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367.転売屋はとんでもない人を迎え入れる

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オークションの真贋鑑定は初日こそ忙しかったものの、二日目以降は数が制限され五日に一回へと変更された。

安い奴まで鑑定する必要はない、そういう仕様変更があったようだ。

いやー、文句を言って本当に良かった。

なにやら羊男が悔しそうな顔をしていたが、一応上は俺の事を大切にしてくれているようだ。

まぁ、出品数が減ったからってのが一番の理由だろうがともかく助かった。

一泊二日の旅行から戻れば後はいつもと同じ日々が戻って来る。

そう思っていたんだけどなぁ・・・。

「シロウ様大変です!」

開店間もない店に慌てた様子で駆け込んでくるマリーさん。

普段の大人しい感じとは別人のような慌てぶりだ。

「マリーさんどうしたんだ、そんなに慌てて。」

「アニエスが来ました!?」

「はい?」

「本当は来週のはずだったんですけど、オークション前に色々と準備をしたいとの事で予定を変更したみたいです。」

「マジかよ、準備は?」

「ハーシェさんはまだ戻っていません。一応小物類は用意してありますけど、服とかそう言うのはまだ。」

「別に同居してるわけじゃないんだし、その辺は問題ない。とりあえず今ある物で誤魔化すしかないだろう。」

「はぁ、彼女の性格を考えればオリンピアと一緒に来る。そう思ってたんですけど・・・。」

現オリンピア付侍女長ことアニエス。

元はロバート王子の侍女長だったそうだが、中々に曲者らしい。

一緒に過ごしていた本人が言っているんだから間違いない。

どんなふうに曲者なのかは、会ってみないとわからなさそうだ。

「で、俺はどうすればいい?」

「向こうで色々と聞いていると思うので、一人で来る可能性もあります。心づもりだけしてくだされば。」

「口裏を合わせる必要はないか。そもそも向こうがどういう情報を仕入れているかもわからないしな。」

「はい・・・。」

「来たら来たで考えよう、情報助かった。」

「では店に戻ります。」

ぺこりとお辞儀をしてマリーさんは店を出て行った。

はぁ、なんだか面倒なことになりそうだ。

こういう気分になるときはたいてい予想が当たるんだよな。

子犬でも見て元気を出すしかないか。

「いかがされますか?」

「別に何も?」

「よろしいのです?」

「ぶっちゃけ出たとこ勝負しかないんだよなぁ。」

「それもそうですね。」

「恋人のふり、かぁ。どうせすぐバレるだろうし、今はマリーさんの顔を立てるしかない。後は向こうが何とかするだろう。」

一応話には乗るがいずれはバレる嘘だ。

それがいつになるかはわからないが、せいぜい頑張らせてもらうさ。

ってな感じで心づもりをしながら店を開けていたが、いつになっても目的の人物はやってこなかった。

向こうで話がついたのか、それとも俺が来るのを待っているのか。

うぅむ、何かに怯えているようで気持ちが悪い。

「ちょいと出てくる。」

「行かれるんですか?」

「いや、畑を見に行くだけだ。気分転換がしたい。」

「それがよろしいかと、随分と難しい顔をされていますよ。」

やはり顔に出ていたか。

ミラに店を任せてその足で畑まで向かう。

門を越えてすぐに子犬たちの姿が見えた。

二匹とも何かと一緒に遊んでいるようだが・・・。

ん?あれは誰だ?

子犬とじゃれていたのはガキ共でもアグリでもなかった。

紺色の長いワンピースを身に着けた長髪の女性。

髪色は俺と同じ黒。

オリンピアが連れていた従者は俗にいうメイド服的なのを着ていたので恐らくは例の人物ではないだろう。

ルフが遊ぶのを許しているなんて珍しいな。

「子犬と遊んでくださりありがとうございます。」

「飼い主様ですね、勝手をして申し訳ありません。」

「いえ、好きなだけどうぞ。それにしてもルフが騒がないなんて珍しい。」

「ルフというのは奥のグレイウルフですか?」

「えぇ、私の家族です。」

「隷属の首輪もなしによく訓練されています。しっかり話をすると、理解してくれました。」

「話、ねぇ。」

ルフの方に目線を向けると、何か問題が?という顔をしてきた。

まぁ、本人が良いというのならば何も言うまい。

子犬達は遊んでくれるのがうれしくて執拗にスカートを噛もうと挑んでいる。

が、この人もなかなかにすごい。

さっと身を翻してそれを許さず、的確に子犬の動きを読んでいる。

冒険者・・・って感じではないが、まさかこの人が例の侍女長なのか?

「見ない顔だが旅の人か?」

「そんなところです。」

「ダンジョンしか見るものがないこの街に旅人とは珍しいな。」

「ダンジョンにも潜りますよ?」

「冒険者のようには見えないのだが。」

「人を見た目で判断してはいけません、この服もそれなりの素材で作られています。武器もほら、このように・・・。」

そう言いながらその人はスカートを持ち上げてみせる。

真っ白だが程よく引き締まったふくらはぎ、そのまま持ち上がっていくスカートを目で追うと、太ももの辺りに黒革のベルトで止められた短剣が隠してあった。

なるほど、確かに武器はある。

おそらく着ている服もそれなりの素材で作ってあって強靭なんだろう。

グレイブキャタピラの糸で作られた糸や、アラクネの糸は見た目とは裏腹に鉄の鎧よりも強度を持つ。

もちろんそれを染めたり加工するのにはかなりの技術が必要となるが、実際に流通しているので不可能ではない。

「いい物を見せて貰った。」

「喜ばせるためではありませんでしたが?」

「なら男の前で肌を見せるのは辞めたほうがいい、この街の男は特にな。」

「おかしいですね、彼女はそのように申していませんでしたよ。」

「彼女?」

「えぇ、奥の彼女は紳士的で女性に優しいと言っています。」

そう言いながらその女性は倉庫の奥で伏せるルフのほうを見た。

ルフがそんな事を?

っていうかそもそも話せるはずがない。

何を言っているんだろうかこの人は。

「それは何かの間違いだろう。」

「いいえ、間違いなどではありません。貴方自身もそういう匂いをしていますから。」

「俺が?」

「複数の女性と一緒に暮らしているのですね、ですがその誰もが貴方を好意的に思っている。普通は何かしら不快な感情を抱くものですが・・・。いいオスというのはどのメスに対しても平等に接することが出来ます。中々そういうことが出来るオスはおりませんが、貴方にはその素質があるようです。いかがですか?私もその群れに加えられては。」

「悪いがよくわからない女に手を出すほど飢えているわけじゃない。」

「ふむ、それは残念です。いいオスに出会えたと思ったのですが。」

「男、ではないのか?」

「えぇこの世にはオスとメスしかおりません。それが人であれ獣であれ同じことです。」

確かに性別だけでいえば男女のみ・・・。

いや、両性具有という場合もある。

ロバート王子のように性同一性障害を持つ人もいるだろう。

その理論に賛同するのは憚られるな。

「もしそれに当てはまらない場合はどうなんだ?」

「弱者は生きていけません。もちろん強者はそのような弱者を守る必要がありますが、率先して守るかといわれると難しくなります。」

「随分と極端なんだな。」

「それが生きるうえでの基本です。弱いものは死に強いものは生き残ります。」

「自然の中ならそうだろう。だが、俺達は違う。」

「えぇ、人はそれを超越することが出来ます。守るべき力があればそれもかないましょう。力がなくともそれに代わるものがあれば可能です。」

「金か。」

「私には縁遠いものですが、それによって守られるものもございます。」

面白い考えをする女性だ。

力こそが全てみたいな言い方をしながら、それを別のもので補填することもよしとも言う。

この街では力が物を言う。

だが、金があればその力よりも上の生活が出来る。

この俺のように。

金さえあれば女を囲うことも美味い飯を食うことも安全だって買える。

ただしそれは街での話。

ダンジョン内では力こそが全てだ。

「アンタは力で生きてきたんだろうな。そっちこそ俺には縁遠いものだよ。」

「力の強いオスが全てではありません。力が無くとも貴方のような良いオスはいますよ。」

「随分と持ち上げてくれるじゃないか。」

「彼女が言うんです、貴方は良いオスだと。」

「それはきっと気のせいさ。」

「いえ、彼女の勘に間違いはありません。」

ルフを見た後、真剣な眼で俺を見てくる。

まるでルフに見られているような、力強い瞳。

俺はこの瞳を知っている。

そうだ、エリザだ。

あいつも俺に出会ったときはこんな目をしていた。

獣のような鋭い目。

この人は俺に何を求めているんだろうか。

俺の正体を知り言い寄ってくる女は多い。

だが、そいつらのように露骨に言い寄ってくる感じではない。

しかし突き放すわけでもない。

謎だ。

そんな事を考えていると、彼女の足元でじゃれていた一匹がスカートのすそに噛み付いた。

ずっと翻弄されていたがついに目的を達したようだ。

うれしそうにすそを咥え、ハッハと荒い息を吐いている。

「わるい、うちの子が汚してしまったようだ。」

「彼の糧になるのであればこの程度問題ありません。」

「動物が好きなのか?」

「いえ、同族が好きなだけです。」

「同族?」

どういうことだ?

どう見てもこの人は人間・・・そう思った次の瞬間。

彼女の頭に見覚えのあるものが飛び出した。

動物の耳。

アネットと同じものが彼女の上に生えてきた。

「まさか、亜人か。」

「いかにも。」

耳の次に現れたのは尻尾。

彼女の長いスカートが後ろの部分だけ持ち上がる。

色は灰色。

あぁ、だからルフが怒らなかったんだな。

アネットが銀狐と呼ばれる狐の亜人ように、この人は狼の亜人なんだろう。

同族というのはその為だ。

「アニエス、こんな所にいたのね!」

驚いていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

振り返るとそこには、息を切らせたマリーさんの姿がある。

今あの人はなんていった?

アニエスだって?

じゃあ、この人はやはり・・・。

「ロバート様。」

「私はマリアンナ、そういったでしょ。」

「失礼しましたマリアンナ様。」

「シロウも一緒だったのね。」

俺のほうを見てマリーさんが微笑む。

今、俺を呼び捨てにした?

そうか、本人が居る以上俺は約束を果たさなければならない。

マリーさんと俺は恋人同士。

そして、噂の侍女長はまさかの亜人だった。

情報が多すぎて頭がついていかない。

やっぱり大変なことになりそうだと、俺の勘がそう告げていた。
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