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329.転売屋は独り立ちを見守る

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「シロウ様、この後お時間よろしいですか?」

いつものようにモニカの所で解呪を頼み、終わった後に談笑していた時だった。

急に真面目な顔になりますぐに俺を見て来る。

なんだよ、急にそんな顔して。

「どうした?」

「ファンの事なんですけど、ここを出たいと言いはじめまして。」

「ファンが?ずいぶん急な話だな。」

「一人で稼げるようになったというのもありますが、本格的に料理の勉強をするそうです。」

「そうか、料理人になるのか。」

「しばらくはイライザ様の店で修業をして、いつかは自分の店を持ちたいと。小さかったファンがあんなにも大きくなったんですね。」

「まぁ俺からしたらまだまだガキだけどな。」

「ふふ、そうですね。」

でもまぁ確かに最近は大人の顔になって来た感じはある。

酔っぱらった冒険者を一人であしらえるぐらいだしな。

しっかりと飯を食わせてもらっているからか身長もどんどん伸びている。

良い頃合いだろう。

「で、俺にどうしてほしいんだ?」

「イライザさんの店に行かれた時で結構です、シロウ様からファンの気持ちを聞き出してもらえませんでしょうか。」

「自分に遠慮して無理やり出ようとしていると?」

「シロウ様が言いますようにファンはまだ子供、比較的平和な街とはいえ犯罪に巻き込まれないとも限りません。その覚悟があるのか、それを確認したいのです。」

「過保護な事だ。」

「これでも一応彼らの親代わりですので。」

そう言った時のモニカの顔は、本当に母親のような慈愛に満ちていた。

こんな顔されたら聞かないわけにいかないだろう。

「わかった、今度行く時に確認してみる。」

「よろしくお願いします。」

「これ、今日の代金な。」

「いつもありがとうございます。」

解呪の品を受け取り、代わりに盃に銀貨を沈める。

そうか、あいつも独り立ちするのか。

俺の財布を盗もうとしたあいつがなぁ。

大きくなったじゃないか。

「ただいま。」

「おかえりなさいませ。何かいいことがありましたか?」

「ん?」

「そんな顔をされていましたので。」

「いや、実はな。」

店に戻りミラに指摘されるまで俺は自分が笑顔になっていたことに気付かなかった。

とりあえず事情を説明する。

「そうですか、ファン様が独り立ちを。」

「まだガキだが修行するなら今ぐらいがいいだろ。最近はまともに食えるようになっていたしな。」

「あ、気付いておられたんですね。」

「そりゃな、味付けが微妙に違う。」

「イライザさんが俺たちに出したってことはそれなりの腕になってきたってことだ。将来を考えているのなら応援しないわけにはいかないだろう。」

「ふふ、そういう所が素敵です。」

「気まぐれだ気まぐれ。ってことで今晩さっそくイライザさんの店に行くぞ、アネットにもそう伝えておいてくれ。エリザは?」

「ダンジョンに。ですが、低階層を回られるだけのようなので夕方には戻ってくるかと。」

なら全員で食いに行くか。

夕方はいつものように働き、早めに店を閉める。

理由は一番最初に店に行くためだ。

まだ夕刻。

空はオレンジ色に染まってはいるものの、まだ日が暮れたわけではない。

「こんな時間から飲めるなんて最高ね。」

「今日の目的は別だからな、勘違いするなよ?」

「でも用事があるのはシロウだけでしょ?」

「いやまぁそうなんだが・・・。」

まったく、食う事しか考えてやがらねぇ。

これだから脳筋は。

まぁまぁとアネットになだめられながら店の戸を開ける。

が、まだ中は暗かった。

あちゃ、早すぎたか。

「いらっしゃい、ごめんねまだ開店前・・・ってシロウさんじゃないか。どうしたんだ?」

「悪いな早い時間に。ファンはいるか?」

「ファンなら今厨房だよ。賄を作らせてるんだ。」

「へぇ、賄をねぇ。俺達も食べていいか?もちろん金は出すぞ。」

「賄にお金出されちゃ困るわよ。でも、そうだねシロウさん達ならお願いできるかな。」

「その感じだとモニカから聞いてるのか?」

「本人から聞いたのさ。」

なるほど、その辺はちゃんと筋を通しているわけか。

ほんと、しっかりしてやがる。

とりあえず店内に入り、適当な場所に座らせてもらう。

アネットとミラは遠慮してかテーブルを拭いたり店の手伝いをし始めた。

それを見て、あのエリザまで椅子を動かしている。

はぁ、そんなことされたら俺も手伝わないわけにいかないじゃないか。

まったく。

「悪いね、手伝わせて。」

「飯食わせてもらうんだし仕方ない。」

「働かざる者食うべからずってね、後で一杯奢ってあげるよ。」

「そりゃどうも。」

厨房からは何かを炒める音が聞こえてくる。

香ばしい香りが店内を満たすころ、賄は完成したようだ。

「あれ、シロウさん!」

「よぅ邪魔してるぞ。」

「え、何でここに?まだ開店前だよ。」

「ちょっとな。おーい、賄い出来たぞー。」

「なんでシロウが一番最初に座ってるのよ。」

「いいだろ別に。ほら、皿を回せ取り分けてやるから。」

「シロウ様お願いします。」

イライザさんに味見してもらうつもりだったんだろう、俺達が勝手に準備を進めるもんだから呆然としているファン。

だがすぐに正気に戻り人数分の水を運んできた。

「そんじゃま、いただきます。」

「「「「いただきます。」」」」

合図とともに全員が料理に口を付ける。

今日はキャベジとオニオニオンを使った野菜炒めか。

定番だな。

でも肉が賽の目に切られていて肉食ってる!って感じがする。

味付けは・・・ちょっと塩気が多い気もするが、夏だし酒飲みの冒険者にはちょうどいいだろう。

目が飛び出るほど美味いわけじゃない。

でも、金を出して食べたいと思える味ではある。

すごいなここに入ってまだ18か月だろ?

もうここまで出来るようになるのか。

「ど、どうですか?」

「美味しいよね?」

「はい、とても美味しいです。」

「オニオニオンとキャベジがシャキシャキしていて、味付けもいい感じです。」

「だ、そうだぞ。良かったな、ファン。」

「ありがとうございます!」

女性陣からは中々の反応が返ってきた。

が、まだボスの評定が出ていない。

「場所によって火の通りにムラがあるね。それにこのお肉、確かに食べではあるけどもう少し小さくしないと酒を飲みながら食べるにはちょっと大きすぎる。味付けはまぁまぁかな。」

「はい・・・すみません。」

「とりあえず今日のメニューには入れるから、注文入ったら頑張りなさい。」

「はい!」

どうやら合格点らしい。

イライザさんに頭をポンポンと叩かれて嬉しいような恥ずかしいような、そんな表情を見せた。

こういう所はまだまだ子供だな。

「シロウは何かないの?」

「ん~、美味いぞ?」

「え、それだけ?」

「イライザさんが評価したんだ、俺が言うことはねぇよ。実際金出して食えるレベルだし。」

「シロウさんマジっすか!」

「こら、ファン。」

「あ、すみません。」

「別にいいって。毎日食いたいレベルじゃないからそこは精進しろよ。毎日食いたいってのはイライザさんレベルの味付けだからな。」

「へへ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。」

何故かイライザさんが照れている。

いやいや、貴女の料理がうまいのは当然だろうが。

「でだ。」

パンと手を叩いて場をしめる。

別にごちそうさまの合図じゃないぞ。

「モニカから話は聞いた。独り立ちするって?」

「・・・はい。俺、料理人になりたいんです。いつかイライザさんみたいに店を出してみんなに喜んでもらいたい。」

「私は止めたんだけどね。でもまぁ男の子だし私も手伝ってくれるのは助かるのが本音さ。」

「正直甘くないぞ。イライザさんだって、この味でも前は苦労したんだ。味だけで客が来るほど商売は甘くない、それはわかってるな?」

「わかってる。でも、俺は決めたんだ。」

「そうか、なら俺からは以上だ。」

「え?」

キョトンとした顔をするファン。

もっと厳しいことを言われると思ったんだろう。

「男がやるって言ったんだ、覚悟はできてるんだろう。それに対して言う事なんてねぇよ。」

「へぇ、シロウはもっと何か言うかと思ったけど。そういう所はお節介しないのね。」

「ダメなら野垂れ死ぬだけの話だ。自分の人生、自分の為に死ぬ気でやれよ。そして俺たちに美味い飯を食わせてくれ。」

「はい!頑張ります!」

「で、どこに住む?」

「当分はうちに住ませるよ。部屋は空いてるし、その方が何かと便利だからね。」

「空き家もないしなぁ。」

街の住居不足は深刻だ。

空きができてもすぐ埋まるレベルだから、居候させてもらえるのならば安心だな。

「そういう事さ。それじゃあそろそろ開店準備だ、今日もお客さんがいっぱい来るよ。」

「はい!」

パンパンと手を叩きイライザさんが合図をするとファンが飛び上がって厨房に戻っていった。

食器を片付けようとしたらイライザさんが持って行ってしまった。

「この時間からは客だからね、たくさん食べて行っておくれよ。」

「じゃあ注文だ、さっきの野菜炒めとエールを四つ。あとは・・・こいつらに聞いてくれ。」

「追加言いま~す!」

その日の夕食も大変満足のいくものだった。

代金をいつもより多く支払うと、イライザさんは何も言わずに頭を下げた。

居候させるには何かと金がかかるだろう。

俺からの餞別と、イライザさんへのお礼だ。

そうか、あいつももう子供じゃないか。

頑張れよ、ファン。
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