上 下
343 / 1,027

341.転売屋は職人たちの結晶を見守る

しおりを挟む
ある日の夕方。

職人通りは人で溢れていた。

それはいつもの買い物客ではなく、通りに店を構える職人たちが一件の店の前に集まっているようだ。

「でき・・・た。」

「出来たのか?」

「これで最後です。全部で500個、完成です。」

「よし、よくやった。検品と梱包の作業は後はこっちでやる。よく頑張ったな。」

「もうゴールしてもいい?」

「好きなだけ寝ろ。」

ルティエは、フラフラと立ち上がったと思ったらそのまま横のクッション(通称:人をダメにするクッション)に倒れこんだ。

そしてそのまま動かなくなる。

「最後の一個が完成したぞ、これで終わりだ。」

「「「わぁぁぁぁ!!」」」

その様子を店の外から眺めていた職人達が一斉に歓声を上げたので、窓ガラスがバリバリと揺れる。

そんな大音量の中でもルティエは幸せそうに目をつむったままだ。

徹夜はさせなかったが睡眠不足なのは間違いない。

しばらくはそっとしておいてやろう。

「今日の夕方は一角亭を貸し切っての慰労会だ、それまでは各自ゆっくり休めよ。寝坊しても放っておいて始めるからな!」

大騒ぎしている職人に声をかけ、ルティエの作品を持ち店に戻る。

全部で500個。

わずか一か月で完成させるとは思わなかったが、この結果が彼らの答えなんだろう。

これが成功すれば自分達の生活がぐっと良くなる。

それどころか、自分達が認めてもらえるかもしれない。

王都から遠く離れたこの街でも、十分にやっていける。

それを証明するための戦いでもあったわけだ。

もちろん結果はまだ先だが、この出来ならば間違いなく成功するだろう。

別に化粧品の抱き合わせでなくても大丈夫。

とはいえ、万全を期すのが商売人ってもんだ。

限定品と聞けば人は心躍る。

希少性がある、個数限定。

人を惑わす単語は星の数ほどあるが、それが全て当てはまるんだから人間の欲ってのは果てしないな。

まぁ、それでがっつり儲けさせてもらってるんだけども。

「ただいま。」

「おかえりなさいませ、完成しましたか?」

「最後の力作を受け取って来た。向こうの準備はどうだ?」

「そろそろリノン様のボトルが届くはずです。カーラ様から今回用の特別な溶液はいただいていますので、封入すれば完了です。」

「後は梱包して発送か。」

「何とか今日中に発送できそうですね。」

「あぁ、後は向こうが上手くやってくれるだろう。」

向こうでの販売はオリンピアの手配した商人がやってくれるらしい。

ポスターの効果は絶大で、早くも街中で噂になっているのだとか。

購入は抽選制、貴族枠は無し。

手に入れれば人気者間違いなしの逸品に仕立て上げた。

売れるのは間違いないが、それが認められるかが今後の課題だな。

まぁ間違いなく成功するけど。

俺が保証する。

「ただいま!」

「おかえり。」

「あ~つかれた~。」

「悪かったな、急に頼んじまって。」

「何かしたかったのは私だし?はい、頼まれてたルビーアイ。」

「俺が言うのも何だがよく手に入ったな。」

「そこはほら、日頃の行いって奴よ。」

「ふふふ、そうですね。」

「ちょっとミラ、何で笑うよの!」

誰の日ごろの行いが良いかは聞かないでおこう。

ただ一つ言えるのは、エリザではないという事だ。

ルティエや職人たちの頑張りがエリザを通じて実を結んだ、そう言う事にしようじゃないか。

『ルビーアイ。真っ赤な目をしたイビルアイの亜種が落とす希少な結晶。誘惑の効果があり、身に着けると異性を引き付ける効果がある。最近の平均取引価格は銀貨3枚、最安値銀貨1枚、最高値銀貨6枚。最終取引日は6日前と記録されています。』

決して珍しい素材ではないのだが、ルビーアイを落とす亜種が中々見つからない。

今回手配したのは5つ。

折角抽選制にするんだから当たりがあった方が面白いだろう、という事で急遽手配した。

100個に1つの割合で入れる予定だ。

ただし、これは告知しない。

こういうのはサプライズだからこそ面白いんだよな。

「とりあえずゆっくり休め、庭にプールを用意しておいたから風呂から上がったら入っていいぞ。」

「じゃあ夕方までゆっくりさせてもらうわね。」

「酒は禁止だからな夕方まで我慢しろよ。」

「わかってるわよ!」

釘を差しとかないと慰労会が始まる前に飲んでそうだからなぁ。

「じゃあ俺はこれを持って向こうに行って来る。」

「かしこまりました。」

「店は適当に閉めていいからな。」

おそらくというか間違いなく夕方までに戻ってこれないだろう。

さてっと、早めに準備しますかね。

大通りを抜け二号店へ。

今日は朝から店を閉めてある。

流石に売りながら準備をするほどの時間的余裕はない。

「マリーさん、どんな感じだ?」

「あ、シロウ様。ちょうどリノンさんがボトルを持ってきてくださいましたよ。」

「お、ナイスタイミング。」

鍵を開けて中に入ると、満面の笑みを浮かべたマリーさんが俺を迎えてくれた。

対照的にリノンさんはぐったりしている。

まるでルティエのようだ。

「随分と疲れてるな。」

「当たり前じゃないの!ガーネットの粉末を入れたボトルが欲しいなんて面倒な事頼んどいてよくそんな事が言えるわね。」

「出来るって言っただろ?」

「そりゃできるけど、いつもよりも割れやすくなるからものすごい注意が必要なのよ。それをたった一ヶ月で500個だなんて、バカじゃないの?」

「受けるって言った以上作ってもらわないとなぁ。」

「おかげでうちの職人全員フラフラよ、今週いっぱい仕事はしないから、絶対にしないから。」

「今週だけでいいのか?」

「・・・来週も休んでいいの?」

「うち以外の仕事が無いんだったらな。」

「じゃあ休む。」

今回の特注代は金貨1枚。

少々というかかなり高めな設定だが、化粧品代に銅貨20枚上乗せすれば十分に元は取れる。

それぐらいの値上げは許容範囲内だろう。

「さてっと、それじゃあやることやっちまうかね。」

「化粧水の準備は出来ています。後はボトルを並べて溶液を入れ、蓋をするだけです。」

「それが一番大変なんだけどな。俺には無理だ、後は任せた。」

「え、マリーさんに丸投げ!?」

「こういう繊細な仕事は苦手なんだよ。俺は大人しく梱包の準備をする。何なら手伝うか?」

「そっちは嫌だけどマリーさんの方を手伝うわ、私達のボトルだもん、最後まで面倒見ないとね。」

休むんじゃなかったのかよというツッコミをしてはいけない。

手伝ってくれるというのなら手伝ってもらうまでだ。

もちろんただ働きでな。

まぁ、慰労会には来るだろうからその代金という事で。

三人で黙々と作業を進め、夕方までに500個すべてボトルに入れ終えた。

それをこれまた特別に用意した箱に入れる。

ポリゴンボックスというカクカクとした魔物の革?を使った箱は、中身が見えるようになっている。

そこに真っ赤なボトルを入れ、そいつに今回の目玉であるガーネットルージュを飾ってやる。

真っ赤な口紅。

その名前に相応しい鮮紅の輝きは、女性の首元を色鮮やかに染め上げてくれるだろう。

今回はネックレスのみの展開だが人気次第では続々と新シリーズを供給していくつもりだ。

イヤリングとピアス、それとブレスレットは企画済み。

春に使用したチェリーアイアンを向こうでも試してみたいんだとか。

皆やる気満々だ。

耐衝撃性の高いブルースライムの核を間に挟みながら500個すべてを木箱に入れれば準備完了っと。

「よし、何とか間に合ったな。」

「では会場に向かいましょう。」

「もう始まってるんじゃないか?」

「そうかもしれませんね。」

小走りで一角亭へと向かうと、店の外にまで声が漏れるぐらいの騒ぎになっていた。

戸を開けるとさらに大きな声が耳にはいってくる。

酒は・・・入ってるよなぁ。

「あ、きた!」

「シロウさん!」

「待ってました!」

「早く始めましょうよ!」

いたるところから声をかけられる。

その顔は達成感と高揚感で満ち溢れていた。

「ったく、待てなかったのかよ。」

「仕方ないじゃない、みんな嬉しかったんだもの。」

「気持ちはわかるけどな。おい、ルティエはどこだ?」

「ここです!」

奥の方で顔を真っ赤にしたルティエが元気よく手を上げて返事をした。

こっちもいい感じに出来上がっている。

「もう始まってるんだし挨拶とか抜きでいいよな?」

「だめよ、ちゃんと挨拶しないと!」

じゃあお前がやれよとエリザに言う前に、全員の視線がこちらを向いた。

一緒に来たマリーさんとリノンもちゃっかり向こう側に移動してこちらを見て来る。

やれやれ、こういうのは苦手なんだが。

「あ~、とりあえずお疲れ様。全員がやると決めてからのこの一か月は死ぬほど忙しかったと思うが、それに見合うだけの達成感を感じているはずだ。ガーネットルージュはさっき梱包し終わった。明日には王都に向かって出荷され、20月までに販売されるだろう。宣言しておく、絶対に売れる。化粧品と一緒だからじゃない、単体でも売れる。俺が保証する。それだけの品を作ってくれたと俺は確信している。」

さっきまでふざけていた職人たちの目が、真剣な眼差しに代わる。

その全てが俺に向けられる。

「気の利いた事は言えないが、とりあえず今日は何も考えず好きなだけ飲んで好きなだけ食ってくれ。ただし物は壊すな、吐くなら外に行け、他人に迷惑をかけるな。それはしっかり守れよ。最後にルティエ!」

「え、私!?」

「お前がリーダーだ、何か言え。」

急に話を振られてアタフタするルティエ。

はぁ、後は任せた。

「えっと、その、あの・・・。」

「いいから何か言うアル。」

「そうだ、腹減って我慢できねぇよ。」

フェイとディアスが横から茶々を入れる。

ルティエの補佐としてこの二人も良く働いてくれたなぁ。

「わかってるって!えっと、みんなお連れ様、私が無茶なお願いしたのに付き合ってくれてありがとう。こうやってみんなで仕事が出来て、嬉しかった・・・です。あの、それと、今後もよろしくお願いします!」

深々と頭を下げるルティエに割れんばかりの拍手が送られる。

中々頭が上がらない。

泣いているんだろう。

色々こみあげてくるものがあるんだろうな。

どれ、後はまかされるか。

「そんじゃまイライザさん、ファン、料理を出してやってくれ。こいつら飢えた獣だからじゃんじゃんたのむ。」

「はいよ、任せときな!」

「大皿出ます!」

「よ~し、食べるぞ~」

「ガーネットルージュにかんぱ~い!」

「「「「「かんぱ~~~い!」」」」

グラスが再びぶつかり合う。

みんなよく頑張ったな。

普段は見る事のない作り手の頑張りを見て、なんとなく感慨深いものを感じるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...