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72.転売屋は懇親会で絡まれる

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長々と知らない奴らから挨拶をされたが、その半分も覚えることは出来なかった。

いや、覚える気が更々無かったというのもあるが・・・。

最後の男がミラの谷間をチラ見して去って行ってから、俺は大きく息を吐いた。

「大丈夫か?」

「おおよその方は把握しました。名刺を持参していただいた方もいましたので、かえって記録しておきます。」

「あの人数をよく覚えられるな。」

「人の顔と名前を覚えるのは得意なんです。」

「それで俺も覚えていたんだな。」

「母を迎えに行ったときに一度横に立ったことも有るんですよ?」

「マジか、全然しらなかった。」

おばちゃんの所にもよく客が来ていたからな、その中の一人だと思っていた。

というか、興味が無かったから見ていなかったのかもしれない。

あの頃はほら、エリザの体を堪能していたから他の女に目が行かなかったんだよ。

そうじゃなかったらミラのような好みの女、見ないはずがない。

「皆さん長らくお待たせいたしました。これより懇親会を開催いたします。と言いましても、今日は初めて顔を合わせる方も多いでしょう。無礼講でお楽しみいただければと思います。それではアナスタシア様より開会のご挨拶を頂戴します。」

まるで俺達への挨拶が終わるのを待っていたかのように司会者がアナウンスを始めた。

待っていたかのようにではなく待っていたんだろう。

その証拠にアナスタシアと呼ばれたその人の顔はひどくめんどくさそうだった。

「皆さまごきげんよう、いつもこの街の為に尽力してくださり感謝の言葉もありません。副長に変わりこのアナスタシアがお礼申し上げます。今日この場に集って頂いたのは今を掛ける新進気鋭の若者ばかり。これからのこの街を担うであろう皆様に私達は大きな期待を寄せております。この街の益々の発展の為にも身を粉にして働きなさい。以上です。」

「アナスタシア様有難うございました。」

身を粉にして働きなさいねぇ。

随分と上から目線だこと。

その偉そうな女が今回のメインターゲットっていうね。

だが幸いにもそのターゲットはミラの方をしっかりと見てくれていた。

あの感じだと向こうから勝手にコンタクトを取ってくるだろう。

なんせ俺は今日の主賓らしいから、挨拶に来ないはずが無いんだよな。

割れんばかりの拍手に送られながらも壇上から降りまためんどくさそうな顔に戻る奥様。

再び司会者が壇上に上がり話を始める。

「アナスタシア様のお話にもありましたように、今日お集まりいただいたのはこの街の未来を担う素晴らしい方々でございます。多種多様な業種の中で輝かしい売上を残した皆様を代表しまして、本日の主賓でありますシロウ様より一言お言葉を頂戴したいのですが・・・。」

はぁ?

今なんて言った?

俺は慌てて後ろを振り返り羊男の方を睨みつける。

だが奴はぺこぺこと頭を下げるばかりでフォローに入ることは無かった。

まじかよ、俺が前に出て話すのか?

信じられない。

ミラの方を見るもミラはニコニコと笑うだけだ。

それはあれか?

存分に場を荒らして来いという事か?

「どうなってもしらないぞ?」

「シロウ様の思うままにお話すればよろしいのではないですか?」

「じゃあ帰りたいでいいかな。」

「それはさすがに。」

思うままに話せと言ったじゃないか。

そんなことしている間にも全員の視線が今度こそ俺に向けられている。

逃げることは出来なさそうだ。

ヤレヤレ、と一歩踏み出そうとした次の瞬間。

「ちょっと待てよ、どうして買取屋風情が主賓なんだ?俺は納得してないからな!」

と、場の空気を一切読まない馬鹿男が大声を上げながら壇上に飛び乗った。

突然の事に司会者は目を丸くし後ろに下がってしまう。

奥様はというと、興味なさそうに欠伸をしていた。

「おい、聞いてんのか!」

「エンペル様、それに関しては先ほど・・・。」

「あいつに聞いてるんだよ!おい、お前だ!」

壇上から指を差され手も困るんだが。

まぁいい、喋りたいのであれば喋らせてやるとしよう。

「どうやら彼が代表して話をしたいようだ、彼に譲るよ。」

「な、てめぇ逃げるのか!」

「で、ではエンペル様一言宜しくお願い致します。」

切り替えの早い司会者で助かった。

全員の視線が自分に向いたことで敵意を薄めるとは、案外胆の小さい男なのかもしれない。

「奴隷業をしているエンペルだ。今後この街の奴隷の半分は俺の店が取り扱う事になるだろう。コネだの縁だの古臭いやり方をしている奴もいるが、いい奴隷が欲しければ俺の所に金を持ってこい。金さえ出せばどんな奴隷でも望みのままだ。いいか、わかったな!」

それは挨拶というんだろうか。

まるでジャイアンリサイタルのような一方的な挨拶に鼻息を荒くする馬鹿男。

もちろん誰一人として拍手をする人はいなかった。

だが本人は満足そうにそのまま壇上を下りていく。

残された司会者がどうやって場を纏めようか必死に考えている様子に思わず笑ってしまいそうになった。

だがどうやらそれが良くなかったようだ。

「てめぇ!何笑ってやがる!」

馬鹿男が自分が笑われたと勝手に誤解してこちらに近づいてくるではないか。

あーやだやだ、めんどくさい。

「別にアンタに笑ったんじゃない。後ろにいる司会者に笑っただけだ、段取りが変わって大変そうだったからな。」

「俺のせいだっていいたいのか?」

「そんなことは一言も言っていないが、随分と思い込みが激しいようだな。素晴らしい挨拶じゃないか、今後この街の奴隷の半分は君の所で扱うらしいが私は残った半分から奴隷を買う事にしよう。生憎金を持ち合わせていなくてね。」

「お前ふざけるなよ!さっき確認したらやはり稼ぎの多い順に呼ばれたそうじゃないか、俺よりも稼いでいるなんて信じないからな!」

「信じる信じないも選んだのはギルド協会だ。公平のエンブレムに誓って嘘は言わないだろう。」

彼らが嘘を言う事はない、と信じている。

俺だって主賓になりたくてなったんじゃない。

偶々稼ぎが多かっただけの話だ。

「エンペル様のご指摘の件ですが、シロウ様の稼ぎは金貨240枚、エンペル様の稼ぎは金貨320枚。枚数としてはエンペル様の方が多いですが、シロウ様はエンペル様の半分の期間でこの金額を稼ぎ出しております。また、先日の聖布の件も含め街に多大な貢献をして頂いた功績からこの度主賓として出席いただきました。決して言いがかりや嘘ではない事を私シープが保証いたします。」

流石に見過ごすことは出来なかったんだろう。

離れた所で様子を見ていた羊男がやっと登場してくれた。

流石にこの男も羊男には逆らえないようで、顔を真っ赤にして俺を睨みつけてきた。

「半分の期間でだって?」

「つまりは同じ期間稼げばその倍は稼いでいるわけだろ?」

「圧倒的じゃないか。」

「しかもこの街に来たのはつい最近で、縁もゆかりもないらしい。」

「そういえば前に貴族とやり合っているのを見たことがあるな。」

「あぁ、リング氏だろ。今は王族と結婚して王家の一員らしいじゃないか。」

「あの人が後ろにいるっていう噂もある。一体何をどうしたらそんなコネが作れるんだ?」

話を聞いていた周りの連中がザワザワと俺の噂を話し始めた。

金額で言えば俺の方が少ないが、期間集計で俺の方が多いという形になったみたいだな。

なるほど、そんなに稼いでいたのか。

ま、これからもっと稼がせてもらうつもりなんだが・・・。

その相手がこっちに興味を示してくれないんだよね。

その代わりにこの馬鹿男が絡んできて・・・。

あぁ、めんどくさい。

「うるせぇ!現実的には俺の方が稼いでいるじゃねぇか!」

「ですから街への貢献度からこういう判断となりました。アナスタシア様も申しましたように、いかにこの街に貢献できるかが皆さんに期待されている所でございます。稼ぐことももちろん重要ですが、それ以外の点も我々は評価しているそうご理解ください。」

そういえば兵士長の不正を暴いたのも貢献の一部らしいな。

もしかしたらホルトが街を出たことも関係しているのかもしれない。

あれに関しては俺は直接関与していないんだけどなぁ・・・。

「貢献度だぁ!?つまりは金を落とせばいいってことだろ?そうだよなぁ!」

あろうことか馬鹿男は後ろを振り返り奥様の方を睨みつけた。

流石の奥様もそれには反応したようで、軽くこちらへ目線を向けた。

今がチャンスだ。

俺はミラの腰を抱き、彼女の方へ体を向ける。

それと同時に胸元のネックレスが大きく揺れるのが横目に見えた。

シャンデリアの照明に照らされて、さぞ綺麗に光った事だろう。

俺は彼女の目が見開かれたのを見逃さなかった。

「貢献度は金を落とす事、確かにそれはありますが・・・。」

先程までだんまりだった奥様がこちらに向かってやってくる。

ずんずんと歩みを進め、馬鹿男の前を通り過ぎ、そして俺達の前にやって来た。

「やはりどれだけ私達のために働けるかが重要ですわね。」

「つまり俺はその基準を満たしたという認識で良いのでしょうか?」

「えぇ、そういう事です。横の女性は貴方の奥様?」

「いや、彼の言う古臭い奴隷商からとある縁で買い付けた俺の奴隷だ。」

「奴隷なのにそんなにも綺麗な服を着せ、宝石を身に着けさせているの?」

「自分の女だからこそ、こういう場にふさわしい恰好をさせたまでだ。それに、これだけの女を隠しておくのはもったいないからな。」

俺と会話をしているようでその目はミラの首元そして耳元を交互に見ている。

エサは喰いついた。

後はどう料理するかだが・・・。

「そんな女、俺の女に比べたら勝負にならなねぇな!いい男にはいい女が不可欠だが、その程度の女で満足するなんざお前もその程度ってことなんだよ!」

と、空気を読まない馬鹿男が無理矢理割って入ってきた。

だからお前は黙ってろと・・・。

俺と奥さま二人の視線を感じてもバカは止まらなかった。
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