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404.転売屋は月と出会う

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いつも女に囲まれている俺だが、たまには一人になりたいときもある。

そんな日は女達も何も言わずに送り出してくれるからありがたい事だ。

ただし、条件はある。

街の中は一人でいいが、外に出る時は護衛をつける事。

誰かを連れて行ったら一人じゃないって?

わかってる、だからルフを連れて行くんだよ。

手には酒とつまみの鮭の塩焼き。

決してかけたわけじゃない、偶然だ。

「夜更けに悪いな、ルフ。」

ブンブン。

子供達は早くも夢の中。

起こさないように声をかけると何も言わずについてきてくれるんだもんなぁ。

できる女は違うね。

なんて考えていたら、またかみたいな目で見られてしまった。

どうもすみません。

真っ暗な草原をかすかな月明かりを頼りに進むと、ぽっかりとあいた広場に出た。

奥には人が乗れるほどの大きな岩がある。

そう、ここは去年の満月の夜に月見酒を楽しんだ場所。

だが泉が湧くのはまだ先、そもそも今日は満月ですらない。

頭上に浮かぶのは鋭さの残る三日月。

満月も好きだが、個人的にはこっちのほうが好きだ。

星もよく見えるしな。

岩の上に乗り、酒を用意すると俺の背中側でルフが丸くなった。

背中越しに感じる体温が温かい。

まだ秋になったばかりだが世風は冷たくなってきたからなぁ。

はぁ、美味い。

鮭を肴に酒を飲む。

もちろんワインやエールではない、日本酒風のとっておきだ。

やっぱりこうじゃないとね。

「はぁ、静かだなぁ。」

女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、まさにその通り。

家にいると女たちのにぎやかな話声がどこにいても聞こえてくる。

もちろんそれは悪い事じゃないしむしろ心地いいのだが、なんとなくそれが嫌になる日もあるんだよ。

今までの事、これからの事、商売の事。

とりとめもなく色々な考えが浮かんでは消え浮かんでは消えていく。

少し強い酒のせいだろうか、それとも背中に感じるルフの温かさのおかげだろうか。

まるでぬるま湯につかっているような心地よさが全身を包み込んでいる。

「ふ~ん、話に聞いていたよりも普通じゃない。」

「ん?」

「見た目は・・・まぁまぁね。イケメンじゃないけどなよなよした感じじゃないし。最近は受け身な男が多くてイヤになるわ。」

「人の声が聞こえる。そうか、酔ってるんだな。」

「酔ってないわよ。」

この場にはルフと俺以外に誰もいないはずなんだが、何故声が聞こえるんだ?

ぼんやりとする意識を無理やり覚醒させ横を見ると、真っ白いジャージに身を包んだ見知らぬ女が座っていた。

ジャージだ。

なんでジャージ?

慌てて距離をとると女はケラケラと声を出して笑いだす。

あのルフが気づかないなんてどういう事だろうか。

「そんなにビビらなくたっていいじゃない。」

「いきなり人じゃないやつが出てきたらビビるにきまってるだろ?」

「あれ?やっぱりわかっちゃう?やだなぁ、ほんと美人って罪よね。」

「美人?」

「何よ。」

「別に。」

美人かと聞かれれば美人の部類に入るだろう。

シュッと一本通った鼻筋、小さな口、大きすぎない目。

なによりかすかな月光の下でもわかる金色の髪の毛。

普通の男なら絶対に見てしまう顔をしている。

が、俺の好みじゃないんだよなぁ。

気の強そうな感じも対象外だ。

なんだろう、隣町の某女を彷彿とさせるからだろうか。

「せっかく月の女神直々に来てあげたっていうのにその反応はないんじゃない?」

「月の女神だったのか。」

「え、知らずに呼んだの?」

「っていうかそもそも呼んだ覚えすらない。」

「恥ずかしがらなくていいのよ。だって今日は満月の夜、このタイミングでここに来るなんて私に会う以外に理由がないじゃない。嘘がへたくそね。」

「いや、だから。」

「でもまぁ、この美貌を見ちゃったら恥ずかしくなるのも仕方ないか。大丈夫、優しくお相手してあげるから。私は可愛くて優しいもの。」

「だから聞けって。」

少し声を大きくすると、自称女神という女はビクリと体を震わせた。

「な、なによ急に大きな声出しちゃって。」

「お前が人の話を聞かないからだろうが。」

「じゃあなんでここにいるのよ!」

「俺はただ一人になりたくてここに来ただけだ。そもそも今日は満月じゃないし、それに例の泉が湧くのは22月。まだ一か月以上あるぞ。」

「え?」

キョトンとした顔をして女が俺を見てくる。

いや、そんな顔されても困るんだが。

「とりあえず上を見たらどうだ?」

言われるがまま上を見る女。

するとその目が見る見るうちに見開かれていく。

それどころか口も半開きになり、なんとまぁ残念な顔になってしまった。

「嘘。」

「いや、嘘じゃないし。三日月だし。」

「そんなはずないわ!だって今日は満月だって部下が・・・。」

「部下?自分で確認しなかったのか?」

「この・・・あの子達、戻ったらただじゃおかないんだから。」

なんだかよくわからないが騙されたんだろう。

仮に月の女神だとしても部下?に騙されている時点で残念な女神確定だ。

「もう一度言うが、今日は21月だからな。」

「つまり今日じゃない?」

「あぁ、そういうことになる。」

「・・・・・・・・・。」

「なんていうか、残念だったな。」

とどめの一言でがっくりとうなだれてしまった自称女神。

ルフが気づかなかったことから自称ではなく本当に女神なのかもしれないが、残念過ぎる女神のようだ。

っていうか部下がいるんだな。

うつむいたまま動かなくなってしまった女神を横に置いて酒を飲むわけにもいかず、無言の時間が続く。

ルフが置いて帰らないの?みたいな顔をしているが、このまま置いて帰っていいのだろうか。

勝手に帰って後々難癖付けられたくないしなぁ。

「ねぇ。」

「なんだよ。」

「それお酒でしょ、頂戴。」

「のみかけだぞ?」

「良いからよこしなさいって!」

岩の上に置いた酒をふんだくるようにして奪うと、ラッパ飲みで一気に酒を飲み干してしまった。

酒瓶をドンと置き、すわった目をしてこちらを睨んでくる。

「それもよこしなさい。」

「おい。」

今度はつまみを奪い、勝手に食べ始めてしまった。

文句を言える雰囲気ではないので、致し方なく好きにさせて放置することにした。

俺は一人になりたかっただけなのに、なんでこんなことになってしまったんだろうか。

しばらく放置するとさっきまで無言だった自称女神がポツポツと何か話し始める。

「私は女神なのよ?月の女神。それなのに、なんであの子達は私のいう事を聞かないの?ちゃんと有給だって取らせてあげてるし、お給料だって他よりもいっぱい出してるわ。なのに嘘はつくし今日みたいに私に意地悪してくるし。私の何がいけないのよぉ。」

人のツマミを奪った挙句、文句を言いまくったと思ったら今度は泣き出したぞ。

どれだけ酒に弱いんだよ。

女神なのに酔っぱらうのか?

「俺が言えた義理じゃないが、全部じゃないか?」

「なんでよ!」

「今までやったことが上手く行ってないからこんなことになったんだろ?自分を見返すいい機会だと思って色々と変えてみたらどうだ?」

「自分を・・・変える?」

「昔は俺も色々とやってきたが、失敗するたびにやり方を変えてきた。いつまでも同じやり方じゃいつか壁にぶつかるもんだ。その壁を超えるには自分が変わるのが一番手っ取り早いんだよ。」

「そんなことしなくても他の子にやらせたらいいじゃない。」

「だからそれをやって今の状況なんだろ?いい加減あきらめろよ。」

なんで俺がこいつの人生相談をしなきゃないんだろうか。

相手は女神様なんだろ?

普通は俺がされる方だろう。

「有給でも給料でもないんだ、他の部分を変えていくしかないだろう。まぁ、頑張れ。」

「うぅ、人間にまで優しくしてもらえないなんて。」

「そんなに泣くなよ、美人が台無しだぞ。」

慰めるつもりで言った。

他意はない。

まったくない。

だが、その言葉を聞いた瞬間に女の動きが止まった。

「美人?」

「まぁ、顔はな。性格は知らないが見た目は美人じゃないか?」

「そうよね!私美人よね!?だって女神だもの美しいに決まってるじゃない!」

突然人が替わったかのようにハイテンションになる。

これだから酔っ払いは。

「そうよ私は美しいの!ふふふ、人間もたぶらかしてしまうこの美貌、我ながら罪深いわね。」

「・・・そういうところが原因だろ。」

「何か言った?」

「なんでもねぇよ。」

「あぁとっても気分がいい、なんなら今すぐに踊りだしたいぐらいに。人間、女神である私が踊ってあげるから付き合いなさい。拒否は許さないわ、拒否したら狼に変えてやるんだから。」

「最低だな!」

「ほら、早くしなさいよ!」

酔っ払い女神が俺の腕を取り無理やり岩の上から降ろす。

この細腕にどれだけの力があるんだろうか。

信じられないような力に振り回されながら俺達は踊り続けた。

それはもう足腰がフラフラになるぐらいに。

「はぁ、スッキリした。」

「無理、死ぬ。」

「なによ人間、だらしないわねぇ。体力なさすぎじゃない?」

「冒険者みたいにタフじゃないんでね。」

「これも聞いた話とは違うけど、どうでもいいわ。」

「いいのか?」

「あの子達がどれだけ意地悪してきても私が美しいことに変わりはないもの。美しさは正義、それは絶対なの。」

「どんな理論だよ。」

「正論よ。」

「はいはい、好きにしてくれ。」

これ以上何を言ったって無駄だろう。

とりあえず今は早く解放してもらいたい。

「悪かったわね、付き合わせて。」

「なんだ自覚はあったのか。」

「女神である私があの程度で酔っぱらうはずないでしょ。」

「嘘つけ。」

「うるさいわね。ともかく、付き合ってくれたお礼にこれを上げるわ。」

そう言いながら女神はジャージのポケットから何かを取り出し、俺に向かって放り投げる。

胸元に飛んできたそれを右手で掴むと、そいつは満足そうに微笑んだ。


『月の涙。月光を浴びて育った魔石が月の魔力で変質したもの。月の光が出ている間は仄に光り、装用者に月の加護を与える。最近の平均取引価格は金貨110枚、最安値110枚、最高値110枚。最終取引日は3年と402日前と記録されています。』

「月の涙か。」

「え、知ってるの?」

「それなりの高値で売れるみたいだな。」

「ちょっと売らないでよ!私にしか作れないものなのよ、すっごい珍しいものなんだから!」

「あぁ、だから取引履歴が一つしかないんだな。」

俺の言葉を聴き、また女神がピクリと止まった。

「どういうこと?」

「俺のスキルを使えば過去に取引があったかわかる。月の涙は3年半前ぐらいに取引されてるみたいだな。」

「ふ~んそうなんだ・・・わかった。私ちょっと行く所あるからアンタはさっさと帰りなさい。そこの狼がいれば大丈夫でしょうけど、わかったわね。」

「いや、わかったわねって・・・もういないし。」

人騒がせな月の女神はあっという間にいなくなってしまった。

おそらくは前に月の涙を渡した奴の所にでも行くったんだろう。

去り際に、『あのクソイケメンめ。』って言ってたし。

でもほら、俺はちゃんと売るぞって言ったから大丈夫。

たぶん、大丈夫。

「ルフ、帰るか。」

ブンブン。

とんだ月見酒になってしまったが、珍しいものも手に入れたしプラマイゼロだ。

さっさと帰ってあったかいベッドで寝るとしよう。

まぁ、寝かせて貰えるならな。
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