまったが、後ろから馴染みの冒険者に声を掛けられてしまった。

残念だ。

「シロウさん、どうしたんです?そんなにボーっとして。」

「いや、さっきあそこに偉い美人がいたんでな。」

「美人の奥さんがあれだけいてまだ足りないとか、さすがっすね。」

「そういうわけじゃないんだが・・・。」

「でもそんな美人なら見てみたかったなぁ。」

「追いかけるか?」

「まさか。生憎と女を買う金はないんで。」

女を買う?

どうしてそんな事を言うんだろうか。

「娼婦なのか?」

「え、違うんですか?そこの路地ですよね?」

「あぁ。」

「あそこは娼婦街への近道ですよ。たまに女があそこで客を待ってるんです。」

「それはしらなかった。」

「そりゃそうでしょ、シロウさんが女を買うなんて聞いたことありませんよ。」

俺も男だ、別に女を買わない訳じゃない。

エリザと出会ったのだって女を買う途中だったわけだし、竜宮館イチの娼婦とも知り合いだ。

そうか、レイラに聞けばいいのか。

「はは、そうだな。」

「でも気を付けてくださいよ、最近仲間が娼婦に金をつぎ込んで困ってるって話をよく聞きます。シロウさんなら大丈夫だと思いますけど。」

「少々では破産しない金はある、大丈夫だ。」

「いや、それはそうなんですけど・・・。」

多少痛い目を見たって金銭的には問題ない。

それよりもあの女の方が気になる。

冒険者と別れ、吸い寄せられるように路地へと足を向ける。

さすがに時間が経っているからかその女はいなかったが、あきらめがつかずそのまま奥へ。

そして気づけば竜宮館の前まで来てしまった。

入り口前で立っていると、俺に気づいたタトルさんが奥から出てくる。

「これはシロウ様、ようこそお越しくださいました。」

「久しぶりだな。」

「薬でしたらアネット様が先程持ってきてくださいましたが、何か御用ですか?」

「ここに随分と魅力的な女がいるはずなんだ。」

「はて、うちの女達は誰もが魅力的でございますが・・・。レイラをお呼びしましょうか?」

「そう、だな。そうしてくれ。」

「シロウ様直々のご指名です、飛んでくることでしょう。どうぞ中でお待ちください。」

わからなければ聞けばいい。

案内されるがまま上客向けの席に案内され、すぐに飲み物が運ばれて来た。

「どうぞ。」

「ありがとう。」

改めて冷静になると俺はどうしてここにいるんだろうか。

別に女を買うつもりはないし、レイラにだって用はない。

確かにあの女は気になるけれど今になれば顔も思い出せないわけで・・・。

出された水を一気に飲み干し顔を上げたその時だった。

先程の女が目の前に立っていた。

あまりの美しさに思わずたじろいでしまう。

美しい。

こんなに美しい人がいるのか。

綺麗だとか美人だとかそういうのじゃない。

美しい。

まるで絵画から飛び出たような美しさをしている。

「何か?」

「いや、美しいと思ったんだ。」

「お上手ですね。」

「上手なんかじゃない、本当にそう思っている。」

「男はみんなそういうんです、誰にでもそんな事を言っておられるのでしょう?」

「いいや、そんな事はない。こう思うのはき・・・。」

「ちょっと!うちのシロウ様になにしてんのや!」

突然聞こえてきた怒鳴り声にハッと我に返る。

俺は今いったい何を言っていた?

思い出そうとするも頭の中に霧がかかったような感じでついさっきの事も思い出せない。

ドカドカと凄い足跡を響かせながらレイラが来たかと思うと、飛び込むようにして俺の上に乗ってきた。

柔らかな太もも胸が押し付けられる。

中々のボリュームだ、でもさっきの女の方が・・・。

あれ?

さっきの女の方がなんなんだ?

「レイラさん、お客様の前ですよ。」

「それがどうしたんや、この人はそんなの気にせーへんわ。」

「確かに気にしないが重いぞ。」

「誰が重いって!?」

「いや、お前だよ。つうか苦しいから少し離れろ。」

「ダメや。離れたらまたあの女の魔眼に魅入られてしまうで。」

「マガン?」

「せや、あの女は男を虜にする特殊な眼をしてんねん。見たら最後骨の髄までしゃぶられてポイや。」

何をそんな魔法みたいなって、そういう世界かここは。

マガン、恐らくは魔法の眼だろうか。

相手を魅了する魔法があってもおかしくないよな、ここは。

「そんな事はしません。」

「嘘つけ、この人に色目使ったんしってんねんで。さっき市場に行ったやろ、あの時私も近くにおったんやからな。」

「あら、残念。」

「ほらやっぱり!気を付けや、この女は金をせびるだけせびって捨てるような奴やで。」

「レイラさんと何の違いが?」

「ウチはちゃんと男を喜ばせとる!せやろ!?」

「どちらかといえば今苦しめられてるんだが?」

「ふふ、面白い人。」

レイラの背中越しに女の声が聞こえる。

さっきまではあの声が聞こえると何とも言えない気持ちになったんだが、今はそうでもない。

やはりレイラの言っていることが正しいんだろう。

「何が目的だ?金か?」

「あのレイラさんが夢中になる男性がどんな人か気になっただけです。」

「金じゃないのか。」

「お金はいくらでも稼げます、ここの男たちはみんな優しいので。」

「そうやって巻き上げてるだけやろ。いつか痛い目見るからきぃつけや。」

「御忠告どうも、レイラさん。」

「レイラ様や。私はまだ一番を譲る気あらへんからな!」

俺の目をまっすぐに見ながらレイラはそう言い切った。

最初に会った時とは別人の良い目をしている。

どうやら後ろの人物と売上を競っているんだろう。

相手は魔眼を使い男を魅了するツワモノ。

それでも一番を譲らないと言い切れるだけの自信があるんだろう。

コツコツという足音が小さくなる。

どうやらいなくなったようだ。

「タトルさんが飛んでくると言っていたが、本当に飛び乗ってくるとは思わなかった。」

「仕方ないやん。こうするしかあの子の目から離されへんかったんやから。」

「でも助かったみたいだ、ありがとな。」

「気をつけなあかんで。シロウ様は優しいし金持ちなんやから結構狙ってる子多いんやで?」

「そうなのか?」

「せや。でも私は譲る気ないからな。」

「わかったわかった。とりあえず降りてくれ、その気になるだろ。」

「なってもええんやけど?」

確かにいい女にはなったしそろそろ抱いてもいいかなとは思っている。

でもなぁ、抱いたら抱いたでめんどくさそうでもあるんだよなぁ。

本人にその自覚はないし。

なのでちょっと様子見することにしよう。

渋々といった感じでレイラが俺の横に座る。

「そんな顔するなよ。」

「しゃーないやんか。もう少しでその気になってくれたのを邪魔されたんやから。」

「今の女だが、その魔眼ってやつで男を呼んでいるのか?」

「せや。無理やりやないみたいやけど、正直苦戦しとる。」

「お前が一番の座から落とされる日も近いか。」

「そんな事あらへん!私はそんなの使わんでも一番になれるんや。」

「もちろん俺もそう思っている。いい女になったからな、お前は。冒険者の事もよく知ってるし、彼らをどう扱うかもよく理解している。」

「もっと褒めていいんやで。」

珍しく恥ずかしそうな顔をするレイラ。

まさか褒められるとは思っていなかったんだろう。

「だから、そんな女が一番にいないってのは俺も納得がいかない。」

「え?」

「せっかくだ、今日は俺が客になってやる。楽しませてくれるんだろ?」

「も、もちろんや!まかしとき!」

「ではお部屋に。」

音もなく表れたタトルさんが俺とレイラを誘導する。

魔眼がどういうものか色々と聞かせてもらっておこう。

今後も同じような手段で何かされるのは怖い。

事前に知っていれば対応策も考えられるからな。

「一番高い酒と食い物を頼む、それと店に連絡しておいてくれ。夕方までには帰るってな。」

「泊っていかへんの?」

「その気にさせたら考えてやるよ。」

「ふふ、覚悟するんやで。」

それが出来たらの話だけどな。

やる気満々のレイラに連れられて久方ぶりに部屋へと案内される。

その後どうなったか、それは言うまでもないだろう。
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