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572.転売屋は交渉の準備をする

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「話はわかったが、それを俺にどうしろっていうんだ?」

「簡単じゃない、前みたいにギルド協会と喧嘩しろってことでしょ?あ、冒険者ギルドもか。」

「前回の見事な交渉を今回もお願いしますとカーラから言われています。まさかこんな大ごとになるとは私も思っていませんでした。」

「飲む化粧水なら前にも出していただろ?それと同じ、ってわけにはいかないのか。」

「化粧品は美容という観点で扱われていますが、サプリメントはどちらかというとポーション等と同じ扱いになりそうなんです。」

飲む化粧品は大ヒットまでは行かなかったものの、貴族から継続的な注文があるそうだ。

外見に金をかけても中身に金はかけられないのが庶民で、それが出来るのが貴族。

見えない部分も美しく、イザベラが王都に行ってから一気に売り上げを伸ばしたんだよなぁ、あれ。

「つまり面倒くさいってことだろ?」

「話が早い、その通りです。」

「確かに冒険者向けの商材として売り込むわけだが、またやりあうのは気が重い。」

「あの殺虫剤は革命だったわ。虫系なら殆どのやつに効くんだもの。」

「効かないのもいるのか?」

「ダンジョンゴキブリはダメね、最初は効いたけど今はもう耐性がついてるみたい。」

どこの世界も同じなのか。

ちなみにダンジョンゴキブリとは体長30cm程の名前の通りのやつだ。

死肉を好み剥ぎ取りの最中にも襲ってくる厄介者。

素材は使い物にならず中身も食えないとなれば放置されて当然なのだが、放置したら放置したで大量発生してしまうので定期的な間引きが行われている。

デカいGと戦うとか、まじで勘弁してほしい。

「あまり使用しすぎるなとしかいえないよなぁ。ま、それはそれとしてカーラは何か条件を付けてきてないのか?使用料の分配方法とか、金額とか。」

「そういうの興味がないのでおまかせするそうです。それよりも今回も新しい研究が出来たと喜んでいました。即効性ではなく持続性、新しい化粧品を作るうえでも重要になるとの事です。」

「相変わらずというかなんというか。ほんと、金儲けに興味ないなぁ。」

「シロウ様が名誉や功績に興味がないのと同じですね。」

「それ、一緒にしていいのか?」

「同じでしょ。」

金は目に見えるけど名誉は見えない、名誉では飯は食えないけど金で飯は食える。

違うと思うけどなぁ・・・。

「化粧品同様製造はこっちで行い、販売はギルドに一括で任せると仮定して、問題はどのぐらい製造する必要があるかだが・・・。使用させた冒険者の感想って概ねよかったんだよな?」

「うん、特に人気だったのは体力維持と集中ね。眠気が無くなって意識がはっきりしたって喜んでいたわ。私も試したけど、凄い頭がすっきりするの。」

「飲み過ぎには気をつけろよ、特に妊娠中はな。」

「大丈夫、もう潜らないから。」

「コーヒーポットの実にあんな効果があるなんて知りませんでした。」

コーヒーポットはバナナの木のような形をした魔物で、豆を飛ばしてくる。

まぁ完全にコーヒー豆だよ。

『コーヒーポットの実。ダンジョンもしくは南方に生息する木の魔物で、枝の部分から大量の豆を飛ばしてくる。種は食用に向かないが、齧ると目が覚めると言われており夜勤の兵士などが噛んでいることもある。最近の平均取引価格は銅貨5枚。最安値銅貨3枚最高値銅貨8枚最終取引日は9日前と記録されています。』

たった一体の魔物が大量に豆を飛ばしてくるので単価は非常に安い。

そのおかげで安価に精製できるドル箱商材なのだが、冒険者が好んで集めることはしないのがネックなんだよなぁ。

下手に集めると製造方法が流出してしまうし、かといって食用で買い付けることもできない。

試しに焙煎してみてもコーヒーにはならなかったのだが、代わりにカフェイン成分を抽出することに成功したのでそれをサプリメントに加工してみたというわけだ。

結果は想像通り。

他のサプリメントと違って摂取量に上限を設けてる唯一の存在でもある。

用法容量は正しく守りましょうってね。

「アネットはアネットで製薬の仕事があるし、作る量にも限界がある。さて、どうしたもんか。」

「化粧品同様少量で売り出すのではダメなんですか?」

「それだと普及しないんだよ。化粧品と違って単価が安いだけに数を売らないと利益がない。かといって、少量で値を上げて売れば使用する人がいなくなる。手軽に使えるからこそのサプリメントだしなぁ。」

「増産するあてはあるんでしょ?」

「ないわけじゃないが、さすがに機密性が高すぎて婦人会の力を借りるわけにもいかない。ビアンカに無理言って手伝ってもらうかぁ。」

「難しい作業なんですか?」

「行程を覚えれば俺達でもできる。が、機材が足りない。」

作業そのものは簡単だ。

コーヒーを作るときと一緒で細かく粉砕して煮出し、成分を抽出。

それを製薬機器を使って凝縮してそいつを薬に混ぜ込めば出来上がりだ。

サプリメントの成分を閉じ込める丸薬は薬師や錬金術師ならだれでも量産できるので、ビアンカや街の錬金術師に声を掛ければ必要数をそろえられるだろう。

問題なのは凝縮作業。

専用機材が必要なんだよなぁ。

「予備は?」

「店で使っていたやつが一台あるが、それだけだ。」

「売り出すサプリメントは何種類でしたっけ。」

「今の所は四種類。」

「毎週種類を変えて一種類を作り続ければ一か月で全種増産できますね。」

「でもそれじゃすぐ足りなくなる。理想は四種類同時製造、だがその為には機材が後3台は必要だ。それと人材も。」

売り出すことは決まったとはいえ、増産のめどが立たない。

ぐぬぬ、ギルドとの商談を考えればその辺もクリアしておきたい所だ。

「いっそのこと向こうに用意してもらうのはどうでしょうか。効果は向こうも認めているわけですし、設備投資を条件に提供するという手もあります。」

「お、それはいいかもしれないぞ。」

「でもそれじゃあ儲けが減るんじゃない?その分値下げしろって言うでしょ?」

「量を作れずに売り損なった分が増えると思えば損はない。後は人材だな。」

「奴隷でしょう。」

「そうなるよなぁ。」

アニエスさんの言うとおり機密性の高い仕事をさせるのであれば奴隷が一番手っ取り早い。

でもなぁ、これ以上奴隷を増やしたら誰が誰だかわからなくなりそうだ。

それならもう別会社作ってそこで全部やらせた方がいいんじゃないだろうか。

正直めんどくさい。

「殺虫剤の様に製法は売りに出されないんですよね?」

「あぁ、アレは虫系の素材が手に入りやすくなるという理由もあったから売り出したんだ。だが今回のは全く別枠、化粧品同様独占してこそ価値がある。」

「そもそもいきなり量産しようとするのが間違いなんじゃないの?それさえしなければ化粧品みたいにやっていけるんでしょ?」

「ぐうの音も出ない。」

「理想はいいけど、やっぱり現実を見て話をしないとね。」

まさかエリザにここまで言われるとは。

脳筋のはずなのに。

「まずは少数から始めてゆっくりと設備を増やして増産していく。そうすれば数年後にはシロウ様の求めている状況まで持っていけるのではないでしょうか。」

「そうそう、値段は下がるだろうけど、それが目的なんでしょ?」

「あぁ、サプリメントがあれば冒険者のポテンシャルが上がる。それはすなわち生存率に直結するわけだ。腕のいい冒険者が生き残ればそれだけ俺の所に商品が転がり込んでくるわけだな。」

「全てはお金の為ね。」

その為に金儲けしてんだから。

とはいえエリザの言う通りだよな。

理想を目指した所で現状は変わらない。

今持っているカードで勝負するしかないか。

「よし、それでいこう。まずは少数から初めて数年かけて増産して、機材はギルドにも金を出させてそのかわりにギルドの専売とすれば文句はないだろう。軌道に乗れば誰かに任せればいい。」

「それでお願いします。」

「後は向こうがどう出るかだ。」

「大丈夫よ、シロウだもの。」

「そうですシロウ様でしたら上手に交渉されます。」

「頼むからプレッシャーをかけないでくれ。」

「取引には私も参りましょう、監査官として参加すれば向こうもやりづらいはずです。」

「アニエスお願いしますね。」

「はい。」

やりにくいのは俺もじゃないだろうか。

ま、いいか。

ひとまず話はまとまった。

エリザとマリーさんはそのまま待機で、俺とアニエスさんで交渉に向かう。

これが軌道に乗れば化粧品同様新しいドル箱の誕生だ。

効果は申し分ない、ギルドからの要請もある。

さぁ、戦いの始まりだ!


「え、それだけでいいんですか?」

「なに?」

「シロウさんの事ですからもっとガッツリ要求してくるかなって。ほら、殺虫剤の時にかなり譲歩してもらいましたからその分上乗せされるなーって覚悟してたんですよ。」

「そうそう、アレの貢献度ってかなり凄くて本部からもよく見つけた!とかなり褒めて貰っちゃったし、ぶっちゃけその分も上乗せして予算を組んで貰ってるからちょっと拍子抜けって言うか・・・。」

かなりシビアな交渉になると覚悟を決めてきたわけだが、二人の反応を見て考えを改めた。

どうやら俺の想像以上に殺虫剤は喜ばれているらしい。

それを発見したニアや羊男はかなり褒められているようだし、それなりの権限も与えられていると。

なら遠慮は無用。

考えられるだけの要求を突きつけてやろうじゃないか。

「よしわかった、もうちょっと考えてくる。」

「いや、考えないでいいですって。」

「わざわざそういってくれるってことはもっと要求して欲しいってことだよな?こっちとしてはあまり無理は言えないな~と遠慮したんだが、そうかそうか遠慮は無用だったか。アニエスさん聞いたよな?」

「はい、記憶いたしました。」

「ってことで明日もう一度来る。楽しみにしてろよ。」

「え、ちょっとシロウさん!」

「待ってください!」

誰が待つか。

案ずるより産むが易しとはまさにこのこと。

何だよあれこれ考えて損した。

いや、考えるべきことではあったので決して無駄ではなかったんだが・・・。

ま、わざわざもらえるものを捨てるのはもったいない。

遠慮せずやらせてもらおうじゃないか。

俺は意気揚々と立ち上がり、ギルドを後にするのだった。

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