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363.転売屋は出産を見守る

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もうすぐ20月。

長かった夏も残り一か月か。

色々ありすぎてあっという間だった気がするなぁ。

何があったかは聞くな、考えたくない。

とりあえず今は目の前に積まれた野菜たちをどうするか考えなければ。

「これまた豊作だな。」

「今年は今までにない豊作です、アネット様の肥料が当たったんでしょう。」

「土壌ごとに配分を変える必要はあるかもしれないが、これを改良していけばいずれここで食料を賄える日が来るかもな。」

「土地は豊富にありますから。」

「後は水問題だが・・・。まぁ、雨ごいすれば何とかなるか。」

「本当にシロウ様は凄いお方ですね。」

「俺が凄いんじゃない、先人たちが凄いだけだ。」

雨乞いの儀式だって昔の人が発見したのを俺が見つけたに過ぎない。

いや、俺達か。

「っと、そう言えばルフの姿が見えないな。」

「そうですね。いつもならシロウ様が来られるとやって来るんですけど・・・。」

「体調が悪いのか?」

「どうでしょう、今は倉庫で休んでいる時間です。」

「見に行くか。」

収穫はガキ共と大人たちに任せてアグリと共にルフの小屋がある倉庫へと向かった。

冬場は倉庫の横に小屋を出しているのだが、この時期は暑いので風の魔道具を設置した倉庫の中に移動している。

「ルフ。」

倉庫の戸を開けると眠っていたルフがゆっくり顔を上げた。

なんだ?心なしか大きくないか?

ゆっくり立ち上がったルフのお腹が大きいように感じる。

まさか太った?

「体調が悪いのか?」

ブンブンブン。

「そうじゃないのか。」

ブンブン。

「何か変わったことはあるか?」

「ワフ?」

「食べ過ぎたとか。」

「最近は特に食欲旺盛ですが・・・。」

「ワフ!」

「悪かったって怒るなよ。」

レディに向かって何言ってんだ!と怒られたように感じた。

が、一度強く吠えたルフだがすぐにその場に座り込んでしまう。

やはり調子が悪そうだ。
これは
「何かしてほしい事があればすぐに言えよ。」

ルフに近づき頭を撫でてやる。

いつものように頭から首、そしてお腹へと順番に撫でているとふとお腹の所で違和感を感じた。

触ると何かが動く。

いや、マジで腹の中で何かが動いた。

「ルフ?」

なにか?という感じで首をかしげるルフ。

これはもしかすると・・・。

「アグリ、見てくれ。」

「どうしました?」

「このお腹、変じゃないか?」

「確かに太ったという割には腹部のみです。まさか!」

「今すぐ医者を・・・って獣医はいないか。」

「隣町にいるはずです、アイルさんに手配すれば問題ないかと。」

「ついでにビアンカにも来てもらうか。」

そろそろ今月の支払いの日だ、納品ついでに遊びに来てもらえばいい。

アネットも喜ぶだろう。

「わかった、俺はシープさんを通じて連絡してもらう。」

「私は色々と準備をしてきます。グレイウルフの出産は初めてですが、他の家畜は何度か経験していますので。」

「よろしく頼む。」

もう一度ルフの頭をなでてやると嬉しそうに目を細めるのが分かった。

その足で店に戻り事情を説明する。

その日の夕方には隣町から獣医とビアンカが街に到着した。

「主様、獣医のドーリー様をお連れしました。」

「買取屋のシロウだ、今日はよく来てくれた。」

「挨拶は結構、患畜はどこだ?」

「こっちだ。」

医者を倉庫に案内すると、ルフが立ち上がり牙をむいた。

それもそうか、知らない人が急に入って来たんだから。

「ルフ、お前とお腹の子の様子を診てもらうだけだ、問題ない。」

「ワフ。」

「服従の首輪もなしに良く言う事を聞くんだな。」

「ルフは俺の家族だ、服従させる必要はないさ。」

「魔獣と同じか。こちらとしては噛まれないのなら何でも構わない。」

「よろしく頼む。」

先生がルフの横に座り、聴診器を腹に当てる。

音を聞いたのち腹部に手をかざすと、その手がほんのりとした白い光に包まれた。

魔力を流して調べているんだろう。

「どうだ?」

「腹部に異なる魔力を二つ感じる、強さから察するにすぐ生まれてもおかしくないぞ。」

「まじか。」

「心当たりはあるのか?」

「ちょっとまってくれ。」

心当たりって言ってもなぁ、ルフには首輪をつけていないので好きな時に好きな場所に行ける。

基本は畑の周りだが、夜にどこかへ行っている可能性は否定できない。

だが、このあたりのグレイウルフは皆ルフよりも格が下だ。

前の一件以降この地域の最上位に君臨しているだけに、交尾できるようなオスはいないと思うんだが・・・。

いや、一匹だけいるわ。

「ないわけじゃない。グレイウルフの妊娠期間ってどのぐらいだ?」

「魔獣のデータは少ないが、一般的に60~90日だ。」

「ならホワイトウルフと交尾している可能性がある。」

「生まれてくる子供を見ればわかるが、ホワイトウルフか。これまた珍しい魔獣だな。」

「いろいろあってな。」

「遺伝子的には生まれてくる可能性は低いと思ってくれ。ホワイトウルフは基本ホワイトウルフからしか生まれない。」

「そういうもんなのか?」

「人と亜人それと同じだ。」

そういえば学生の時にそんな勉強をした気がする。

ハエだかエンドウ豆だかを使った実験だ。

優勢とか劣勢、いや今は顕性とか潜性って言い方になったんだったか?

ともかくそういうのが関係しているんだろう。

グレイウルフのほうが遺伝子は強いようだ。

「もうすぐ生まれるのか?」

「その可能性は高い、準備は・・・しているみたいだな。」

「他に必要なものがあれば言ってくれ、準備する。」

「お湯と清潔な布さえあればいい。魔獣は魔獣、人がアレコレ手を出さなくとも勝手に産まれてくるものさ。」

「なるほどな。」

つまりは大人しく待っとけということだ。

肩の力を抜き、その日は畑でのんびりすることにした。

そして夜も更けたころ。

いよいよその時はやってきた。

犬は安産だというが、どうやら狼もそうらしい。

ハッハと呼吸が荒くなり、痛みからかその場をうろうろと動き回るルフ。

先生の言う通り、人間はただ見守ることしか出来ない。

そして突然立ち止まり、キャンと大きく鳴く。

突然の悲鳴に全員がルフの名を呼んだ。

と、同時にずるりと下腹部から何かが落ちた。

「産まれたぞ。」

そばに駆け寄り頭をなでてやる。

産まれたばかりの子犬はまだ血に染まった羊膜に包まれており、ルフが一生懸命にそれを舐めて剥がしていた。

すぐに小さな鳴き声が聞こえてくる。

「よく頑張ったな。」

ブンブン。

横になりながらも、いつものように二度尻尾が振られた。

皆生まれたばかりの子犬を見て目を輝かせている。

先生が清潔な布で子犬の血をふき取り、魔力を流して状態をチェックしている。

産まれた子犬は二匹。

一匹は母親譲りの顔をしたグレイウルフの雌、もう一匹は純白の毛皮に身を包んだ凛々しい雄だった。

やはり父親はホワイトだったようだ。

まったく、うちの可愛い娘?に断りもなく種付けしやがって。

次に会ったらなんて言ってやろうか。

「かわいいわねぇ。」

「ルフの許可なしにあまり触るなよ。」

「わかってるわよ。」

「離れてみているだけで幸せな気分になります。」

「赤ちゃんって人も魔獣も関係なく可愛いですよね。」

「あぁ、間違いない。」

早速二匹はルフのおなかの下にもぐり、乳をねだっている。

朝はそんな風に見えなかったのに、今のルフは立派な母親の顔をしていた。

産まれた瞬間に母となったわけではないのだが、やはり違うのだろう。

「まさかホワイトウルフが生まれるとは思わなかった。もしかすると、母親もその血を継いでいたのかもしれん。」

「なるほど、そういうことか。」

「どこでどういった交配が進んでいるかはわからんが、グレイウルフの祖先を辿ればブラックウルフとホワイトウルフにたどり着くといわれている。どちらの魔力も有しているからこそ、強くそして繁殖してこれたのだ。」

「世の中わからんものだな。」

「とりあえずは二匹に異常は認められなかった。母親も良好だし、問題なく育つだろう。」

「先生遅くまで悪かったな、三日月亭に部屋を取ってあるゆっくり休んでくれ。」

「わざわざ悪いな。」

「こっちから呼んだんだ、それぐらいさせてくれ。エリザ、先生を頼む。」

「わかったわ。」

先生はエリザに任せて俺達も家に帰るとしよう。

最後にもう一度ルフの頭を撫でてやった。

「よくやった。」

「わふ。」

満腹になった子犬は早くも寝息を立てている。

起こさないように静かに倉庫を後にした。

「あ~、一日長かった。」

「お疲れさまでした。」

「これからにぎやかになるなぁ。」

「畑も安泰ですね。」

「よほどのことがなきゃスクスクと育つだろうさ。」

「お母さんがしっかりしていますから大丈夫ですよ。」

「だな。」

強い母親だ、何も心配はない。

空には大きな満月が浮かんでいる。

まるで月が生まれてきた子犬に祝福を授けている、そんな錯覚を覚えるような大きな大きな月だった。
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