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508.転売屋は楽器を修理する

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「どうしてこうなった。」

「まぁいいじゃないか、僕は新しい歌のヒントをもらえる上に相棒まで直してもらえるんだから。今思えば彼女に感謝したいぐらいだよ。」

「こんなことになるんなら助けなきゃよかったよ。」

「おや、そんな事を言うなんて僕は悲しいなぁ。」

「そういう所だっての。」

楽器があればポロロンとなっていそうな雰囲気。

どうしてこうなったのか。

時間をさかのぼること半日。

事の始まりは一角亭で食事を楽しんでいた時だった。

いつものようにイライザさんの店で鍋を楽しんでいると、大きな話し声と共に一組のカップルが来店してきた。

男は冒険者、女は・・・恐らく娼婦だろう。

派手な衣装に派手な化粧。

若くなければケバイと言われるような化粧も、彼女の年齢ならまだ許される。

服装も季節のわりに露出が多く、若さを前面に出すタイプのようだ。

顔はまぁ普通。

俺の女達の方が美人であることは間違いない。

「いらっしゃい。」

「とりあえず鍋、それとエール。」

「味は・・・。」

「何でもいいって言ってんだろ!」

注文を取りに行ったファンに怒鳴りつける冒険者、そしてそれを見て笑う娼婦。

店の雰囲気が一瞬悪くなるものの、そんなのでビビる冒険者たちではない。

他の冒険者たちは特に気にする様子もなく食事を続ける。

さっきの冒険者も大声で会話しているものの、特に騒ぐ感じはないようだ。

「いやねぇ、あんなのが増えて。」

「ここはそういう町だろう?王都の下町に行けば似たようなのはいるさ。」

「王都にはよく行くのか?」

「そうだね、一年の半分は旅に出て残りは王都でって感じかなぁ。」

「フェル様と同じく王家に出入りしておられるとか。」

「僕はフェル程強く入り込めないよ。王家は怖い人が多いから。」

何の御縁かあれからマイクさんとは食事を一緒にするぐらいには仲良くなった。

まぁ、フェルさんと共通の友人だからというのもあるが冒険者ギルド前で良く歌っているのでそれでついというのが大きいだろう。

吟遊詩人だけあって話も面白いし、歌も上手なので女達も気に入っているようだ。

もっとも、同性愛者だと早々にカミングアウトされたので女達に手を出される事はない。

ちなみに俺は好みじゃないそうだ。

「お、あそこにいるのは噂の吟遊詩人じゃないか。おい、ちょっとここで歌ってくれよ。」

楽しく食事をしていると、さっきの冒険者がマイクさんに気づきちょっかいを出してきた。

エリザが立ち上がろうとするがそれをマイクさんが制する。

「お誘いはうれしいけれど生憎と今は休憩中でね、それに歌にする題材もないんじゃ・・・。」

「俺様の武勇伝を聞かせてやるぜ、それで文句ないだろ。」

「あ~・・・。」

めんどくさいオーラを出してるにもかかわらず空気を読めない残念な冒険者。

立ち上がったかと思うとヅカヅカとこちらへ歩み寄り、マイクさんの腕を強引につかんだ。

「ちょっと!」

「なんだコラ!」

「なんだじゃないでしょ、休憩中だって言ってるじゃない。」

「うるせぇなぁ、ブスは黙ってろ!」

「ぶ・・・。」

あーあ、言っちゃった。

言ってはならぬことをこいつは口に出してしまったな。

「おい。」

「今度はなんだよ、お前みたいなひょろひょろ俺の敵じゃ・・・。」

「この人は俺の客、そしてこいつは俺の女。静かに酒も飲めないようなバカはさっさと出て行け、食った分は俺が払っといてやるから。」

「んだとぉ!」

マイクさんの腕を離し今度は俺の胸倉をつかもうとするが、それをエリザがしっかりとガードした。

「ちょっと、シロウに何するのよ。」

「いてぇな、離しやがれ!」

頭に血が上った男は右腕をつかまれたまま反対の腕でエリザに殴り掛かる。

それを難なく避けて男を自分の席まで投げ飛ばした。

派手な破壊音と共に食器が散乱する。

それと同時に一緒にいた娼婦の叫び声が店中に響いた。

おい、イライザさんの店だぞ。

もっと穏便なやり方があっただろう。

「このあまぁぁぁぁぁ!」

男が素早く立ち上がり腰にぶら下げた短剣を抜く。

おいおい、抜いていいのは殺される覚悟があるやつって・・・エリザ丸腰じゃねぇか。

さすがに丸腰じゃエリザもやばい、そう思った次の瞬間。

「へぶし!」

男の顔面に茶色い何かが叩きつけられた。

破壊音は聞こえなかったが、代わりに何かが切れる音がする。

男が再び吹き飛ばされると同時に線のような何かが俺の前を通過した。

今ヒュンって音しなかったか?

「女性に手を上げる男にはこれで十分だろ。」

「おい、何か切れてるぞ。」

「あ。」

マイクさんが叩きつけたのは自分のリュート。

幸い楽器そのものは無事のようだが、音を鳴らすための弦が切れてしまったようだ。

っていうか顔面殴りつけるとか中々過激だな。

口調も違ったし、こっちが本性なのか?

「弦が・・・。」

「あー、まぁ仕方ないよ。女性を守るためだから。」

「相手は・・・伸びたままだな。」

「とりあえずギルドに連れて行くわ、責任取らせないと。」

「いいよいいよ、僕がやったことだし。」

「ダメ、これは冒険者の沽券に関わる問題だから。」

周りで様子を見ていた冒険者たちが大きく頷いている。

冒険者が全員こんな風に思われたくない、そんな感じだろうか。

「まぁエリザの好きにしろ、マイクさん悪かったなまきこんじまって。」

「気にしなくていいさ。こう見えて荒事は得意なんだ。」

「得意って・・・。」

「この顔だから絡まれることも多くてね、王都じゃ名が知れてるから襲ってくる輩は少ないんだけど、そこを離れると結構絡まれるんだ。」

あぁ、この人はそういうタイプか。

わざと自分を弱く見せて叩きのめす。

羊の皮を被った狼ってやつだ。

エリザが男を連れて行き、散らばった食器なんかを片づける。

もちろん奴らの食事代と破壊したグラス代なんかは俺が支払っておいた。

「この子はどうするの?」

「被害者ではあるんだが・・・。おい、どこの所属だ。」

「りゅ、竜宮館。」

「ならレイラに丸投げだな。」

よく見るとこの前ぶつかってきたあの娼婦だ。

説教するのは嫌いなのであとはレイラに丸投げするとしよう。

最近調子に乗ってるらしいぞといえば何とかしてくれるはずだ。

娼婦と男を連行し、ひとまず騒ぎは収まったが肝心なものが直っていない。

「で、これをどうするかだ。」

「僕がやったんだし別に構わないよ?」

「そういうわけにもいかないだろう。この街の冒険者がやらかしたんだしギルドに修理代を請求する権利がある。これは何の素材なんだ?」

「竜の髭さ。」

「はい?」

「だからドラゴンの髭だよ。特に力強いレッドドラゴンの髭を使ってるんだ。」

「ドラゴンに髭なんてあるのか?」

「あるわよ、当たり前じゃない。」

ドラゴンってトカゲと一緒だよな?

トカゲに髭なんてあっただろうか。

鱗や皮、竜玉なんかはよく見るが生きたドラゴンってまだ見たことがない。

「そうか、髭があるのか。」

「シロウ見たことないの?」

「あるわけないだろ。ダンジョンになんて潜らないんだから。」

「じゃあ見に行くしかないね。」

「は?」

「だから現物を見るしかないって言ってるんだ。すごいよ、生のドラゴンは。あの咆哮を聞いたら漏らしちゃうね。」

「何嬉しそうに言ってるんだよ。」

漏らすって、それで済むとは到底思えないんだが?

咆哮を聞く距離まで行くんだぞ?

死んじまうだろうが。

「じゃあ、行こっか。」

「なんで?」

「だって壊したのうちの冒険者でしょ?」

「だからって俺が行く必要ないだろうが。」

「え~見たら絶対興奮するから。シロウ絶対好きになるから。」

「おいミラ、何とか言ってやってくれ。」

「実は私も興味がありました。危険がないのであればぜひ一度見てみたいものです。」

「だよね!じゃあ決まり!アニエスさんも一緒ならまず危険はないわ、大丈夫私が保証する。」

という感じでなぜかダンジョンの奥まで連れてこられることになったわけだ。

目的はドラゴンの髭。

しかもレッドドラゴンの指定付きだ。

目的地はダンジョン最下層の竜の巣。

数多の魔物が生息するダンジョンの中でも危険度ナンバーワンの場所。

今はその途中なわけだが、現時点で数えきれないほどの魔物に襲われている。

もちろん同行したエリザとアニエスさん、そしてその他大勢の冒険者がいるので特に危険はないのだが・・・。

「早く家に帰りたい。」

「まだまだ、僕の弦を直してくれるんだろ?」

「俺は直すって言ってない。」

「そんなこと言わないで、さぁもうすぐドラゴンが待ってるよ。」

もう一度言う、どうしてこうなった。

ビビる俺とは対照的にマイクさんとミラは上機嫌だ。

はぁ、なるようになるしかないか。

ダンジョンの奥底で俺のため息が小さく響いた。
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