上 下
487 / 1,027

485.転売屋は使用人たちの様子を確認する

しおりを挟む
「シロウ様おかえりなさい。」

「お帰りってのはまだなれないな。」

「ここはシロウ様のお屋敷でもあるんですから。」

「まぁそうだが・・・。」

ハーシェさんの様子を見に屋敷へ行くと、入って直ぐ本人に出迎えられてしまった。

どうやら散歩に出ていたらしい。

「今日はどうされたんですか?」

「様子を見に来たという名のサボりだ。」

「ふふ、いけない人。」

「たまにはいいだろ?」

「結構な頻度だと思いますが、でもいいと思います。」

「みんなの様子はどうだ?もう慣れたか?」

ハーシェさんの様子を見に来たというのは間違いない。

それに加えて使用人達の様子も気になったので見に来たというワケだ。

出迎えはない。

そりゃそうだ、あの人数でこの屋敷を管理しているんだから出迎えられても・・・。

「お館様お帰りなさいませ。」

「・・・今まで居なかったよな?」

「気配を感じましたので。」

「そうか。」

何時の間にやって来ていたのか、グレイスがハーシェさんの傍に控えていた。

気配を感じたって、忍者か何かでしょうか。

「グレイスは昔冒険者だったそうですよ、それも上級一歩手前だったとか。」

「お恥ずかしい、エリザ様の足元にも及びません。」

「なんでこの仕事に?」

「女が生きていくには難しい仕事でしたから、自分の特技を生かしておりますといつの間にかこの年になっておりました。」

「なるほど?」

「さぁあまり風に当るとお体に障ります、お館様もどうぞ中へ。」

それもそうだな。

エントランスを通り抜け食堂へ。

扉を開けると中からいい香りが漂ってきた。

これは・・・鰹出汁か?

「ハワード、奥様とお館様が参られました。香茶をお出しして。」

「主様ちょうどいい所に、ちょっと味を見てください。」

「ハワード。」

「まぁまぁいいじゃないか、研究熱心なのはいい事だ。今そっちにいく。」

厨房から顔をのぞかせたハワードが子供みたいに嬉しそうな顔をする。

料理のこととなると人が変わるな。

やれやれという顔をするグレイスを制して厨房に入ると、出汁の香りがより濃くなった。

「一番出汁か?」

「置いておけば色々使えますからね、どうですか?」

小皿を受け取りその上に注がれた出汁を口に含む。

凝縮された鰹節のいい香りが口全体に広がり、そのままのどの奥へと消えていく。

雑味の無い非常に良い出汁だ。

教えてからまだ一週間ほど。

流石何でも作れると自負する料理人だ、もう俺よりも上手に出汁をとっている。

「美味い。」

「へへ、今日のは自信あったんですよ。」

「今日の夕食が楽しみだな。」

「奥方様もコレだけは飲めますからね、悪阻が治まるまで頑張りますよ。」

「よろしく頼むな。」

「そうだ、香茶でしたよね。直ぐ淹れます。」

「いや、そっちに集中してくれ俺がやろう。」

一番出汁をとって終わりではない。

二番出汁だって中々に使えるんだ。

今度はハワードを制して手際よく香茶を注ぐ。

おや、どうやら茶葉を変えたらしい。

いつもよりもスッキリとした香りがする。

「お館様自ら香茶を淹れられるなんて、まったく。」

「いいじゃないか。ほら、グレイスの分もあるぞ。」

「いえ、私はまだ・・・。」

「あ、お館様と奥様だ!」

「こらジョン!」

「お、キルシュとジョン一緒にどうだ?」

ハワードはまだかかるだろうから二人も一緒に誘ってみた。

それを聞いてまたぐグレイスが微妙な顔をする。

それもそうか、仕事をさせていたのに自分の主人がそれをサボらせているんだから。

でも俺は自重しない。

「お菓子ある?」

「あるぞ。・・・あるよな?」

「取引先から頂いたお菓子があったはずです。」

「厨房の右奥の戸棚に入っています。まったく、お館様には困ります。」

「まぁまぁグレイス良いじゃありませんか。」

という事で即席のお茶会が始まった。

とはいえハワードとミミィは不参加なので簡単なものだが。

目の前に並べられたお菓子に目を輝かすジョンとは対照的に緊張した面持ちのキルシュ。

グレイスは無言で香茶を口に運んでいた。

「どうだ、仕事には慣れたか?」

「まだまだ失敗は多いんですけど、少しは。」

「お掃除楽しいよ!」

「と、言ってるが実際どうなんだ?」

「未熟な部分は多くありますが年齢を考えれば頑張っている方かと。文句も言わずよく動いています。ジョンにはまだまだ教育が足りていませんがキルシュは良くやっていますよ。」

「ありがとうございますグレイス様。」

「僕、ダメ?」

「ダメじゃないぞ。だが仕事する時は遊ばないようにな、じゃないとこの前みたいになるぞ。」

この前廊下に置いてあった壷を割ってしまったらしい。

元々はウィフさんの奴なので全然気にしていないのだが、あの人の持ち物だけあってかなり高価だったそうだ。

値段を聞いて真っ青な顔をする二人。

とはいえ弁償させる気もないのでその時は不問にしたのだがその日以降しばらくはジョンの動きがぎこちなかったんだとか。

まぁ無理ないよな。

「気をつけます。」

「ならばよし。お菓子食べて良いぞ。」

「はい!」

嬉しそうにお菓子を頬張るジョンと、口に付いた食べかすを何も言わずに取ってやるキルシュ。

この二人を見ていると本当に幸せな気分になる。

あの時二人一緒に雇った選択は間違いなかったな。

「グレイスはどうだ?この屋敷の広さだとやはり人は足りないか?」

「正直に申しまして足りておりません。しかしながら全室使用しているわけではありませんので、現在の稼働状況を考えればギリギリという所でしょう。今後人が増えるのであればそれに合わせて二人ずつ増やしていただければ問題ありません。」

「となると、うちの四人が増えると8人か?」

「いえ、今の奥方様方を考慮しての人数です。」

「つまり新たにシロウ様が女性を増やされたらですね。」

「マリー様はアニエス様がおられますので問題ないでしょう。むしろ、来てくださるのであれば非常に助かります。」

「とはいえ向こうも屋敷持ちだからなぁ。」

ハーシェさんのように子供が出来たら来るかもしれないが、当分は無いだろう。

たぶん。

当番制になるらしいからその分的中度も下がるはずだ。

ハーシェさんはなんていうか、濃い時間だったからなぁ。

誰かを孕ますなんて初めての経験だ。

それが今後もあると考えると、なんていうかこそばゆい感じがする。

征服感とか達成感とかそういうのじゃないんだよな。

「当面はこの人数で問題ありませんのでご心配されなくても大丈夫です。」

「何かあればすぐハーシェさんに言ってくれ、大抵の物は準備させる。」

「ありがとうございます。」

「そういや、ミミィはどうしたんだ?」

「彼女には買出しを頼んでおります。もうそろそろ帰ってくると思うのですが・・・。」

「さっき出かけに追加を頼んだのでもう少しかかるかもしれません。」

「ハワード、また食材を頼んだのですか?」

「いやー、あはは。」

「いくら好きに食材を使えるからといっても限度があります。今後必要以上の食材は貴方の給金から天引きとしましょう。」

「そ、それだけは勘弁してください。」

なるほど、厨房に入った時に見えた豊富な食材はハワードが手配した奴か。

確かに多いかもしれないが無駄遣いはしていないようだし、ここの人数なら問題はないだろう。

「ハワードは私の為に色々工夫してくれているだけですから、大目に見てあげてください。」

「奥様まで。」

「いいじゃないか、無駄にするならともかく良い食事はいい仕事には必須だ。不味くはないんだろ?」

「ハワードの御飯とっても美味しいよ!」

「お、ジョンよく言った!」

「えへへ。」

「だから嫌いなグリーンパッペリカも食べられるよな。」

パッペリカはピーマンみたいな食べ物だ。

子供は苦手だよなぁ。

「好き嫌いは許しません、ジョンちゃんと食べなさい。」

「は~い。」

「私も・・・がんばります。」

「なんだキルシュも苦手なのか?」

「ちょっと。」

「ミミィを見習えよ、あいつなんでも食べるから作り甲斐がある。」

「あの子は少し食べすぎです。」

「グレイスももう少し食べた方がいいのでは?」

「あまり食べるとお腹につきますから。」

そういうのを気にする年・・・いや、女性は常に気にするか。

俺だって元の世界だったら自分の腹を見てため息をついたものだ。

女性ならなおのこと気にするだろう。

「ただいま戻りました!」

とか何とか言っていたら裏口から元気な声が聞こえてきた。

「お、戻ってきたみたいだな。」

「ハワードさん!頼まれていた高級食材、見つけましたよ褒めて下さい!」

「高級。」「食材?」

ハーシェさんと俺は二人で顔を見合わせ、ハワードの方を見る。

明らかに顔色が悪い。

更に言えば目線を合わせようとしない。

ふむ、コレは色々聞き出した方がよさそうだな。

「あれ、皆さんどうして食堂に?あ!お館様に奥様まで!」

「ミミィ買って来た物をここへ持ってきなさい。」

「え、でもお二人が・・・。」

「良いからもってこい。」

「わかりました!」

グレイスさんに言われてミミィが大荷物を持って来る。

良くこの小さい身体でコレだけの荷物が持てるよなぁ。

「お、俺は出汁の確認を・・・。」

「ハワード。」

「はい。」

グレイスさんの手にはこの時期ではダンジョン内でしか採れないであろう、鮮やかな色をした果物が握られていた。

うん、見るからに高そうだ。

銀貨3枚って所かな。

刺すような視線に逃げようとしたハワードが戻ってくる。

椅子に座らされ質問という名の説教が始まった。

「あの、私何か悪い事しましたか?」

「いいや問題ないぞ、ご苦労だった。」

「お疲れ様ミミィちゃん、お菓子食べて良いですよ。」

「やった!いただきます!」

「あ、それ僕の!」

「ジョンはさっき食べたじゃない。」

「でも~!」

「喧嘩するな、全部食べて良いから安心しろ。」

「はい!」

青い顔で震えるハワードとは対照的に他の三人は仲良くお菓子を頬張っている。

なんとか馴染んでくれているようだ。

仕事はしっかり出来ても中が悪いと空気も悪くなる。

どうやらその心配は無さそうだ。

後ろの二人?

あぁ、アレは放っておけ。

ハワードが悪い。

それからしばらく暗い顔をしたハワードが目撃されたそうだが、食事は豪華だったとハーシェさんが教えてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

処理中です...