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169.転売屋は天敵と交渉する

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翌朝。

朝食を食べてさぁ、香茶でもと思っていた所にまさかの人物が襲来した。

香茶のさわやかな香りが香水の匂いにかき消される。

さすがに鼻を覆うわけにもいかないので呼吸を浅くしてそれに耐えた。

「よくお休みになれたかしら?」

「お陰様で。」

「そう、それはよかった。」

今日も色気たっぷりの胸元のぱっくり空いた服でやって来たのは、この街の隠れたドン、ナミル女史だ。

相変わらずのナイスバディーだが、生憎俺には通用しない。

横のトライゾンは鼻の下を伸ばして・・・ってあれ?

なんでそんなにガチガチに緊張してるんだ?

これ系の女性は苦手なんだろうか。

「始業前だってのに仕事熱心だな。」

「貴方がここに来ていると聞いて出向いてきたのよ。色々と買いに来てくれたみたいね。」

「闘技大会も近いのでね、入用のモノを色々と。」

「でも、一番大切なものは手に入らなかったのではなくて?」

「それも事前に聞いてきたのか?」

「そうじゃなかったらこんな所に来るはずないじゃない。」

こんな所って、ここで一番のお宿なんですけど。

必要経費なのを良い事に最上級の部屋でゆっくりさせてもらったわけだが・・・。

そりゃその辺の情報は全部筒抜けになってるよな。

「で?」

「食料とお酒はこの街でも品薄なの。でも、貴方次第で融通しないことも無いわ、先日のお礼もあるしね。」

「別に礼をされるような事をした覚えは無いんだが?」

「貴方が間に入ってくれた事で、それなりにスムーズな打ち合わせが出来たわ。シープは私の事が苦手みたいで中々いう事を聞いてくれないの。」

「そりゃ奇遇だ、俺も余り得意じゃない。」

「それは残念ね、私は好みなんだけどな。」

アンタは好みでも俺はそうじゃない。

この時点で平行線だよ。

「昼過ぎにはここを出たいんでね、さっさと要件を話してくれ。」

「せっかちな男は嫌われるわよ?」

「好みの男が急いてるんだ、それに応えるのが女ってもんだろ。」

「その返し、中々素敵よ。」

「食料と酒を馬車一台分、いや半分でもいい。代金は金貨2枚まで、用意できるか?」

「その金額じゃ無理よ。せめて金貨4枚は貰わないと。」

元々の予算は金貨3枚。

この時点で予算オーバーだ。

多少はオーバーしても良いと言われているが、流石に超え過ぎだろう。

「ならこの話は無しだ。」

「最後まで話を聞かない男は嫌われるわよ?」

「別にこれ以上好かれる必要も無くてね。」

「枯れるにも早いと思うけど。」

別に枯れてるつもりはないんだが・・・。

どうやら何か提案があるようだ。

出来ればそういうのには乗りたくないんだが、致し方あるまい。

「で?」

「ホワイトベリーって知ってるわよね?」

「あぁ、希少性の高い奴で冬に手に入る果実だ。」

「木箱一つ分持ってきてほしいの、もちろん持ってきてくれたら代金は払うからそれと金貨3枚で手を打ちましょ。」

「いや、冬の果実だって言ってるだろ?」

「別にすぐにじゃなくていいわ、収穫が終わったら、それこそ12月になったら持ってきてくれればいいの。」

「集まるかわからないぞ?」

「そんなはずないわ、絶対に手配できる。」

木箱一つ分と言えば庭に生えている分の三分の一ぐらいだろう。

どこでその情報を仕入れたかは不明だが、うちで栽培している事はバレているようだ。

聞いたとしてもはぐらかされるだけだろうな。

「銅貨1枚まからないぞ?」

「もちろん相当額はお支払いするわ。」

「収穫できるのは12月だ、それでもいいのか?」

「むしろ12月だからいいのよ。」

12月に何かあっただろうか。

感謝祭は24月だから関係ないし・・・。

戻ったらミラに聞いてみよう。

「仕方ないか。」

「そう言ってくれると思ってたわ。」

「今回は街の注文だが次回は個人的な注文なんだし、税金はまけてくれるんだよな?」

「残念ながら無理な相談ね、その分買い物してくれるなら考えてあげてもいいけど。むしろ無茶を聞いてあげるんだから割増したいぐらいよ。」

まぁ確かに無茶は聞いてくれているだろうけど・・・。

この女に恩を売るのだけはイヤなんだがなぁ。

「昼過ぎには出発する、それまでに用意してくれ。」

これ以上の交渉は無理だろう。

金貨3枚を革袋から取り出し、ナミル女史の方に滑らせると満足そうな顔でそれを受け取り、胸の谷間にしまい込んだ。

冷たくないか?と聞くのは野暮だろう。

っていうかそんな所にしまって落としても知らないからな。

「毎度ありがとうございます。」

「馬車は裏に止めてるから勝手にやってくれ。」

「じゃあお隣の彼を借りてもいいかしら。」

「お、俺!?」

「別に構わないぞ、こき使ってくれ。」

「うふふ、助かるわ。」

何故か挙動不審になるトライゾン。

やっぱりナイスバディーはお嫌いなようだ。

それとも年上がダメなのか?

ナミル女史に引きずられるようにして連れていかれる彼を一瞥して、ぬるくなった香茶に口をつける。

長い間香水の香りをかいでいたからだろうか、あのさわやかな香りを感じることは出来なかった。


「そりゃ災難だったな。」

「まったくだ、せっかくの香茶が無駄になったよ。」

「大きな声では言えないが、街長以上に権力を持っているのはあの女だ。悪い事は言わねぇ、目をつけられるようなことはしない方がいいぞ。」

昼前に注文した品を受け取りに工房へと向かった。

トライゾンが戻ってくる気配はなく、空の馬車は出て行ったままだ。

受け取ったらさっさと戻るつもりなんだが・・・。

ま、なんとかなるか。

「もう遅い。」

「そりゃ残念だ。っと、来たみたいだな。」

親方の視線の先を追うと、向こうから大きなリアカーを引いて三人の男たちがこちらに向かってきていた。

二台には銀色に輝く武器が積まれている。

「親方、持ってきました!」

「おぅそこに置け。」

「結構な量だな。」

「注文通り刃を潰した奴だ、確認するか?」

「確認するまでもないだろう、時間が無いのに悪かったな。」

「なに、見習いの練習材料に金までもらって礼を言うのはこっちの方だ。」

へへへとリアカーを引いてきた男たちが笑っている。

恐らく見習いっていうのはこの人達の事なんだろう。

「悪いが積み込みも任せていいか?」

「任せてください!」

「今度来る時なんだが、探し物も一緒にもってきてくれたら助かる。」

「探し物?」

「牙竜の翼膜を探してるんだがなかなか手に入らなくてな。ダンジョンの奥に出るってのは聞いてるんだが、手に入ったら持ってきてくれ。」

牙竜ねぇ。

聞いたことないな。

帰ってエリザに聞けばわかるだろうか。

「何かに使うのか?」

「あぁ、ちょっとな。」

守秘義務でもあるんだろう、その辺を聞く理由もない。

「手に入ったらで構わないか?」

「もちろんだ、悪いな変なこと言って。」

「聞くのはタダだ、気にしないでくれ。」

「それもそうだな。」

搬入作業を見ながら親方が笑っている。

この人とは今後もいい付き合いをしたいし、先も言ったように聞くのはタダだ。

手に入れば持ってくるし、手に入らなければ持ってこなければいい。

向こうも焦っているわけじゃないし、臨機応変で構わないだろう。

「親方終わりました!」

「おう、ご苦労さん。代金は後で持っていくからお前らはゆっくり休め。」

「ういっす!」

男たちが去っていくのを見送り、俺も馬車に乗り込む。

残るはナミル女史に頼んだ品だけだ。

っと、そうだ思い出した。

「今日は時化ないんだよな?」

「この時間なら大丈夫だろう。」

「この時期はそうなのか?」

「冬前だからな、どいつも腹ペコなんだよ。」

「冬ごもり前ってやつか。」

「人でも魔物でも動くものは何でも食う連中だ、気をつけろよ。」

なんともまぁ恐ろしい奴がいるもんだ。

どう考えても懐きそうにないので魔物なんだろう。

恐ろしい奴がいるもんだな。

「じゃあまた。」

「おぅ、またな。」

親方にお礼を言って宿に戻り、石材を積んだ馬車を呼んでくる。

そのまま街の出口へと向かうと、後ろから土煙を上げながら猛スピードで馬車が追ってきた。

「お待たせしちゃったかしら?」

「いや、今来た所だよ。」

「そう、それは良かった。」

「ん?トライゾンの姿が見えないようだが?」

「ちょっとお疲れみたいだったから宿に放り込んでおいたわ。替わりに別の冒険者を連れてきているから、安心して。」

「いや、安心してって・・・。」

勝手にうちの護衛を変更されても困るんですが、なにその『色々あったから』みたいな顔。

横の新しい冒険者もすみませんみたいな顔してるし。

俺はまぁ護衛が居てくれれば別にいいんだけどさぁ。

「ジャスティスです、よろしくお願いします。」

「シロウだ。」

「それじゃあ後、お願いねジャスティス。」

「お任せを。」

サラサラシルバーヘアーの超絶イケメンで名前がジャスティスって。

出来過ぎじゃないですかね。

俺の横にしれっと乗り込んで手綱を交代するイケメン。

もっかい言う、イケメン。

「そういや税金は?」

「卸しは少ないみたいだし、たくさん買ってくれたから今回は許してあげる。」

「おいおい、いいのかよ。貸しとか言わないよな。」

「むしろお礼、かな?」

「どういうことだ?」

「ほら、早くいかないと時化るわよ。」

っと、急がないと到着が夜中になってしまう。

ヤバイものが出てくる前にさっさと帰らなければ。

「詳しくは道中お伝えします。」

「よろしく頼む。」

その後聞いたことの顛末は驚きの内容だった。
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