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583.転売屋は火事を見つける

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ん?

ある日の事。

いつものように露店で買い付けをした帰りに、普段は通らない路地を歩いていたときの事だ。

なにやら焦げ臭いにおいがする。

この辺は住宅街なのでどこぞの家で調理に失敗したんだろうと最初は思っていたのだが、奥に行けば行くほどにおいが強くなる。

そして見上げれば白煙。

あ、黒くなった。

「ちょっと兄ちゃん!火事、火事だよ!」

「へ?」

「ほら、早く誰か呼んで来て!火事!火事よぉぉぉぉ!」

突然前から顔を真っ黒にしたオバちゃんが走ってきた。

勢いよく俺の肩を叩いたかと思ったら、大声で叫びながら別の路地へと消えていく。

え、火事?

状況を上手く飲み込めていない所に聞こえてくるカシャンという音。

それと同時に焦げ臭い匂いが一気に濃くなった。

五軒程先の家から突如として黒煙が噴出し、オレンジ色の火の粉も見える。

あ、火事だわ。

ガチモンのほうだ。

どうする?

119番なんてないしそもそもこの町に消防団なんてあったっけ?

いやいや、そんなこと考える前に助けを呼ばないと。

「火事だぁぁぁぁぁ!」

オバちゃんに習って俺も大声で叫びながら来た道を引き返す。

大通りへと出ると全員の視線が俺に向けられた。

昔の俺ならともかく、今の俺にはもう慣れっこの光景だ。

「火事だ!誰か来てくれ!」

「え、火事?」

「おい火事だってよ。」

「誰か冒険者ギルドに連絡しろ!」

「わかった!行ってくる!」

「この中に魔術師はいるか、水魔法使える奴!」

俺の声に大勢の人間が反応する。

何人かが冒険者ギルドへと走り、他の人が冒険者に声をかけだした。

てっきり警備を呼びに行くのかと思ったが、よく考えればこの世界には魔法がある。

水を出す魔法を使えば消火栓など無しに消火出来るわけだ。

なるほど、だから冒険者を呼びにいったんだな。

「俺、使えます!」

「よし!とりあえず様子見だが一緒に来い。耐火布どこだ!燃え広がる前に周りの家に設置しろ!」

「まかせとけ!おい、行くぞ!」

「おぅ!」

不謹慎な話だが、これが冗談とか嘘だったらどうするんだろうか。

もちろん本物の火事ではあるのだが、まさかこんな大事になるとは・・・。

「シロウさん、場所教えてくれ。」

「この奥だ。」

「奥じゃわからねぇ、一緒に来てくれ!」

「マジかよ。」

「大丈夫だって本隊が来るまで突入したりしねぇから。」

俺の声に反応して周りに声をかけているのは、消防隊員でも冒険者でもないタダの一般人。

いや、よく見れば見覚えのある人だ。

マートンさんの三軒隣で店をやってる、どこにでもいる普通のおっちゃん。

なのにこんなにもキビキビ指示を出せるのか。

引っ張られるようにして路地を引き返すと、火の粉の上がった家からは炎が噴出していた。

かなり激しい。

「あそこだな、とりあえず周りの家に水をかけろ。魔力がなくなるまでジャンジャンだ、わかったな?」

「え、家に?」

「燃えた家なんてどうにもならねぇ、それよりも周りが燃えないほうが先決だ。今防火布を取りに行ってるからそれまでのつなぎで良い、思いっきりやれ!」

「わ、わかりました!」

「シロウさんは通りに戻って他の連中を誘導してくれ。」

「任せろ。」

なるほど、そういうことか。

どう見ても新米の魔術師に何をやらせるのかと思ったら、延焼を防ぐ役目だった。

確かに燃えてしまった家はどうにもならない。

だけど燃える前の家ならば今からでもどうにかなる。

防火布ってのはその名の通り火を防ぐために使うんだろう。

言われるがまま路地を戻ると、近隣の店主達が大きな布を持って集まっていた。

「この奥か?」

「あぁ、20軒ぐらい先だ。」

「なら東と北に通路があるな、そこから回り込むか。」

「だな、急ごう。」

「「「おぉ!」」」

普段は穏やかな顔で店番をしている店主達が、この時ばかりはかっこよく見える。

「シロウさん、よかった無事でしたか。」

「モーリスさんも行くのか?」

「もちろんです、店を守るためですから。」

「何か手伝うか?」

「いえ、これは我々の仕事です。ギルドから冒険者がきたら誘導してください。」

同じく防火布を持ったモーリスさんが俺を見つけて声をかけ、そして路地の奥へと消えていく。

危険なこととはわかっていても自分の店を守るため。

もしかすると俺が知らないだけでそういう取り決めがあるのかもしれない。

彼らが路地に消えて待つこと数分。

冒険者ギルドの方向から何人もの冒険者が走ってくるのが見えた。

「あ、シロウさん!出火場所は?」

「この奥だ。今防火布を設置してる。」

「オッケー!それじゃあ皆行くわよ!」

「「「はい!」」」

先頭はニア、その後ろをどちらかといえば細身の冒険者達が追いかけていく。

全員の手にはそれぞれ魔道具が握られていた。

消防隊員ならぬ消防冒険者だろうか。

彼らが路地に消えてすぐ警備が現れ、現場のやじ馬を後ろに下げ始めた。

路地からは大勢の声が聞こえてくる。

姿は見えないが皆命がけで火を消しているんだろう。

誰かが、ではなく誰もが火を消すために頑張っている。

それからしばらくして、空に昇る黒煙は白煙へと変わった。

「シロウ、ここにいたのね。」

「第一発見者らしいからな。」

「え、第二じゃないの?」

「火事を教えたおばちゃんはどこかに行ったらしい。噂では火元の家の住人なんだとか。まぁ、発見者だからって特にすることもないんだけどな。」

野次馬が散り、立ち入り禁止の紐が掛けられた通路の前に立っているとエリザが手を振りながら近づいてきた。

発見者だからといって事情聴取があるわけではない。

ただ戻ってもいいかわからずこの場に残っていただけだ。

「とりあえず無事でよかったわ。」

「流石に現場にはいかないって。で、消火は終わったんだろ?どんな感じなんだ?」

「発見が早かったから延焼は二軒だけ、火元と合わせて三件の被害ね。」

「それは多いのか?この街に来てもうすぐ二年だが火事なんて初めてだぞ。」

「被害としては普通ね。それと、火事自体はそれなりの件数起きてるわ、シロウが知らないだけでね。」

「マジか。」

「うん。今日だって、この辺は騒ぎになってるけど店の方は火事が起きたことすら知らないはずよ。」

いやいや、三軒も燃えてるのにその程度なのか?

普通なら大騒ぎになりそうなもんだけどなぁ。

「それはあれか?たいしたことない程度だったからか?」

「そうね、あれぐらいなら臨時招集の冒険者で何とかなるわ。防火布もしっかり用意できてたし、初期散水も完璧。冒険者が多い街だからこそ、それをうまく運用する段取りが出来てるの。もしそれを超えるようなら専門の冒険者が召集されるから、その頃には大騒ぎになってるわね。」

「魔法って便利だなぁ。」

「今は土魔法でがれきを除去してる所だから、明日には更地になってるんじゃないかしら。」

「ちなみに出火元の責任は?」

「今回は負傷者もいないし周りにお詫びして終わりじゃない?」

「マジか、二軒も燃やしといてそれでいいのか?」

「だって燃えてしまったものを今更何か言ったって元に戻らないもの。」

確かにその通りなのだが・・・。

大切な品とかもあるだろうし、生活を再建する費用だって掛かる。

賠償責任ぐらいはあるんだろうけど・・・。

「ちなみに、失った家とか無くなったものを買い直す費用は街が持ってくれるから心配いらないわよ。」

「高い税金払ってるだけの事はあるなぁ。」

「そういう事。もちろん、放火したとか死者が出たなら話は別だけど過ちは誰にだって起きる事だもの。それを責めるぐらいなら今後気を付けてもらった方がいいじゃない?」

なるほどそういう考え方なのか。

失敗を責めるのではなく教訓にする。

前向きな考え方は非常に好感が持てるなぁ。

俺達の高い税金も、しっかり街の為に使われて巡り巡って自分に戻ってくるから文句を言わずに払っているのか。

参加した冒険者にも報酬が支払われるから、臨時招集されても喜んで手を貸すと。

何はともあれ大事にならなくてよかった。

「確かにその通りだな。」

「そういう事。それじゃあ店に戻りましょ、報酬は後で店に持っていくってニアが言ってたわ。」

「報酬?」

「早期発見したおかげで被害がこの程度で済んだんだもの、第一発見者には報酬を出す決まりなの。もちろん手伝ってくれた皆にもね。」

「それも街が出すのか。」

「当然よ。」

皆が率先して手伝いするわけだ。

もちろん自分の店・家を守るためっていう気持ちはあるだろうけど、加えてお金も出るんだもんなぁ。

何をするにしてもまずは自分たちで何とかしないといけない環境だ、そうなるのも当然の事だろう。

「って事で、今日の夕食はシロウのおごりね。」

「なんでだよ。」

「お・に・く~。」

「だから勝手に決めるなっての。」

報酬を当てにしてエリザが勝手に飯を決めてしまった。

まったく困ったやつだ。

なんてため息をつきながらも頭の中では別の事を考えている。

火事が収まって終わりではない、むしろこれからが始まりと言えるだろう。

その段取りをどうするか、そんな事を考えながら先を行くエリザを追いかけ二人で店への道をゆっくりと歩くのだった。
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