上 下
360 / 1,063

358.転売屋はとんでもないお願いをされる

しおりを挟む
「ただいま。」

「おかえりなさいませ、マリー様がお待ちです。」

「マリーさんが?」

「なんでも、お話したいことがあるとか。二階でお待ちいただいております・・・。ケホッ、失礼しました。」

「風邪か?」

「わかりません、後で薬を飲んでおきます。」

「昨日は珍しく冷えたからな、仕方ない。」

その後もケホケホと咳をするミラ。

体調を崩すなんて珍しいな。

っと、マリーさんが来てるんだった。

露店で買い付けてきた品をミラに任せて二階へと上がる。

「おかえりなさいご主人様。ではマリー様、失礼します。」

「呼び止めてすみませんでした。」

「お役に立てれば幸いです、では。」

二階に上がるとアネットが素早く俺に反応して話を切り上げた。

そのまま自室へと上がっていってしまう。

別にそんなに気にしなくてもいいんだけどなぁ。

「悪いな、話の途中だったのに。薬か?」

「はい。女性になったら色々と不便なことも多くて、本当に大変ですね。」

「あぁ、なるほど。」

「幸い軽いほうだそうなので、鉄分のある食事を心がけます。」

完全に女になったことで今までなかった生理が来たんだろう。

男にはわからないがかなり大変だと想像はつく。

アネットが来てからその辺が楽になったとエリザが喜んでたっけ。

「で、話があるんだって?」

「王都から監査官が来るのはご存じですよね?」

「あぁ、ブランドンさんから話は聞いてる。」

「誰が来るのかも聞いていますか?」

「マリーさん、いやロバート王子の元侍女長で今はオリンピア様についているってところまでだな。なんでも志願してその役職に就いたらしいじゃないか。察するに正体はバレてるんだろ?」

「アニエスは色々と察するのが得意なので。」

「なるほどねぇ。で、その人がどうかしたのか?」

侍女長って事はかなり優秀な人材なんだろう。

表向きは町の監査官だが、実際にはマリーさんのお世話係。

俺には関係ないと思うんだが?

「率直に申し上げます、アニエスの為にも私たちが恋人同士だということにしていただけませんか?」

斜め上すぎる発言に一瞬頭が真っ白になる。

俺とマリーさんが恋人同士?

冗談だろ?

「はい?」

「驚かれるのも無理ありません。以前シロウさんがペーパーナイフを贈ってくれたことがありましたよね、覚えていますか?」

「忘れるわけないだろ。」

「あれをもらった時どれだけ嬉しかったか・・・。」

「本題を頼む。」

「っと、そうですね。その様子をアニエスにはバッチリ見られていまして、『こんな素敵なものを送ってくるのだから恋人になるべきです!』と強く言われてしまいました。もちろん当時の私は男ですし、シロウさんもその気ではないと理解しています。でも彼女は違うんです。男も女も関係ない、恋人同士であるべきだと思っていることでしょう。」

「いやいや、暴論すぎるだろう。」

ペーパーナイフを送っただけで恋人同士になるとか、どれだけ思い込み激しいんだよ。

男も女も関係ないって、俺には関係あるんですけど!?

同性愛を否定する気はさらさらないが、生憎俺は異性愛者でね。

そういう意味では今のマリーさんとはベストなわけだけども。

うーむ、女になったんだから余計にそうあるべきだ。

そんなことを考えているんだろうか。

「なんていうか、融通が利かないんです。思い込んだらこう!という性格でして。」

「そんなのでよく侍女長になれたな。」

「優秀なんです、そこ以外は。」

「そこ以外は・・・か。」

「私が女になったとオリンピアは伝えていないはずです。でも彼女の事ですからそれを察して、今回立候補したんだと思うんです。」

「それがなぜ本人の為になるんだ?」

「恋人じゃないともし知られたら・・・。」

「知られたら?」

「どんな手段を使ってでもくっつけようとするでしょう。それはもう、権力をすべて使ってもおかしくありません。」

いや、おかしくありませんってどう考えてもおかしいだろう。

俺たちをくっつけるためには手段を択ばない?

迷惑にもほどがある。

いくら優秀でもそれはさすがに・・・。

「具体的にどうすればいいんだ?ずっと恋人同士の真似をするのか?」

「お店に来た時だけで結構ですので、それとない感じでお願いできますでしょうか。」

「それじゃ困るんだが・・・。」

「えぇっと、なんていいますか・・・。正直に言うと私も女性になったばかりでその辺の感覚がわからないんですよね。」

「ぶっちゃけすぎだろ。」

「仕方ないじゃないですか、男としての時間のほうが長いんですから!」

珍しくマリーさんが感情をあらわにする。

本人の気持ちを知っているとはいえ、フリで恋人になるのはどうかと思うんだが。

自分がいいなら別に構わないが、せめて具体例が欲しいよなぁ。

「落ち着け。」

「す、すみません・・・。」

「恋人同士なぁ、久しくそういう相手はいないからよくわからん。」

「エリザさんは違うんですか?」

「あいつはなんていうか、そういうんじゃないんだよな。」

「ではミラさんは?」

「ミラも違うな、もちろんアネットもだ。奴隷だからじゃない、そういった言葉で片付けられないような感じだ。」

「うらやましいです。」

うらやましいねぇ。

特に特別な感じは出してないと思うんだが・・・。

「とりあえずその人がいるときは呼び捨てにする、こんな感じでどうだ?」

「呼び捨て・・・。ちょっと呼んでもらえませんか?」

「マリー?」

「・・・すごくいいです。」

「おいおい。」

「お願いします、もう一度!」

「やだよ。」

「そういわずに!」

珍しくマリーさんが食い下がってくる。

何をそんな必死になるんだ?

「そのアニエスって人が来たら呼んでやるから、それでいいだろ。」

「絶対ですよ、呼び捨てで呼ばないとバレますからね!」

「ったくめんどくさいなぁ。」

ほんと、面倒なことになったものだ。

ひとまずマリーさんが落ち着いたところで一息つく。

その時だった。

「ちょっと、ミラ大丈夫!?」

下からエリザの慌てた声が聞こえてきた。

「なんでしょうか。」

「わからん、ちょっと見てくる。」

階段を下りると、お茶を淹れようとしていたんだろうか、台所の前でミラがうずくまっていた。

エリザが横に座り背中をさすっている。

「大丈夫か!?」

「ケホッ、大丈夫です。」

「大丈夫じゃないわよ、真っ青じゃない。」

「エリザ、二階につれて上がってアネットから薬をもらってくれ。」

「わかったわ。」

「ですが・・・。」

「店番は俺がする、話は終わった。」

「申し訳ありません。」

「疲れが出たんだろう、少しは休め。」

「ほら、ミラいくわよ。」

エリザに支えられるようにして二人が階段を上っていく。

ただの風邪だといいんだが、気になるな。

「お風邪でしょうか。」

「わからん、母親がでかい病気をやっているだけに心配だな。」

「ちなみになんの御病気を?」

「ハドゥスだ。」

「ご無事なんですか?」

「幸い薬を早く飲んだおかげで今ではピンピンしてるよ。ミラはその金を用立てる為に奴隷になったんだ。」

「そうだったんですね。」

「ま、それ以外の思惑もあったみたいだがその辺は教えてくれないんだよなぁ。」

レイブさんに交渉したり色々としたようだ。

まったく、俺が買わなかったらどうするつもりだったんだよ。

「でも、うらやましいです。」

「何がだ?」

「そうやって自分の事を知ってもらえるなんて。」

「マリーさんも大概だろ?正体を知ってるのはごく少数、しかも現場に立ち会ったのは俺だぞ?」

「ふふ、そうでした。」

「それぞれに事情があるんだし、優劣なんてつけるもんじゃない。それにだ、いつかは本当のことを言わないとその人をだまし続けることになるんだからな、わかってるのか?」

「もちろんわかってます。アニエスの為にもしかるべきタイミングで白状するつもりです。」

「そうしろ。」

「でも、それでご迷惑をかけても許してくださいね?」

許してって言われてもなぁ。

面倒なことに変わりはない。

願わくば、その侍女長とやらが暴走しないことを祈るよ。

もちろん、マリーさんの気持ちをないがしろにしているつもりはない。

が、本当に恋人っていう特定の存在を作る気がないんだ。

ハーシェさんだってそれを理解してくれている。

いずれはそういう関係になるのかもしれないが、でもなぁなんかちがうんだよなぁ。

この辺は我ながら優柔不断だと思う。

別に漫画に出てくるようなハーレムを望んでいるわけでもない。

偶然こういう関係になってしまっただけだ。

女たちが仲良くしてくれているのがせめてもの救いか・・・。

一夫多妻とか元の世界じゃ考えられない話だよまったく。

「ではそろそろ戻ります。王家からの連絡では就任は20月に入ってからだそうですので、よろしくお願いしますね。」

「もうすぐじゃねぇか。」

「ふふ、楽しみです。」

何が楽しみなんだよ、まったく。

マリーさんは嬉しそうな顔をして店を出て行った。

その背中を見送り盛大なため息をつくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

無能力剣聖~未知のウイルス感染後後遺症で異能に目覚めた現代社会、未感染だけど剣術一筋で生き抜いていきます~

甲賀流
ファンタジー
2030年、突如として日本に降りかかったアルファウイルス。 95%を上回る圧倒的な致死率で日本の人口を減らしていくが不幸中の幸い、ヒトからヒトへの感染は確認されていないらしい。 そんな謎のウイルス、これ以上の蔓延がないことで皆が安心して日常へと戻ろうとしている時、テレビでは緊急放送が流れた。 宙に浮く青年、手に宿す炎。 そして彼が語り出す。 「今テレビの前にいる僕はアルファウイルスにより認められた異能に目覚めた者、【異能者】です」 生まれた時から実家の箕原道場で武道を学んできた主人公、『箕原耀』。 異能者が世界を手に入れようする中、非異能者の耀はどうやって戦っていくのか。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...