上 下
174 / 1,033

174.転売屋は懐かしの味に出会う

しおりを挟む
無事に焔の石を手に入れることが出来た。

早速庭と畑に石を撒き、寒気に備える。

色々と使い道のある石のようなので引き続き買取をしつつギルドに流すこととなった。

ヒドゥラの素材については残念がっていたが、これも目的の為だ。

沸き過ぎなければ問題なく処理が出来るそうだし、定期的に冒険者を派遣すれば安定して素材を確保できるだろう。

「う~さぶさぶ。」

「お、戻ったか。」

「本当に寒くなって来たわね。」

「アグリの話じゃ今晩から一気に冷え込むらしい、寝床に毛布を入れとけよ。」

「一緒に焔の石を入れておくと寝るとき暖かいですよ。やけどをしないようにタオルで巻いて下さい。」

「そうするわ。」

夕方。

エリザが手をこすり合わせながら外から戻ってきた。

手には・・・あれ?頼んでいた物が無いんだが。

「なぁ、買い物はどうした?」

「聞いてよ、目の前で最後の一つを買われたの。」

「マジかよ。」

「他も探してみたんだけどどこも品切れ、皆考えることは同じね。」

「急に寒くなりましたから。でもどうします?」

「ホワイトコール無しの鍋なんて鍋じゃねぇ。」

「そんなこと言ったってない物は無いのよ。畑のやつはまだ駄目なんでしょ?」

ちなみにホワイトコールとは白菜の事だ。

白菜無しの鍋は鍋にあらず。

ちなみにネギもない。

正確に言えばこの地域にないだけで、他の地域に行けば生えているらしいがこの時期はここまで入って来ないらしい。

ぐぬぬ。

「食えるのは13月になってからだろうなぁ、植えるの遅かったし。」

「じゃあ仕方ないわよ。」

「どうしますか?」

「のこるはアネットに賭けるしかないか。」

買出し班は二つ。

野菜担当のエリザと肉担当のアネットだ。

ミラは台所で準備をしてくれている。

ちなみに俺は暖かい部屋で焔の石を懐に入れて待機している。

常に発熱し続けるから一個入れとけばずっと暖かい。

冬の必需品と言えるだろう。

今までは例のヒドゥラのせいで供給が追い付いていなかったが、今年は街中の人にいきわたること間違いない。

いやー、良い事したわ。

「もどりました!」

「お帰りアネット、どうだった。」

「お肉は売っていたんですけど・・・。」

「ですけど?」

「ジャイアントバッファローの肉はなかったので、代わりにアングリーチキンの肉を買っていました。」

「でかした!」

肉の無い鍋など鍋にあらず。

別に牛肉でなくても鍋は楽しめるしな。

しかし鳥肉か。

鶏肉と言えば・・・。

「キャベッジはあったよな?」

「はい、昨日買った分がまるまる一玉残っています。」

「塩は?」

「もちろんあるわよ。」

本当なら醤油と昆布が欲しい所だが仕方あるまい。

「水炊き風にするか。」

「じゃあ味付けはシロウに任せるわね。」

「おう、任せておけ。」

「シロウ様お願いします。」

ミラと場所を交代して準備に取り掛かる。

別に鍋奉行というわけではないが、好きな物には手を抜きたくないタイプだ。

モモ付近の肉をぶつ切りにして沸騰する前の鍋に投入、そこに塩を入れて沸騰させる。

放っておけば鶏肉から出汁が出るので沸騰したところにキャベッジを投入してクタクタにする。

「薬味は?」

「ない。」

「えぇ!」

「欲しけりゃイライザさんの店に行ってこい。」

「そうするわ、ちょっと行ってくる。」

俺だってネギが欲しいさ。

でもないもんは無い。

本当はポン酢で頂きたい所だが、やはり醤油がないとはじまらないんだよなぁ。

エリザが戻るまで少し待つか。

「アネット店の玄関を開けといてくれないか?」

「いいんですか?」

「湿気がこもるよりもいいだろう。」

「わかりました。」

多少部屋を冷やした方が鍋も美味しく感じる。

裏庭の戸もあけると風が一気に吹き抜けていった。

う~寒い。

冬の風が頬に当たる度ピリピリと痛む。

いやー、マジで寒くなってきた。

早いけど閉めようかと思った所で玄関から何やら音がする。

エリザが戻ってくるには早いよな。

顔を出すとそこには珍しい人物が立っていた。

「ベルナじゃないか、どうしたんだ?」

「ニャニャ、いい匂いがすると思ったらシロウの店だったニャ。」

「あぁ、鍋の匂いか。」

「寒くなって来たら鍋が一番にゃ、シロウのおかげで焔の石も流れ出したし今年は暖かい冬を迎えられそうニャ。」

「そりゃよかった。」

「それでなんだけど・・・。」

「どうした?」

「シロウにお願いがあるのニャ。」

猫耳をピコピコさせて上目遣いでこちらを見てくるベルナ。

はは~ん、これはもしかしてあれか?

「一緒に食いたいのか?」

「ニャニャ!どうしてわかったのニャ?」

「そんな顔してたら誰でもわかるだろ。いまエリザが薬味を取りに行ってるから中に入って待ってろ。」

「有難うニャ!そうニャ!とっておきを持ってくるニャ!」

ピコピコ揺れていた耳をピンと立たせてベルナが大急ぎで戻って行った。

っていっても大通りを挟んだ向かい側だ、すぐ戻ってくるだろう。

「別に構わないよな?」

「お鍋は皆で食べた方が美味しいですから。」

「ベルナ様にはいろいろとお世話になっていますし構いません。」

「ってことで上から椅子を降ろしてくる。」

食卓には四人分の椅子しか置いていないので、客が来た時は二階のやつを使うようにしている。

椅子を持って降りると早くもベルナが戻ってきていた。

手には何かの瓶を持っている。

中には黒っぽい液体が満たされていた。

「酒か?悪いな。」

「違うニャ。」

「違うんですか?」

「お鍋に使うと美味しいっていうソースにゃ。」

「鍋にソース?」

よくわからん。

机の上に設置した火の魔道具の上に鍋を乗せ魔道具を起動させる。

チチチという音と共に下から火が出てくる様子はまさにコンロだ。

便利だなぁ。

ぐつぐつといい音を立てながら部屋中に湯気が広がっていく。

そろそろ食べごろだろう。

「ただいま!」

「お帰り、手に入ったか?」

「ばっちり!」

「鍋にはやっぱり薬味がないとな。」

ちなみにエリザがもらってきたのは、ロングシャーロットという魔物の頭に生えている植物だ。

ネギ風の味がするので薬味として使われているが、やはり本物には敵わない。

ま、今はこれでいいだろう。

「あれ、ベルナも一緒?」

「ニャニャ、悪いかニャ?」

「ううん、鍋はみんなで食べたほうが美味しいもの。何それお酒?すっごい色ね。」

「違うにゃ、ソースだニャ。」

「ソース?」

「前に買った客がそう言っておいていったニャ。」

「ってことは使うのは初めてなのか?」

「そうニャけど、いい匂いがするから味は保証するニャ。」

臭いで味を判断するのはいかがなものか。

物は試しとふたを開けて匂いを嗅いでみる。

嘘だろ!?

そのまま用意した器にそれを注ぎ、小指を漬けて口に入れた。

と、同時に鑑定スキルが発動する。

『醤油。調味料の一種で、遥か遠方の地で作られている。最近の平均取引価格は銀貨20枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨30枚。最終取引日は5日前と記録されています。』

鑑定スキルを待たずともわかるこの風味。

若干味は異なるが、しょうゆであることは疑いようもない。

鑑定スキルが発動し、かつ取引履歴も出るということはこの世界に醤油が流通している証拠と言えるだろう。

マジか。

もう一回いう、マジか。

「どうかしたのかニャ?」

「これ、いくらで買った?」

「ニャニャ、銀貨10枚で買い付けたニャ。」

「銀貨30枚出す、譲ってくれ。」

「はぁ?銀貨30枚?」

「この調味料、そんなに貴重なのかニャ?」

「どこかでは流通しているようだが、ここら辺では珍しい。ついでに言えば俺の故郷の味に近い。てっきりもう味わうことはないと思っていたが・・・。」

思わず瓶を抱きしめてしまう。

この世界に来てずいぶん経つが、やはりこの味は忘れられない。

「条件があるニャ。」

「言ってくれ。」

「私にも使わせてほしいニャ、味も知らないまま譲るのはアレだにゃ。」

「もちろんだ。この鍋にふさわしい調味料と言ってもいいだろう。ミラ、お酢とレモモンあったよな?」

「ございます。」

「半分に切ってくれ、しぼり汁が欲しい。」

醤油があればあれこれできるが、ここはやはりポン酢の出番だろう。

さくっと混ぜて味を見る。

うん、これでいい。

「これをつけて食べてくれ、世界が変わる。」

「え~本当に?」

「よく冷ました奴が欲しいニャ。」

「どうぞ、ベルナ様。」

「有難うニャ。」

全員にポン酢を渡し、俺も鶏肉をつけて食べる。

酸味と醤油の味が絶妙だ。

あぁ、やっぱり醤油って最高の調味料だな。

「何これ!すっごい美味しい!」

「酸味のほかに深いコクのようなものも感じます。」

「鶏肉とよく合うニャ、これはすごいニャ!」

「だろ?」

得意げな顔をして四人を見る。

驚きの顔が二人、不思議そうな顔一人、無言で鍋を食べ続けるの一人。

そんなに気に入ったのか、アネット。

「譲るのが惜しくなったニャ。」

「銀貨30枚だ。」

「金を出すのが早いニャ!」

「ご主人様が即決するなんてよっぽどの品なんですね。」

「次にまた同じ奴が来たらどこで手に入れたか聞いておいてくれ、いやそのままここに連れてこい。絶対だぞ。」

「わかった、分ったからそんなに怖い顔で見ないでニャ。」

エリザ曰くこの世界に来て初めての顔をしていたそうだ。

そんなに鬼気迫っていただろうか。

いや、そうかもしれない。

この味が手に入れられるなら・・・。

異世界に来てもやはり根は変わらないようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

野菜士リーン

longshu
ファンタジー
北欧神話の世界を舞台に、一風変わった土魔法を使う生命力溢れた魔道士リーンが活躍します。 初出です。 拙い文章ですが、ご意見、ご感想お待ちしております。

処理中です...