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159.転売屋は獣に出会う

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ある日の事だった。

畑の様子を見に街の外に行くと、一匹の犬がいた。

隅っこの方で横たわり、こちらを見るも起き上がる様子はない。

小型犬・・・いや中型犬ぐらいはありそうな微妙な感じ。

ん?犬?

犬だよな。?

そういえばこの世界に来て犬って見たことないんだが・・・。

犬いるよな?

「あら?ハグレじゃない。」

「ハグレ?」

「人里に迷い込んだ魔獣の事よ。」

「って事はこいつは魔物なのか?」

「魔物と魔獣はちょっと違うんだけど、まぁそんな感じ。」

護衛という名の暇つぶしをしに来ていたエリザが教えてくれたのはいいが、完璧な答えではなかった。

「簡単な違いは?」

「家畜化できるかどうかよ。」

「おぉ、わかりやすい。」

「ダンジョンに巣くっていたり人を襲ったりするのが魔物。魔物の中でも調教や躾けによっては飼いならすことが出来るのが魔獣ね。」

「つまりこいつは・・・。」

「恐らくグレイウルフの子供でしょうね。」

「危険はないのか?」

「それは躾け次第でしょ。今は・・・空腹で動けないって所じゃない?」

確かにこっちを認識しているものの動く気配はない。

病気なのか死にかけなのかはわからないが、腹のあたりに肋骨が浮いている所を見ると、かなりの期間餌を食べていないようだ。

「う~む、手を出していいのかわからん。」

「飼うつもりなら助けたら?そうじゃないなら殺すわ。まぁほっといても死にそうだけど。」

「だよなぁ。」

「恩を仇で返される可能性は十分にあるんだし、ほっとく方がいいと思うけど。」

野良に餌を与えるな。

それはどの世界でも同じことだ。

飼うのならともかくその気が無いのにエサを与えて中途半端に生かすぐらいなら、この場で殺した方がそいつの為になる場合もある。

でもなぁ・・・。

昔飼ってた犬に似てるんだよなぁ。

「エリザ、マスターの所に行って肉貰ってきてくれ。干し肉じゃないぞ、生肉だ。」

「え、助けるの?」

「躾け次第でどうにかなるんだろ?畑の番犬に出来れば好都合だ。」

「そんなにうまくいくかしら。」

「やってみなきゃわからない。もし駄目な場合は、俺の責任でこいつを殺してくれ。」

「そこまで考えてるなら何も言わないわ。ちょっと待ってて。」

「おれはガキ共に離れるように言っておく。」

畑はほぼ完成しており、冬野菜も植えられている。

マジックベリーにオニオニオン、薬草も中央の別囲いの中で成長中だ。

とはいえまだ作業は続いているので、今もガキ共が畑づくりに精を出していた。

「あ、シロウだ。」

「シロウ様こんにちは。」

「畑の奥に魔獣がいるから近づくなよ。」

「え、魔獣!?」

「死にかけで害は無いが、何かあるかわからん。大人の近くにいろ。」

「え~見たーい!」

「私も見たい!」

「馬鹿言うな、何かあったらモニカに何言われるかわからないだろ。大人しくしとけ。」

「え~ケチ~。」

「シロウだけずるいよ!」

雇い主に向かっていい度胸だな。

そんなこと言う奴はおやつ抜きにしてやる。

他の作業員にも声をかけ、人払いを済ませるとエリザが戻ってきた。

「はい、お肉とお皿。」

「皿まで持ってきてくれたのか。」

「飼うつもりならいるでしょ?」

「まぁな。」

「私は井戸で水汲んで来るからちょっと待ってて。一人で行ってかみ殺されても知らないからね。」

「大人しく待ってるよ。」

一人で行くつもりだったが釘を刺されてしまった。

魔獣とはいえまだ飼いならされていないって事は魔物って事だ。

冒険者ならともかく何もできない商人は大人しくしておこう。

肉の匂いがするのか、ヒクヒクと鼻を持ち上げて匂いを嗅いでいるが、体が起き上がることは無い。

かなり弱っているんだろう。

怪我をしている可能性もある。

最悪そのまま死ぬ可能性もあるが・・・。

ほんとこういうのって人間のっていうか俺のエゴだよなぁ。

しばらくするとエリザが入れ物に水を入れて戻ってきた。

「じゃあ行くわよ。」

「あぁ。」

「少しでも変な行動したら殺すからね、わかった?」

「仕方あるまい。」

「助けたいのか殺したいのかわからない返事ねぇ。」

「助けたいがそれが叶わないのなら仕方がない。俺だってガキじゃないんだ、その辺はわきまえてるさ。」

「ならいいけど。」

ヤレヤレといった感じで肩をすくめるエリザと共にゆっくりとそいつに近づく。

一歩、二歩、三歩。

もうすぐで手が届くという所で、そいつは突然起き上がりこちらを向いた。

エリザが武器に手を伸ばすよりも先にそれを制する。

「大丈夫だ。」

「子供でも指を食いちぎる力ぐらいはあるんだからね。」

「わかってるって。」

そのままそいつの目を見て動きを止める。

うぅと小さく唸る音がする。

弱っていても魔物は魔物。

人間は敵だという認識らしい。

まぁ当然だよな。

「まぁ落ち着け、俺はお前を助けたいだけだ。」

俺の言葉を理解しているかはわからない。

だが耳が動いたところから察するに聞こえてはいるようだ。

ゆっくりと手を伸ばして肉の載った皿をそいつに近づける。

うぅぅぅとさっきよりも強く唸るのが分かった。

ここが限度か。

「エリザ、水。」

「はいはい。」

肉の横に水の入れ物を置き、その場から少し後ずさる。

そいつは俺の目を見たまま動かない。

俺も、そいつの目を見たままだ。

どれだけそうしていたかわからないが、そいつはゆっくりと立ち上がりよろよろしながら肉の皿まで近づいた。

だがそれが限界だったようで、再びその場で倒れこむ。

肉は・・・口元にあるようだ。

「食べたわね。」

「あぁ、そうみたいだ。」

「この後どうするの?」

「様子を見ながら畑の確認だ、暇なら帰ってもいいぞ。」

「水を汲んできたのは私だもの、最後までいるわよ。」

こういう所は義理堅いやつだなぁ。

そこがいいんだけども。

食事を邪魔しないようにその場から離れ、畑の方に戻った。

時々そいつの方を見ながら生育や今後の方針について話し合う。

柵を作る前に膝の高さ位の段を作ったのが良かったのか、小動物などが入り込んでいる様子はないそうだ。

近くまで魔物が来た足跡はあったようだけど、その辺りは警備もいるし問題ないだろう。

まぁ、今は実もついてないし成長してからどうなるかはわからないな。

何事も挑戦だ、最初から万事うまくいくとは思っていない。

「動きませんね。」

「そうだな。」

「個人的には懐いてもらえると色々と助かるんですけど・・・。」

「魔獣を護衛にでも使うのか?」

「そうです。魔獣がいるのといないのとでは襲撃される可能性が格段に違いますからね。酪農をする家庭には必ずと言っていいほど魔獣がいますよ。」

なるほどなぁ。

まさに番犬ってやつか。

「懐くかどうかはあいつ次第だ、俺がどうこうできる話じゃない。」

「もちろんわかっています。」

俺だって慣れてくれればいいなと思っているが、世の中そううまくいくわけもなく・・・。

その日、最後までそいつは動くことはなかったが、翌日様子を見に行くとそこに姿はなかった。

「行っちゃったね。」

「まぁ仕方がない。」

「飼いたかったんじゃないの?」

「そうしたかった半分ホッとした半分ってとこか。あの様子じゃ外に行っても無事でいられるかはわからなけどな。」

「そうね、手負いが生きていける程外は甘く無いもの。」

「さて、今日も仕事仕事っと。そろそろ準備していかないとマジでやばいから・・・。」

諦め街に戻ろうとしたその時だった。

視界の端に何やら動くモノがある。

慌ててそちらを見ると、塀の下のくぼみに奴がいた。

俺に気が付いたのか頭を上げ臭いを嗅いでいる。

「いた。」

「あ、ほんとだ。」

「エリザ。」

「お肉とお水ね、わかったから一人で行かないでよ。」

「わかってるって。」

そいつはまっすぐに俺を見ている。

昨日とは違い明らかに覇気がある。

獣の佇まいというかなんというか、『生きている』それが伝わって来た。

「なんだよ、いるならいるって言えよな。」

「ウゥ・・・。」

俺の声に返事をするようにそいつは唸った。

そのまま見つめ合う事しばし。

昨日と同じくエリザが肉を持って戻って来た。

昨日の皿にのせ、ゆっくりと近づく。

元気になったってことは俺を襲えるという事だ。

昨日以上に慎重に近づき、そいつの前に皿を置く。

「食うか?」

返事はなかった。

一瞬肉の方に気を取られたがすぐに食いつくことはせず、再び俺の方を見る。

「二回目の施しを受けるってことは野生を捨てるって事だ。俺はお前に食事を提供する、お前はここで仕事をする。魔物を寄せ付けず、追い返し、畑を守れ。それでいいのなら肉を喰え。」

「そんなこと言ったって伝わるわけ・・・。」

「いいや、伝わってる。」

こいつは賢い生き物だ。

ゆっくりとそいつに向かって腕を伸ばす。

すぐに引き戻せるように緊張しながらゆっくりとゆっくりと。

どんどんと距離が縮まり、そして届いた。

頭を触られているのにそいつは嫌がる事無くジッと、俺を見つめている。

「そうか、了承するのか。」

「ウォウ!」

一つ吠える。

「なら肉を喰え、今日からここがお前の仕事場だ。」

返事の代わりにそいつは肉を食べ始める。

後ろを見ると信じられないという顔のエリザがいた。

「名前を考えてやらなきゃな。そして、ミラたちにも紹介してやらないと。」

「私はまだ信用してないからね。」

「それはお互いにだ。ここからゆっくりと信頼していけばいい。」

こうして俺達に新しい仲間?が増えたのだった。


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