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457転売屋は虫歯になる
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「む。」
「どうしました?」
「いや、何か違和感が・・・。」
午前中の営業を終え、昼食を食べていた時の事だ。
昨日エリザが持ち帰ったボア肉を塩コショウで炒めただけの簡単ステーキ。
それを齧った時に何やら奥歯に違和感が。
痛み?
いや、違う。
何だろうこれは。
心配そうな顔をするアネットを安心させるべくもう一口齧ってみる。
うん、気のせいだろう。
特に違和感はない。
ボア肉は程よい脂と肉質で、噛めば噛むほど味が口に広がる。
かといって固すぎるわけでもない。
良い肉だ。
そんなお肉を堪能した後は肉体労働にいそしむとしよう。
ってことで、店をミラに任せて北側の倉庫へと足を向けたのだった。
「あ!シロウ様!」
「どんな感じだ?」
「ちょうど掃除が終わったところです。この前の毛玉が隅っこにも入り込んで大変でした!」
「そういやそんなのもあったなぁ。」
「今や生活必需品ですからね、私も魔毛入りのシャツ着てるんですよ!見ますか?」
「いや、見ないし。」
エリザ達ならともかくメルディの下着には興味はない。
モニカは・・・。
なんていうかもうそういう目でしか見れなくなってしまったんだよなぁ、例の一件以来。
マリーさんもアニエスさんも容赦なかったし。
なんだよあの二人、絶対俺を殺す気だっただろ。
干物になりかけたんだぞ。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっと腹ごなしにな。」
「でしたら、奥の木箱をお願いできますか?そんなに重くないので積み上げて頂けると助かります。」
「了解っと。」
メルディの指差した先には膝ほどの大きさをした木箱が乱雑に置かれていた。
掃除がてら荷物を入れ替えていたんだろう。
アレぐらいならそんなに重たくないし、ちょうどいい運動になりそうだ。
とりあえず手前の箱を隅っこに移動させ、一つずつ上に重ねていく。
さすがに三段ほど積むとそれなりの高さになるので、持ち上げるのも少し大変になる。
お、これはちょっと重いぞ。
よっこいせ・・・。
奥歯をかみ締め気合を入れた次の瞬間。
歯がバキッという音を立てて砕けたのがわかった。
そして間髪入れずに襲ってくる激痛。
脳天を貫くような痛みに力が抜け、木箱を落としてしまった。
ガシャンとかバキッとかいろんな音が響いているがそんなことはどうでもいい。
「いってぇぇぇぇぇぇ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
あまりの激痛にその場にうずくまってしまう。
ズキンズキンと脈拍と同じリズムで激痛が脳みそを刺激する。
あまりの痛さに脂汗が全身から噴出すのがわかった。
冬だというのに汗をかくなんて。
少しずつ痛みが増しになった所で、たまった唾液を口の中から吐き出すと、白い塊がいくつか浮いているのが見えた。
若干色が黒い。
「シ、シロウ様?」
「大丈夫、足は無事だ。」
「どう見ても大丈夫じゃないですよね。」
「そうか?」
「だって、その顔・・・。」
痛みは残っているのでつい険しい顔になってしまう。
そんな事を考える余裕があるぐらいには増しになったが、それでも痛みは残り続けている。
右の奥歯。
どうやらそこが砕けたようだ。
「わるい、ちょっと任せる。」
「あの、お医者様にいかれたほうがいいと思います。」
「もちろんそのつもりだ。」
腹ごなしなんて後回しだ。
右頬を押さえながらフラフラとした足取りで来た道を戻る。
振動が歯に響いて痛いので、できるだけゆっくりと足を下ろして歩いていたその時だった。
「シロウ、何してるの?」
いつの間に後ろにいたんだろうか、エリザが俺の右肩を叩く。
と、同時に大きな波が俺の脳みそを突き抜けていった。
あまりの痛さにその場にへたり込んでしまう。
「え、ちょっと!?どうしたのよ。」
慌てて駆け寄り俺を起こそうとするエリザ。
えぇい、触るな!響くだろうが!
そういいたいのは山々だが、痛みでしゃべることすら出来ない。
「ねぇ苦しいの?痛いの?凄い汗よ?」
「いってぇんだよ。」
「え、どこが痛いの?そんなに強く叩いた?」
「歯が痛いって言ってんだよ!」
痛みが和らいだ所で、つい大きな声が出てしまった。
あまりの大声に近くを歩いていた人が驚いた顔でこちらを見てくる。
「なによ、そんなに大きな声出さなくなって・・・。」
「っ・・・。」
で、また痛みが来るっていうね。
もう何がなにやらわからないが、いっそ殺してくれって気分になってくる。
いや、死ぬのは困る。
でも、この痛みから解放してくれるならなんでもする。
金だっていくらでも出す。
だから誰か何とかしてくれよぉ・・・。
「ねぇシロウ、歯が痛いの?」
「それ以外の、何があるってんだ。」
「いやねぇ、ちゃんと歯を磨かなかったんでしょ。」
「磨いたし。」
「じゃあ足りなかったのね。ほら、そんなに痛いならすぐに治してあげるから。」
え?
今なんていった?
治す?
治せるのか?
マジで?
「治るのか?」
「当たり前じゃない、タダの虫歯でしょ?そんなのちょちょいのちょいよ。」
マジか、そんな簡単に治るのか。
さすが異世界半端ないな。
エリザに腕を引っ張ってもらって立ち上がり、そのまま引っ張られるようにして連れて行ってもらったのは、なぜか医者ではなく冒険者ギルドだった。
おかしい、歯医者じゃない。
「なぁ、ここでいいのか?」
「別にどこでもいいんだけど・・・。ねぇ、ちょっといい?」
「あ、エリザさん!どうしたんですか?」
「処置室借りたいんだけど、あと紐とポーションも。」
「紐?」
「虫歯だって。」
「なるほど、すぐにお持ちしますので先に向かってください。」
「ありがと助かるわ。」
ギルド職員と何やら楽しそうに話すエリザだが、処置室はともかく紐ってなんだ?
ポーションなんかでよくなるのか?
それならビアンカのやつを飲めば終わりじゃないか。
ならなんでここに・・・。
ずるずると引っ張られながら向かったのは、ギルドの医務室。
ではなくその横にある処置室という部屋だった。
名前の通り棚にはよくわからない薬が並べられ、包帯やらが用意されている。
ここに医者を呼んでくるのか、なるほど。
「シロウはそこ座ってて。」
「あぁ。」
「お尻はしっかりと置く、そうそうそこ。で、手はここで、ちゃんと取っ手を持っててね。」
座らされたのは、ひじ掛けのあるゆったりとした椅子。
見方によっては電気椅子にも見えなくはないが、上にやばそうな装置はない。
しっかりと座らされ、さぁ後は医者を待つだけ・・・のはずだったんだが。
「おい。」
「なによ。」
「なんで縛るんだ?」
「そりゃ動かなくする為よ、動いたら手先が狂っちゃうでしょ?」
「それはわかるがやりすぎだろ。」
深く腰掛けた途端に、足を固定。
続いて肘置きに手を固定されてしまい動かせるのは上半身だけ。
と思ったら肩付近をぐるぐると紐で巻かれてしまった。
残るは首だけだが・・・。
「エリザ様持ってきましたよ。」
「ありがと~!」
「中級ポーションがあったのでそれを持ってきましたけど、良かったですか?」
「むしろいいの?」
「ニアさまが用意してくれたんでいいんでしょう。」
「そっか、ありがと。」
「紐は・・・これでいいですか?」
「うんバッチリ!」
「じゃあシロウ様、頑張ってくださいね。」
「あ、あぁ。」
何やら楽しそうにギルド職員とエリザが話をしている。
そしてタコ糸のような紐を渡してその子は帰っていった。
いや、頑張ってくださいって医者は?
「エリザ、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「医者は来るのか?」
「虫歯如きでお医者様なんて来るはずないでしょ?」
「・・・じゃあ誰が治すんだ?」
「私に決まってるじゃない。」
何当たり前のことを?という顔で俺を見るエリザ。
オゥ、ジーザス。
なんとなく嫌な予感はしていたんだが、まさか的中するとは考えたくもなかった。
その紐。
そしてこの状況。
導き出される答えはただ一つだ。
「せめて麻酔ぐらいしてくれないのか?」
「そんなのいらないわよ、すぐに終わってすっきりするから。」
「やめろ!そんな原始的な手段で触るな!ってか抜かなくても治る!」
「抜かなきゃなおんないでしょうが!あ、こら!噛むな!」
「誰か!誰か助けてくれ!」
「だから助けてあげるっていってるんじゃない!あーもう!」
エリザが俺の膝に乗り、左手で強引に口を開けられる。
あまりの力に口を占めることも出来ず、あっという間に歯に糸を掛けられてしまった。
抜く気だ。
問答無用で抜く気だ。
糸を掛けられた時の痛みよりも、抜かれる恐怖が勝っているのか何も感じない。
感じるのは押し付けられた胸の柔らかさだけだ。
「あぁ、神様。」
「何子供みたいなこと言ってんのよ、ただ歯を抜くだけでしょうが。腕を切り落とされるよりましでしょ?」
「例えがおかしい!」
「うるさいなぁ。それじゃ、行くよ!」
「やめろぉぉぉぉ!」
俺の叫びもむなしく、脳筋エリザの渾身の力で引っ張られる細い紐。
よく見ればアラクネの糸じゃねぇか。
工業用にも使われる丈夫な紐がエリザの剛力を余すことなく伝え、俺の歯を問答無用で引っ張っていく。
一瞬の激痛。
その一瞬で、俺の意識は吹き飛んでしまった。
異世界、マジハンパネェ。
「ハッ!」
「あ、起きた起きた。」
どのぐらい意識がぶっ飛んでいたのかはわからないが、目覚めると縛られていた体は解放されており先程の椅子にだらんと座るような格好だった。
慌てて体を起こし自分の歯を触ってみる。
あれ?
「なんで歯があるんだ?」
「そりゃあるわよ、ポーション飲ませたもの。中級ならすぐに生えて来るわよ。」
「・・・マジか。」
「虫歯なんて抜いて生やせばすぐに治るのに、なんであんなに抵抗するかな。まぁ、シロウの慌てた顔が見られてそれはそれでよかったけどさ。」
「抜いて生やす・・・。」
「腕だってポーション一本で治るのよ?歯ぐらいすぐよ。」
抜かれたはずの奥歯は痛みもなく元の場所に生えていた。
が、エリザの手には虫歯になり上半分が砕けた俺の奥歯が握られている。
どうやらこの世界ではサメでなくても歯が生え変わるらしい。
良く考えれば腕が生えてくるんだから歯ぐらい生えてきてもおかしくないんだよな?
そうか、おかしくないのか。
「つぎからはちゃんと歯磨きしなさいよね。」
「そうする。」
「じゃあさっさと帰るわよ、そろそろ急患が来るってさっきニアが・・・。」
エリザが最後まで言い終わる前に、ドタドタと複数の足音が聞こえてきたかと思ったら勢いよく部屋になだれ込んできた。
「ゴメン、場所開けて!」
「いてぇ、いてぇよぉ!」
「大丈夫だ、まだくっついてます!血は止まってますからすぐに治りますよ!」
「そこ足押さえて!傷口に聖水、それとポーション中級!」
「はい!」
患者と思しき冒険者の右腕は半分ちぎれており、何ともグロテスクな状況になっている。
にもかかわらず、職員は焦る様子もなくきびきびと動きあっという間に彼をさっきの処置椅子にしばりつけた。
「ほらシロウ邪魔になるわよ。」
「あ、あぁ。」
慌てて部屋を出るも、後ろからは男の叫び声が聞こえてくる。
あんな怪我でもポーション一つで治るんだから不思議なもんだ。
流石異世界、ハンパねぇ。
それを文字通り実感させられる出来事だった。
ちなみにその日から歯磨きは今までの二倍丁寧にやっている。
いくら生え変わるとはいえ、気を失うほどの激痛は二度とご免だからな。
「どうしました?」
「いや、何か違和感が・・・。」
午前中の営業を終え、昼食を食べていた時の事だ。
昨日エリザが持ち帰ったボア肉を塩コショウで炒めただけの簡単ステーキ。
それを齧った時に何やら奥歯に違和感が。
痛み?
いや、違う。
何だろうこれは。
心配そうな顔をするアネットを安心させるべくもう一口齧ってみる。
うん、気のせいだろう。
特に違和感はない。
ボア肉は程よい脂と肉質で、噛めば噛むほど味が口に広がる。
かといって固すぎるわけでもない。
良い肉だ。
そんなお肉を堪能した後は肉体労働にいそしむとしよう。
ってことで、店をミラに任せて北側の倉庫へと足を向けたのだった。
「あ!シロウ様!」
「どんな感じだ?」
「ちょうど掃除が終わったところです。この前の毛玉が隅っこにも入り込んで大変でした!」
「そういやそんなのもあったなぁ。」
「今や生活必需品ですからね、私も魔毛入りのシャツ着てるんですよ!見ますか?」
「いや、見ないし。」
エリザ達ならともかくメルディの下着には興味はない。
モニカは・・・。
なんていうかもうそういう目でしか見れなくなってしまったんだよなぁ、例の一件以来。
マリーさんもアニエスさんも容赦なかったし。
なんだよあの二人、絶対俺を殺す気だっただろ。
干物になりかけたんだぞ。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっと腹ごなしにな。」
「でしたら、奥の木箱をお願いできますか?そんなに重くないので積み上げて頂けると助かります。」
「了解っと。」
メルディの指差した先には膝ほどの大きさをした木箱が乱雑に置かれていた。
掃除がてら荷物を入れ替えていたんだろう。
アレぐらいならそんなに重たくないし、ちょうどいい運動になりそうだ。
とりあえず手前の箱を隅っこに移動させ、一つずつ上に重ねていく。
さすがに三段ほど積むとそれなりの高さになるので、持ち上げるのも少し大変になる。
お、これはちょっと重いぞ。
よっこいせ・・・。
奥歯をかみ締め気合を入れた次の瞬間。
歯がバキッという音を立てて砕けたのがわかった。
そして間髪入れずに襲ってくる激痛。
脳天を貫くような痛みに力が抜け、木箱を落としてしまった。
ガシャンとかバキッとかいろんな音が響いているがそんなことはどうでもいい。
「いってぇぇぇぇぇぇ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
あまりの激痛にその場にうずくまってしまう。
ズキンズキンと脈拍と同じリズムで激痛が脳みそを刺激する。
あまりの痛さに脂汗が全身から噴出すのがわかった。
冬だというのに汗をかくなんて。
少しずつ痛みが増しになった所で、たまった唾液を口の中から吐き出すと、白い塊がいくつか浮いているのが見えた。
若干色が黒い。
「シ、シロウ様?」
「大丈夫、足は無事だ。」
「どう見ても大丈夫じゃないですよね。」
「そうか?」
「だって、その顔・・・。」
痛みは残っているのでつい険しい顔になってしまう。
そんな事を考える余裕があるぐらいには増しになったが、それでも痛みは残り続けている。
右の奥歯。
どうやらそこが砕けたようだ。
「わるい、ちょっと任せる。」
「あの、お医者様にいかれたほうがいいと思います。」
「もちろんそのつもりだ。」
腹ごなしなんて後回しだ。
右頬を押さえながらフラフラとした足取りで来た道を戻る。
振動が歯に響いて痛いので、できるだけゆっくりと足を下ろして歩いていたその時だった。
「シロウ、何してるの?」
いつの間に後ろにいたんだろうか、エリザが俺の右肩を叩く。
と、同時に大きな波が俺の脳みそを突き抜けていった。
あまりの痛さにその場にへたり込んでしまう。
「え、ちょっと!?どうしたのよ。」
慌てて駆け寄り俺を起こそうとするエリザ。
えぇい、触るな!響くだろうが!
そういいたいのは山々だが、痛みでしゃべることすら出来ない。
「ねぇ苦しいの?痛いの?凄い汗よ?」
「いってぇんだよ。」
「え、どこが痛いの?そんなに強く叩いた?」
「歯が痛いって言ってんだよ!」
痛みが和らいだ所で、つい大きな声が出てしまった。
あまりの大声に近くを歩いていた人が驚いた顔でこちらを見てくる。
「なによ、そんなに大きな声出さなくなって・・・。」
「っ・・・。」
で、また痛みが来るっていうね。
もう何がなにやらわからないが、いっそ殺してくれって気分になってくる。
いや、死ぬのは困る。
でも、この痛みから解放してくれるならなんでもする。
金だっていくらでも出す。
だから誰か何とかしてくれよぉ・・・。
「ねぇシロウ、歯が痛いの?」
「それ以外の、何があるってんだ。」
「いやねぇ、ちゃんと歯を磨かなかったんでしょ。」
「磨いたし。」
「じゃあ足りなかったのね。ほら、そんなに痛いならすぐに治してあげるから。」
え?
今なんていった?
治す?
治せるのか?
マジで?
「治るのか?」
「当たり前じゃない、タダの虫歯でしょ?そんなのちょちょいのちょいよ。」
マジか、そんな簡単に治るのか。
さすが異世界半端ないな。
エリザに腕を引っ張ってもらって立ち上がり、そのまま引っ張られるようにして連れて行ってもらったのは、なぜか医者ではなく冒険者ギルドだった。
おかしい、歯医者じゃない。
「なぁ、ここでいいのか?」
「別にどこでもいいんだけど・・・。ねぇ、ちょっといい?」
「あ、エリザさん!どうしたんですか?」
「処置室借りたいんだけど、あと紐とポーションも。」
「紐?」
「虫歯だって。」
「なるほど、すぐにお持ちしますので先に向かってください。」
「ありがと助かるわ。」
ギルド職員と何やら楽しそうに話すエリザだが、処置室はともかく紐ってなんだ?
ポーションなんかでよくなるのか?
それならビアンカのやつを飲めば終わりじゃないか。
ならなんでここに・・・。
ずるずると引っ張られながら向かったのは、ギルドの医務室。
ではなくその横にある処置室という部屋だった。
名前の通り棚にはよくわからない薬が並べられ、包帯やらが用意されている。
ここに医者を呼んでくるのか、なるほど。
「シロウはそこ座ってて。」
「あぁ。」
「お尻はしっかりと置く、そうそうそこ。で、手はここで、ちゃんと取っ手を持っててね。」
座らされたのは、ひじ掛けのあるゆったりとした椅子。
見方によっては電気椅子にも見えなくはないが、上にやばそうな装置はない。
しっかりと座らされ、さぁ後は医者を待つだけ・・・のはずだったんだが。
「おい。」
「なによ。」
「なんで縛るんだ?」
「そりゃ動かなくする為よ、動いたら手先が狂っちゃうでしょ?」
「それはわかるがやりすぎだろ。」
深く腰掛けた途端に、足を固定。
続いて肘置きに手を固定されてしまい動かせるのは上半身だけ。
と思ったら肩付近をぐるぐると紐で巻かれてしまった。
残るは首だけだが・・・。
「エリザ様持ってきましたよ。」
「ありがと~!」
「中級ポーションがあったのでそれを持ってきましたけど、良かったですか?」
「むしろいいの?」
「ニアさまが用意してくれたんでいいんでしょう。」
「そっか、ありがと。」
「紐は・・・これでいいですか?」
「うんバッチリ!」
「じゃあシロウ様、頑張ってくださいね。」
「あ、あぁ。」
何やら楽しそうにギルド職員とエリザが話をしている。
そしてタコ糸のような紐を渡してその子は帰っていった。
いや、頑張ってくださいって医者は?
「エリザ、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「医者は来るのか?」
「虫歯如きでお医者様なんて来るはずないでしょ?」
「・・・じゃあ誰が治すんだ?」
「私に決まってるじゃない。」
何当たり前のことを?という顔で俺を見るエリザ。
オゥ、ジーザス。
なんとなく嫌な予感はしていたんだが、まさか的中するとは考えたくもなかった。
その紐。
そしてこの状況。
導き出される答えはただ一つだ。
「せめて麻酔ぐらいしてくれないのか?」
「そんなのいらないわよ、すぐに終わってすっきりするから。」
「やめろ!そんな原始的な手段で触るな!ってか抜かなくても治る!」
「抜かなきゃなおんないでしょうが!あ、こら!噛むな!」
「誰か!誰か助けてくれ!」
「だから助けてあげるっていってるんじゃない!あーもう!」
エリザが俺の膝に乗り、左手で強引に口を開けられる。
あまりの力に口を占めることも出来ず、あっという間に歯に糸を掛けられてしまった。
抜く気だ。
問答無用で抜く気だ。
糸を掛けられた時の痛みよりも、抜かれる恐怖が勝っているのか何も感じない。
感じるのは押し付けられた胸の柔らかさだけだ。
「あぁ、神様。」
「何子供みたいなこと言ってんのよ、ただ歯を抜くだけでしょうが。腕を切り落とされるよりましでしょ?」
「例えがおかしい!」
「うるさいなぁ。それじゃ、行くよ!」
「やめろぉぉぉぉ!」
俺の叫びもむなしく、脳筋エリザの渾身の力で引っ張られる細い紐。
よく見ればアラクネの糸じゃねぇか。
工業用にも使われる丈夫な紐がエリザの剛力を余すことなく伝え、俺の歯を問答無用で引っ張っていく。
一瞬の激痛。
その一瞬で、俺の意識は吹き飛んでしまった。
異世界、マジハンパネェ。
「ハッ!」
「あ、起きた起きた。」
どのぐらい意識がぶっ飛んでいたのかはわからないが、目覚めると縛られていた体は解放されており先程の椅子にだらんと座るような格好だった。
慌てて体を起こし自分の歯を触ってみる。
あれ?
「なんで歯があるんだ?」
「そりゃあるわよ、ポーション飲ませたもの。中級ならすぐに生えて来るわよ。」
「・・・マジか。」
「虫歯なんて抜いて生やせばすぐに治るのに、なんであんなに抵抗するかな。まぁ、シロウの慌てた顔が見られてそれはそれでよかったけどさ。」
「抜いて生やす・・・。」
「腕だってポーション一本で治るのよ?歯ぐらいすぐよ。」
抜かれたはずの奥歯は痛みもなく元の場所に生えていた。
が、エリザの手には虫歯になり上半分が砕けた俺の奥歯が握られている。
どうやらこの世界ではサメでなくても歯が生え変わるらしい。
良く考えれば腕が生えてくるんだから歯ぐらい生えてきてもおかしくないんだよな?
そうか、おかしくないのか。
「つぎからはちゃんと歯磨きしなさいよね。」
「そうする。」
「じゃあさっさと帰るわよ、そろそろ急患が来るってさっきニアが・・・。」
エリザが最後まで言い終わる前に、ドタドタと複数の足音が聞こえてきたかと思ったら勢いよく部屋になだれ込んできた。
「ゴメン、場所開けて!」
「いてぇ、いてぇよぉ!」
「大丈夫だ、まだくっついてます!血は止まってますからすぐに治りますよ!」
「そこ足押さえて!傷口に聖水、それとポーション中級!」
「はい!」
患者と思しき冒険者の右腕は半分ちぎれており、何ともグロテスクな状況になっている。
にもかかわらず、職員は焦る様子もなくきびきびと動きあっという間に彼をさっきの処置椅子にしばりつけた。
「ほらシロウ邪魔になるわよ。」
「あ、あぁ。」
慌てて部屋を出るも、後ろからは男の叫び声が聞こえてくる。
あんな怪我でもポーション一つで治るんだから不思議なもんだ。
流石異世界、ハンパねぇ。
それを文字通り実感させられる出来事だった。
ちなみにその日から歯磨きは今までの二倍丁寧にやっている。
いくら生え変わるとはいえ、気を失うほどの激痛は二度とご免だからな。
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