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551.転売屋は船に乗る

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「おー、見違えたなこれは。」

「ピッカピカじゃない。これで中古品だなんて信じられないわ。」

アインさんより船が直ったとの報告を受けた。

荷物を運ぶついでに現物を確認しに来たわけだが、買い付けた時のボロボロ具合が嘘のように光り輝いている。

確かに所々くすんだままの場所もあるが、それは全体の数パーセントにすぎないだろう。

「あ、やっぱりシロウさんの声でした。」

デッキ部分から首だけがぴょこんと出てきてこちらを見てくる。

まるで生首と話をしているような錯覚を覚えるなぁ。

「随分と早く直ったって聞いたんで飛んで来たぞ。」

「すみませんお忙しいのに。」

「嘘よ、こっちに来る仕事があったからついでに来ただけ。変なこと言って困らせるんじゃないわよ。」

「へいへい悪かったって。」

「どうぞ入ってください、すぐにガレイを呼んできます。」

「ここにいるのか?」

「今最後の調整をしているところです、引っ張ってでも連れて来るのでちょっと待ってくださいね。」

生首が視界から消え、代わりに軽快な足音が聞こえてくる。

勝手知ったる・・・でもないがとりあえず甲板に移動してアインさんたちが戻ってくるのを待った。

「こっちもピカピカねぇ。」

「これを一人で掃除したのか。金払った方がいいんじゃないか?」

「払いたかったら払えばいいじゃない。でも前金でそれなりに渡してるんでしょ?」

「それは修繕費と燃料代だ。工賃はまた別だろう。」

「お人好しなんだから。」

「ほら、早く来なさい!シロウさんが待ってるんだから!」

「そんなに急がなくても良いじゃないか、待ってくれるんだろ?」

宣言通りアインさんに引っ張られるようにして見知らぬ男が船底から上がってくる。

ドワーダだろうか、小さいが体つきはかなりごついようだ。

「なんだ、仕事の途中に連れてきたのか。」

「微調整といって恥ずかしがっていただけです。ほらガレイ、こちらがシロウさん、この船の持ち主よ。」

「シロウだ。話には聞いていたがまさかこんなに綺麗にしてくれているとは思わなかった、改めて礼を言わせてくれ。」

「ガレイといいます。久々に素晴らしい船を触らせてもらってお礼を言うのはこちらの方です。それにあのマザージュエルも素晴らしい、良くあんなものが手に入りましたね。」

「それはこいつに言ってくれ、傷をつけずにとどめを刺したのはエリザだ。」

「偶然よ偶然。でも久々に戦い甲斐のある相手だったわ。」

いや、戦い甲斐のあるって今言うべきことか?これだから脳筋は・・・。

「とりあえず直したところ見てもらったら?もう動くんでしょ?」

「だからその微調整をしてたんだよ。でも、そうだね見てもらった方が早いかもしれない。」

「調整はいいのか?」

「試運転は済ませてあります、ひとまず実際の動きを見てくださいますか?」

「もちろんだ。」

百聞は一見に如かず。

どれだけ良くなったか見せてもらうとしよう。

船尾付近に設置された運転台へと移動をする。

他の場所よりも少し高くなっているので周りがよく見える。

今回は魔石で動かすようで帆はたたまれたままのだった。

「ねぇ、先っぽに見える棒は何?風よけ?」

「あれは距離を測るための道具です。運転台のこの装置を通してみることで船首が他の船と当たらないようにコントロールできます。」

「確かにここからだと見えにくいからなぁ。」

「あの、魔石を使いますが構いませんか?」

「そのぐらいケチケチしなくていいぞ、こいつの本気を見せてくれ。」

「かしこまりました。念のためにどこかにはつかまっていてください、怪我をします。」

さっきまでは少し頼りない物言いだったが、急に芯のある感じに変わった。

どうやら船のことになると人が変わるタイプのようだ。

「では出港します。」

いつの間にかアインさんが岸壁の縄を解きに向かっていた。

戻ってきたのを確認してからゆっくりと船が動き出す。

最初は歩くよりも遅く、だが川の中央付近に移動するとグングンと速度が上がりだす。

「これは・・・すごいな!」

「ね、前とは大違いよ。」

「随分と痛んでいた部分が多いので本来の速度が出せなかったんだと思います、応急処置ではありますが通常航行に支障がない程度には直させてもらいました。もう少し加速できますが、どうされますか?」

「やってくれ。」

「はい。」

体感で時速40kmぐらいは出ているはずなのに、さらにグングンと速度が上がっていく。

これが曲がりくねった川だったらここまでの速度を出せなかっただろうけど、ここは整備されているため直線が多い。

この先は曲がりくねった部分もあるのでさすがにそこでは速度を下げるだろう。

ある程度いった所で速度を落とし、今度は帆を張って川を遡上する。

向かい風が追い風に。

風だけでもそれなりの速度は出るようだ。

おおよそ一時間ほどで俺達は元の場所へと戻ってきた。

「いかがでしたでしょうか。」

「正直侮っていた。すごいな、この船は。」

「そうでしょう!新造船でもこれほどの物はなかなか出回りません、非常にいい品を買われたと思います。」

「そんなにか?」

「はい。」

即答だな。

目を輝かせてまるで子供みたいじゃないか。

「アインさんに聞いていた以上に船が好きみたいだな。」

「あ!も、申し訳ありません、つい・・・。」

「いやいい、変に持ち上げられるよりもよっぽど気持ちのいい返答だった。色々と話は聞かせてもらっているし、今置かれている現状も理解している。金が要るんだってな。」

「お恥ずかしい話です。」

「船団を守るためとはいえ裏ではご禁制の品まで扱ったような船団だぞ、そこまでする必要があったのか?事実もう存在せず残ったのは借金だけだ。」

「それでもあの時の私には必要な事でした。今でもあの選択は間違ってなかったと思っています。」

「そうか。」

「でも欲を言えば、是非この船を使わせていただきたい。これならばどのような場所へでも迅速にかつ安全に荷物を運ぶことが出来ます。割れ物や生鮮食品、本来衝撃の多い馬車ではなくこういった船で運ぶべき品はたくさんある。にもかかわらずそれが使われていないのが現状です。燃料費が高いという理由もありますが、聞けばそれもダンジョン産のもので賄えるとか。走らせてからになりますが港町との往復は銀貨70枚もあれば可能でしょう。」

一切目線をそらすことなく、まっすぐに俺を見ながら説明してくる。

何もやましいことはない。

だから自信を持って発言できるんだろう。

話に聞いていたように真面目で実直、悪い人ではなさそうだ。

「アインさん。」

「はい。」

「俺の立場は伝えてあるよな?」

「それはもちろん。」

「それをわかっていて船を使わせてくれ・・・か。その覚悟はあるんだよな?正直かなりの金を稼ぐ必要があるぞ。今の借金はどのぐらいなんだ?」

「毎月銀貨70枚ほど、それをあと20年で払う予定です。」

残りは金貨336枚ってところか。

普通に考えればかなりの金額だが、俺にとってはまぁ普通だな。

「なら毎月金貨1枚は最低でも稼いでもらう。あぁ、今までの借金とは別にな。」

「え、別ってことは全部で金貨1枚と銀貨70枚?無茶でしょ。」

「無茶でもやってもらわなきゃ困る。ご禁制の品を扱っていたって噂が出回ればこっちはそれ以上の損失を受けるんだ。もっとも、それも俺が商売した時の話だけど。」

そこまで言って俺はにやりと笑う。

そう、俺が輸送業なんて始めてこの人を雇うとそんなことになるだろう。

噂はなかなか消えることはない。

ご禁制の品を扱っているやばい店という噂が出れば客は一気に減るだろうし、他の仕事にも同様の影響が出てくる。

だが、それも俺がやったらの話だ。

「俺の代わりに商売するとして、船の使用料は毎月銀貨50枚。加えて総売り上げの10%をロイヤリティとして支払ってもらう。あぁ、停泊料はもちろんそっち持ちで俺達が荷物を運ぶときは相場の半値で受けてもらうからそのつもりでいてくれ。そんな条件でも船を持ちたいと思うか?」

「使わせて頂けるのであれば喜んでお支払いいたします。」

「口で言うのは簡単だ。特に借金のあるやつに船を任せるなんてのはバカのすること、そこで何かあった時はアインさんに全ての責任を負ってもらう。破産したとしても残債を払うのは俺じゃない、奴隷になるのは自分だけじゃなくアインさんも一緒だ。」

「私の体一つでガレイに船を貸してくださるのなら、喜んで。」

「だそうだ。ここまで惚れられた女を不幸にするような馬鹿な男じゃないよな、アンタは。」

「本当にいいのか?」

「元々そのつもりだったから。ガレイが仕事をするのなら私もその手伝いをするわ、だって貴方は船の上が一番似合うもの。」

自分が奴隷に落ちるのも厭わず好きな男の為にその身を捧げるなんて、随分と惚れこんでいるじゃないか。

まるで映画のワンシーンのようだ。

熱の入った二人に思わずエリザがため息をつく。

「いいなぁ、あんなこと言ってみたい。」

「ちなみに俺はどこが一番似合うと思う?」

「お金の上じゃない?」

「お前、歩いて帰れ。」

「冗談冗談、冗談だってば!」

全くこいつは。

エリザがふざけたことで二人が我に返り恥ずかしそうにそっぽを向く。

その顔は茹でたこのように真っ赤だ。

「確かアインさんは輸送ギルドに所属してないんだったな。」

「はい、なので水運業を始めるとしても問題はありません。」

「だがいい顔はされないだろう。」

「シロウさん関係ですからね、向こうも文句は言えませんよ。それに船が使えれば向こうにも利はありますから、私も引き続き陸路で商売を続けるつもりです。」

「いっそのこと一緒に仕事したらどうなんだ?」

「実は船ってちょっと苦手で。やっぱり地面の上が好きなんです。」

気持ちはわかるがそれでいいのか?

あ、いいのか。

お互いがお互いの場所で働く事で認め合えるんだろう。

その辺は好き合った者同士で勝手にやってくれればいい。

俺はいつもと同じく何もせずに金が手に入るわけだしな。

しっかし、仕事がどんどんと増えて自分が何をさせているのかわからなくなってきた。

何もせずに金が入るのはうれしいが、ここらでちょっと今後について考えた方がいいかもしれない。

「エリザ、帰るぞ。」

「え、今から?泊って行かないの?」

「違うって二人の邪魔になるから帰るぞって言ってんだ。」

「あ、そか。」

「じゃ、邪魔だなんてそんな・・・。」

「とりあえず毎月収支報告は出してくれ、何をしてどれだけ稼いだかわかればいい。運営資金として金貨5枚置いていくから燃料費もそれで賄うように。それぐらいできるだろ?」

「頑張ります。」

「それじゃ二人ともお幸せに!シロウ、行くわよ。」

「わかってるっての。」

ポケットから無造作に金貨を取り出すと二人に向かって軽く投げる。

投げてから気づいたが今船の上だったな。

そりゃ二人とも大慌てで受け取るわけだ。

うん、悪かった。

これにて船も一件落着。

ふとエリザが俺の腕に自分の腕を絡めてくる。

あの二人に触発されたんだろう。

今日は激しい夜になりそうだ。

そんな事を思いながら、俺もエリザの胸に肘を強く当てながら夜の街へと繰り出すのだった。
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