上 下
459 / 1,063

457転売屋は虫歯になる

しおりを挟む
「む。」

「どうしました?」

「いや、何か違和感が・・・。」

午前中の営業を終え、昼食を食べていた時の事だ。

昨日エリザが持ち帰ったボア肉を塩コショウで炒めただけの簡単ステーキ。

それを齧った時に何やら奥歯に違和感が。

痛み?

いや、違う。

何だろうこれは。

心配そうな顔をするアネットを安心させるべくもう一口齧ってみる。

うん、気のせいだろう。

特に違和感はない。

ボア肉は程よい脂と肉質で、噛めば噛むほど味が口に広がる。

かといって固すぎるわけでもない。

良い肉だ。

そんなお肉を堪能した後は肉体労働にいそしむとしよう。

ってことで、店をミラに任せて北側の倉庫へと足を向けたのだった。

「あ!シロウ様!」

「どんな感じだ?」

「ちょうど掃除が終わったところです。この前の毛玉が隅っこにも入り込んで大変でした!」

「そういやそんなのもあったなぁ。」

「今や生活必需品ですからね、私も魔毛入りのシャツ着てるんですよ!見ますか?」

「いや、見ないし。」

エリザ達ならともかくメルディの下着には興味はない。

モニカは・・・。

なんていうかもうそういう目でしか見れなくなってしまったんだよなぁ、例の一件以来。

マリーさんもアニエスさんも容赦なかったし。

なんだよあの二人、絶対俺を殺す気だっただろ。

干物になりかけたんだぞ。

「今日はどうされたんですか?」

「ちょっと腹ごなしにな。」

「でしたら、奥の木箱をお願いできますか?そんなに重くないので積み上げて頂けると助かります。」

「了解っと。」

メルディの指差した先には膝ほどの大きさをした木箱が乱雑に置かれていた。

掃除がてら荷物を入れ替えていたんだろう。

アレぐらいならそんなに重たくないし、ちょうどいい運動になりそうだ。

とりあえず手前の箱を隅っこに移動させ、一つずつ上に重ねていく。

さすがに三段ほど積むとそれなりの高さになるので、持ち上げるのも少し大変になる。

お、これはちょっと重いぞ。

よっこいせ・・・。

奥歯をかみ締め気合を入れた次の瞬間。

歯がバキッという音を立てて砕けたのがわかった。

そして間髪入れずに襲ってくる激痛。

脳天を貫くような痛みに力が抜け、木箱を落としてしまった。

ガシャンとかバキッとかいろんな音が響いているがそんなことはどうでもいい。

「いってぇぇぇぇぇぇ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

あまりの激痛にその場にうずくまってしまう。

ズキンズキンと脈拍と同じリズムで激痛が脳みそを刺激する。

あまりの痛さに脂汗が全身から噴出すのがわかった。

冬だというのに汗をかくなんて。

少しずつ痛みが増しになった所で、たまった唾液を口の中から吐き出すと、白い塊がいくつか浮いているのが見えた。

若干色が黒い。

「シ、シロウ様?」

「大丈夫、足は無事だ。」

「どう見ても大丈夫じゃないですよね。」

「そうか?」

「だって、その顔・・・。」

痛みは残っているのでつい険しい顔になってしまう。

そんな事を考える余裕があるぐらいには増しになったが、それでも痛みは残り続けている。

右の奥歯。

どうやらそこが砕けたようだ。

「わるい、ちょっと任せる。」

「あの、お医者様にいかれたほうがいいと思います。」

「もちろんそのつもりだ。」

腹ごなしなんて後回しだ。

右頬を押さえながらフラフラとした足取りで来た道を戻る。

振動が歯に響いて痛いので、できるだけゆっくりと足を下ろして歩いていたその時だった。

「シロウ、何してるの?」

いつの間に後ろにいたんだろうか、エリザが俺の右肩を叩く。

と、同時に大きな波が俺の脳みそを突き抜けていった。

あまりの痛さにその場にへたり込んでしまう。

「え、ちょっと!?どうしたのよ。」

慌てて駆け寄り俺を起こそうとするエリザ。

えぇい、触るな!響くだろうが!

そういいたいのは山々だが、痛みでしゃべることすら出来ない。

「ねぇ苦しいの?痛いの?凄い汗よ?」

「いってぇんだよ。」

「え、どこが痛いの?そんなに強く叩いた?」

「歯が痛いって言ってんだよ!」

痛みが和らいだ所で、つい大きな声が出てしまった。

あまりの大声に近くを歩いていた人が驚いた顔でこちらを見てくる。

「なによ、そんなに大きな声出さなくなって・・・。」

「っ・・・。」

で、また痛みが来るっていうね。

もう何がなにやらわからないが、いっそ殺してくれって気分になってくる。

いや、死ぬのは困る。

でも、この痛みから解放してくれるならなんでもする。

金だっていくらでも出す。

だから誰か何とかしてくれよぉ・・・。

「ねぇシロウ、歯が痛いの?」

「それ以外の、何があるってんだ。」

「いやねぇ、ちゃんと歯を磨かなかったんでしょ。」

「磨いたし。」

「じゃあ足りなかったのね。ほら、そんなに痛いならすぐに治してあげるから。」

え?

今なんていった?

治す?

治せるのか?

マジで?

「治るのか?」

「当たり前じゃない、タダの虫歯でしょ?そんなのちょちょいのちょいよ。」

マジか、そんな簡単に治るのか。

さすが異世界半端ないな。

エリザに腕を引っ張ってもらって立ち上がり、そのまま引っ張られるようにして連れて行ってもらったのは、なぜか医者ではなく冒険者ギルドだった。

おかしい、歯医者じゃない。

「なぁ、ここでいいのか?」

「別にどこでもいいんだけど・・・。ねぇ、ちょっといい?」

「あ、エリザさん!どうしたんですか?」

「処置室借りたいんだけど、あと紐とポーションも。」

「紐?」

「虫歯だって。」

「なるほど、すぐにお持ちしますので先に向かってください。」

「ありがと助かるわ。」

ギルド職員と何やら楽しそうに話すエリザだが、処置室はともかく紐ってなんだ?

ポーションなんかでよくなるのか?

それならビアンカのやつを飲めば終わりじゃないか。

ならなんでここに・・・。

ずるずると引っ張られながら向かったのは、ギルドの医務室。

ではなくその横にある処置室という部屋だった。

名前の通り棚にはよくわからない薬が並べられ、包帯やらが用意されている。

ここに医者を呼んでくるのか、なるほど。

「シロウはそこ座ってて。」

「あぁ。」


「お尻はしっかりと置く、そうそうそこ。で、手はここで、ちゃんと取っ手を持っててね。」

座らされたのは、ひじ掛けのあるゆったりとした椅子。

見方によっては電気椅子にも見えなくはないが、上にやばそうな装置はない。

しっかりと座らされ、さぁ後は医者を待つだけ・・・のはずだったんだが。

「おい。」

「なによ。」

「なんで縛るんだ?」

「そりゃ動かなくする為よ、動いたら手先が狂っちゃうでしょ?」

「それはわかるがやりすぎだろ。」

深く腰掛けた途端に、足を固定。

続いて肘置きに手を固定されてしまい動かせるのは上半身だけ。

と思ったら肩付近をぐるぐると紐で巻かれてしまった。

残るは首だけだが・・・。

「エリザ様持ってきましたよ。」

「ありがと~!」

「中級ポーションがあったのでそれを持ってきましたけど、良かったですか?」

「むしろいいの?」

「ニアさまが用意してくれたんでいいんでしょう。」

「そっか、ありがと。」

「紐は・・・これでいいですか?」

「うんバッチリ!」

「じゃあシロウ様、頑張ってくださいね。」

「あ、あぁ。」

何やら楽しそうにギルド職員とエリザが話をしている。

そしてタコ糸のような紐を渡してその子は帰っていった。

いや、頑張ってくださいって医者は?

「エリザ、一つ聞いていいか?」

「なに?」

「医者は来るのか?」

「虫歯如きでお医者様なんて来るはずないでしょ?」

「・・・じゃあ誰が治すんだ?」

「私に決まってるじゃない。」

何当たり前のことを?という顔で俺を見るエリザ。

オゥ、ジーザス。

なんとなく嫌な予感はしていたんだが、まさか的中するとは考えたくもなかった。

その紐。

そしてこの状況。

導き出される答えはただ一つだ。

「せめて麻酔ぐらいしてくれないのか?」

「そんなのいらないわよ、すぐに終わってすっきりするから。」

「やめろ!そんな原始的な手段で触るな!ってか抜かなくても治る!」

「抜かなきゃなおんないでしょうが!あ、こら!噛むな!」

「誰か!誰か助けてくれ!」

「だから助けてあげるっていってるんじゃない!あーもう!」

エリザが俺の膝に乗り、左手で強引に口を開けられる。

あまりの力に口を占めることも出来ず、あっという間に歯に糸を掛けられてしまった。

抜く気だ。

問答無用で抜く気だ。

糸を掛けられた時の痛みよりも、抜かれる恐怖が勝っているのか何も感じない。

感じるのは押し付けられた胸の柔らかさだけだ。

「あぁ、神様。」

「何子供みたいなこと言ってんのよ、ただ歯を抜くだけでしょうが。腕を切り落とされるよりましでしょ?」

「例えがおかしい!」

「うるさいなぁ。それじゃ、行くよ!」

「やめろぉぉぉぉ!」

俺の叫びもむなしく、脳筋エリザの渾身の力で引っ張られる細い紐。

よく見ればアラクネの糸じゃねぇか。

工業用にも使われる丈夫な紐がエリザの剛力を余すことなく伝え、俺の歯を問答無用で引っ張っていく。

一瞬の激痛。

その一瞬で、俺の意識は吹き飛んでしまった。

異世界、マジハンパネェ。


「ハッ!」

「あ、起きた起きた。」

どのぐらい意識がぶっ飛んでいたのかはわからないが、目覚めると縛られていた体は解放されており先程の椅子にだらんと座るような格好だった。

慌てて体を起こし自分の歯を触ってみる。

あれ?

「なんで歯があるんだ?」

「そりゃあるわよ、ポーション飲ませたもの。中級ならすぐに生えて来るわよ。」

「・・・マジか。」

「虫歯なんて抜いて生やせばすぐに治るのに、なんであんなに抵抗するかな。まぁ、シロウの慌てた顔が見られてそれはそれでよかったけどさ。」

「抜いて生やす・・・。」

「腕だってポーション一本で治るのよ?歯ぐらいすぐよ。」

抜かれたはずの奥歯は痛みもなく元の場所に生えていた。

が、エリザの手には虫歯になり上半分が砕けた俺の奥歯が握られている。

どうやらこの世界ではサメでなくても歯が生え変わるらしい。

良く考えれば腕が生えてくるんだから歯ぐらい生えてきてもおかしくないんだよな?

そうか、おかしくないのか。

「つぎからはちゃんと歯磨きしなさいよね。」

「そうする。」

「じゃあさっさと帰るわよ、そろそろ急患が来るってさっきニアが・・・。」

エリザが最後まで言い終わる前に、ドタドタと複数の足音が聞こえてきたかと思ったら勢いよく部屋になだれ込んできた。

「ゴメン、場所開けて!」

「いてぇ、いてぇよぉ!」

「大丈夫だ、まだくっついてます!血は止まってますからすぐに治りますよ!」

「そこ足押さえて!傷口に聖水、それとポーション中級!」

「はい!」

患者と思しき冒険者の右腕は半分ちぎれており、何ともグロテスクな状況になっている。

にもかかわらず、職員は焦る様子もなくきびきびと動きあっという間に彼をさっきの処置椅子にしばりつけた。

「ほらシロウ邪魔になるわよ。」

「あ、あぁ。」

慌てて部屋を出るも、後ろからは男の叫び声が聞こえてくる。

あんな怪我でもポーション一つで治るんだから不思議なもんだ。

流石異世界、ハンパねぇ。

それを文字通り実感させられる出来事だった。

ちなみにその日から歯磨きは今までの二倍丁寧にやっている。

いくら生え変わるとはいえ、気を失うほどの激痛は二度とご免だからな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...