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558.転売屋は祝福する
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畑の虫は無事に収まり、大量に作った薬も無事に他の街へと売られていった。
今年は当たり年だったのか同様の被害が結構出ていたようだ。
皆口々に、譲ってくれて助かったといっていたのだとか。
偶然とはいえ誰かの役に立ったのなら作った甲斐もあったというもの。
何はともあれ、畑は守られ野菜はすくすくと成長している。
耕した畑もアネットの肥料を撒いてあるので、後はなじむのを待つばかりだ。
「で?」
「北側の一角、ちょうど貸し畑を挟むようにして小屋を建設する予定です。」
「いや、それはいいんだが何でそこなんだ?」
「土地がないからでしょう。」
「ないからっていきなり街の外とかハードル高すぎだろ。何かあったらどうするんだよ。」
「一応城壁部から街中に入れますし何かあったときはルフとレイが気づきますから、逃げるだけであれば可能と判断しました。」
「なんというポジティブな考え方。」
「むしろご本人は何も気にせず作業できる環境が素晴らしいと、大変喜んでおられます。」
畑の様子を見に来た後、アグリから突然の報告を受けた。
なんでも是非畑を使わせてほしいとの申し出だったのだとか。
最初聞いたときは何をバカな事をと思ったが、職人に変わった奴は多いというし、彼もまたそうだったようだ。
魔物がはびこる街の外であえて暮らしたい。
普通の人は考えもしないことだ。
「ちなみに賃料は?」
「建設費は一旦此方で持ちまして月々の支払いと一緒に支払う契約になりました。建築費が金貨10枚それを含めて賃料は月額銀貨50枚です。」
「ひとまず一年でペイできる計算か。」
「そうですね、翌年以降は年間金貨12枚の収入となります。二年契約ですので年間金貨6枚の収益として管理する予定です。」
「うーむ、不動産ってのは儲かるもんだなぁ。」
指示も何もせず、ただ土地と建物を貸すだけでそれだけの不労所得が手に入るんだ。
いくら土地の少ない街とはいえ、これはかなりの利益になる。
とはいえ、貸すからには修繕などの管理に加えて魔物から命を守る必要も出てくる。
アグリの言うようにルフとレイがいれば事前に気づくことも出来るだろう。
後は本人が逃げてくれるのを祈るだけ。
本当にこの場所でいいんだろうか。
「あ、アグリさん、それにシロウさんじゃないっすか!」
「これはアーロイ様どうされました?」
「一応現場の確認をしておこうかと思っただけっす。」
「それはそれはわざわざありがとうございます。丁度目の前に広がるこの区画が予定地となっていまして、建築完了は来月半ばを予定しております。ご要望のありましたように工房と寝所は分けてありますが正直強度は期待しないでください。」
「寝て作業が出来ればそれでいいっす。風呂はジムでシャワー借りられることになったし、飯も今までどおり中で食うんで。」
「夏と冬は大変だぞ?」
「親方の工房に比べたらどこでも問題ないっす。」
確かに工房の暑さに比べればマシかもしれないが、冬場はかなり冷え込むはずだ。
設計図を見る限りではまともな断熱素材は使われていないみたいだし、凍死されてもこまるんだが。
まぁ本人がいいって言ってるんだし、俺がとやかく言うことじゃないか。
前々よりマートンさんより打診されていた独立に対してアーロイの出した答えは工房の新設だった。
当初はルティエ達のいる職人通りにでも店を出すのかと思ったが生憎と空いておらず、どうしようか悩んでいる所に正式に畑の管理者になったアグリが話を持ちかけたらしい。
アーロイは工房を作りたい。
アグリは畑を有効に使いたい。
二人の思惑が見事に合致し、今回の流れになったというわけだ。
俺としては別に急いで畑を埋めてくれと言った覚えはないのだが、後々になって工房を作るとなると貸し畑が成長したときに問題になるので先に建築を考えていたのだとか。
貸し畑用の倉庫も新設するそうで、一気に作ったほうが工賃が安いという理由もあるみたいだが、その辺はアグリにしかわからない。
俺の畑と貸し畑、その中央に倉庫関係を集約することでしっかりと土地の線引きをしたかったんだというのが俺なりの解釈だ。
日照関係も特に問題はないそうなので俺が断る理由もない。
「まぁ完成はもう少し先だ、それまではサングラスでしっかり稼いでくれ。」
「任してくださいっす。」
「私も一ついただきましたが、非常に便利ですね。屋内に入ったときにいちいち外さなくても問題ありませんし、土ぼこりなどが目に入る心配もありません。欲を言えば手元を見やすくしたいのですが、難しいようですね。」
「なんだ老眼か?」
「疲れ目だと思います。」
「ならいい感じの薬を作ったから今度持ってきてやろう、眼精疲労には効き目抜群だ。」
「あ、俺も欲しいっす!」
ルティエ達にも使ってもらったが中々いい反応が返ってきた。
細かい作業をしているとどうしても目を酷使する。
その疲れが短時間で取れると喜んだ半面、作業量が増えると嘆く職人もいた。
仕事量に関しては俺の知ったこっちゃないが、効果がわかるのはデータを作るうえで非常に助かる。
アーロイにも被験者になって貰うとしよう。
「シロウさんにも会えたんで工房に戻ります、お邪魔したっす!」
「あぁ気をつけてな。」
アーロイが元気に手を振り街の中へと消えていった。
「やりたくないといっていたわりに、中々アグレッシブじゃないか。」
「無理言って温室も作っていただきましたし、せめてその分だけでも稼がないとと考えた次第です。」
「いやいやガンガン稼いでくれ。」
「善処いたします。」
前までは、自分で畑を管理するのは嫌だと言っていたが畑の拡張と共にアグリに全部任せることにした。
最初こそしぶってはいたが、温室の件もあったのか案外すんなりと引き受けてくれたというわけだ。
貸し畑の方も使用者が決まってきているらしいので、それなりの収入も見込めるかもしえない。
アーロイが工房を作る北側は俺達で使う予定なので騒音なんかで問題になることもないだろう。
「で、実際はどうなんだ?」
「どうとは?」
「やりたくなかったこの仕事をやる気になった理由だよ。」
「別にやる気がなかったわけでは。」
「とかいいながら、自分で畑を持つ気はないと前にいってたじゃないか。」
「まぁ、それはそうなんですけども。」
何とも返事が中途半端だな。
今までなら結構はきはきと返事をしていたのだが、隠し事があるってかんじだ。
雇用主としてはこの辺はっきりさせたいのだが、そのせいで仕事をやめられても困るわけで。
「言えない事なら別に構わないぞ?」
「いえ、そういうわけでは。でもそうですねシロウ様にはお伝えしておいた方がいいかもしれません。」
「む、面倒ごとに巻き込まれているなら力を貸すぞ。」
「そういうのではありませんのでご安心ください。」
俺にできると言えば必要以上に持っている金とコネくらいなもんだが、大事な仕事仲間のピンチであればそれを使う覚悟はある。
とはいえそういう感じじゃなさそうだ。
「実はですね、今度嫁を迎えることになりまして。」
「なんだって!?」
「一人身であれば今の稼ぎでも何不自由なかったのですが、流石に家族が増えますとそういうわけにもいかなくてですね。この年で嫁に来てもらえるなんて非常にありがたい話なんですが、何分まだきまったばかりでしてご報告していませんでした。」
「めでたい話じゃないか。」
「おかげさまで。」
「いやぁ、一生畑と共に生きていくって感じだったアグリがなぁ。」
「あはは、それは私も思っていました。」
まさかの結婚報告。
確かに一人身であれば今の給料でも事足りるが、家族が増えるとなるとそういうわけにもいかないだろう。
仕事を引き受けてくれた時に給料UPも打診していたが、なるほど受けてくれたのは金だけではなかったんだな。
ん?
でもまてよ?
「結婚するって今の家に住むのか?」
「その予定です。」
「ちなみに、相手はどんな人?」
「シロウさんの所のような美人ではありませんが、気立てのいい私にはもったいないような人です。子供達も可愛いですし。」
「たち?」
「あぁ、その人は再婚なんですよ。旦那さんは元冒険者でして、潜ったまま帰らず一人で子供二人を育てていたんです。ここではよくある話ですが、シロウ様の援助が無ければこの冬は越せなかったでしょう。」
「それはいいんだが、マジか一気に子持ちか。」
「落ち着きましたら家族ともどもご挨拶に伺うつもりでした。」
それはいい。
挨拶なんていつしてもらってもかまわない。
そうじゃなくて、問題はもっと他にあるだろってことだ。
「いきなり三人も増えたらどう考えても家狭すぎだろ。大丈夫なのか?」
「仕方ありません、中々広い家は空きが出ませんから。」
「まぁそうだよなぁ。」
「そこを借りるお金もありませんし、今は辛抱する予定です。」
「出来ることがあれば何でも言えよ。」
「シロウ様でしたらそういって下さると思っていました。」
「ん?」
「そこでですね、一つご提案が。」
待ってましたと言わんばかりにアグリの目が光る。
それはもうキラン!と。
サングラスが光ったんじゃない、目が光った。
間違いない。
「な、なんだよ。」
「アーロイ様の小屋と一緒に新設する倉庫ですが、既存の物とは違うものにするつもりでいます。」
「具体的には?」
「広くなった畑を管理する上でも今後は誰かが常駐し管理する必要があると思っています。ですので、その場所に住居を設け管理者を住まわせることで今まで以上により細かな手入れが出来ると思うんです。」
「つまり自分が常駐するから家を建てさせてくれってことだろ?」
「話が早い。」
「はぁ、なんですんなり引き受けたかと思えばそれが狙いか。やられた。」
「妻も子供達も、畑と共に生きていく覚悟を決めております。魔物に襲われる可能性も承知の上です。どうかお許しいただけませんでしょうか。」
「ちなみに設計図は?」
「こちらに。」
そんなデカいのどこから取り出したんだよ、って収納カバンか。
まるで漫画に出てきたお助けロボットの様にシュルシュルと大きな紙を取り出すアグリ。
そこに書かれていたのは二階建ての至ってシンプルなものだった。
これ、住居部分はどう考えてもおまけだよな?
一階部分は倉庫のようだが、居住部となる二階部分にかろうじて生活できるだけの空間が掛かれている程度。
これを住居といっていいのか難しい所だ。
しっかし、まさか住居付きの倉庫とは想像していなかった。
「建設費用は?」
「今ある倉庫と同じ材料で作りますので、おおよそ金貨15枚ほどでしょうか。」
「やっす。」
「その分強度はしっかりしています。魔物が襲ってきても階段を落としてしまえば上がってこられる心配もありません。寒さに関しては秋ごろに火蜥蜴の被膜を内張して断熱材にしようかと考えています。」
「床が冷えそうだなぁ。」
「今の家も十分冷えますから、家族全員で住まわせて頂けるのであればそのぐらい問題ありませんよ。」
畑の事しか考えてないアグリが結婚を!とか思ったけど、やっぱり畑の事しか考えてなかった。
うぅむ、子連れで街の外とかアーロイもそうだが狂気の沙汰としかおもえないんだが。
番犬がいるとはいえかなりの危険がある。
その辺も考えてはいるんだろうけど、許可して何かあったら俺は耐えられるだろうか。
「仮に許可したとして、どうやって建設費用を返済するつもりだ?俺の土地だし借地料もかかるぞ?」
「畑は私と子供たちが、妻は婦人会の方で仕事をして稼ぐつもりでいます。それでも一月に銀貨10枚お支払いできれば良い方ですから10年ほどかけてお支払いさせて頂ければ。」
「10年で金貨9枚の儲けか、少ないな。」
「申し訳ありません。」
「だがそれを別の部分で補ってくれるのであれば文句はない。励めよ。」
「よろしいのですか?」
「これまで世話になってて断る理由はないだろ。いや、これからもか。」
確かに儲けは少ない。
アーロイの使用料を考えれば微々たるものだろう。
だがこれは利益を取るためじゃない。
世話になっているアグリへの、結婚祝いだ。
そう考えればむしろ金をもらえるだけ有難い話。
常駐してくれれば今まで以上に畑もよくなるだろう。
それは直接利益にもつながる。
断る理由はないよな。
「ありがとうございます!」
「追加の金がかかってもいいから家は急いで作ってもらえ、それと断熱材は初めから入れろ。そうだ台所は嫁さんの意見を聞いて設計しなおせ、家具が必要ならいい職人を紹介してやる。それから、えーっと・・・、ともかくせっかく住む家だそんな適当なやつじゃなくしっかりとした奴にしろ。最初の金は出してやる。」
「感謝の言葉もありません。」
「挨拶はまた時間があるときでいいからな。これからもよろしく頼む。」
手を伸ばすと男泣きしたアグリがしっかりとその手を握り返してきた。
まったく俺まで泣きそうになるだろうが。
我ながら柄にもない事をしてしまったが、たまにはいいだろう。
アグリに祝福あれ、ってね。
今年は当たり年だったのか同様の被害が結構出ていたようだ。
皆口々に、譲ってくれて助かったといっていたのだとか。
偶然とはいえ誰かの役に立ったのなら作った甲斐もあったというもの。
何はともあれ、畑は守られ野菜はすくすくと成長している。
耕した畑もアネットの肥料を撒いてあるので、後はなじむのを待つばかりだ。
「で?」
「北側の一角、ちょうど貸し畑を挟むようにして小屋を建設する予定です。」
「いや、それはいいんだが何でそこなんだ?」
「土地がないからでしょう。」
「ないからっていきなり街の外とかハードル高すぎだろ。何かあったらどうするんだよ。」
「一応城壁部から街中に入れますし何かあったときはルフとレイが気づきますから、逃げるだけであれば可能と判断しました。」
「なんというポジティブな考え方。」
「むしろご本人は何も気にせず作業できる環境が素晴らしいと、大変喜んでおられます。」
畑の様子を見に来た後、アグリから突然の報告を受けた。
なんでも是非畑を使わせてほしいとの申し出だったのだとか。
最初聞いたときは何をバカな事をと思ったが、職人に変わった奴は多いというし、彼もまたそうだったようだ。
魔物がはびこる街の外であえて暮らしたい。
普通の人は考えもしないことだ。
「ちなみに賃料は?」
「建設費は一旦此方で持ちまして月々の支払いと一緒に支払う契約になりました。建築費が金貨10枚それを含めて賃料は月額銀貨50枚です。」
「ひとまず一年でペイできる計算か。」
「そうですね、翌年以降は年間金貨12枚の収入となります。二年契約ですので年間金貨6枚の収益として管理する予定です。」
「うーむ、不動産ってのは儲かるもんだなぁ。」
指示も何もせず、ただ土地と建物を貸すだけでそれだけの不労所得が手に入るんだ。
いくら土地の少ない街とはいえ、これはかなりの利益になる。
とはいえ、貸すからには修繕などの管理に加えて魔物から命を守る必要も出てくる。
アグリの言うようにルフとレイがいれば事前に気づくことも出来るだろう。
後は本人が逃げてくれるのを祈るだけ。
本当にこの場所でいいんだろうか。
「あ、アグリさん、それにシロウさんじゃないっすか!」
「これはアーロイ様どうされました?」
「一応現場の確認をしておこうかと思っただけっす。」
「それはそれはわざわざありがとうございます。丁度目の前に広がるこの区画が予定地となっていまして、建築完了は来月半ばを予定しております。ご要望のありましたように工房と寝所は分けてありますが正直強度は期待しないでください。」
「寝て作業が出来ればそれでいいっす。風呂はジムでシャワー借りられることになったし、飯も今までどおり中で食うんで。」
「夏と冬は大変だぞ?」
「親方の工房に比べたらどこでも問題ないっす。」
確かに工房の暑さに比べればマシかもしれないが、冬場はかなり冷え込むはずだ。
設計図を見る限りではまともな断熱素材は使われていないみたいだし、凍死されてもこまるんだが。
まぁ本人がいいって言ってるんだし、俺がとやかく言うことじゃないか。
前々よりマートンさんより打診されていた独立に対してアーロイの出した答えは工房の新設だった。
当初はルティエ達のいる職人通りにでも店を出すのかと思ったが生憎と空いておらず、どうしようか悩んでいる所に正式に畑の管理者になったアグリが話を持ちかけたらしい。
アーロイは工房を作りたい。
アグリは畑を有効に使いたい。
二人の思惑が見事に合致し、今回の流れになったというわけだ。
俺としては別に急いで畑を埋めてくれと言った覚えはないのだが、後々になって工房を作るとなると貸し畑が成長したときに問題になるので先に建築を考えていたのだとか。
貸し畑用の倉庫も新設するそうで、一気に作ったほうが工賃が安いという理由もあるみたいだが、その辺はアグリにしかわからない。
俺の畑と貸し畑、その中央に倉庫関係を集約することでしっかりと土地の線引きをしたかったんだというのが俺なりの解釈だ。
日照関係も特に問題はないそうなので俺が断る理由もない。
「まぁ完成はもう少し先だ、それまではサングラスでしっかり稼いでくれ。」
「任してくださいっす。」
「私も一ついただきましたが、非常に便利ですね。屋内に入ったときにいちいち外さなくても問題ありませんし、土ぼこりなどが目に入る心配もありません。欲を言えば手元を見やすくしたいのですが、難しいようですね。」
「なんだ老眼か?」
「疲れ目だと思います。」
「ならいい感じの薬を作ったから今度持ってきてやろう、眼精疲労には効き目抜群だ。」
「あ、俺も欲しいっす!」
ルティエ達にも使ってもらったが中々いい反応が返ってきた。
細かい作業をしているとどうしても目を酷使する。
その疲れが短時間で取れると喜んだ半面、作業量が増えると嘆く職人もいた。
仕事量に関しては俺の知ったこっちゃないが、効果がわかるのはデータを作るうえで非常に助かる。
アーロイにも被験者になって貰うとしよう。
「シロウさんにも会えたんで工房に戻ります、お邪魔したっす!」
「あぁ気をつけてな。」
アーロイが元気に手を振り街の中へと消えていった。
「やりたくないといっていたわりに、中々アグレッシブじゃないか。」
「無理言って温室も作っていただきましたし、せめてその分だけでも稼がないとと考えた次第です。」
「いやいやガンガン稼いでくれ。」
「善処いたします。」
前までは、自分で畑を管理するのは嫌だと言っていたが畑の拡張と共にアグリに全部任せることにした。
最初こそしぶってはいたが、温室の件もあったのか案外すんなりと引き受けてくれたというわけだ。
貸し畑の方も使用者が決まってきているらしいので、それなりの収入も見込めるかもしえない。
アーロイが工房を作る北側は俺達で使う予定なので騒音なんかで問題になることもないだろう。
「で、実際はどうなんだ?」
「どうとは?」
「やりたくなかったこの仕事をやる気になった理由だよ。」
「別にやる気がなかったわけでは。」
「とかいいながら、自分で畑を持つ気はないと前にいってたじゃないか。」
「まぁ、それはそうなんですけども。」
何とも返事が中途半端だな。
今までなら結構はきはきと返事をしていたのだが、隠し事があるってかんじだ。
雇用主としてはこの辺はっきりさせたいのだが、そのせいで仕事をやめられても困るわけで。
「言えない事なら別に構わないぞ?」
「いえ、そういうわけでは。でもそうですねシロウ様にはお伝えしておいた方がいいかもしれません。」
「む、面倒ごとに巻き込まれているなら力を貸すぞ。」
「そういうのではありませんのでご安心ください。」
俺にできると言えば必要以上に持っている金とコネくらいなもんだが、大事な仕事仲間のピンチであればそれを使う覚悟はある。
とはいえそういう感じじゃなさそうだ。
「実はですね、今度嫁を迎えることになりまして。」
「なんだって!?」
「一人身であれば今の稼ぎでも何不自由なかったのですが、流石に家族が増えますとそういうわけにもいかなくてですね。この年で嫁に来てもらえるなんて非常にありがたい話なんですが、何分まだきまったばかりでしてご報告していませんでした。」
「めでたい話じゃないか。」
「おかげさまで。」
「いやぁ、一生畑と共に生きていくって感じだったアグリがなぁ。」
「あはは、それは私も思っていました。」
まさかの結婚報告。
確かに一人身であれば今の給料でも事足りるが、家族が増えるとなるとそういうわけにもいかないだろう。
仕事を引き受けてくれた時に給料UPも打診していたが、なるほど受けてくれたのは金だけではなかったんだな。
ん?
でもまてよ?
「結婚するって今の家に住むのか?」
「その予定です。」
「ちなみに、相手はどんな人?」
「シロウさんの所のような美人ではありませんが、気立てのいい私にはもったいないような人です。子供達も可愛いですし。」
「たち?」
「あぁ、その人は再婚なんですよ。旦那さんは元冒険者でして、潜ったまま帰らず一人で子供二人を育てていたんです。ここではよくある話ですが、シロウ様の援助が無ければこの冬は越せなかったでしょう。」
「それはいいんだが、マジか一気に子持ちか。」
「落ち着きましたら家族ともどもご挨拶に伺うつもりでした。」
それはいい。
挨拶なんていつしてもらってもかまわない。
そうじゃなくて、問題はもっと他にあるだろってことだ。
「いきなり三人も増えたらどう考えても家狭すぎだろ。大丈夫なのか?」
「仕方ありません、中々広い家は空きが出ませんから。」
「まぁそうだよなぁ。」
「そこを借りるお金もありませんし、今は辛抱する予定です。」
「出来ることがあれば何でも言えよ。」
「シロウ様でしたらそういって下さると思っていました。」
「ん?」
「そこでですね、一つご提案が。」
待ってましたと言わんばかりにアグリの目が光る。
それはもうキラン!と。
サングラスが光ったんじゃない、目が光った。
間違いない。
「な、なんだよ。」
「アーロイ様の小屋と一緒に新設する倉庫ですが、既存の物とは違うものにするつもりでいます。」
「具体的には?」
「広くなった畑を管理する上でも今後は誰かが常駐し管理する必要があると思っています。ですので、その場所に住居を設け管理者を住まわせることで今まで以上により細かな手入れが出来ると思うんです。」
「つまり自分が常駐するから家を建てさせてくれってことだろ?」
「話が早い。」
「はぁ、なんですんなり引き受けたかと思えばそれが狙いか。やられた。」
「妻も子供達も、畑と共に生きていく覚悟を決めております。魔物に襲われる可能性も承知の上です。どうかお許しいただけませんでしょうか。」
「ちなみに設計図は?」
「こちらに。」
そんなデカいのどこから取り出したんだよ、って収納カバンか。
まるで漫画に出てきたお助けロボットの様にシュルシュルと大きな紙を取り出すアグリ。
そこに書かれていたのは二階建ての至ってシンプルなものだった。
これ、住居部分はどう考えてもおまけだよな?
一階部分は倉庫のようだが、居住部となる二階部分にかろうじて生活できるだけの空間が掛かれている程度。
これを住居といっていいのか難しい所だ。
しっかし、まさか住居付きの倉庫とは想像していなかった。
「建設費用は?」
「今ある倉庫と同じ材料で作りますので、おおよそ金貨15枚ほどでしょうか。」
「やっす。」
「その分強度はしっかりしています。魔物が襲ってきても階段を落としてしまえば上がってこられる心配もありません。寒さに関しては秋ごろに火蜥蜴の被膜を内張して断熱材にしようかと考えています。」
「床が冷えそうだなぁ。」
「今の家も十分冷えますから、家族全員で住まわせて頂けるのであればそのぐらい問題ありませんよ。」
畑の事しか考えてないアグリが結婚を!とか思ったけど、やっぱり畑の事しか考えてなかった。
うぅむ、子連れで街の外とかアーロイもそうだが狂気の沙汰としかおもえないんだが。
番犬がいるとはいえかなりの危険がある。
その辺も考えてはいるんだろうけど、許可して何かあったら俺は耐えられるだろうか。
「仮に許可したとして、どうやって建設費用を返済するつもりだ?俺の土地だし借地料もかかるぞ?」
「畑は私と子供たちが、妻は婦人会の方で仕事をして稼ぐつもりでいます。それでも一月に銀貨10枚お支払いできれば良い方ですから10年ほどかけてお支払いさせて頂ければ。」
「10年で金貨9枚の儲けか、少ないな。」
「申し訳ありません。」
「だがそれを別の部分で補ってくれるのであれば文句はない。励めよ。」
「よろしいのですか?」
「これまで世話になってて断る理由はないだろ。いや、これからもか。」
確かに儲けは少ない。
アーロイの使用料を考えれば微々たるものだろう。
だがこれは利益を取るためじゃない。
世話になっているアグリへの、結婚祝いだ。
そう考えればむしろ金をもらえるだけ有難い話。
常駐してくれれば今まで以上に畑もよくなるだろう。
それは直接利益にもつながる。
断る理由はないよな。
「ありがとうございます!」
「追加の金がかかってもいいから家は急いで作ってもらえ、それと断熱材は初めから入れろ。そうだ台所は嫁さんの意見を聞いて設計しなおせ、家具が必要ならいい職人を紹介してやる。それから、えーっと・・・、ともかくせっかく住む家だそんな適当なやつじゃなくしっかりとした奴にしろ。最初の金は出してやる。」
「感謝の言葉もありません。」
「挨拶はまた時間があるときでいいからな。これからもよろしく頼む。」
手を伸ばすと男泣きしたアグリがしっかりとその手を握り返してきた。
まったく俺まで泣きそうになるだろうが。
我ながら柄にもない事をしてしまったが、たまにはいいだろう。
アグリに祝福あれ、ってね。
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