上 下
109 / 1,027

109.転売屋は冷感商品を販売する

しおりを挟む
毎日氷が届くようになり住環境は大きく改善した。

特に眠りの質はかなり良くなったと言えるだろう。

あの蒸し暑かった部屋が、ひんやりとした冷気に包まれている。

まぁ夜中には全部とけてしまうから途中から蒸し暑くなるけど、それでも無いよりかは全然マシだ。

後はサーキュレーター的な何かがあれば助かるんだが・・・。

「ミラ、魔道具はどこに行ったら手に入るんだ?」

「二つ隣の街に取り扱っているお店があったと記憶しています。」

「やっぱりそこまで行かないと駄目か。」

「便利な道具ですが高価ですし、そこまで必要な物とは思いません。」

「氷のおかげで幾分かマシになったからな。」

ミラの足元にはこの前から金タライが置かれている。

そしてそこには氷が浮かんでいた。

霜焼けにならないのだろうか。

日中に半分使用し、残りを冷蔵用の魔道具・・・まぁ冷蔵庫的な奴に入れておけば夜までもつ。

冷蔵庫、湯沸かし器があるんだから扇風機があってもいいんじゃないだろうか。

いらない?

俺は欲しいんだけどなぁ。

「ちなみにいくらぐらいするんだ?」

「小型の物でも金貨1枚はすると思います。」

「そりゃ高すぎだ。」

「風を起こすだけでその金額です、それなら風魔法を使う方が安上がりですよ。」

「一晩風を起こすだけで人を雇うとか、どんな金持ちだよ。」

「貴族の中には専属の魔術師を雇用しているところもあるそうです。」

その為だけに魔術師を雇うのか。

俺には絶対に無理だな。

「俺には縁がない事が良く分かった。当分はこのままで行こう。」

「後二カ月の辛抱です。9月になれば涼しくなるでしょう。」

「長いよなぁ。」

元の世界の倍夏が続く。

もう少し涼しければ我慢できるが、まだまだ涼しくなりそうもない。

扇風機が無いのならせめて冷感パット的なものが欲しいよな。

冷え〇た的な冷たく感じる何かがあるだけでも違うんだが・・・。

「ご主人様、頼まれていた薬が出来上がりました。」

「お、早かったな。」

「素材が早く集まりましたので。」

ミラと話していると上からアネットが下りてきた。

手には頼んでおいた薬が握られている。

「後は秋までに量産できれば完璧だ、引き続き片手間でいいから続けてくれ。」

「わかりました。素材が集まり次第作製し続けます。」

よしよし、これで秋の花粉には対処できそうだな。

春にあれだけ患者が出たんだ、秋にも同じぐらいの患者が出てもおかしくない。

他に薬師が居ない以上アネットが独占することになる。

春ほど難しい素材も無いので、ぼろ儲けできるだろう。

笑いが止まりませんなぁ。

って。

「何つけているんだ?」

アネットのおでこに茶色い何かが貼り付いている。

まるで俺の求めていた冷たく感じるあれのような見た目だが・・・。

「熱を逃がす張り薬をちょっと。」

「つけると冷たく感じるやつか?」

「これは感じるのではなく実際に冷たくしますよ。」

マジか!

俺の求めていた物がまさか目の前にあるなんて、信じられない。

「それはすごいな、是非一枚、いや三枚ぐらいくれ。」

「それは構いませんがあまり貼りすぎるのはお勧めしません。」

「何故だ?」

「体内の微弱な魔力を吸収して、それを冷気に変換しているんです。あまり貼りすぎると魔力不足で全身がだるくなってしまいます。」

「そ、それは中々危ないな。」

「魔術師でしたら大丈夫だと思いますが、ご主人様は難しいですね。」

「むぅ、涼しくなれると思ったんだが・・・。仕方ない。」

仕方ないが、これは使えるんじゃないか?

「これはありふれた物なのか?」

「そうですね、素材さえあれば比較的簡単に作れます。後は蒸留水を用意するのが面倒なぐらいでしょうか。」

「何を使うんだ?」

「アイスタートルの甲羅を粉末にして蒸留水に溶き、ゼラチンで固めるだけです。不純物が多いと効果が上手く出ないので、貼り付ける紙も出来れば上質なものがいいでしょう。」

「アイスタートルの甲羅か。」

「それでしたら倉庫にいくつか在庫がありますが、量は心もとないですね。」

横で話を聞いていたミラがすかさず在庫数を報告してくれる。

短時間で俺の欲しい答えを出してくれるんだからすごいよなぁ。

とりあえず、量産は出来ないと。

あれだな、俺が使うなら効果が出ない方がいいんだろうな。

「とりあえず店の在庫を使って全員分作ってくれるか?俺とエリザは普通の紙を使ってくれ。」

「ミラ様はある程度魔力をお持ちでしたね。」

「何に使うわけでもありませんが。」

「いいじゃないか、無いよりも。」

「そうですね、おかげで涼しくなれそうです。」

魔力の無い俺とエリザは品質を落とし、魔力のあるミラとアネットは上質な奴を使う。

どちらにしろ涼しくなれるのであれば問題ない。

「で、俺はいつものようにギルドへ行ってくる。」

「取引所にも依頼を出しますか?」

「いや、まずはギルドだ。量が少なければ考えよう。」

「畏まりました。」

「戻るまでにどのぐらいの需要があるか過去の履歴を探っておいてくれ。」

外に出るのは億劫だが、これも涼しくなるためだ。

時には耐えることも必要だな。

ギルドで話を聞くと、アイスタートルの甲羅は比較的簡単に集められるそうだ。

だが一般人でも加工が出来るためこの時期は需要が多く、買い取り金額は高めに設定されているらしい。

幸い固定買取の対象では無いようだが、これで利益を出すのは正直難しいかもしれない。

後はミラに頼んだ需要次第って所だろう。

良い感じの利益が出るかもと期待したが、まぁそうなるよな。

素人が作るよりも薬師が作った方が効果は強いのでそっちで売る手もあるが・・・。

これといったネタがない現状を考えれば儲かるのであればそれでいいかもしれない。

「また必要になったら連絡する。」

「薬師様の貼り薬は効果が高いですからね、ギルドでも買取してますので是非。」

「ちなみにいくらだ?」

「一枚銅貨15枚です。」

「安いな。」

「元が元ですから。でも他が銅貨5枚で売られている事を考えるとものすごく高いんですよ。」

確かに高い。

イメージとしては一枚1500円もする。

どこの金持ちが使うんだよってレベルだが、それで丸一日涼しいのであれば決して無駄ではないのかもしれない。

ギルドでの買い取り価格がそれならば、自分で販売するともう少し高いかもしれないな。

ニアにお礼を言って店に戻ると取引履歴をひっくり返していたミラと目が合った。

「どうだ?」

「ものすごい高値というわけではありませんね、一枚銅貨20枚、高くて25枚でした。この暑さから需要は望めますので決して損は出ないと思います。そちらはいかがでしたか?」

「需要が多いからまとまった数を手配するのは難しそうだ。だが、一個でそれなりの数を作れるからそんなに数は必要ないかもしれない。」

「アネットさんによると甲羅一つで100枚作れるそうです。素人でも粉末に出来るそうなので我々が空き時間に砕けば数を作れそうですね。」

「甲羅一つで銀貨20枚。買い取り価格が銀貨5枚だから一個で銀貨15枚の利益か。100個買い取ってやっとって感じだな。」

「シロウ様が稼ぎ過ぎなのです。一般的に考えて短期間でそれだけ儲けることが出来れば十分かと思われます。」

確かにそうだ。

甲羅を100個買い取ったとして利益が金貨15枚。

一泊銀貨1枚の三日月亭に1500日泊まれることになる。

素人でも作れる難易度でそれだけ儲ければ上々だろう。

「アネットは?」

「シロウ様が大量に作ることを想定して蒸留水の生成に入られました。私は急ぎ貼り付ける用の台紙を手配しに行くつもりです、店番をお願い出来ますでしょうか。」

「アテがあるのか?」

「母の知り合いが製紙問屋でして、お願いすればそれなりに安く仕入れることが出来ると思います。」

「そうか、紙代も必要だな。」

蒸留水もタダではない。

ゼラチンの原料になるスライムトローチはかなりの量があるので問題ないが、それも原価に乗せることを考えると利益はどんどんと減ってくる。

うーむ、買取を下げられれば利益も増えるが・・・。

ここはあれだな、イライザさんの力を借りるか。

「外は暑いぞ、日傘を忘れるなよ。」

「行って参ります。」

ドア横に立てかけてあった日傘を持ち、ミラが店を出ていく。

上からはアネットがどたばたと走り回る音がする。

そんじゃま、俺も何か案を考えるとしますか。

ペンと紙を取り出して原価を計算し、幾つかの案を考えてそこから生まれる利益をはじき出す。

食事券、買い取りアップクーポン、抱き合わせ。

八月って何かイベントあったっけな。

そんなことを考えているとあっという間に時間が過ぎ、夕日が店に差し込んできた。

「ただいま戻りました。」

「おつかれさん、どうだった?」

「台紙の手配は出来ました。古い紙ですが物は悪くありませんし甲羅100個分で金貨2枚で譲ってくれるそうです。」

「いい感じだな。これで一つ当りの原価が銅貨7枚だ。20枚で売れれば銅貨13枚の儲けになる。」

「一万枚分ですから凡そ金貨13枚ですね。」

「悪くない儲けだな。」

「はい、中々の収入かと。」

八月の終わりまでこれといった仕込みは無かったので良い感じの収入と言えるだろう。

「問題はそれだけの数を俺達で作れるかだな。」

「アネットさんによると台紙と蒸留水があれば私達でも同等の効果を得られるそうですから、皆で分担すればそんなに時間はかからないと思われます。」

「砕き、混ぜ、塗り、乾かす。四人で分担して一分で一枚作るとして半日働いても14日、いや15日はかかる。流石にこれにつきっきりってわけにもいかないから倍かかるとして工期は30日。こう考えると微妙な感じだな。」

「別に我々が動く必要はありません。銀貨1枚で人を雇い、15日で終わらせれば費用は銀貨60枚。十分採算が取れます。」

「結局金貨10枚ぐらいの利益で収まるんだろうな。」

「それでいいじゃありませんか。何もせず金貨10枚儲かるんですから。」

確かにそうだな。

自分たちでやればめんどくさいが、人を雇えば苦労はない。

加えて雇用を作ったと喜ばれるだろう。

簡単な仕事なら孤児院のガキ共にやらせてみてもいい。

彼らの働き口が出来ればモニカも喜ぶはずだ。

なるほどな、金を稼ぐのは決して自分の為だけというわけじゃないのか。

冒険者も儲かる。

住民も儲かる。

何より俺が儲かる。

使用者はこの暑さをしのぐことが出来快適さを得る。

誰も損をしないわけだな。

「そうだな。じゃあやるか。」

「はい、頑張りましょう。」

「ほんじゃま、とりあえずアネットの様子を見てくる。さっきの感じだとまた休まず動いてそうだからな。」

「その間に夕食の準備をしておきましょう。そろそろエリザ様も戻って・・・。」

「たっだいまー!」

ほら、早速帰ってきた。

丁度いい、台紙をしまう為に倉庫を整理してもらうとしよう。

「お帰り、手空いてるよな?飯の前にもうひと頑張りだ。」

「え~!!」

エリザの悲鳴が夕空に響く。

ぶーたれるエリザを宥めながら閉店の札をドアにかけた。

明日から忙しくなるぞ。

さぁ金儲けだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...