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578.転売屋は新作を見に行く

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「おーい、ルティエいるか?」

久方ぶりに職人通りへと足を向けた俺は、その足でルティエの工房へと顔を出す。

いつもならすぐに返事が返ってくるのに今日は扉が閉まったままだ。

が、よく見るとすりガラスの向こうに明かりが見える。

いるのは間違いなさそうだ。

「おじゃまするぞ~・・・っとぉ?」

鍵は開いていたのでいつものように扉を開けて中へ入ったのだが、思っても見なかった惨状に思わず変な声が出てしまった。

普段もまぁそれなりに汚れてはいるが、今日は特にひどい。

そこら中に丸まった紙が散乱し、換気もしていないのか空気がひどくよどんでいる。

加えて脱ぎ捨てた服やら食器やらが机の上に乱雑に放置されていた。

初めて会ったときもこんな感じだった気がするが、それよりもひどい状況かもしれない。

「わ、え、今何時?うそ、私寝てた!?」

「おいルティエ。」

「え、シロウさん!?なんで?」

「久方ぶりに様子を見に来てみたら、いったいどうしたんだ?」

「えぇっとコレにはいろいろと事情が・・・。」

俺の声に机でうつぶせになっていたルティエがガバっと顔を上げる。

そしてきょろきょろと辺りを見回し、俺を見て更に驚いた声を上げた。

うーん、中々な顔だ。

目の下には大きなクマ、それと口の横に流れるよだれの痕。

髪の毛はぼさぼさで、うつ伏せになっていた成果凄い寝癖がついている。

年頃の女が無闇にみせる姿ではないな。

「とりあえず顔洗って来い。掃除はこっちでやっとくから。」

「はい、すみません・・・。」

状況を察したのか、フラフラと別室へと消えていく。

さて、まずは窓を開けて掃除からはじめますかね。

片付けは慣れたもの。

とりあえずゴミとそうでないものを分別し、洗濯物の山を作っていると少しすっきりした顔をしたルティエが戻ってきた。

「少しはマシになったか?」

「おかげさまで・・・。」

「とりあえず片付けるものは片付けといた、洗濯物は婦人会に頼めば取りに来てくれるが頼んでおくか?」

「でもお金が・・・。」

「それぐらい稼いでるだろ?いいから外注できるものは外注しとけ、それをしないからこんなことになってるんだ。飯は?いつ食った?」

「えぇっと・・・寝る前の朝?」

「丸一日食ってない計算か。ならデリバリーだな、食欲は・・・って良い返事じゃないか。」

聞いている最中にルティエの腹の虫が大きく返事をする。

恥ずかしそうに腹を押さえるがもう遅い。

「うぅ、恥ずかしい。」

「恥ずかしがるならせめて下着ぐらいは隠しとけ。」

「わっわっわ!」

「すぐに戻るから机の上は自分で片付けとけよ、俺にはわからん。」

返事を待たずに一度工房を出て一角亭へと向かう。

営業前だったがイライザさんに無理を言って適当に作って貰いデリバリーして貰うことに。

この感じだと他の連中も似たような状況になってそうだなぁ。

ついでに頼んでおくか。

その足で他の店へと向かい、何件かに分けて色々と注文する。

多目に頼んでも残ることはないだろう。

「ただいま。お、ちょっとは片付いたな。」

「おかげさまで。」

「とりあえず先に飯にして、それが終わったら話を聞かせてくれ。他の連中は?」

「たぶん似たような感じ。」

「まったく、仕事のやり方教えたよなぁ。」

「そうなんですけどぉ・・・。」

机の上は綺麗に片付き、シャワーでも浴びたのかすっきりした顔のルティエが俺を待っていた。

すぐに料理が運ばれて来たので先に食事を済ませた。

他の料理も随時到着したようなので、各工房に適当に声掛けするようにお願いしてあるから大丈夫だろう。

「じゃ、詳しく聞かせてもらおうか。」

「怒りません?」

「怒る?なんでだ?」

「だって・・・。」

「俺が怒るのは客に迷惑をかけた時だけだ。何かしでかしたのか?」

「それは大丈夫!今回の出荷分は出来てるし、品質も問題ないよ。」

「ならいいじゃないか。俺が聞きたいのはこの惨状についてだ。」

まぁ、聞かなくても理由はわかっているんだが自分の口で言うのと指摘されるのは違う。

状況を認識できてるかが重要だ。

「何で散らかってたか?」

「それでもいい、とりあえず今どういう状況にあるのか聞かせてくれ。」

「えぇっと最初は・・・。」

怒られないとわかり安心した表情でルティエが話し出す。

そんなにおびえなくてもいいと思うんだが、向こうからしてみれば俺は雇用主みたいなもんだ。

そりゃビビリもするか。

「ってな感じです。」

「俺、言ったよな?いきなり両方作らなくていいって。じっくり熟成させてからでいいって言ったよな?」

「いいました。」

「なのに、なんで二種類同時進行で製作してるんだよ。そりゃガーネットルージュが一段落して暇だったのもあるだろうが、休暇も取らずに没頭して体を壊したんじゃ意味ないだろ。他の職人ならともかくお前がしっかり管理しないといけないんだぞ?」

「でもでも!あんな素材を見せられて我慢できるはずないじゃないですか!」

バンと勢いよくテーブルを叩き立ち上がるルティエ。

その目は怒りではなく興奮で血走っていた。

「トロールの涙はまぁ中々の品だが、ジェイドは普通だろ?」

「普通じゃないですよ!あんなに魔力の通りがいいジェイドなんてなかなかお目にかかれないんですから。それにトロールの涙もあんな大量に・・・。」

「まぁ色々あったんだよ。」

「そのせいで何をしててもそれしか考えられなくなっちゃったんです。他のみんなもそうですよ、あんなに凄い物ポンと任せられて普通でいられるはずありません。」

「たかだか金貨15枚の品にそこまで気負わなくてもいいと思うが・・・。」

「シロウさんにとってはその程度でも私達には違うんです。絶対に良いものにしようって考えて考えて考えて!」

で、あの惨状が出来上がったと。

一つならともかく二種類同時ってのがまずかったようだ。

せめて一つだけならここまでの状況にはならなかったはず。

原因は俺にもあるわけだ。

反省します。

「で?」

「一応形にはなりました。」

「よし、じゃあ見せてくれ。」

鬱積した感情をひとまず吐き出して少しすっきりしたルティエが、机の引き出しから何かを取り出し商談用のテーブルの上に置いた。

丸い。

鮮やかな青色をしたそれはコロコロと俺の方に転がってくる。

落下する前にそれを捕まえ、頭上に透かしてみた。

向こう側が見えるほどの透明感はないが、向こうの色ぐらいはわかる。

宝石の輝きというよりもやっぱり魔石深みが強いな。

「随分と丸くしたもんだ。」

「あれこれ考えて加工してみたんですけど、この形が一番しっくり来たんですよね。この形なら魔石の持つ加護を損なうこともありませんし、見た目も可愛くありません?」

「可愛いかどうかは別として水属性の加護を維持したままってのは良いことだ。」

「元の形が涙型だったのでそのまま生かすことも出来たんですけど、涙貝とかぶっちゃうのでこの形になりました。後は、アーロイさんにお願いしている籠の形をした入れ物に入れれば完成です。」

「この大きさからするとネックレスになるのか?」

「その予定です。小さめのガーネットルージュと違って大きさを生かしたほうが綺麗なので。」

確かにビー玉ほどある鮮やかな玉は目を引くだろう。

それを籠のような細工に入れるのか。

サングラスだけじゃなくこっちでも仕事をするなんて、独立して早くも新しい仕事をみつけたみたいだな。

ちょっと安心した。

「なかなかいいじゃないか。で、ジェイドの方は?」

「そっちはまだ形にはなってないんです。でも、色々みんな考えてて!」

「ならまずはこっちに注力しろ、ジェイドは空き時間にでもゆっくり考えればいい。死ぬぞ?」

「う・・・、そうですよね。」

「過労死したいなら別だが、あのゴミの中で死ぬのか?」

「絶対に嫌!」

「ならいい加減加減を覚えような。」

「は~い。」

なんともやる気のない返事だが一応はこりているようなのでこれ以上は何も言うまい。

そうか、トロールの涙がこんな物に変わったのか。

さすがルティエ、抜けてるところはあるがセンスはピカ一だな。

他の職人たちもどんどんとスキルを上げて行っている。

ガーネットルージュに次ぐ第二弾、イザベラが喜びそうだ。

「仮に本決まりにしたとして、どのぐらい作れる?」

「シロウさんの持ち込んだ分だけじゃないの?」

「売上次第だろうけど、ここまで考えて終わりはもったいないだろう。俺は売れると思うがな。」

「本当に!?」

「あぁ。赤と青、良い組み合わせだってイザベラなら言うだろう。」

「王都で売るのかぁ。」

「ダメなのか?」

「ううん、それならかなり頑張らないとなって・・・。」

売るからには数がいる。

特にお披露目となるとそれなりの数を最高の品質で提供しなければならない。

これだけならともかくガーネットルージュの次の締め切りも来るだろう。

いつもの倍、働くのと同じことだ。

「まぁ夏まではまだ時間がある。俺も次の材料を調達しなきゃならないし、今ある分をしっかり仕上げてくれ。で、こいつは何て名前なんだ?」

「名前?」

「売り出すなら名前がいるだろ。なんて呼んでるんだ?」

「えっと、青玉。」

「だっさ。」

小学生かよ。

ガーネットルージュと対を成す商品なんだろ?

じゃあそれに見合う名前を付けとくべきだろ。

それが青玉って・・・。

飴ちゃんか。

「だっていい名前出てこないんですよぉ。そんなこと言うなら前みたいにシロウさんが決めてください!」

「嫌だよ。」

「なんでですか!決めてくれたら売上の10%渡します!」

「命名報酬高すぎ・・・でもないか。」

「名前次第で売れますから。責任重大ですよ。」

「それを言われると余計に考えたくなくなる。」

「そう言わずにお願いします。」

いきなりそんなこと言われてもなぁ。

ガーネットと違って結構発色がいい。

何とかブルーよりも独立した名前があったほうがいいよな。

「コバルトスフィア。」

「スフィア?」

「色んな意味があるはずだが、丸とか、天体とか、星とかいう意味もあったはずだ。鮮やかな青い玉。ブルーじゃちょっとありきたりだしな。」

「採用です。」

「はや!」

「スフィア、響きが取っても綺麗。」

「まぁ気に入ってもらえたなら何よりだ。だが命名費用はちゃんと話し合えよ、お前だけの金じゃないんだから。」

「は~い。」

良い返事だが本当にわかってるんだろうか。

俺が儲かるのは有難いが、後々になって文句を言われるのは困る。

まぁ、そんなこという連中ではないけれども・・・。

ま、とりあえず新作が出来ているのが確認できたわけだし俺の用事は完了だ。

さっさと帰って次の仕事にとりかかろう。

「じゃ、俺は帰る。」

「え、帰っちゃうんですか?」

「まだ何かあるのか?」

「ジェイドの方も一応できたやつが・・・。」

「まじかよ。」

「えへへ、つい夢中になっちゃって。」

申し訳なさそうに別の作品が俺の前に置かれる。

まさかこれも名付けろとか言わないよな?

帰りたくても帰れない雰囲気。

後ろを振り向くと、いつの間にかほかの職人が外からのぞき込んでいた。

その手には俺が注文した料理。

おい、全員分とか言わないよな?

結局その日は日が暮れても屋敷には戻れず、心配したミラが迎えに来てくれるまで拘束され続けた。

マジで疲れた。

もうこいつらにメシなんておごってやらねぇ。
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