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370.転売屋は犬と狼を見送る

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「これで準備よしっと。」

「もう行くのか?」

「うん、そういう約束だから。実力のある人と潜るのは楽しみだわ。」

「でも、侍女長ってことはメイドさんですよね?」

「あの人は別格だな。冒険者がメイドになったようなもんだ。」

「そういう事。むしろなんで侍女なんてやってるかわからないわ。ダンジョンに潜ればもっと楽しいのに。」

「まぁ、何が楽しいかは人によって違うからなぁ。あの人の場合はマリーさんの側にいる事が楽しいんだろう。」

とはいえ、エリザを誘った所を見るとなかなかの戦闘好きではあるようだけど。

いきなりきて『ダンジョンに潜りませんか?』とは中々ストレートな誘い方だった。

脳筋同士とは言わないが、何か感じるものがあったんだろう。

「何処まで行かれるんですか?」

「ん~、様子を見ながら行ける所まで。」

「アバウトだな。」

「場所決めちゃうとそこまで行かないと戻れないでしょ?今回は実力を確かめ合うだけだから。」

「なるほどなぁ。」

「アネットの薬は持ったし、道具も食料も問題ない。」

「収納カバンも持ったか?」

「うん。でもいいの?これ高い奴でしょ?」

「置いてても無駄だからな、オークション用だが壊れなきゃいいさ。」

「じゃあ遠慮なく借りるね。」

嬉しそうに自分の腰にぶら下がったカバンをポンと叩く。

エリザがつけているのは見た目はただのカバン。

だが中身は収納の魔法がかかった特別製だ。

中には特殊な魔法がかけられていて、見た目以上の物を収納する事が出来る。

通称マジックアイテム。

ダンジョン内でもなかなか見つからない一級品だ。

冒険以外にも輸送関係の仕事でも重宝されているので、常に高値で取引されている。

とはいえ、全く見つからないわけではないので今回のように何かの拍子で手に入る事もある。

因みに今回は、ボロボロの状態で冒険者が持って来たのを安く仕入れる事が出来た。

代金は金貨5枚。

それを修理に出し、綺麗にしたらあら不思議。

あっという間に金貨50枚に跳ね上がる。

中にはおおよそ100ℓぐらい入るので大きな登山カバンが腰にぶら下がっていると思えばいい。

魔物の素材はどうしても嵩張るし、余計な荷物は戦闘の敵だ。

それをこれ一つで解決できると思えば安い物だろう。

因みに中に入れた物は普通に痛むし腐る。

なので生ものを長期間保存する事は出来ない。

世の中上手くいかない物だ。

荷物を確認したエリザは嬉しそうに店を出て行った。

まるで遠足に行く子供のようだ。

「行っちゃいましたね。」

「まぁ今日は試しだけだから夕方には戻ってくるだろう。しっかし、アニエスさんもなかなかに凄いな。」

「まさかエリザ様と同じ上級冒険者の資格を持っているとは思いませんでした。」

「仕事の片手間にダンジョンに潜るってんだから、どれだけ戦闘が好きなんだ?」

「狼人族は元々戦闘好きな種族ですので致し方ないかと。特にアニエス様ぐらいに魔獣の血が濃くなると致し方ないのかもしれません。」

「魔獣の血が濃い?」

「魔獣の言葉を理解できるぐらいですからかなりの濃さです。私も亜人ですが狐の声は聞こえません。」

「なるほど、大元に近いというわけか。」

亜人という種族がどういう原理で発生したのかはさておき、血が濃いと話が分かるというのは面白い。

あれ以降もルフとは頻繁に会話をしてるようだ。

いったい何の話をしているのやら。

聞きたいような、聞きたくないような。

「さて、それじゃあ俺達も仕事しますかね。」

「では私は取引所へ行ってまいります。」

「私も一緒に行きます!」

「おぅ、気を付けてな。」

ミラは取引所へアネットはギルド協会へ。

残った俺はもちろん留守番。

と、言いたいところだが店を開けながらルティエ達に納品するガーネットの原石を仕分けしなければならない。

適当に納品するわけにもいかないので、サイズごとにしっかり分けておかないとな。

そんな感じであっという間に時間が過ぎ、気づけば夕方。

ミラが夕飯の準備をしている音を聞きながら店の片づけをしていると、最後のお客が入ってきた。

「たっだいまー!」

「ただいま戻りました。」

客だと思ったら違った。

帰ってきたのは血まみれの犬と狼。

じゃなかった、エリザとアニエスさんだ。

二人ともなかなか凄惨な恰好だが、楽しそうに笑っている。

まるでホラー映画だな。

「おぅ、おかえり。どうだった?」

「もう最高!アニエスさんすごい強かったわ。」

「そんなことはございません。エリザ様に比べればまだまだです。」

「そんなこと言って、オーガと力勝負で勝っちゃうんだもの。」

「オーガってあのオーガか?」

「そ、あの。」

オーガといえばダンジョンに出てくる体長2mはある二足歩行の魔物だ。

それなりの知恵はあるので武器を使ったりしてくる・・・らしい。

素材らしい素材はないのだが、奴らの作るオニオニオン等のダンジョン産の野菜は、俺たちの貴重な食料になっている。

ちなみに、かなりの力を持っており普通は力比べなどしないものなのだが・・・。

さすがアニエスさん、思考回路が普通と違うようだ。

「怪我は?」

「オーガ程度に後れを取ることはありません。ドラゴンでしたら別ですが。」

「そうね、あの程度は問題ないわね。一人ならともかくアニエスさんと二人なら数が来ても問題ないわ。」

「そりゃ頼もしい限りだよ。」

「でね、明日もダンジョンに潜ろうと思うんだけど何か取ってきて欲しい物ある?」

「よほどの大きいものでなければ持ち帰れるでしょう。」

「欲しい物ねぇ。」

確かミラが取引所で秋以降の仕込みを探していたはずだ、そのメモがどこかにあったはずなんだが・・・。

「シロウ様味付けは・・・あ、お二人ともおかえりなさいませ。」

「いい匂いね~、今日は何?」

「ポトフにしようかと。」

「いいわね、夜は少し冷えてきたし。」

「たくさん作りましたのでよろしければアニエス様もマリー様と一緒にいかがですか?」

「よろしいのですか?」

「みんなで食べるほうが美味しいので。」

確かに大勢で食べる方が美味いが・・・いや、何も言うまい。

その日は夜遅くまでエリザとアニエスさんの武勇伝を聞き、楽しい夕食となった。

そして次の日。

昨日同様浮かれた感じでダンジョンに潜る二人をマリーさんとともに見送る。

「エリザは生粋の冒険者だが、アニエスさんは監査官だろ?いいのか、こんな頻繁に潜って。」

「監査官という名の私とシロウ様の護衛ですから。」

「その護衛が近くにいないのはどうなんだ?」

「いいじゃないですか、あんなに楽しそうなアニエスは久々に見ます。幸い王族の時のように命を狙われることもありませんし大丈夫ですよ。」

「・・・命狙われていたんだな。」

「そりゃあ王子でしたから。それなりに。」

「恐ろしい世界だなぁ。」

「私からしてみれば、たくさんお金を持っているシロウさんが狙われないのが不思議です。」

「一応狙われたこともあるぞ。」

「一応って何ですか、一応って。」

あの時は未遂だったがかなりやばかった。

あれ以降危険な場所には出入りしないようにしているし、出かけるときも極力人の多いところを歩くようにしている。

有名になるのはあまり好きじゃないが、俺の事を知っている人が多いのは自衛のためにもいいことだと理解した。

「ま、それだけこの街が平和だってことだよ。それじゃあ俺は店に戻る。」

「私も戻ります。」

「夕方には戻ってくるはずだ、その頃店に来てくれ。」

「今日もよろしいのですか」

「むしろ来て貰わないとアニエスさんを制御できない。あの人お酒を飲むと野生に戻りすぎるだろ。」

「私もまさかあそこまで弱いとは思いませんでした。普段はそういったものを一切飲まないようにしていたそうなので。」

「マリーさんがいるから何とか自制できているが、居なかったら俺は食われてる。間違いない。」

「ではシロウ様のためにもお邪魔させていただきます。」

いや、マジでお願いします。

その日も中々の格好で店に戻ってきた二人。

交代で風呂に入り、さっぱりした様子で皆と食事を囲んだ。

翌日からはアニエスさんもいつもの仕事に戻ったが、この二日、わずか二日で彼女達は伝説を作った。

ダンジョン踏破の最短記録と依頼達成記録。

この二つは今後も達成出来ないであろうと言われ続けている。

まさに馬が合う、いや、犬が合った結果だろう。

そしてこれからも伝説は作られ続けるに違いない。

なぜなら、この二人がずっとこの街にいるからだ。

ま、俺は良い素材を安く仕入れる事が出来るので文句は無いけどな。
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