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355.転売屋は画商を追い出す

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羊男の苦悩も知らず、その日の夜。

例のオッサンがどや顔で店にやってきた。

「私を怒らせるとどうなるか、わかったかね?今なら彼の友人という事に免じて金貨50枚で買ってやらんこともないが・・・。」

そして来て早々この発言である。

なんていうか、とことんバカなんだろうなぁと呆れてしまい、開いた口がふ塞がらなくなってしまった。

横に控えるエリザも同様だ。

こいつ頭大丈夫?と同じく横に控えるミラのほうを見ている。

うん、頭おかしいと思うよ。

「話は以上か?」

「なっ、それが人に物を頼む態度か!?」

「それを言うのならこちらの方だ。自分が何をやったのか理解していないのか?そのせいでギルドがどれだけ大変な事になっているのか。」

「大変なのは君のほうだろう?やせ我慢もいい加減にしたまえ。」

「やせ我慢?」

「仕入れを止められ、さらに食事すらままならないのではないかね?」

「仕入れは別に止まってないし食事の苦労もないんだが?」

「な、なにぃ?」

あ~、うん。

なんとなくわかった気がする。

こいつ、ギルドがどうなっているか全然わかってない。

マスターの話じゃまともに外出もせずに部屋で食っちゃ寝していたそうじゃないか。

金の払いはいいから文句は言っていなかったが、めんどくさそうな空気はぷんぷん出していたな。

「そんなバカな話があるか!ギルドはいったい何をしている。」

「だからアンタに言われたように、うちとの取引は全て停止したぞ?」

「ならば!」

「別に止められたところで何にも問題ないんだよ、うちは。肉はエリザがダンジョンでとってくるし、野菜は自前の畑がある。仕入れだってギルドを通さなくても何とかなるしな。」

「そんな話があるか!」

「いや、あるんだって。うちで扱う品のほとんどはダンジョンに潜る冒険者が持ってくる。いくらギルドが冒険者にくぎを刺そうが、向こうも生活が懸かっている以上うちに持ち込むしかない。」

「ぐぬぬ、せこい手を使いおって・・・。」

顔をゆでたこのように真っ赤にして俺をにらみつけるオッサン。

いくら邪魔をしようとも、俺がそれに屈することはないだろう。

仮にこの街での仕入れや冒険者の利用を強制的に止められたとしても、隣町からアイルさんを通じて買い付ければいいだけの話だ。

聖騎士団の証を持つハーシェさんは止められないだろうし、モーリスさんはそもそも西方なので関与しようがない。

つまりこのオッサンがどれだけ頑張ろうが無駄というわけだ。

「まぁ、そんなことだから余計なことはやめるんだな。さもなくば大変なことになるぞ。」

「ふん、そんなことを言って譲歩を引き出そうとしても無駄だぞ。」

「譲歩?これを見てからいうんだな。」

俺はカウンター横の書類棚から一枚の紙を取り出しオッサンの前に出す。

「何だこれは。」

「ギルド協会の借用書だよ。」

「あ奴らあれほど手を貸すなと・・・。」

「いや、違うから。向こうが俺に借金を頼んできたんだよ。」

「なっ!」

「よく読んでから発言しろよ、俺はギルド協会の貸主だぞ。なんだったら今すぐにその借金を返済してもらってかまわないんだが?」

「そ、そんなことがあるか!」

「あるからこうなってるんだよ。アンタが余計なことをしたせいで、今ギルドは火の車だ。そろそろ来るんじゃないか、ずっと引きこもっていたアンタが出てきたわけだしな。」

そんなことを話していると、勢いよく扉が開き羊男が飛び込んできた。

後ろには他にも大勢の人間が控えている。

「何事だ!」

「みつけましたよ、バッカー様。」

「貴様はギルド協会の・・・。」

「シープです。バッカー様、急ぎシロウさんへの制限を解除してください。さもなくばギルド協会は破産です。」

「何をばかなことを。」

「その借用書をご覧になって尚そんな事を仰るのですか?この人がどれだけこの街に貢献してくださっているか、今やこの街はシロウ様なしで成り立ちません。事実後ろに控える皆さんが今回の命令に対して苦情を申し立てております。」

羊男が横にずれた途端、店の中にどっと人が入ってきた。

「このままじゃ薬がなくて女たちが働かなくなる、そうなったら誰が売り上げを補償してくれるんだ!?」

「うちのカカアはアネットちゃんの薬がなかったら死んじまうんだ、カカアを殺す気か、この人殺し!」

「ここの素材が一番使いやすいんだ、武器が作れなくて冒険者が隣町に流れたら全部お前のせいだからな、うちの職人全員でお礼参りしてやるから覚悟しろ。」

「頼むからシロウさんに謝ってくれよぉ、ミラちゃんが来なくなったら取引所の癒しがなくなっちまうよぉ。」

「アンタだね、王都のえらそうな役人ってのは!こっちの事何も知らないくせに好き勝手言って、いい迷惑だよ!」

途中変なセリフが聞こえたのは気のせいだろうか。

その後も至るところからオッサンを非難する声が上がり続ける。

まさかこんなに非難されるとは思わなかったんだろう。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてフリーズしている。

「あー、文句があるのは分かったんだが、外でやってくれないか?」

「でもよぉシロウさん。」

「いざとなったらこのえら~い役人さんが全部責任を取ってくれるだろう。取引を停止しろって命令してきたんだ、補償ぐらいしてくれるよなぁ。」

「ギルド協会は現在借金中ですから、それはバッカー様にお願いします。」

「だ、そうだが。そこんところどうなんだ?」

「・・・・・・。」

「ダメだ、固まってやがる。」

話を振られても放心状態のままのオッサン。

羊男が強く肩をゆするとやっと目に光が戻ってきた。

「な、何なんだね君たちは!」

「アンタの命令のせいでこっちは大損だよ!」

「責任取れ!」

「そうだ、お前が責任をとれ!」

「土下座だ!ミラちゃんのために土下座しろ!」

我に返ったと思ったらまた非難されている。

なんだかかわいそうな気もするが、自分の蒔いた種だ。

自分の発言には責任を持ってもらわないとなぁ。

「だ、誰が土下座などするか!」

「ならシロウさんにお詫びをして発言の撤回を。町の七割以上の商店とギルドが被害をこうむっていますので、この件についてはギルド協会本部にも連絡を入れています。」

「なに!?本部に!?」

「バッカー様が三日月亭から出てきてくれませんでしたので。明日には近隣から監査官が到着するそうです。でも今なら問題を無かったことにしてくれる、そうですよねシロウさん。」

「いや、俺は別に・・・。」

「お願いしますよぉ、シロウさんが許してくれないと街が大変なことになっちゃいますって。」

「でもなぁ、俺は悪くないし。」

「そこを何とか!バッカー様、早く謝ってください!」

ぐぬぬぬと変な声を出しながらオッサンが俺をにらんでくる。

まさかこんなことになるとは思わなかったんだろう。

ただの買取屋だと思い込み、権力をちらつかせれば安く絵を買えると思ったのかもしれない。

役人なのに画商みたいなことをして、どっちが本職なんだかわからんなぁ。

そもそも副業ってオッケーなのか?

オッサンの後ろでは野次馬が文字通り野次を飛ばしている。

うるさいったりゃありゃしない。

「で、どうするんだ?俺は優しいから今回の件について補償とかそういうのは要求しないつもりだ。だってこっちには一切の被害はないわけだしな。」

「そこはふんだくるところじゃないの?」

「なんで身内からふんだくるんだよ。」

「おもしろくな~い。」

いや面白くないって・・・。

相変わらず自由なやつだなぁ。

「バッカー様、いかがなさいますか?」

「・・・帰る。」

「は?」

「いいから帰るぞ!今回の件については追って知らせる!話は以上だ!」

「おい逃げるな!」

「そうだ、逃げるな!」

再び顔を真っ赤にしてオッサンは野次馬に突っ込んでいった。

もみくちゃにされながらも何とか外に脱出し、そのまま大通りへと向かっていく。

気づけば店には俺達と羊男しか残っていなかった。

「おい、お前の上司がどこか行ったぞ?」

「帰ったんじゃないですかね。」

「追いかけないのか?」

「追いかけたところでどうせ逃げるだけですって。」

「だから追いかけるんだろ?」

「だってシロウさんは補償とか要求しないって言ったじゃないですか。あれでまだ取引を停止するっていうならただの馬鹿ですよ。」

羊男の言う通りだ。

あれだけ恥ずかしい思いをしてまだ自分の非を認めないっていうのならば、バカ以外の何物でもない。

「じゃあ取引停止は解除していいんだな?」

「一応言質は取りますけどその方向でお願いします。この度はご迷惑をおかけしました。」

「まぁ、お互いに大変だったな。」

「まったく勘弁してくれって感じですよ。」

はぁと大きなため息をつく羊男。

その日の夕方、大慌てで街を出ていくオッサンの姿が目撃されたとか。

来たときは豪華な馬車だったのに、帰りは自分で馬を走らせたっていうんだからよっぽど早く町を出ていきたかったんだな。

監査役が来るっていうのも効いたんだろう。

腹黒いことしてなかったら逃げる必要なんてないわけだし。

やれやれ、悪いことはするもんじゃないな。
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