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387.転売屋は街に入る

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「あ、見えましたよ!」

嬉しそうに指をさすアネットの視線の先を追いかけると、地平線の向こうが空とは違う青に染まっていた。

眠たい目をこすり、大きく伸びをする。

その途端に馬車がガタンと揺れ、思わずミラの方に倒れてしまった。

何も言わず俺を抱きとめるミラ。

すぐ離して貰えると思ったのだが、なぜか俺を抱いたままである。

まぁいいか。

海がどんどんと近くなるにつれ、別のものも視界に入ってくる。

海の上をゆっくりと動く白い帆。

どうやらこれから行く街は俺の想像よりもだいぶ大きいようだ。

「こりゃすごいな。」

「王都にも勝るとも劣らない活気だとライラさんの本にも書いてありました。」

「街道三つを受け入れるだけの輸送力、ここが海の玄関口ってわけか。」

「内陸が広いのでここに集まってくるのもあるかと。」

「ハーシェさんは何度か来たことあるんだよな?」

「はい。二か月に一度ぐらいでしょうか。」

巨大な港を有したその街は、俺達が通ってきた街道とは別に二つの街道を有していた。

つまり三方向からの荷物が集積する貿易都市というわけだ。

てっきり小さな港町ぐらいなものを想像していたのだが、こんなに大きな街があるんだなぁ。

「ねぇ、あそこに砂浜が見えるわよ。」

「あれが有名なシララ浜ですね。雪のように白い砂で出来ているそうです。」

「太陽が反射して眩しいんだが・・・。」

「それぐらい我慢しなさいよね。」

巨大な港から少し離れたところに半月状の白い砂浜が広がっている。

かなり離れているのに人がいるのがわかるぐらい白い砂。

心なしか気温も高いようだ。

「これだけ気温が高ければ海に入っても大丈夫そうだ。」

「魔物も少なく、安心して入れるそうです。」

「絶対に行きましょうね!」

「とりあえず仕事を終わらせたらな。」

「えぇ~、少しぐらいは遊びなさいよ。」

「もちろん遊ぶさ。だが、やることをやってからだ。」

「仕事のし過ぎは体に毒よ?」

「遊ぶならとことん遊びたいんだよ、俺は。」

「気持ちはわかるけど・・・。でもそうね、何も気にせず一日遊ぶってのも悪くないわ。」

なんだか自己完結してくれたようなのでこれ以上は何も言うまい。

人が増えてきたのでスピードを落としゆっくりと街へと向かうと、入り口の前で渋滞に巻き込まれた。

どうやら検問を張っているようだ。

「何かあったのかしら。」

「わからん。」

「危ない品を町に入れないようにしっかり検査しているんですよ。いつもやっていますから、入るのに時間がかかるんです。」

「なるほど。一歩間違えばここから外に出てしまうわけだしな。」

「だから厳しいんですね。」

ここから国外によくないものが出ていったとして、それが判明した時に責任を取らされるのは面倒だ。

まさに水際で厳しい検査をしてるのだろう。

思ったよりも列は早く進み、30分ほどで検問所に到着した。

「そこで止まれ。ここには何しに来たんだ?」

「塩とか海産物を買い付けに来たんだよ。ついでに、持ってきたものも売るつもりだ。」

「検めさせてもらうが構わないな?」

「どうぞご自由に、後ろの馬車も一緒だ。好きにやってくれ。」

「おい、後ろも確認しろ!」

「ハッ!」

兵士の指示を受けて仲間が後ろの馬車へと移動する。

特にやましいものを持ってきているわけではないので、のんびりと待つとするか。

「ドラゴンの素材が多いな。」

「ダンジョンがあるからな、そこから持ってきたんだよ。」

「あぁ、だからか。」

「ここでも売れそうか?」

「俺に聞くなよ。でもそうだな、港の手前にある武器屋の親父は凄腕で有名だ。俺の武器もそこで作って貰ってる。」

「そりゃいいことを聞いた、ありがとよ。」

そう言いながら懐に手を伸ばすと男はそれを制するように右手を伸ばした。

「そういうのは受け取ってない。」

「何を勘違いしているかわからないが、了解した。」

「悪いな。」

「いや、いい仕事をしてるってことがわかったよ。」

「隊長!異常ありません!」

「よし、通れ。」

男にこぶしを突き出すと驚いた顔をした後、軽くこぶしを合わせてくれた。

賄賂なんかに染まっていない良い兵士のようだ。

馬車を進め、大通りを行く。

かなり大きな街だ。

馬車が二台悠々とすれ違える上に、道の端を人がひっきりなしに歩いている。

いろんな職業が居るなぁ。

「冒険者が多くないか?」

「コレだけの品が集まりますと護衛依頼も多くなります、そのせいではないでしょうか。」

「なるほど。」

「宿はどうされます?この前のように先にギルドへ行きますか?」

「いや、先に港に行きたい。」

「港へ?」

「海に来たんだし本物見てからでもいいだろう。」

元の世界でも海になんてほとんど行かなかった。

大きく息を吸うと潮の香りが肺を満たす。

しばらく大通りをまっすぐ進むと活気にあふれた港に着いた。

停車場に馬車を止めて下に降りる。

「私はここで待ってますので。」

「いいのか?」

「私は前も見ましたから。」

ハーシェさんに馬車を任せて港の先端へと向かうと、ザザンザザンと波の打ち付ける低い音と活気のある人の声がそこら中から聞こえてきた。

にぎやかだなぁ。

「広いですねぇ。」

「見渡す限りの青い海、そしてデカい船。こりゃ壮観だな。」

「この船はどこに行くんでしょうか。」

「確か海路で王都近くの街に行けるはずです。」

「他にもいろんな場所に行けそうだな。」

「シロウの知らない場所にもね。」

「行ってみたい気もするが、今はいい。」

「えぇ、なんでよ。」

「この景色でおなかいっぱいだ。」

例えば目の前にある船。

本でしか見たことのない木製の巨大な船で、三本のマストに白い帆をなびかせて悠々と大海原へと出向するところだ。

乗っているのは大勢の水夫たち。

加えて冒険者に商人、亜人もたくさん載っている。

この景色だけで十分俺の知的好奇心が満たされていくのがわかる。

他にもあれこれ見てしまうとパンクしてしまうだろう。

あと、自分の店も気になるしな。

そういう憂いが無くなったらのんびりと旅に出てもいいかもしれない。

そのためにもまずは仕事仕事っと。

馬車に戻り先程の兵士に紹介された武器屋へ向かう。

巨大なハンマーの看板が掲げられており一目でわかった。

「エリザ、同行してくれ。みんなはここで休憩だ。」

「わかりました。アネットさん、荷下ろしの準備をしておきましょう。」

「は~い。」

「その間に私は港へ行ってきます。馴染みの商人が来ているかもしれません。」

「じゃあそっちは任せた。」

エリザを連れて重たい扉を開け中に入る。

店内には三人の冒険者、それと店員らしき女性が入ってきた俺達の方をチラッと見てきた。

ふむ、結構広いな。

所狭しと並んだ数々の武器。

見ただけでそれなりの品だという事がわかる。

とりあえず近くに会った黒光りする槍に手を伸ばした。

『ダマスカスの槍。ダマスカス鉱で作られた槍は強度としなやかさを兼ね備えている。軽量化の効果が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨40枚、最安値銀貨24枚、最高値銀貨61枚。最終取引日は三日前と記録されています。』

軽量化の効果のおかげか、俺でもすんなりと持ち上げることが出来た。

俺の持つ短剣と同じダマスカス製。

武器に関して素人の俺でもすごいものだという事がわかる逸品だ。

それが店内の至る所にあるんだから、あの兵士が言っていたのも間違いないだろう。

「いらっしゃいませ、武器をお探しですか?」

「まぁそんなところだ。ここの品はどれも素晴らしいな。」

「おほめにあずかり光栄です。」

「ねぇ、あの盾は?」

「あれはレッドドラゴンの固鱗を加工したものですね、火の加護もありますから少々の火属性魔法は無力化できます。」

エリザが指さしたのは壁に飾られていた巨大な盾だ。

大きさは1mを優に超えている。

俺じゃあ絶対に持ち上げられそうにない。

ましてや振り回すなんて絶対に無理だ。

「あれはここの職人が?」

「そうです。うちの親方はどこの職人よりも腕がいいんですよ。」

「ってことはそれなりの目利きでもあるわけか。実はドラゴンの素材をいくつか持っていて卸先を探してるんだ。入り口の隊長に紹介してもらったんだが、見てもらえるか?」

「飛び込みの営業はお断りしているのですが・・・。」

「レイリーの紹介なら悪いやつじゃねぇ、受けてやれ。」

「親方!?」

「俺はシロウだ、別の街で買取屋をしてる。」

「シロウか、どこかで聞いたことある名だな。」

「気のせいだろ。物を持ってきてもかまわないか?」

「ここじゃあれだ、裏に持ってこい。」

「了解した。エリザ、行くぞ。」

「え、あ、うん。」

なんで?という顔をしながらもエリザが後ろをついてくる。

どうやらあの隊長はなかなかに人望があるようだ。

マートンさんを例に出すとあれだが、腕の立つ職人ってのは馴染み以外を相手にしない。

そりゃそうだ。

会いたいなんて奴は山ほどいる、それ全部に会ってたら仕事にならないからな。

だが、エリザの時のように紹介があるなら別だ。

会ってもいいと思わせる何かがあったと今は喜ぶべきだろう。

「なんで会ってくれたのかしら。」

「エリザを見て腕の立つ冒険者だと思ったんだろう。あの親方、出てきてすぐお前を見ていたぞ。」

「え、そうなの?」

「だから一緒に来いって言ったんだが、上手くいったな。」

一見はお断りでも熟練の冒険者なら会ってくれるかもしれない。

そういう打算もあったのだが、その両方が見事にかみ合ったようだ。

さぁて、ここに来て最初の商談だ。

腕が鳴るなぁ。
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