上 下
509 / 1,027

507.転売屋は吟遊詩人に会う

しおりを挟む
ふと大通りを散歩していると、どこからか音楽が聞こえてきた。

元の世界であればそこかしこから音が流れ、音楽が聞こえてくるなんてのは当たり前だったが、こっちに来てからはそういう機会はほとんどない。

そりゃあ酔っ払った冒険者が歌っていたり、適当に楽器を鳴らしている子供に遭遇したりと音楽がないわけではないのだが、ここまで完成された音楽を聴くことはほとんどなかった。

一体どこから聞こえてくるんだろうか。

音につられるように大通りを進むと、どんどん人が増えていく。

冒険者ギルド付近まで来ると歩けないぐらいだ。

「なぁ、なにが起きてるんだ?」

「吟遊詩人が来てるみたいですよ。」

「なんだそれ。」

「いろんな場所を旅しながらその土地であった出来事なんかを歌にしている人ですよ。こんなダンジョンしかない街に来るなんてめずらしいっすねぇ。」

「ふ~ん。」

近くにいた冒険者に話を聞いてみると、どうやら吟遊詩人とか言うのが来ているらしい。

歌で生計を立てているだけあって中々の腕前だ。

いや、喉前?まぁどっちでもいいか。

ポロンポロンと弦楽器独特の音と共に耳に残る透き通った声が響いてくる。

内容まではよくわからないが上手いのは間違いない。

しばらくして曲が終わり、そこら中から拍手が聞こえてきた。

「今回はここまで、ご清聴ありがとう。」

どうやら歌い終わったらしく人ごみが急にはけていく。

行きかう人たちの隙間から投げ銭の入った箱を回収する優男の姿が見えた。

う~ん、エリザが好みそうな顔だな。

どことなく幸薄い感じ、でもって細身で高身長。

金髪は光に輝き、まるで本から出てきたようだ。

俺が女ならキャーキャー言ったかもしれないが、残念ながら男だしそっちの趣味もない。

女に囲まれ話し込んでいる男の横を通り抜けて冒険者ギルドの中へと入った。

「なんだか凄いことになってたな。」

「そうなんですよ。一曲披露してくれるのはいいんですけど、ちょっと営業妨害ですよね。」

「趣味じゃないのか?」

「もう少し体格のいい人が好みなので。あ、シロウさんはばっちりタイプです。」

「生憎と女には困ってなくてね。」

「ふふ、知ってます。」

どうやら受付嬢の好みではなかったようだ。

彼女の好意をさらりと交わしつつ受付へと向かう。

「あ、シロウさんちょうどよかった。」

「なんだ?」

「この前注文のありましたビッガマウスですけど、巣が見つかったのでもう少し数が増やせそうです。でも、ちょ~っと面倒なことになりそうで・・・。」

「とりあえず最後まで言ってくれ。」

「巣が思ったよりも大きくてですね、この分だと予定の数倍集まりそうなんです。そうなった場合ギルドとしては買取金額を下げるしかなくてですね。」

「つまりうちに買取が集中するってことだな?」

「はい。」

ギルドに依頼していたビッガマウス。

今はギルドと買取金額を合わせているが供給量が多くなると値崩れするのは世の常だ。

そんな中で買取金額を変えないでいると冒険者はうちに殺到するだろう。

前のようになりかねない、そう忠告してくれているわけだ。

「御忠告どうも。だがうちはあの金額で行く、そのほうが儲かるだろ?」

「そうおっしゃると思ってました。」

買取価格を下げればうちは儲かる。

だがそれでは冒険者は儲からない。

なのでうちは今まで通りの買取価格で行かせてもらうとしよう。

固定買取品でもないのでギルドに怒られることはないしな。

その他こまごまとした打ち合わせをしてギルドを出ようと思うと、また入り口前に人だかりができていた。

「またかよ。」

「あはは、またみたいです。」

「仕方ない少し待つか。」

入り口横の椅子を陣取り壁の反対側から聞こえてくる歌に耳を傾けた。

『世界を渡り歩く鳥は、数多の世界を通り抜け旅を続ける。
この地にも数多の鳥が訪れ、時に旅立ち時に根付いてきた。
此度の鳥はどうするのか、それはまだ誰にもわからない。
けれど青く澄み渡ったこの世界の空を、きっと気に入るだろう。
元の世界よりも素晴らしいこの地に祝福を。
鳥は次の子を産み、その子はこの世界の礎を作るのだから。』

リュートによく似た楽器の旋律と共にそんな感じの歌詞が聞こえた。

ふむ、なんていうか俺の事を言っているみたいに感じるな。

世界を渡り歩くっていう部分は別の世界から来たってことだろう?

となるとだ、この世界にもこれまでに何度も俺みたいな人が来たってことになる。

事実召喚しようとした形跡はあったし、旧王朝とか呼ばれる大昔には勇者が来た伝説も残されている。

気になるのは歌詞の後半。

今回の鳥はどうなるかはわからないけれど、この世界を気に入るだろうって所だ。

仮にこれが異世界から来た人について歌ったものだとしたら、俺以外にも同じような人がいるってことになる。

だって吟遊詩人ってのは色んな場所に行き、その場所で見聞きしたことを歌にするんだろ?

となると、ここに来たことがないんだから他所に似たようなのがいるってことになるじゃないか。

歌が終わりまた人混みがはけていく。

せっかくだ、ちょいと聞いてみるとするか。

「ちょっといいか?」

「いや、男性のお客さんなんて珍しいな。僕に何か用かい?」

「いい歌に聞きほれたついでに、今の歌について聞いてみたくなったんだ。俺はシロウ、この街で買い取り屋をしている。っと、まずはこいつを。」

ポケットから銀貨を数枚取り出し、男に差し出した。

「こんなに?」

「いい仕事にはいい報酬をってのが俺の信条だ。それに二曲聞かせてもらったからな。」

「そういう事なら喜んで受け取ろう。僕はマイク、そうか君がフェルの言っていた買取屋だね。」

「俺を知ってるのか?」

「王都に寄った時にフェルから聞いたんだよ。彼とは昔からの付き合いでね、旅先で会った時の事を聞かせてもらうんだ。随分と君の事を気に入っていたようだよ。」

「そいつはどうも。」

まさかフェルさんの知り合いとは思わなかった。

この歌声、王都でも人気があるんだろう。

「それで、歌についてだったね。」

「今の歌だが、いつ頃作られた歌なんだ?吟遊詩人ってのは各地を旅してその土地時の風景なんかを歌にするんだろ?」

「確かにそうだけど生憎と今の歌は大昔の歌なんだ。それこそ100年は越えるぐらい前になるだろうね、多くの吟遊詩人が歌い継ぐ旅の歌だよ。」

「そうか、随分と古い歌なんだな。」

「何か気になったのかい?」

「俺もここ最近旅をしてこの街に来た口でね、縁あってここに居を構えることにしたんだ。まるで自分の事を言われているのかと思ったわけさ。」

「なるほど、そう聞こえるのも無理はない。」

最近の歌ならと期待したのだが、生憎と古い歌のようだ。

とはいえ、この世界には何度も俺のような人間が訪れ旅立ったり根付いたりしている。

つまりはこの世界で見る似たような文化や食べ物なんかは、もしかするとそういう人たちが残したものなのかもしれないな。

「当分この街にいるのか?」

「そのつもりさ。最近噂の多いこの街に来たのは新曲を作るためだからね。」

「噂が多い?」

「王都では随分と噂になってるよ、素晴らしい文化や道具が発明されているとね。」

「なるほど、それで様子を見に来たわけか。」

「フェルに聞いていた人物にこうして出会えるとは思っていなかったけど、幸先のいいスタートを切れそうだよ。これからよろしく。」

「あぁ、宜しく頼む。」

「そうだ、宿をまだ決めてないんだ。お勧めはあるかな?」

「それなら三日月亭に行くといい、俺の名前を出せば多少サービスしてくれるかもな。食事はこの先にある一角亭がお勧めだ。もちろん他の店も美味いぞ、噂通り新しい味がどんどん生まれているからな。」

「それは楽しみだ。」

握手を交わし店へと戻る。

その途中に、また後ろから楽器の旋律が聞こえてきた。

冬の空にどこまでも響くその旋律に乗って良く通る歌もかすかに耳に届いた。

次はどんな歌なんだろうか。

しばらく滞在するみたいだし機会があればまた聞かせてもらうとしよう。

それよりも今はビッガマウスをどうするかだ。

数が来るという事は卸先を考えなければならない。

幸いにも隣町でも売れそうなので、思い切って大量生産して売りさばいてしまおうか。

そんな事を考えながら歩いていると、ドンと何かにぶつかってしまった。

「っと、悪い。」

「ちょっとどこ見てるのよ!」

ぶつかったのはまだまだ若い女。

年は15~6ぐらいだろう。

俺にぶつかり尻もちをついていた。

どっちが悪いのかはわからないが面倒ごとは嫌いだ。

仕方なく手を引っ張って起こしてやる。

「怪我はないか?」

「あったらどうするのよ。」

「どうもしねぇよ。」

「なによこんな可愛い子を捕まえておいて、失礼ね。」

「生憎と女には困ってなくてね。」

「私こそあんたなんかお断りよ!」

売り言葉に買い言葉じゃないが、随分とケンカ腰の女だ。

恐らくは娼婦。

それも若さからちやほやされているタイプの女だろう。

最近の冒険者は金持ってるからな、若さで随分と可愛がってもらっているのかもしれない。

まるで出会った頃のレイラのようだ。

あぁいうのには関わりたくないもんだな。

せっかくの余韻が台無しになってしまったが、まぁいいさ。

なんせ俺は大人だ。

そんな事で怒るようなことはしない。

ましてや小娘を説教するなんて。

そんなことするはずないじゃないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...