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581.転売屋は髪を切る
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「うーん邪魔だなぁ。」
「どうされましたか?」
「前髪が視界に入って鬱陶しい。」
「そういえば随分と伸びましたね。」
「最近忙しくて切れなかったんだよなぁ、とはいえ床屋に行く時間もない。」
どの世界にも床屋はあるもんだ。
美容院的な感じではないが、ささっと髪を切って髭を剃って終わり。
もちろんシザーハンズ的なあの剃刀でだ。
家では髭剃り用の短剣もあるのだが、最初はずいぶんと苦戦したものだ。
ナイフで自分の髭を剃るとかいつの時代だよって顔を切りながら文句を言ったものだが、それも慣れてしまえばどうってこともない。
「一般用のハサミでは中々上手に切れませんね。」
「そうなんだよなぁ、いったい何が違うんだか。」
床屋のハサミはよく切れる。
それと同じものを使っているはずなのに自分でやろうとすると上手く行かないのは、やはり腕前の差なんだろう。
「次はどういうのにします?いっそのこと短くしてみますか?」
「もうすぐ夏だしそれもいいかもなぁ。」
「すいませーん、買取おねがいしまーす!」
「おぅ、こっちだ。」
そんな話をしていたら冒険者が元気よく入ってきた。
馴染みまでは行かないが、何度か顔を見た事がある。
ひょろひょろっとした体形のわりに背は高くない。
あまり筋肉がついているわけではないので、最初店に来たときは良く冒険者が出来るなと思ったものだ。
でもよく見ると腕がやばいんだよな。
なんていうかミラの太ももぐらいある。
「あー、重たかった。」
「ご苦労さん、そんなに大物なのか?」
「いや、大物ってほどじゃないんですけど・・・。」
「なんだそれ。」
「腕だけやたら重いんですよ。虫のくせに。」
「とりあえず見せてくれ。」
話だけではどんなものか想像がつかない。
虫なのに重量のある素材。
虫系の素材といえば軽さと柔軟さが売りだ。
重い素材ってのはあまりなかったように記憶しているが・・・。
そいつはカバンから細長い何かを取り出し、ずるずるとカウンターの上に引っ張り上げた。
ギシッとカウンターがきしむ。
確かに中々の重量のようだ。
「長いな。」
「他の部分は重たくないんですけど、こいつだけが重いんですよね。あー疲れた。」
「マンティスの刃でしょうか。」
「さすがミラさん、鑑定無しでよくわかりますね。」
「マンティス種は独特の腕をしていますから。でも色が少し違います。」
「その通り!何を隠そうこいつは・・・。」
「アイアンマンティスか。」
『アイアンマンティスの鎌。マンティス種の中でも最重量の鎌を持っており、その鋭さは岩をも切り裂く。ただし重たいのは鎌の部分だけで他の部分はマンティス種と大差はない。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨2枚最高値銀貨7枚。最終取引日は26日前と記録されています。』
自慢気に話し始める前に鑑定をして思わず呟いてしまった。
決して悪意があるわけじゃない。
「シロウさ~ん。」
「悪い悪い、何か気になってついな。」
「アイアンマンティスはなかなか出てこない珍しいやつなんですよ。自慢させてくださいよぉ。」
「鎌の部分だけ重くて他は一緒なんだろ?どうやって支えてるんだ?」
「そりゃここですって。」
袖をめくり自慢の上腕二頭筋を見せてくる。
うぅむ、言いたいことはわかるんだけどなぁ。
モテないだろ、お前。
なんて決して口に出したりしないぞ?
「腕の筋肉だけが発達してもなぁ・・・。」
「え、それどっちが?」
「言わぬが花ってな。鎌が四本で銀貨12枚だが買い取っていいのか?」
「もう一声!」
「ダメだ。いくらお前が筋肉を見せびらかしても俺達には何のプラスもない。むしろマイナスかもな。」
「うぅ、この筋肉の美しさが伝わらないなんて。」
生憎とそっちは守備範囲外だ。
エリザなら食いついたかもしれないが・・・。
いや、あいつの場合はダメ出しするだろうな。
で、他の部分も鍛え始めると。
寂しそうに俯く彼の前に銀貨を13枚積んでやる。
別に筋肉におまけしたわけじゃない、アイアンマンティスを狩れるまでに成長したご祝儀みたいなものだ。
これからも素材を持ち込んでもらう為の種まきだよ。
トボトボと帰る背中を見送り、鎌を一本持ってみる。
これは・・・かなり重いな。
四本同時に持つのは俺の筋力では無理そうだ。
「メルディ!」
「は~い、お呼びですか?」
「こいつを倉庫にお願い出来るか?」
「わ、おっきな鎌ですねぇ。アイアンマンティスかな?」
「よくわかるな。」
「全部で四本。ちょうど取引板に依頼が出てましたが、どうされます?」
「ん?依頼?」
「はい。床屋のエドさんが新しいハサミ用に探してるみたいです。」
ふむ、それはいい事を聞いた。
そうか、床屋は普通のハサミじゃなくてこれを使っていたのか。
通りで切れ味が違うわけだ。
せっかく買い取ったんだし欲しい人に届けるのが一番。
安く買って別の人に高く売る。
まさに転がして売るわけだ。
「ミラ。」
「どうぞ行ってきてください。」
「ってことでそれを持って取引所に行くぞ。」
「え、私が持つんですか?」
「俺に持てると思うか?」
「それもそうですね。」
俺の腕を見て速攻であきらめるメルディ。
確かにその通りなんだが、もうすこしオブラートに包んでくれてもいいんだぞ?
一本でも大変だった鎌を軽々と四本持つメルディを引き連れて取引所へ移動する。
いつものように大勢の人で賑わう建屋の一番奥、壁一面を使った巨大な取引板の前に一人の男が仁王立ちしていた。
「あ、エドさん!」
「おぉメルディじゃねぇか。」
「今日はとっておきの物を持ってきましたよ!」
「とっておきだぁ?」
身長は俺よりも少し低いぐらい。
体形も中肉中背というどこにでもいるオッサンなのだが、隠しきれない上腕二頭筋の自己主張が半端ない。
この人こそ、俺も世話になっている床屋の店主エドさんだ。
「アイアンマンティスの鎌を探してるんだって?ちょうど四本買い取ったんで持ってきた。」
「本当か!いやー前のが刃こぼれして困ってたんだ。助かるよ。」
「刃こぼれって、髪程度じゃそんなことにならないだろ。」
「ちょいと鉄を切ってたらな。」
いや、鉄を切るって・・・。
岩を切り裂くとは鑑定結果に出ていたけど、さすがに鉄はダメだろ。
「何をしたら鉄を切るって話になるんだ?」
「露店で買い付けた鉄板のサイズが微妙に合わないからちょいと短くしてやろうと思ってなぁ。」
「床屋さん的発想ですね。」
「だろ?」
いや、そうはならんだろ。
髪じゃなくて鉄だぞ?
確かにその上腕二頭筋なら可能かもしれないけど・・・。
ま、金になればそれでいいんだけどさぁ。
「まぁ次は気を付けてくれ。代金はいくらだった?」
「銀貨22枚でしたよね?」
「あぁ、痛い出費だが仕方ない。」
「自業自得だっての。それなら銀貨20枚くれ、それで手を打とう。」
「お、いいのか?」
「その代わり直ったら俺の髪を宜しく頼む。この調子なんだ。」
伸びきった前髪をつまむとエドさんが苦笑いを浮かべた。
買取金額が銀貨12枚。
銀貨20枚で売っても儲けはしっかり出るし、予約必須のエドさんに優先的に髪を切ってもらえるのなら銀貨2枚なんて安いもんだ。
「随分伸びたなぁ。」
「夏に向けてがっつりやってくれるか?」
「任せとけ、最高にかっこよく仕上げてやるよ。ついでにそりこみも入れるか?」
「そりこみぃ?」
「あぁ、冒険者の中で人気だぞ。こう、側頭部に稲妻とか火とか色々と。」
「普通で結構だよ。」
「なんだつまらん。」
つまらんって・・・。
そういうのは見てくれを気にしない冒険者にやってくれ。
俺は普通でいいんだよ、普通で。
「メルディ、後は任せた。他にも良い感じの依頼がないか調べといてくれ。」
「え、もう行くんですか?」
「せっかく出てきたし露店に寄って帰る。」
「相変わらず忙しいやつだなぁ。」
「むしろ暇になったらやばいだろ。」
「違いない。」
鬱陶しいこの髪の毛とももうすぐおさらばだ。
さて、次はどんな髪型にしようか。
さすが剃り込みは嫌だがいつもと一緒じゃ面白くないよな。
そんな事を考えながら、市場へ行く道すがらすれ違う人の髪形をチェックしてまわるのだった。
「どうされましたか?」
「前髪が視界に入って鬱陶しい。」
「そういえば随分と伸びましたね。」
「最近忙しくて切れなかったんだよなぁ、とはいえ床屋に行く時間もない。」
どの世界にも床屋はあるもんだ。
美容院的な感じではないが、ささっと髪を切って髭を剃って終わり。
もちろんシザーハンズ的なあの剃刀でだ。
家では髭剃り用の短剣もあるのだが、最初はずいぶんと苦戦したものだ。
ナイフで自分の髭を剃るとかいつの時代だよって顔を切りながら文句を言ったものだが、それも慣れてしまえばどうってこともない。
「一般用のハサミでは中々上手に切れませんね。」
「そうなんだよなぁ、いったい何が違うんだか。」
床屋のハサミはよく切れる。
それと同じものを使っているはずなのに自分でやろうとすると上手く行かないのは、やはり腕前の差なんだろう。
「次はどういうのにします?いっそのこと短くしてみますか?」
「もうすぐ夏だしそれもいいかもなぁ。」
「すいませーん、買取おねがいしまーす!」
「おぅ、こっちだ。」
そんな話をしていたら冒険者が元気よく入ってきた。
馴染みまでは行かないが、何度か顔を見た事がある。
ひょろひょろっとした体形のわりに背は高くない。
あまり筋肉がついているわけではないので、最初店に来たときは良く冒険者が出来るなと思ったものだ。
でもよく見ると腕がやばいんだよな。
なんていうかミラの太ももぐらいある。
「あー、重たかった。」
「ご苦労さん、そんなに大物なのか?」
「いや、大物ってほどじゃないんですけど・・・。」
「なんだそれ。」
「腕だけやたら重いんですよ。虫のくせに。」
「とりあえず見せてくれ。」
話だけではどんなものか想像がつかない。
虫なのに重量のある素材。
虫系の素材といえば軽さと柔軟さが売りだ。
重い素材ってのはあまりなかったように記憶しているが・・・。
そいつはカバンから細長い何かを取り出し、ずるずるとカウンターの上に引っ張り上げた。
ギシッとカウンターがきしむ。
確かに中々の重量のようだ。
「長いな。」
「他の部分は重たくないんですけど、こいつだけが重いんですよね。あー疲れた。」
「マンティスの刃でしょうか。」
「さすがミラさん、鑑定無しでよくわかりますね。」
「マンティス種は独特の腕をしていますから。でも色が少し違います。」
「その通り!何を隠そうこいつは・・・。」
「アイアンマンティスか。」
『アイアンマンティスの鎌。マンティス種の中でも最重量の鎌を持っており、その鋭さは岩をも切り裂く。ただし重たいのは鎌の部分だけで他の部分はマンティス種と大差はない。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨2枚最高値銀貨7枚。最終取引日は26日前と記録されています。』
自慢気に話し始める前に鑑定をして思わず呟いてしまった。
決して悪意があるわけじゃない。
「シロウさ~ん。」
「悪い悪い、何か気になってついな。」
「アイアンマンティスはなかなか出てこない珍しいやつなんですよ。自慢させてくださいよぉ。」
「鎌の部分だけ重くて他は一緒なんだろ?どうやって支えてるんだ?」
「そりゃここですって。」
袖をめくり自慢の上腕二頭筋を見せてくる。
うぅむ、言いたいことはわかるんだけどなぁ。
モテないだろ、お前。
なんて決して口に出したりしないぞ?
「腕の筋肉だけが発達してもなぁ・・・。」
「え、それどっちが?」
「言わぬが花ってな。鎌が四本で銀貨12枚だが買い取っていいのか?」
「もう一声!」
「ダメだ。いくらお前が筋肉を見せびらかしても俺達には何のプラスもない。むしろマイナスかもな。」
「うぅ、この筋肉の美しさが伝わらないなんて。」
生憎とそっちは守備範囲外だ。
エリザなら食いついたかもしれないが・・・。
いや、あいつの場合はダメ出しするだろうな。
で、他の部分も鍛え始めると。
寂しそうに俯く彼の前に銀貨を13枚積んでやる。
別に筋肉におまけしたわけじゃない、アイアンマンティスを狩れるまでに成長したご祝儀みたいなものだ。
これからも素材を持ち込んでもらう為の種まきだよ。
トボトボと帰る背中を見送り、鎌を一本持ってみる。
これは・・・かなり重いな。
四本同時に持つのは俺の筋力では無理そうだ。
「メルディ!」
「は~い、お呼びですか?」
「こいつを倉庫にお願い出来るか?」
「わ、おっきな鎌ですねぇ。アイアンマンティスかな?」
「よくわかるな。」
「全部で四本。ちょうど取引板に依頼が出てましたが、どうされます?」
「ん?依頼?」
「はい。床屋のエドさんが新しいハサミ用に探してるみたいです。」
ふむ、それはいい事を聞いた。
そうか、床屋は普通のハサミじゃなくてこれを使っていたのか。
通りで切れ味が違うわけだ。
せっかく買い取ったんだし欲しい人に届けるのが一番。
安く買って別の人に高く売る。
まさに転がして売るわけだ。
「ミラ。」
「どうぞ行ってきてください。」
「ってことでそれを持って取引所に行くぞ。」
「え、私が持つんですか?」
「俺に持てると思うか?」
「それもそうですね。」
俺の腕を見て速攻であきらめるメルディ。
確かにその通りなんだが、もうすこしオブラートに包んでくれてもいいんだぞ?
一本でも大変だった鎌を軽々と四本持つメルディを引き連れて取引所へ移動する。
いつものように大勢の人で賑わう建屋の一番奥、壁一面を使った巨大な取引板の前に一人の男が仁王立ちしていた。
「あ、エドさん!」
「おぉメルディじゃねぇか。」
「今日はとっておきの物を持ってきましたよ!」
「とっておきだぁ?」
身長は俺よりも少し低いぐらい。
体形も中肉中背というどこにでもいるオッサンなのだが、隠しきれない上腕二頭筋の自己主張が半端ない。
この人こそ、俺も世話になっている床屋の店主エドさんだ。
「アイアンマンティスの鎌を探してるんだって?ちょうど四本買い取ったんで持ってきた。」
「本当か!いやー前のが刃こぼれして困ってたんだ。助かるよ。」
「刃こぼれって、髪程度じゃそんなことにならないだろ。」
「ちょいと鉄を切ってたらな。」
いや、鉄を切るって・・・。
岩を切り裂くとは鑑定結果に出ていたけど、さすがに鉄はダメだろ。
「何をしたら鉄を切るって話になるんだ?」
「露店で買い付けた鉄板のサイズが微妙に合わないからちょいと短くしてやろうと思ってなぁ。」
「床屋さん的発想ですね。」
「だろ?」
いや、そうはならんだろ。
髪じゃなくて鉄だぞ?
確かにその上腕二頭筋なら可能かもしれないけど・・・。
ま、金になればそれでいいんだけどさぁ。
「まぁ次は気を付けてくれ。代金はいくらだった?」
「銀貨22枚でしたよね?」
「あぁ、痛い出費だが仕方ない。」
「自業自得だっての。それなら銀貨20枚くれ、それで手を打とう。」
「お、いいのか?」
「その代わり直ったら俺の髪を宜しく頼む。この調子なんだ。」
伸びきった前髪をつまむとエドさんが苦笑いを浮かべた。
買取金額が銀貨12枚。
銀貨20枚で売っても儲けはしっかり出るし、予約必須のエドさんに優先的に髪を切ってもらえるのなら銀貨2枚なんて安いもんだ。
「随分伸びたなぁ。」
「夏に向けてがっつりやってくれるか?」
「任せとけ、最高にかっこよく仕上げてやるよ。ついでにそりこみも入れるか?」
「そりこみぃ?」
「あぁ、冒険者の中で人気だぞ。こう、側頭部に稲妻とか火とか色々と。」
「普通で結構だよ。」
「なんだつまらん。」
つまらんって・・・。
そういうのは見てくれを気にしない冒険者にやってくれ。
俺は普通でいいんだよ、普通で。
「メルディ、後は任せた。他にも良い感じの依頼がないか調べといてくれ。」
「え、もう行くんですか?」
「せっかく出てきたし露店に寄って帰る。」
「相変わらず忙しいやつだなぁ。」
「むしろ暇になったらやばいだろ。」
「違いない。」
鬱陶しいこの髪の毛とももうすぐおさらばだ。
さて、次はどんな髪型にしようか。
さすが剃り込みは嫌だがいつもと一緒じゃ面白くないよな。
そんな事を考えながら、市場へ行く道すがらすれ違う人の髪形をチェックしてまわるのだった。
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