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407.転売屋は教育を見守る

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「倉庫整理終わりました!」

「もう終わったのか、はやいな。」

「頑張りました!」

「それじゃあ後はミラの指示に従ってくれ。それも終わったら好きにしていいぞ。」

「ありがとうございます!ミラ様、次何したらいいですか!?」

元気よく頭を下げると、別の作業をしていたミラの元へ駆けて行く。

まるで子犬のようだが、メルディの仕事ぶりは想像以上だった。

最初こそ動きが鈍かったが、やることを理解してからは要領よく仕事をこなしている。

ミラの言う通りドワーダのようで、見かけ以上の腕力でさくさく倉庫を片付けていく。

一時は魔境のようになっていた倉庫も、今や誰に見せても問題のない状態にまで戻っていた。

いや~、綺麗っていいなぁ。

「素材の仕分けは終わりましたか?」

「はい!痛んでいるものに関しては裏庭にまとめてありますが、他は素材ごとに仕分けして収納してます。あ!あと、こんなものも出てきました!」

「願いの小石ですね、いくつありましたか?」

「三つありました。」

「それはこちらで回収します。後はこちらでやりますから昼からは自由時間でいいでしょう。ただし、帰りに今日の分の宿題を持ち帰るように。」

「はい!」

元気よく返事をする姿はまるで教師と生徒のようだ。

見た目が幼いので余計にそう見えてしまうが、驚いたことに年齢は20を超えているらしい。

元の年齢から考えるとまだまだ小娘だが、この見た目から察するに同年代。

相変わらず人を見た目で判断できない世界だ。

二階で着替えを終えたメルディは財布を手に店内を物色していく。

勝手知ったる店だと思うのだが、いつも倉庫整理なので店内の状況はまだ把握していないらしい。

「今日は・・・これにします!」

「遠見筒、売れるのか?」

「そろそろ大移動の時期ですし欲しい人はいると思います。」

「まぁお前の金だ、好きにしろ。」

「銀貨4枚です。」

「はい!お願いします!」

財布代わりの革袋から銀貨を取り出しカウンターにのせる姿は小学生のおつかいそのものだ。

嬉しそうに遠見筒を手にしてメルディは店を出て行った。

『遠見筒。これを通して見ると離れた所まで良く見えるようになる。最近の平均取引価格は銀貨6枚。最安値銀貨3枚、最高値銀貨9枚。最終取引日は41日前と記録されています。』

利益はそれほど出ないかもしれないが、前と違って高値で売る必要はない。

堅実に稼ぐには持っていこの商品だろう。

「大移動、もうそんな時期か。」

「そろそろ麦も収穫ですね。」

「今年はどこも豊作らしいな、例年よりも安くなるがどうする?」

「穀物には手を出さない方がよろしいかと。いくら安いとはいえ倉庫を圧迫しますし、量を売らなければ利益自体はさほど多くありません。それに備蓄はシロウ様の仕事ではありませんから。」

「ま、それもそうだな。」

大移動とは、麦の収穫のみを手伝う労働者の事をさす。

集団で移動しながら収穫を手伝い、賃金を稼ぐ様子は秋の風物詩といえるだろう。

この街には大きな畑はないので縁はないが、彼らの通り道になっているのでその時だけは街に人があふれる。

手にした金をこの街で使ってくれるので、大切なお客様というわけだな。

カランカランと音がしてドアが開く。

「イラッシャイ、なんだダンか。」

「なんだとはなんだよ。」

「そのまんまの意味だよ。今日はどうした?」

「ここに来る理由なんて一つしかないだろ、買取を頼む。」

「珍しいな。」

「ちょっと物入りでな。」

「何か困った事でもあるのか?」

「そうじゃねぇ、ただガキの玩具を買う小遣いを稼ぎにな。そろそろ大移動だろ?あいつらが作る玩具は丈夫で長持ちするんだってリンカが言うんだよ。」

カウンターの上に乗せられたのは主に下層で取れる素材ばかりだ。

あまり深くは潜っていないみたいだな。

「相変わらず尻に敷かれてるな。」

「お前だって新しい女を買ったって噂だぞ。」

「バカ言え従業員を雇ったんだよ。」

「奴隷じゃないのか?」

「首輪してないだろ?」

「そういえば・・・。でも奴隷の方が安心じゃないか?」

「心配には及びません、もし悪事を働くようであれば生きていることを後悔させますので。」

「ってな感じでミラがしっかり管理してるから問題ない。」

完全にメルディの心を掌握しているようなので余程のことがなければ裏切ることはしないだろう。

「リンカより怖ぇな。」

「だろ?」

「査定価格下げましょうか?」

「冗談だって。」

慌てて取り繕う様子がおかしくて思わず声を出して笑ってしまった。

子供はスクスクと成長中のようだ。

また今度みんなで見に行くとしよう。

買取金額は全部で銀貨8枚になった。

昔の稼ぎからすれば随分と少ないが、それでも定職がある中で+αの収入と思えばそれなりだろう。

昼を交代で済ませるとまた客がやってきた。

「いらっしゃ・・・なんだもう売れたのか?」

「そうじゃないんですけど。ミラ様、イエロービーンズの値段がここ最近ちょっとずつ上がっているみたいなのでご報告に来ました。」

「おかしいですね、値上がりする要素はないはずなんですが・・・。少し調べてみましょう。」

「どうすればいいですか?」

「取引所で豆類の価格を確認してきてください、私はイライザさんの店で事情を伺ってきます。」

「豆類ですね、了解です!」

小学生宜しく右手を真上にピンと伸ばして返事をするメルディ。

やっぱり年齢偽ってない?

大丈夫?

そして再び元気よく走り去ってしまった。

「シロウ様、店番をお願いしてもかまいませんか?」

「出ていく用事もないし大丈夫だ。しかし豆なぁ。作付けには早いし特に不作でもないはずだ。偶然じゃないのか?」

「需要がなければ値上がりしません、何かあったと考えるべきです。」

「だが小麦同様に仕入れないんだろ?」

「豆で利益は出ませんが他では出るかもしれません。イエロービーンズは日持ちしますから、どこかで備蓄が始まっている可能性もあります。」

「備蓄ねぇ・・・。」

普通、安価で日持ちのする小麦が豊作なのにわざわざ日持ちのする豆を仕入れる必要はない。

にもかかわらずそれが起きているとなれば、必要以上の備蓄が行われていると考えることが出来る。

豆や麦では利益は出ないが、干し肉や干物なのはそれなりの利益が出るだろう。

そっちを売り込めないかと考えているようだ。

で、その情報を探しにイライザさんの店に行くと。

やっていることはまるで諜報員だ。

「何かわかったら報告してくれ。」

「わかりました。しかしメルディさんは凄いですね、イエロービーンズの値上がりはまったく気付きませんでした。」

「俺の相場スキルでもその辺は気付きようが無い。長年の相場を記憶しているからこそ出来る凄技だな。」

「私も気を引き締めなければなりません。」

「そうやって無茶すると前みたいになるぞ。ミラは今のままでも十分に貢献している、むしろこの際仕事の一部をメルディに渡してもいいぐらいだ。働きすぎなんだよ。」

「そうでしょうか。」

「担当外の日に夜な夜な資料を読み漁ってるのを知らないと思ってるのか?」

「気をつけます。」

自分で仕事が出来るのは当たり前、それをいかに他の仲間にやらせるかが上に立つ者の実力と昔本で読んだ気がする。

出来る仕事を与えることで部下は仕事を覚え、やりがいを持つ。

もちろん任せすぎは禁物だが、何もさせないと成長しない。

中々難しい所だ。

そういうのが面倒で一人で仕事をしてきたんだけども、この仕事量じゃさすがにそうも言ってられないよな。

ミラの仕事をメルディにいくつか渡せばそれだけ時間の余裕が出来る。

それはプライベートな時間に直結するんだ。

たまにはデートでもと思うのが男ってもんだろう。

それがたとえいつでも抱ける女だとしてもだ。

ミラを見送り、一人店で留守番をする。

今までなら空き時間に片づけやら何やらしていただけに、何もしないでいい時間というのはとても新鮮だ。

「ただいま。」

「おかえり、早かったな。」

「ん~ちょっと体が重くて戻ってきたの。」

「風邪か?」

「たぶんいつものだと思う。そろそろだから。」

「そうか、無理するなよ。」

「アネットから薬をもらうから大丈夫。」

ボーっとしていると夕方前にもかかわらずエリザが戻ってきた。

いつものような元気は無い、どうやら女性特有の時期が来るようだ。

男の俺にはわからないが大変なんだろう。

「シロウは?」

「店番。」

「え、それだけ?」

「片付けはメルディが全部やってくれたんだ。ミラは調べ物をしにイライザさんのところに行っている。なんでも豆の値段が上がってるんだと。」

「ふ~ん、戦争でも起きるのかしら。」

「そんな話聞いたことあるか?」

「全然。そもそも戦争なんてここ何十年も起きてないじゃない、魔物があふれる事はあっても人同士で争う余裕は無いわよ。」

「それを聞いて安心したよ。」

この世界に来て初めて聞いた戦争という単語。

言葉が出てくるぐらいだから過去に起きた事はあるんだろうけど、どうやら大昔の話のようだ。

「昼までに片づけを終えちゃうなんて中々できる子みたいね。」

「あぁ、なかなかいい買い物だったようだ。」

「どっちかっていうとミラの教育の賜物じゃない?」

「それを言うなって。」

確かに筋はいいようだが、ミラがしっかりと調教・・・もとい教育したおかげでもあるだろう。

今後に期待だ。

「ねぇ、時間に余裕が出来たんなら買い物にもいけるわよね?」

「そういう事だ。」

「じゃあさ、今度デートしない?」

「前しなかったか?」

「アレはダンジョンでしょ?たまには二人っきりでさ。」

珍しくエリザから誘ってくる。

まだ日も高い時間だ、酔っているわけでもなさそうだしそういう気分なんだろう。

顔を近づけてくるエリザにあわせて俺も顔を近づける。

軽く口付けした後、エリザのほうから舌を絡ませてきた。

「おい、まだ昼間だぞ。」

「ふふ、いいじゃない。」

「俺はかまわないんだが・・・。」

「え?」

「お、お邪魔しました!」

舌を絡めたあたりでメルディが帰ってきたんだが、どうやら聞こえなかったようだ。

「あはは、やっちゃった。」

「発情するならまた後でな。」

「でもキスだけで顔を真っ赤にするなんて初心なのね。シロウもあぁいうのが好み?」

「対象外だって何度も言ってるだろ?」

「ふふ、知ってた。」

「いいから上でシャワー浴びて来い。」

「は~い。」

まったく、盛るなら夜にしろよな。

階段を上がる音を背なかで聞きながらドアの外で耳まで真っ赤にしているメルディにどう声をかけるか悩んでしまう。

奴隷ならともかく従業員だ、セクハラで訴えられたりしないだろうか。

『大丈夫です、言い聞かせますので。』

ミラならそう言いそうなものだが、どうしたもんかなぁ。
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