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318.転売屋は腕を痛める

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ある日の早朝。

まだ熱い日差しが差し込む前にルフとの散歩を楽しんでいた。

夏はやはりいつもより日が長い。

朝も早いのでつい早起きになってしまう。

カーテンしてるんだけどなぁ。

「今日も暑くなりそうだな。」

ブンブン。

「ちゃんと水飲めよ、欲しかったら氷も持ってくるからな。」

ブンブン。

夏毛に生え変わってはいるものの毛皮を着ていることに変わりはない。

暑さに弱いルフの為に風の魔道具を新たに買い付けた。

これで多少はましになるだろう。

魔獣に魔道具なんて贅沢だと言う人もいるが、そんなの人の勝手だろ?

俺はルフに快適に過ごしてほしいんだよ。

そんな事を考えながら歩いていたその時だった。

踏み出した右足が着地する前に何かにぶつかる。

「あっ。」

そんな間抜けな声しか出なかった。

慌てて踏ん張ろうとしたがまた何かに引っかかる。

こけながら足元を見るとほんの小さな石が地面から飛び出しているだけだった。

地面がどんどんと近づいてくる。

そして衝撃。

右手で何とかかばったので顔面をぶつけることはなかったが、衝撃と同時に激痛が右手首に走った。

やばい、折れたか?

まさかこけるだけで骨折とか。

「いってぇ!」

誰もいないのをいいことに大きな声が出てしまった。

「ワフ!」

あ、ルフがいた。

ってそうじゃない。

痛い痛い痛い。

起き上がることもできず右手を左手で抑えたまま悶える。

やばい、この痛さは久々だ。

子供の時に骨を折って以来の激痛。

ルフが心配そうに俺の周りをうろうろしている。

しばらくそのままでいるとなんとか立ち上がることができるようになった。

脂汗なのか普通の汗なのかはわからないが、体中びしょびしょだ。

とりあえず店に戻らなければ。

フラフラとした足取りで畑まで行き、ルフをアグリに任せて店に戻る。

あぁ、無理。

もう限界。

扉を押し開けて中に入った途端に疲れ果て、その場にへたり込んでしまった。

我ながら情けない。

「おかえりなさ・・・どうされましたか!」

その様子に驚きミラが慌てて駆け寄ってきてくれた。

ものすごく心配そうな顔で俺をのぞき込んでくる。

その顔もまたなかなかにそそられ・・・ってそうじゃない。

「散歩中こけてな、腕をやった。」

「どうしましょう!えぇっとまずは冷やして・・・。」

「なになに、どうしたのってシロウ!?」

「どうされましたか!?」

ミラのテンパリ具合にエリザとアネットまで裏から出てきた。

そんな大事じゃないんだが、ともかく今は休みたい。

「エリザ様どうしましょう!」

「ちょっと見せて、シロウ痛いけど我慢しなさい。」

エリザが俺の右腕を掴み、あろう事か思いっきり手首を押した。

「痛いっての!」

「分ってるわよ!うん、大丈夫折れてないわ。」

「嘘だろ、折れてないのか?」

「ヒビは入っているかもしれないけど、折れてはいないわ。これならポーションですぐに治るわよ。」

「すぐにもってきます!」

アネットがドタバタと二階へ駆け上がっていく音がする。

この痛みで折れてないとか正直信じられないんだが。

「よかった、安心しました。」

「散歩しててコケるなんて変なこと考えてたんじゃないの?」

「うるせぇ。」

「まぁ何はともあれ大事じゃなくてよかったわ。」

「凄い汗、治りましたらお風呂に入って下さい。」

大事じゃないとわかるや否や女たちがいつもの感じにもどる。

いや、折れてなくてもヒビは入ってるんだろ?

固定とか・・・ってそうか、ポーションで治るキズは大事じゃないのか。

しばらくしてアネットが駆け下りてきた。

「ありました!」

「ほら、腕出して。」

「痛いっての!」

「我慢しなさい、男の子でしょ!」

そこに性別は関係ないだろとツッコミを入れる前にポーションが手首にぶちまけられる。

火照った患部が一気に冷やされ、それと同時に手首で何かが動いた。

体の中で生き物が這いずるような感覚。

だがそれも一瞬だけだ。

「動かしてごらんなさい。」

「ん?あ、あぁ。」

動かせば激痛が来るんじゃないかとおびえながらも、恐る恐る指を動かしてみる。

あれ、痛くない。

そのまま何度か握ったり閉じたりしてみるも痛みはやってこなかった。

「痛い?」

「いや、大丈夫だ。だが変な感じだな。」

「え、見せて。」

もう一度エリザが手首をつかむ。

今度は痛みは襲ってこなかった。

「動かしてみて。」

「こうか?」

「うん。あ~なるほど、そういうことね。」

「悪いのか?」

「そうじゃないけど、つながったときに若干ずれてるのよ。しばらくしたら馴染むからほっといても大丈夫。私もなったことあるし。」

動かすたびに何かが引っかかる感じ。

痛みはないがうまく手首を回せない。

利き手だけに不便だ。

「どれぐらいかかる?」

「今日一日、寝たら治ってるわよ。」

「そんなもんか。」

「折れてはなかったけど結構ひどかったみたいね、あれビアンカのポーションでしょ?」

「はい。この前作ってもらったやつです。」

「あの子のポーションって他のより効果が強いのよ。それですぐ治らないって事はそういうこと。」

「まぁ治ればそれでいい。はぁ、こけてこんなことになるなんてなぁ。」

「運動不足なんじゃない」

「かもしれん。」

「また今度鍛えてあげるわよ。」

エリザが?いや、それは勘弁してくれ。

「ですがその手では何かと不便ですね。」

「まぁ鑑定はできるし、明日までの辛抱だ。」

「ご飯食べられますか?服脱げますか?」

「いやいやそこまでひどくないだろ。」

「やってみなさいよ。」

いや、やってみろって・・・。

試しにシャツを脱ごうとしたがすんなり脱ぐことはできなかった。

が、脱げるのは脱げた。

だが若干しびれが残る。

うーむ、力を入れるとしびれるから飯を食うのには不便そうだ。

ペンも持てそうにない。

「残念、脱げなかったら介護してあげようと思ったのに。」

「何する気だよ。」

「そりゃあ、お風呂からごはんまで全部つきっきりでやってあげるの。」

「子供じゃねぇぞ。」


「それと同じよ。あ、さすがにおむつはないか。」

「それだけは勘弁してくれ。」

ったく、人をガキ扱いしやがって。

その日は早々に店を閉めてゆっくりすることにした。

したのだが、そこからが問題だった。

「はい、シロウあ~ん。」

「いや、普通に食えるから。」

「いいえシロウ様、手首が曲がらない以上いつものように食べられません。」

「私達が順番で、食べさせてあげますね。」

右隣にミラ、左隣にアネット、そして正面にエリザ。

俺を囲むようにして女たちが順番に食事をフォークに刺して食べるよう催促してくる。

これがガキの頃だったらハーレムだなんだと言ったんだろうが、実際にその身になってみるとかなりしんどい。

主に食べるペース的な意味で。

「ほら、次はサラダよ。」

「では次はお肉を。」

「のど乾きませんか?」

まるで雛へのエサやりだ。

ピーチクパーチク言っているのは主に女達だが、やられているほうはたまったもんじゃない。

あっという間に腹が一杯になってしまった。

どう考えても食いすぎだ。

「もう無理だって。」

「そう、じゃあ少し休憩して次はお風呂ね。」

「はぁ?」

「だってその手じゃ満足に洗えないでしょ?汗だくだったんだもん、しっかり洗わないと。」

「いや、左手があるし。」

「駄目です。」

「お手伝いさせていただきます。」

飯の次は風呂。

何をどういってもついてくる気だな。

そしてこの後の流れがわかりやすすぎる。

こっちは負傷者なんだぞ?わかってるのか?

そんな事を言った所でこの後の結末が変わることはない。

はぁ、体力持つかな。

「・・・薬は飲まないからな。」

「えぇ、シロウ様は何もせず身を任せてくだされば。」

「覚悟しなさいよね。」

「うふふ、楽しみです。」

いや、楽しみじゃないから。

その後、過剰な程にかいがいしくお世話をされるのだった。
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