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553.転売屋は引越しをする

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「その荷物はこっちへお願いします。」

「あ、その斧は倉庫で革鎧は部屋によろしく。長剣は・・・玄関じゃダメか。」

「不用心すぎるだろ。」

「いざとなったらグレイスが使えるわよね?」

「この軽さでしたら問題ないかと。」

「マジか。」

引っ越し当日。

荷物が少なくなっていたとはいえ、全くないわけではないので冒険者の手を借りて荷物の運搬を開始した。

引っ越しするぞと女達に言うと帰ってきた返事は「やっと?」という感じだった。

渋っていた俺がいつ言い出すのかと待っていたようだ。

どうもすまんね。

何はともあれ引っ越しすると決まってからはあっという間。

翌日には引っ越し手伝いの依頼が張り出され、その日の夕方には締め切られた。

仕事内容もさることながら報酬が魅力的だったんだろう。

手伝いをするだけで銀貨2枚、それと飯付き。

力仕事が大半だが冒険者がそんな事に臆することは無い。

「シロウはもう終わったの?」

「いう程荷物らしい荷物はないしな、大事なのは金だし。」

「まぁそれもそうね。でもせっかく広い部屋に引っ越すんだから少しずつ増やしたら?壁とか寂しいでしょ。」

「フェルさんに貰った絵でも飾るか。」

「あ、あれは応接室に飾るってミラが言ってたわよ。」

「マジか。」

「商談する時に見栄えがする物が欲しかっただって。」

今後はそこで打ち合わせやら商談をすることになる、自慢するわけではないがそう言う品を持っているとアピールするのは大事な事なんだろう。

致し方ない。

「カニバフラワーでも飾るか。」

「寝起きに見たい?」

「・・・パス。」

「それは廊下にでも飾ればいいわよ。今度正式に依頼してみたらいいんじゃない?」

「高そうだなぁ。」

「そうねぇ、金貨100枚は越えるかもね。」

自分の部屋にそんな高価な絵を飾る必要はないんだが。

それなら露店で見つけた布やらなんやらを飾る方が性に合ってる。

今度探しに行ってみるかな。

「たっぷり時間はある、少しずつ増やしていくさ。」

「じゃあ私は服の整理があるから。やっと好きなだけ新しいのが増やせるわ。」

「増やせるって言っても限界はあるからな。」

「わかってるわよ。」

部屋付きのクローゼットもなかなかの収納力があるとはいえ無限に入るわけじゃない。

俺と違ってこまごまとしたものが多いからなぁ。

下着やら化粧品やらそういうのも入れるんだろう。

暇になったので屋敷の中を見て回る。

他のみんなも大まかな搬入は終わったので、後はアネットの荷物を地下室に入れれば完了のはずだ。

「あ、お館様!」

「キルシュか、弟はどうした?」

「ハワードさんのお手伝いです。」

「そうか。急に人がたくさん来て大変だろうがこれからよろしく頼むな。」

「大丈夫です、よろしくお願いします。」

ぺこりとお辞儀をすると廊下を走って行ってしまった。

いきなり四人も増えるんだ、仕事も増えるし彼女達の負担も多くなる。

まぁ、元々はそれが仕事だし大丈夫だろうけどな。

エントランスを上から覗くと、冒険者が忙しそうに荷物を抱えては奥へ、また荷物を受け取りに玄関へと忙しそうに出入りしているのが見えた。

屋敷の前には馬車が止められている。

あれ全部アネット用の素材なんだなぁ。

うぅむ、中々の量だ。

「シロウ様少しよろしいですか?」

「ミラか、部屋の片づけは終わったんだろ?どんな感じだ?」

「素晴らしいお部屋です、タンスだけでなくドレッサーまでついているなんて。母が見たら羨ましがります。」

「別に呼んでもいいんだぞ?」

「元気なうちはまだ。それに本人が来たがらないと思います。」

「ま、それもそうか。オバちゃん頑固だからなぁ。」

そこまで老け込んでないよ!とか言って怒られそうだ。

でもいずれは迎え入れるつもりでいる。

「ふふ、そうですね。」

「それで話ってのは?」

「メルディ様がこちらへ来られています、応接室にご案内していますのでお相手をお願いいたします。」

「メルディが?」

メルディには店を任せているはずだが、何かあったんだろうか。

いや、あったらすぐに連絡が来るか。

ミラはアネットの手伝いをするらしいので俺だけで応接室へと向かう。

コンコンとノックすると中から元気な返事が返って来た。

「シロウだ、どうした急に。」

「すみませんちょっとお話したいことがありまして。」

「話?」

店については前々から話をつけてある。

俺達が引っ越したらメルディがそこに引っ越し、俺達が通いで店に行く。

「実はこんな物が出てきたんです。」

「なんだこれ。」

「てっきり忘れものだと思ったですけど、違いますか?」

「何処にあった?」

「寝室に備え付けられたタンスの裏側に。」

つまりホルトが店をしていた頃の物か。

あのタンスは俺が使っていたがこんな物を入れた覚えはない。

エリザ達にも使用させていないので間違いないはずだ。

「開けたか?」

「いえ、大事な物だと困ると思って。」

「あぁ、それでミラにも事情を話さなかったのか。」

「秘密の品だったら大変です。」

「そう言う気配りは嫌いじゃない、助かった。そっちの引っ越しは終わったのか?」

「はい!冒険者の皆さんがあっという間に運び込んでくださいました!」

「掃除とかできなくて悪いな、食器関係は好きに使ってくれ。」

「すごい物ばかりで本当にいいんでしょうか。」

「今後人が増えたらそこに住んでもらう事もあるだろう、それまでは自由に使っていいぞ。」

中古品で悪いが物は悪くない。

食糧関係も置いてきたので当分は困らないはずだ。

メルディを部屋の外まで見送り、一人応接室に残る。

机の上にはメルディが見つけた真っ黒い箱。

大きさは10cm程の正方形。

見た目だけで言えば少し大きなさいころって感じだが、問題はその色だ。

真っ黒。

いや、漆黒といってもいいかもしれない。

禍々しい雰囲気すら感じるそれは置いてあるだけなのに強い圧を感じてしまう。

メルディが持ってこれたんだからそう感じるのは俺だけかもしれないけど。

とりあえず鑑定してみるか。

ゆっくりと手を伸ばし親指と人差し指で軽くつまんでみる。

そんなに重さはなかった。

『未達の箱。箱にかけられた目標を達成することで開封される魔法の箱。だがいまだかつて誰も開けたことがないため何が入っているかすらわからない。最近の平均取引価格は金貨1枚。最安値金貨1枚最高値金貨1枚。最終取引日は5年と624日前と記録されています。』

誰もあけたことのない箱、か。

色も相まって中身がわからないってのは中々に不安を煽ってくる。

ポジティブな内容が書かれているのならまだしも、それすらもわからないんだもんなぁ。

何かの目標を達すると開く。

で、その目標ってのは?

それもわからないんじゃ誰も開けられないよね。

ホルトもそれをわかって買い取ったんだろうけど、持って行かなかったことから察するに存在を忘れていたんだろうか。

うーむ。

「失礼します、今よろしいですか?」

どうするか悩んでいると外からハーシェさんの声が聞こえてきた。

「入ってくれ。」

「失礼します。あら、それは?」

入ってきてすぐに箱の存在に気がついたハーシェさん、触らせるべきか悩んだが現状では問題ないだろう。

「メルディが見つけてくれた未達の箱ってものらしい、中身も開け方もわからない変なやつだよ。」

「未達、何かを達成しないとあかないのでしょうか。」

「鑑定スキルでもそう表示されている。」

「ちょっと失礼しますね。」

おずおずといった感じでハーシェさんがゆっくりと箱に手を伸ばす。

人差し指が触れたその瞬間。

「え?」

「うぉ、光った。」

箱の輪郭部分が白く光った。

まるでSF映画のワンシーンに出てくるような感じで、白い光が触れた部分から反対側へと走った。

俺が触っても反応しなかったのに。

「シロウ様が触っても光りませんでしたか?」

「あぁ、俺じゃダメだった。」

「何が原因なんでしょう。」

その後もハーシェさんが触れたときだけ白く光る。

後で他の女達にも触らせてみたほうがいいかもしれない。

「わからんが害はなさそうだな。」

「やわらかい光でした。何が出てくるのか楽しみですね。」

俺は不安の方が大きいがハーシェさん的にはそうでもないらしい。

どっちの感覚を信じるか。

まぁ、答えがわからないんだから放置しても問題はないだろう。

「で、どうしたんだ?」

「マリー様とアニエス様のお部屋なんですが、本当にまだ用意しなくてよろしいのですか?」

「なんでも屋敷の引渡しが難航しているらしい。しばらくは向こうに住むしかないそうだ。」

「そうですか。」

「まぁ、夏ぐらいまでにはカタがつくらしいから、それまでは俺達だけだな。今日からよろしく頼む。」

「やっと皆さんと一緒になれました。」

「待たせたな。」

「いえ、コレで安心して出産できます。いい子を産みますから楽しみにしてください。」

「あぁ。だがくれぐれも無理はするなよ?」

俺が言うのもなんだが仕事の事になるとかなり熱中するタイプだからなぁ。

今まではアインさんがストッパーになってくれたが、海運のほうに尽力して貰うのでその力をかりることができない。

俺も日中は店に出ているので心配は心配だ。

まぁ、グレイスがいるしその辺はコントロールしてもらうしかないか。

「大丈夫です。」

「ならいいんだが。アネットのほうはどんな調子だった?」

「お薬の材料関係は搬入が終了しました。後はこまごまとした部分を整えていかれるとのことですから今の馬車が空になれば冒険者様達には上がっていただこうと思っています。」

「代金の支払いはギルドがやってくれるから引継ぎはエリザにやらせといてくれ。」

「畏まりました。それでその箱はどうされるんです?」

「さっきまでは適当にしまっておこうかと思ったが、後で全員に見て貰うつもりだ。」

「また光るかもしれませんね。」

「もしそうなら何か関係性があるかもしれん。もし開けれたら俺達が第一号みたいだぞ。」

まだ誰も開けたことがないから未達なわけだし。

そもそも何のために作られたのかさえ不明だからな、一応は調べたほうがいいだろう。

新しい生活が今日から始まる。

せっかくだし新しい目標を決めてもいいかもしれないな。

最近は漫然と仕事している感がある。

ここらでもう一度自分の未来を定めておこう。

とりあえずこの箱を開ける、ってのはどうだ?

安直過ぎるだろうか。

まぁいい、皆と一緒に考えればいいか。

とりあえず箱を棚に置いてハーシェさんと部屋を出る。

誰もいなくなった応接室で再び箱が光ったのだがそれに気づくことはもちろんなかった。
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