398 / 1,027
396.転売屋は転売屋に転売される
しおりを挟む
ある日の事。
一人の客がドアを開けて店内に入って来た。
「イラッシャイ。」
一声かけるも会釈を据えるだけで返事はない。
買取ではなく購入目的で店内をうろついたその客は目星の商品を持つとカウンターにやって来る。
「これをお願いします。」
持って来たのは一本の短剣。
『鉄の短剣。初心者冒険者が良く使うシンプルな短剣。銅製のものよりも重たいがその分強度がある。軽量化の効果が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨3枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨6枚。最終取引日は三日前と記録されています。』
何処にでもあるシンプルな鉄の剣だが、軽量化の効果が付与されているので普通よりも素早く使う事が出来る。
前衛の補助武器もしくは盗賊のメイン武器として仕入れたやつだ。
店内に置いている商品の中では一番安いが、物としては悪くないだろう。
特に彼女のような女性が扱うのであれば。
「銀貨4枚だ。」
「ちょうどです。」
「確かに、そのままでいいか?」
「大丈夫です。」
ひょいとそれを掴むと軽く会釈をしてその女は店を出て行った。
因みにこれで五日連続だ。
「またあの子?」
「あぁ、今日は鉄の剣だ。」
「少しずつ高くなってるじゃない。」
「それだけ実力がついたんだろ。」
「わずか三日で銅の剣が鉄の剣よ?そんなに早く使いこなせるはずないわ。」
「そりゃそうだ。」
初日は銅の長剣。
それから毎日決まった時間に店に来ては、武器や防具を買って帰る。
が、どう見ても自分用じゃない。
そもそも冒険者ですらないような感じだ。
「で、どうするの?」
「どうするも何も客だろ?放っておくさ。」
「でも・・・。」
「むしろ今まで誰も考えなかったのがおかしいんだよ。俺が損してるわけじゃないし、今は様子見だ。」
「わかったわ、シロウがそう言うなら私は何も言わない。」
「今日もギルドか?」
「ううん、今日は巡回。ちょっと下層まで潜るから夜には戻らないかも。」
「しっかり準備していけよ。」
「わかってるって。何か欲しい素材はある?」
「もし焔の石が手に入るなら持って帰って来てくれ。今年の冬は寒いらしいから今の内から準備しておく。」
「私達の分もいるもんね、わかったわ。」
そう言うとエリザは二階へ上がり出発の準備を始めた。
「はてさてどうなる事やら。」
エリザをダンジョンまで見送り、いつもの日課をこなしてから取引所へ向かった。
いつもはミラに頼んでいるがたまには自分で相場を確認しておかないと勘が鈍ってしまう。
えぇっと・・・。
今年はどこも豊作で食料関係は軒並み値下がり、代わりに調味料関係は値上がりしている。
料理が流行っているんだろうか。
お、デリシャスキノコの依頼が出てるな。
いよいよシーズンが来たか。
買取価格を上げて持ってきてもらえるよう誘導してもいいかもしれない。
後は・・・。
ふと横を見ると先ほどの客が真剣な眼差しで取引情報を控えていた。
横に俺がいる事にさえ気づいていない。
チラッとメモをのぞき見するとグリーンキャタピラの糸について調べているようだ。
あれはいつでも依頼が出ているから初心者向けの依頼と言える。
だが彼女は冒険者じゃないんだよなぁ。
一体何に使うんだろうか。
あまり見過ぎてもあれなのでバレないうちに店へと戻る。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「デリシャスキノコの依頼が出ていた、そろそろシーズンのようだ。」
「では買取価格をあげますね。ギルドへは告知しますか?」
「素材じゃないしこれは良いだろう。まずは俺達の分を確保したい。」
「秋ですねぇ。」
ミラがあの美味いキノコを思い浮かべて珍しく表情を崩す。
それも仕方がないだろう。
あの美味しさは勝手に唾液が出てきてしまうぐらい鮮明に頭にこびりついているんだから。
「そういえば例の客が取引所にいたぞ。一生懸命グリーンキャタピラの糸について調べてた。」
「と、いう事は今日の分は売れたんですね。」
「売りやすい武器だし良い物に目をつけたな。」
「後でいくらで売れたか調べておきましょうか?」
「いや、そこまでしなくてもいいさ。」
「着実に稼いでいるようですが、大儲けまでは出来そうにないですね。」
「そういうやり方だからなぁ。後はいつ失敗するかだ。」
「失敗前提なんですか?」
「むしろしない方がおかしいだろう。俺ならともかく鑑定スキルも持ってなさそうだぞ、彼女。」
「それで転売ですか・・・。」
そう、彼女は転売屋。
俺の同業というわけだ。
気付いたのは彼女が店に来て三日目の事。
明らかに冒険者じゃない見た目なのに硬革の手袋を買って行った時の事だ。
最初は頼まれて買いにきたのかと思っていたのだが、どうも様子がおかしかった。
店中の商品を必ず隅から隅まで確認して、そして手ごろな品を買って行く。
それを三日も続けられたら誰でもおかしいと思うだろう。
退店後エリザに後をつけさせると、彼女は露店で先ほどの手袋を冒険者に販売していた。
俺から銀貨2枚で購入した手袋を銀貨3枚と銅貨50枚で売る。
それだけで銀貨1.5枚の儲けが出ていた。
それを見たエリザはどうしようか迷ったようだが、何も言わずに店に戻って来た。
もちろんそれを聞いた俺も何も言わない。
だってそうだろう。
やっていることは俺と全く同じことだ。
彼女を咎める理由がどこにある。
彼女に文句を言うなら俺はこの商売を辞めなければならない。
転売屋が転売屋から商品を仕入れる。
これは元の世界でもそれなりに行われていたことだ。
「むしろスキルもなしによく頑張っている方だろう。前途有望だな。」
「私も同じような事をして勉強しましたから、彼女の頑張りはよくわかります。」
「そういや鑑定スキルなかったんだっけか。」
「はい。シロウ様にこの指輪を貰うまでは。」
そう言ってミラは左手を胸の前で大きく開いた。
薬指に光るのは屋根裏で見つけた真実の指輪。
鑑定スキルが身につくとっておきの装備だ。
これが無くても仕事はできる。
ここに来た当初のミラがそれを証明していた。
「失敗してそこで辞めるのか、それともそれをバネに成長するのか。」
「まるで彼女の成長を楽しみにしているように聞こえます。」
「そりゃ期待もするだろう。同業が増えればそれだけ仕事がばらける。」
「普通は客を取られると慌てるところだと思いますが。」
「いいんだよ、楽が出来るならそれで。」
普通の商売であれば同業が増えると客を取られるので慌てるだろう。
だがうちは買取屋だ。
客が来れば金が出て行ってしまう。
もちろんその客が持って来たものを売って利益を出すわけだが、売るのにも時間と手間がかかるんだよなぁ。
買い取り以外で儲けを出せている現状では、必死になって客を迎える必要はない。
とはいえ買取屋を辞める気もない。
何事も程々が一番なんだよ。
それで前回大変な目にあったじゃないか。
そんな話をした三日後の事だった。
時間になって彼女が店に来たがどうも様子がおかしい。
いつもなら店内をゆっくりと回って品定めをするのだが、今日は足早にこちらへまっすぐに向かってきた。
「イラッシャイ。」
「買取をお願いします。」
「物は何だ?」
「・・・これです。」
そういいながらカウンターに乗せたのは丸い形をした盾だった。
バックラーと呼ばれるそれは攻撃を受けるのではなく受け流すのに使われている。
手元を隠したりするのにも使えるが、技量が必要なので初心者には少々扱いにくい商品といえるだろう。
『ラウンドバックラー。鉄でできており小型で扱いやすい。ひびが入っている。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨4枚。最終取引日は昨日と記録されています。』
ちなみにこれは二日前に彼女が買って行ったものだ。
だがその時ヒビは入っていなかったはずだけどなぁ。
「ラウンドバックラー、ひびが入ってるな。これじゃ売り物にならない、潰してもせいぜい銅貨30枚だろう。」
「そんな・・・。」
「工房に持って行けば素材として買い取ってくれるぞ。」
「でも銅貨30枚で買ってくれるんですよね。」
「あぁ。」
「それでお願いします。」
まぁ、工房では銅貨20枚も出してくれないだろうから当然だな。
銅貨をカウンターに積み上げると小さくため息をつき財布に仕舞った。
そしてとぼとぼとした足取りで店を出ていく。
「失敗したようですね。」
「この感じだと盾として使えるって売ったんじゃない?で、すぐ壊れたって返品された。」
「そんな感じだろうなぁ。商品をしっかり理解していないとこういう事になる。」
「彼女どうするかしら。」
「さぁなぁ。これで辞めるか、それとも懲りずに続けるか。」
「シロウは続けてほしいんでしょ?」
「ま、どっちでもいいさ。ミラ、裏のゴミ山に積んどいてくれ。」
「かしこまりました。」
買い取った所で使い道はない。
他のくず鉄と一緒にマートンさんの工房で潰してもらうとしよう。
さぁ、同業者よ。
どうするんだ?
そんな風に考えていた翌日。
彼女はまた店にやって来て、いつものように品定めを始めた。
そしてある商品の前で止まる。
「え、これ、売り物ですか?」
「そうだが?」
「買います!」
「まいど、銅貨80枚だ。」
彼女が驚いた顔で手に取ったのは一本の棒。
見た目にはただの木の棒だが、わかる人にはわかる。
小走りで駆け寄ってきた彼女がそれをカウンターの上に乗せた。
『青の魔道具。トレントの若木で作られており、柔軟に魔力を増幅することが出来るが強い魔力には耐えられない。主に水属性を増幅するのが得意。最近の平均取引価格は銀貨2枚。最安値銀貨1枚と銅貨50枚、最高値銀貨3枚。最終取引日は二日前と記録されています。』
前にエルロースの所で買った魔道具だ。
残念ながら使い道はないので売ることにした。
他に理由はない。
だが彼女はそれを目ざとく見つけ、持ってきた。
いいねぇちゃんと見る目があるじゃないか。
「銅貨80枚です。」
「ひーふーみーっと、確かに。」
「ありがとうございました!」
元気な声でそう言うと、彼女は大きく頭を下げ小走りで店を出て行った。
「あ~あ、甘やかしちゃって。」
「何の話だ?」
「来た時の為に置いてたんでしょ?」
「偶然だろ?それに仮にそうだとしても見る目がなかったら買わないさ。」
「でも買って行ったわ。」
「だな。」
「ねぇ、あぁ言う小動物みたいな子も好みなの?」
「馬鹿言え守備範囲外だよ。」
残念ながらそう言う目では見られないタイプだ。
どうみてもモニカと同じ感じがする。
ガキに興味はないんだよ。
「あっそ。」
「追いかけるなよ。」
「そんなことしないわよ。でも、偶然見つけちゃうかもね。」
「なんだかんだ言ってお前も気になってるじゃないか。」
「だって心配じゃない。」
「あぁ言うのは放っておいても成長するさ。」
「じゃあシロウのライバルね。」
「そうなる頃には俺はもう爺だよ。」
一体何年かかるのやら。
向こうは一日銀貨1枚の儲け。
こっちは一日金貨1枚以上の儲けを上げている。
百倍以上だ。
それに加えて他の仕事でも稼いでいるから実際はもっと多いかもしれない。
まだまだ負ける気はしない。
でも、いつの日かそう言う日が来るかもしれないのが転売の面白い所だ。
せいぜい頑張れよ、小さな転売屋。
そんな事を思いながら彼女の出て行ったドアをじっと見つめてしまうのだった。
一人の客がドアを開けて店内に入って来た。
「イラッシャイ。」
一声かけるも会釈を据えるだけで返事はない。
買取ではなく購入目的で店内をうろついたその客は目星の商品を持つとカウンターにやって来る。
「これをお願いします。」
持って来たのは一本の短剣。
『鉄の短剣。初心者冒険者が良く使うシンプルな短剣。銅製のものよりも重たいがその分強度がある。軽量化の効果が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨3枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨6枚。最終取引日は三日前と記録されています。』
何処にでもあるシンプルな鉄の剣だが、軽量化の効果が付与されているので普通よりも素早く使う事が出来る。
前衛の補助武器もしくは盗賊のメイン武器として仕入れたやつだ。
店内に置いている商品の中では一番安いが、物としては悪くないだろう。
特に彼女のような女性が扱うのであれば。
「銀貨4枚だ。」
「ちょうどです。」
「確かに、そのままでいいか?」
「大丈夫です。」
ひょいとそれを掴むと軽く会釈をしてその女は店を出て行った。
因みにこれで五日連続だ。
「またあの子?」
「あぁ、今日は鉄の剣だ。」
「少しずつ高くなってるじゃない。」
「それだけ実力がついたんだろ。」
「わずか三日で銅の剣が鉄の剣よ?そんなに早く使いこなせるはずないわ。」
「そりゃそうだ。」
初日は銅の長剣。
それから毎日決まった時間に店に来ては、武器や防具を買って帰る。
が、どう見ても自分用じゃない。
そもそも冒険者ですらないような感じだ。
「で、どうするの?」
「どうするも何も客だろ?放っておくさ。」
「でも・・・。」
「むしろ今まで誰も考えなかったのがおかしいんだよ。俺が損してるわけじゃないし、今は様子見だ。」
「わかったわ、シロウがそう言うなら私は何も言わない。」
「今日もギルドか?」
「ううん、今日は巡回。ちょっと下層まで潜るから夜には戻らないかも。」
「しっかり準備していけよ。」
「わかってるって。何か欲しい素材はある?」
「もし焔の石が手に入るなら持って帰って来てくれ。今年の冬は寒いらしいから今の内から準備しておく。」
「私達の分もいるもんね、わかったわ。」
そう言うとエリザは二階へ上がり出発の準備を始めた。
「はてさてどうなる事やら。」
エリザをダンジョンまで見送り、いつもの日課をこなしてから取引所へ向かった。
いつもはミラに頼んでいるがたまには自分で相場を確認しておかないと勘が鈍ってしまう。
えぇっと・・・。
今年はどこも豊作で食料関係は軒並み値下がり、代わりに調味料関係は値上がりしている。
料理が流行っているんだろうか。
お、デリシャスキノコの依頼が出てるな。
いよいよシーズンが来たか。
買取価格を上げて持ってきてもらえるよう誘導してもいいかもしれない。
後は・・・。
ふと横を見ると先ほどの客が真剣な眼差しで取引情報を控えていた。
横に俺がいる事にさえ気づいていない。
チラッとメモをのぞき見するとグリーンキャタピラの糸について調べているようだ。
あれはいつでも依頼が出ているから初心者向けの依頼と言える。
だが彼女は冒険者じゃないんだよなぁ。
一体何に使うんだろうか。
あまり見過ぎてもあれなのでバレないうちに店へと戻る。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「デリシャスキノコの依頼が出ていた、そろそろシーズンのようだ。」
「では買取価格をあげますね。ギルドへは告知しますか?」
「素材じゃないしこれは良いだろう。まずは俺達の分を確保したい。」
「秋ですねぇ。」
ミラがあの美味いキノコを思い浮かべて珍しく表情を崩す。
それも仕方がないだろう。
あの美味しさは勝手に唾液が出てきてしまうぐらい鮮明に頭にこびりついているんだから。
「そういえば例の客が取引所にいたぞ。一生懸命グリーンキャタピラの糸について調べてた。」
「と、いう事は今日の分は売れたんですね。」
「売りやすい武器だし良い物に目をつけたな。」
「後でいくらで売れたか調べておきましょうか?」
「いや、そこまでしなくてもいいさ。」
「着実に稼いでいるようですが、大儲けまでは出来そうにないですね。」
「そういうやり方だからなぁ。後はいつ失敗するかだ。」
「失敗前提なんですか?」
「むしろしない方がおかしいだろう。俺ならともかく鑑定スキルも持ってなさそうだぞ、彼女。」
「それで転売ですか・・・。」
そう、彼女は転売屋。
俺の同業というわけだ。
気付いたのは彼女が店に来て三日目の事。
明らかに冒険者じゃない見た目なのに硬革の手袋を買って行った時の事だ。
最初は頼まれて買いにきたのかと思っていたのだが、どうも様子がおかしかった。
店中の商品を必ず隅から隅まで確認して、そして手ごろな品を買って行く。
それを三日も続けられたら誰でもおかしいと思うだろう。
退店後エリザに後をつけさせると、彼女は露店で先ほどの手袋を冒険者に販売していた。
俺から銀貨2枚で購入した手袋を銀貨3枚と銅貨50枚で売る。
それだけで銀貨1.5枚の儲けが出ていた。
それを見たエリザはどうしようか迷ったようだが、何も言わずに店に戻って来た。
もちろんそれを聞いた俺も何も言わない。
だってそうだろう。
やっていることは俺と全く同じことだ。
彼女を咎める理由がどこにある。
彼女に文句を言うなら俺はこの商売を辞めなければならない。
転売屋が転売屋から商品を仕入れる。
これは元の世界でもそれなりに行われていたことだ。
「むしろスキルもなしによく頑張っている方だろう。前途有望だな。」
「私も同じような事をして勉強しましたから、彼女の頑張りはよくわかります。」
「そういや鑑定スキルなかったんだっけか。」
「はい。シロウ様にこの指輪を貰うまでは。」
そう言ってミラは左手を胸の前で大きく開いた。
薬指に光るのは屋根裏で見つけた真実の指輪。
鑑定スキルが身につくとっておきの装備だ。
これが無くても仕事はできる。
ここに来た当初のミラがそれを証明していた。
「失敗してそこで辞めるのか、それともそれをバネに成長するのか。」
「まるで彼女の成長を楽しみにしているように聞こえます。」
「そりゃ期待もするだろう。同業が増えればそれだけ仕事がばらける。」
「普通は客を取られると慌てるところだと思いますが。」
「いいんだよ、楽が出来るならそれで。」
普通の商売であれば同業が増えると客を取られるので慌てるだろう。
だがうちは買取屋だ。
客が来れば金が出て行ってしまう。
もちろんその客が持って来たものを売って利益を出すわけだが、売るのにも時間と手間がかかるんだよなぁ。
買い取り以外で儲けを出せている現状では、必死になって客を迎える必要はない。
とはいえ買取屋を辞める気もない。
何事も程々が一番なんだよ。
それで前回大変な目にあったじゃないか。
そんな話をした三日後の事だった。
時間になって彼女が店に来たがどうも様子がおかしい。
いつもなら店内をゆっくりと回って品定めをするのだが、今日は足早にこちらへまっすぐに向かってきた。
「イラッシャイ。」
「買取をお願いします。」
「物は何だ?」
「・・・これです。」
そういいながらカウンターに乗せたのは丸い形をした盾だった。
バックラーと呼ばれるそれは攻撃を受けるのではなく受け流すのに使われている。
手元を隠したりするのにも使えるが、技量が必要なので初心者には少々扱いにくい商品といえるだろう。
『ラウンドバックラー。鉄でできており小型で扱いやすい。ひびが入っている。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨4枚。最終取引日は昨日と記録されています。』
ちなみにこれは二日前に彼女が買って行ったものだ。
だがその時ヒビは入っていなかったはずだけどなぁ。
「ラウンドバックラー、ひびが入ってるな。これじゃ売り物にならない、潰してもせいぜい銅貨30枚だろう。」
「そんな・・・。」
「工房に持って行けば素材として買い取ってくれるぞ。」
「でも銅貨30枚で買ってくれるんですよね。」
「あぁ。」
「それでお願いします。」
まぁ、工房では銅貨20枚も出してくれないだろうから当然だな。
銅貨をカウンターに積み上げると小さくため息をつき財布に仕舞った。
そしてとぼとぼとした足取りで店を出ていく。
「失敗したようですね。」
「この感じだと盾として使えるって売ったんじゃない?で、すぐ壊れたって返品された。」
「そんな感じだろうなぁ。商品をしっかり理解していないとこういう事になる。」
「彼女どうするかしら。」
「さぁなぁ。これで辞めるか、それとも懲りずに続けるか。」
「シロウは続けてほしいんでしょ?」
「ま、どっちでもいいさ。ミラ、裏のゴミ山に積んどいてくれ。」
「かしこまりました。」
買い取った所で使い道はない。
他のくず鉄と一緒にマートンさんの工房で潰してもらうとしよう。
さぁ、同業者よ。
どうするんだ?
そんな風に考えていた翌日。
彼女はまた店にやって来て、いつものように品定めを始めた。
そしてある商品の前で止まる。
「え、これ、売り物ですか?」
「そうだが?」
「買います!」
「まいど、銅貨80枚だ。」
彼女が驚いた顔で手に取ったのは一本の棒。
見た目にはただの木の棒だが、わかる人にはわかる。
小走りで駆け寄ってきた彼女がそれをカウンターの上に乗せた。
『青の魔道具。トレントの若木で作られており、柔軟に魔力を増幅することが出来るが強い魔力には耐えられない。主に水属性を増幅するのが得意。最近の平均取引価格は銀貨2枚。最安値銀貨1枚と銅貨50枚、最高値銀貨3枚。最終取引日は二日前と記録されています。』
前にエルロースの所で買った魔道具だ。
残念ながら使い道はないので売ることにした。
他に理由はない。
だが彼女はそれを目ざとく見つけ、持ってきた。
いいねぇちゃんと見る目があるじゃないか。
「銅貨80枚です。」
「ひーふーみーっと、確かに。」
「ありがとうございました!」
元気な声でそう言うと、彼女は大きく頭を下げ小走りで店を出て行った。
「あ~あ、甘やかしちゃって。」
「何の話だ?」
「来た時の為に置いてたんでしょ?」
「偶然だろ?それに仮にそうだとしても見る目がなかったら買わないさ。」
「でも買って行ったわ。」
「だな。」
「ねぇ、あぁ言う小動物みたいな子も好みなの?」
「馬鹿言え守備範囲外だよ。」
残念ながらそう言う目では見られないタイプだ。
どうみてもモニカと同じ感じがする。
ガキに興味はないんだよ。
「あっそ。」
「追いかけるなよ。」
「そんなことしないわよ。でも、偶然見つけちゃうかもね。」
「なんだかんだ言ってお前も気になってるじゃないか。」
「だって心配じゃない。」
「あぁ言うのは放っておいても成長するさ。」
「じゃあシロウのライバルね。」
「そうなる頃には俺はもう爺だよ。」
一体何年かかるのやら。
向こうは一日銀貨1枚の儲け。
こっちは一日金貨1枚以上の儲けを上げている。
百倍以上だ。
それに加えて他の仕事でも稼いでいるから実際はもっと多いかもしれない。
まだまだ負ける気はしない。
でも、いつの日かそう言う日が来るかもしれないのが転売の面白い所だ。
せいぜい頑張れよ、小さな転売屋。
そんな事を思いながら彼女の出て行ったドアをじっと見つめてしまうのだった。
28
お気に入りに追加
328
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる