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178.転売屋は狩りに出る

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冬になり日の出が遅くなり、日の入りが早くなった。

だが不思議な事に睡眠時間は変わらない。

もちろんハッスルした翌日はぐっすりだが、毎日大騒ぎしているわけではない。

まぁ、毎晩交代で誰かがベッドにいるのは間違いないが・・・。

兎も角、そんなこんなで日の出よりも早く目が覚めるようになってしまった。

いつもならそのまま二度寝するのだが、ここ最近はそんな気にもなれず気晴らしに散歩をするようになった。

「ルフ、行くぞ。」

「ワフ。」

一人で散歩するのもあれなのでルフを連れて外をウロウロすることにしている。

リードなんてものはないが、声をかけると俺の少し前を誘導するように歩いてくれる。

街灯はもちろんない。

だが日の出前は少しずつ明るくなってくるので特に問題は無かった。

「今日も寒いな、ルフ。」

ブンブン。

尻尾で返事をしてくれる。

この前の寒気ほどじゃないが今日は良く冷えている。

吐く息も白くなるぐらいだ。

幸いにも氷点下にはならないのでコートを着込まなくていいのが救いだな。

あれ、動きにくくて嫌いなんだよ。

「昨日は何かあったか?」

ブン。

「魔物は出たか?」

ブンブン。

「そうか、追い払ってくれたか、ありがとうな。」

ブンブンブン。

先導するルフの尻尾が勢い良く左右に揺れる。

本当に会話をしているようでなんだか楽しかった。

そんな感じで話しかけながら歩いていると、ついいつもよりも遠くまで来てしまったようだ。

随分と明るくなってきたな。

「ルフ、帰るぞ。」

「ワフ。」

俺の合図にクルリと反転してまた前を行こうとしたルフだったが、突然立ち止まり耳をピンと立てた。

「どうした?」

「ウゥゥゥゥ。」

身体をかがめて唸り声を上げるルフ。

俺も慌ててそれに従った。

ついお気軽な気分で外に出たが、ここは魔物が出るんだ。

慌てて腰にぶら下げた小刀に手をかける。

完璧な素人だが、何もないよりはマシだろう。

しゃがんだまま明るくなってきた草原の奥を見つめる。

すると、向こうからガサガサと音を立てながら何かが迫ってきた。

「ルフ、行けるか?」

返事代わりに尻尾が二回振られる。

てっきり逃げるつもりで声をかけたが本人はそうではないらしい。

やる気満々って感じだ。

そうか、殺るのか。

向こうからやって来たのはメスのディヒーア(鹿)だった。

凶悪な角を持つオスと違いメスは丸腰。

その代わり常に群れて行動しているはずなんだが・・・。

珍しいな。

ルフが尻を上げ臨戦態勢に入る。

今は俺になついているが、元はグレイウルフっていう立派な魔獣だ。

体もだいぶ大きくなっている。

見た目にはルフの方が小さいが、負けることは無いだろう。

出来るだけ気配を殺し、その時を待つ。

そして次の瞬間。

弾丸のように飛び出したルフが、草を食べようと頭を下げたディヒーアの首元に喰らい付いた。

「ピィィィィ!」

甲高い鳴き声が朝靄の広がる草原に響き渡る。

首をぶんぶんと振り回しルフを振り払おうとするが、鋭い牙は首に深く食い込み離れることは無い。

暴れまわりなんとか逃げようとするディヒーアだったが、だんだんとその動きが弱くなってくる。

足が折れ、地面に体が横たわる。

素早く噛みつく場所を変え、今度は喉元に喰らい付いた。

もう声も出せない。

その様子を離れた所で見ていたが、動きが少なくなった所で近づく。

辺りには血が飛びちり、近づいてきた俺をルフがチラっと目で確認する。

「押さえてろよ。」

後はとどめを刺すだけだ。

無防備になった首元に膝を押し付け、小刀で首を真一文字に切る。

大量の血があふれ出し、ビクンビクンと痙攣するようにしてディヒーアは絶命した。

なんていうか必死だった。

生き物を殺したことはある。

鶏なんかは首を切って走らせたことも有るが、この大きさの動物は初めてだった。

恐怖も感動も無かった。

だが、達成感だけはあった。

「やったな、ルフ。今日の飯は豪華だぞ。」

「ワフ!」

今日一番の声でルフが鳴いた。

折角二人で仕留めたんだ、持って帰らない手はない。

っていうかこのままにしていたらいつ狼に襲われるかわからない。

手早く首や足の付け根などを小刀で切って血を流しきる。

血の匂いに興奮したのか、ルフは舌を垂らしてハァハァと呼吸を荒くしていた。

服従の首輪は付けていなかった。

今思えばルフが我を忘れて俺に襲い掛かる可能性もあったが、俺はそんなこと考えもしなかった。

ルフが周りを警戒し、俺が獲物を背負う。

血まみれになるのは気にならなかった。

全身血まみれで街に戻ったのは、ちょうどアグリが畑に出てきた時だった。

「シロウ様どうされたんですか!」

「ん?ちょっとルフと狩ってきた。」

「いや、狩ってきたじゃないでしょ。血まみれじゃないですか!」

普段は丁寧な話し方をするアグリがため口になっている。

これはこれで面白いな。

「全部こいつの血だよ、俺もルフも怪我はない。」

「それならいいんですが・・・。本当に狩ってきたんですか?」

「あぁ、中々勇ましかったぞ。首元に喰らい付きどれだけ振り回されても離さなかったからな。惚れ直したぜ。」

ブンブンブン!

この日一番の尻尾振り頂きました。

「さすがグレイウルフですね。そしてそんな子を服従の首輪無しで飼いならすシロウ様も素晴らしい。」

「別に飼いならしてなんかないさ、こいつは自分の仕事をしただけだ。俺と、畑を守る、なぁルフ。」

「ワフ!」

ルフの声が朝靄の向こうに響き渡る。

ディヒーアの解体はここの皆さんにお任せして俺は一度店に戻った。

突然血まみれで帰って来たものだから三人にものすごく心配・・・っていうか悲鳴を上げられたが風呂場で怪我がない事を確認すると納得してくれたようだった。

あの慌てよう、なかなか面白かったな。

「面白かったなじゃないわよ!」

「そうです、本気で心配したんですから。」

「何もなかったからいいものを、何かあったらどうするつもりだったんですか?」

「ルフが大丈夫だって言ったんだ、何かあるわけがない。」

「でもルフは喋らないじゃない。」

「言葉が無くても気持ちは伝わるんだよ。」

「何カッコいい事言ってるんだか。」

ペシっと俺の頭を叩くエリザ。

この野郎、いや野郎じゃないか、ともかく頭を叩くとはいい度胸だ。

仕返しとばかりに胸を揉もうとしたら華麗に払われてしまった。

これだから脳筋は。

替わりにミラの胸を揉む。

うむ、良い揉み心地だ。

「今後も狩りに行かれるのであればそれなりの装備をご用意お願いします。」

俺に胸を揉まれながらも冷静に忠告してくるミラ。

「それと行くときは一声かけてください。」

「なんなら一緒についていくわ。」

「エリザ達が一緒だとルフが拗ねるんだよな。」

「何よ、シロウを独り占めしようっていうの?」

「いや、犬・・・じゃなかった狼に喧嘩売るなよ。」

マジでエリザ達が一緒だとルフのテンションが違うんだよな。

なんていうか、そっけないというかいつもみたいに尻尾で会話できないし。

でもミラの言う事もわかる。

今回は問題なかったが、次は危ないかもしれない。

なんせ相手は魔獣だ、何が起きてもおかしくない。

「次は声をかけてから行くことにする。それでいいか?」

「結構です。」

「ちょっとミラ!」

「エリザ様、嫉妬する気持ちは分かりますがルフが居れば大丈夫だと思います。何があってもシロウ様を守ってくれることでしょう。」

「それはわかるけど・・・。」

「とりあえず今日はお二人の頑張りを見に行こうじゃありませんか、美味しいお肉、待ってますよ。」

「ディヒーアのメス肉ってこの時期は脂がのって美味しいんですよね。」

アネットの呟きにエリザの口からよだれが垂れたのを俺は見逃さなかった。

「ふん、お肉になんてつられないんだから。」

「じゃあ来なくてもいいぞ。」

「やだ、行く。」

「そんな怒るなって、俺も気を付けるから。」

「わかってくれたならそれでいいのよ。ほら、ルフが待ってるわよ、お肉食べに行きましょ!」

って結局は肉なんじゃねぇか!

っていうツッコミを入れながら色々と準備をして畑へと向かった。

今日は焼肉パーティーだな。

畑では解体されたディヒーアを前にしてルフが得意げな顔をしていた。

「シロウ様、解体終わりました。」

「すまん、助かった。折角だからみんなで食おうぜ、用意してきた。」

「よろしいのですか?」

「肉食ってから働いて、また肉を食う、最高だろ?」

「えぇ、最高です。」

「じゃあ決まりだ。酒は出せないが腹いっぱい食ってくれ。」

「おぉぉぉぉ!」

男たちが雄叫びを上げて喜んでいる。

そろそろガキ共も来る頃だ、皆で腹いっぱい食べようじゃないか。

「でも一番最初はお前だからな、ルフ。」

ブンブンブン。

嬉しそうに尻尾を振るルフの頭を撫でて、一番美味しい部分を皿の上に乗せてやる。

今日一番の功労者には最高の報酬をってね。

その後昼まで焼肉パーティーは続けられ、あっという間に無くなってしまった。

また食べたくなったら狩りに行けばいいか。

「その時はよろしくな、ルフ。」

「ワフ!」

その後散発的に焼肉パーティーが開かれることになるのだが、それは別の話だ。
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