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71.転売屋は懇親会に行く

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「じゃあ行ってくる。」

「行って参ります。」

「いってらっしゃい、お土産宜しく。」

「いや、土産って何持って帰るんだよ。」

「美味しいお酒とか?」

「ボトルで持って帰って来いって?馬鹿言うな。」

「ぶーぶー。」

自分だけ留守番なのが不満なようだがその為にアレを渡したんだがなぁ。

「そのイヤリング返して貰ってもいいんだぞ?」

「ヤダ!」

「なら我慢してくれ、俺達にとっての大一番なんだから応援してもらわないと困るぞ。」

「わかったわよ。頑張って売りつけて来てよね。」

「おぅ、任せとけ。」

エリザの耳には先日注文しておいた涙貝の雫で作ったイヤリングが輝いている。

ルティエが加工した自信作。

月の形に若干加工したそれは本当の月のような色をしていた。

この出来なら間違いなく売れる。

その自信はある。

後は、導火線に火をつけるだけ。

その人物に売り込めるかがカギだ。

懇親会なんてそのオマケでしかない。

「歩きにくくないか?」

「大丈夫です。でもいいのでしょうか、奴隷の私がこんなにも素敵なドレスを頂いてしまって。」

「言っただろ、今日のミラはモデルだ。そのネックレスとピアスを引き立たせる為のな。」

「そしてシロウ様を支えるよき奴隷、ですね。」

「そういうことだ。馬車はそこに来てる、会場では歩かないだろうから頑張ってくれ。」

ドレスに合わせたヒールの高い靴のせいで若干歩きにくそうだが、問題ないだろう。

女という生き物はよくもまぁこんな歩きづらい靴を履けるよな。

店の前には仰々しい馬車が停車しており、その前では羊男がにこやかな笑顔を浮かべて立っていた。

「お迎えに上がりましたシロウ様。」

「わざわざ悪いな。」

「ミラ様もお美しい、妻にも勝るとも劣りませんね。」

「光栄です。」

「うちの奴隷を口説くなよ。」

「口説くだなんてとんでもない、私は妻一筋です。」

「そりゃなによりだ。さっさと行こうじゃないか。」

バカでかい馬車用意しやがって、通りの人が何事かとこちらを見てくる。

なにより他の男がミラを見て歓声を上げているのが気に食わない。

優越感よりも嫉妬が先に出てくるとは、俺もまだまだ未熟だなぁ。

「ミラ様お先にどうぞ。」

「でも・・・。」

「レディーファーストてやつだ。」

「かしこまりました。」

ミラが乗り込みそれを追いかけるように俺も馬車に乗る。

甘い花のような香りがふわっと顔を包んだ。

「香水か?」

「華やかな場という事でしたのでその方がよろしいかと。いけませんでしたか?」

「いや、いい香りだ。」

「ありがとうございます。」

ざっくりと背中の空いた濃紺のドレス。

胸元も大きく開かれ、谷間が良く見える。

その中心に輝くのはあのネックレスだ。

髪もアップにしており、うなじと耳が良く見える。

その耳に輝く二粒の雫もエリザに渡したのと同じルティエ製のイヤリングだ。

白い肌にどちらも良く似合う。

こういう服も似合うとは、さすが俺の女!

と普段考えないことまで考えてしまった。

「では出発します。」

運転席側に回った羊男が小窓からこちらを望んで声をかけた。

さぁ、商談会もとい懇親会の始まりだ。

どこの誰が来るかは知らないが、せいぜい楽しませてもらおうじゃないか。

馬車は商店街を抜け、大通りを北上する。

普段はいくことのない貴族達のエリアを抜けるとその先にあるのは街長の館。

おや、街長は来ないっていったけどまさかそこに行くのか?

と思ったら途中で道をそれ、何やら大きな建物の前で止まった。

「どうやらついたようだな。」

「みたいですね。」

公会堂。

そんな感じの建物のように見える。

夕闇に輝くその建物はまるで別世界の建物のようにも見える。

いや、別世界なんだけども・・・。

まずいな変な事ばかり考えてしまう。

場に飲まれず冷静に。

一応懇親会という名目だが俺達にとってはルティエのアクセサリーを売り込む場なんだから。

「どうぞ足元にお気を付けください。」

扉が開き再び羊男が現れた。

先に降り、ミラの手を取って誘導する。

降りた先はまさかのレッドカーペットが引いてあった。

それが建物の入り口までまっすぐ続いている。

アカデミー賞じゃないんだからさ。

レッドカーペットなんて生れてはじめてなんですけど。

「さぁ行きましょう、みなさんシロウ様の到着を首を長くしてお待ちですよ。」

「俺は待ち遠しくないんだがなぁ。」

「まぁまぁそう言わないで。」

心なしか羊男のテンションも高い。

そうしないといけない相手がいるのか、はたまた場に飲まれているのか。

いや、この男の事だ恐らくは前者だろう。

副長の奥さんが来てるんだっけ?

面倒な人じゃないといいけど。

誘導されるがまま道を進み、大きな扉の前に立つ。

そこで大きく深呼吸をした。

飲まれるな。

飲み込め。

場を支配しろ。

そう自分に言い聞かせる。

羊男が大きな扉に両手を掛けた。

そして勢いよく開く。

「お待たせいたしました!シロウ様ご到着です。」

バンと大きな音を立てて開かれた扉。

最初に目に飛び込んできたのは巨大なシャンデリアだ。

煌びやかなそれが、これまた煌びやかに飾られた部屋を照らしている。

そのまま目線を下ろすとそこにいたのは人、人、人。

おい、聞いてないぞこんなに来ているなんて。

いつもならそう文句の一つも言ってやるのだが流石の俺もそうすることは出来なかった。

完全に場に飲まれた。

支配する?

冗談じゃない、規模が違いすぎる。

というかどう考えても場違いだろう。

「さぁ、シロウ様どうぞ。」

羊男の声でハッと我に返る。

どうやら呼吸すら忘れていたようで慌てて息を吐いた。

横にいたミラも同じようで手を引いてやると驚いた顔で俺を見てきた。

だが、すぐに余所行き顔に変わる。

女ってすごいなぁ。

沢山の拍手に迎えられ煌びやかな懇親会会場へと足を踏み入れる。

誰もが俺を見ている。

いや、違うわ全員俺の隣を見ている。

ミラだ。

ミラがこの場にいる全員の視線を釘づけにしている。

まずは作戦成功って所か。

「ご歓談の所申し訳ありません。改めましてご紹介させて頂きます、今この街で一番勢いのある商人と言えば、もうお判りでしょう。買取屋という奇抜な職業でありながら見事に相場を読み一財を築き上げたシロウ様、そしてそのお連れであるミラ様です。」

まるでエンターテイナーだな。

紹介を受け割れんばかりの拍手に迎えられたわけだが、さっきまでの緊張はどこへやら冷や水を掛けられたかのように冷静になっていた。

その代わりに皆の視線を一身に受けることになったミラはガチガチで、俺の手を痛いぐらいに握りしめている。

その手を強く握り返してやると、ハッと我に返ったのかその力を緩めた。

「これにて本日の来賓がすべてそろったことになります。懇親会の開始まで今しばらくご歓談をお楽しみください。」

司会者らしき人物が頭を下げると同時にザワザワとした雰囲気が戻ってきた。

しっかし、マイクもつかわずよくあれだけ声を通せるよな。

「通話魔法を使っているんだと思います。」

「そんなのがあるのか。」

「広い場所で話をするときなどに使われるそうです。」

「便利な魔法があるもんだな。」

「シロウ様有難うございました。」

「何がだ?」

「先ほど手を握ってくださって。」

「礼を言うのは俺の方だ、おかげで俺も正気に戻れた。」

お互いが互いを支え合ってこそ今がある。

ここは戦場だ、少しも気を緩めてはいけない。

さてっと、メインターゲットはどこにいるのかな?

キョロキョロするわけにもいかないので話をするフリをしながら辺りを見渡す。

この場にいるのはおおよそ50人ぐらい。

男女同伴の人もいれば、複数人の使用人らしき人を連れている人もいる。

その誰もに共通しているのは年齢が若い事。

なるほど、新進気鋭の人材を集めたっていうだけあって若手の身の集まりなのか。

まぁ、見た目はこれだが中身はオッサンだからな。

若手と言われると違和感あるけれども・・・。

「やっと主賓の到着か、待ちくたびれたぞ。」

と、いきなり俺に近づいてきては馴れ馴れしく話し始めるバカが一人。

偉そうな口ぶりで俺を見下ろしてきた。

随分背の高い奴だな。

「時間通りに来ただけだ、文句はギルド協会に言ってくれ。」

「どれだけ稼いだか知らないが、買取屋風情がいい気になるなよ。この街で一番稼いでいるのはこの俺様なんだからな。」

「別にいい気になんてなってないさ。主賓と決めたのは向こうで俺はただ呼ばれただけだ。稼ぎで決めているなんてのは初耳だね。」

「マジで言ってんのか?」

「名前も知らない奴に嘘言ってどうするよ、言っただろ文句はギルド協会に言ってくれ。そこにシープさんがいるだろ。」

俺の目くばせに気が付いたのか何やらスタッフらしき人物と話していた羊男が慌ててこちらに走ってきた。

「シロウ様いかがされました?」

「俺が主賓なのが気に食わないそうだ。」

「それは大変申し訳ありませんでした。エンペル様、どうぞこちらへお願い致します。他の方の目もありますので。」

「んだよ、良い所なんだから邪魔するなよな。」

「まぁまぁそう言わず・・・。」

「シロウとか言ったな!良い女を連れてるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!俺の女の方が何倍も仕事が出来るんだからな!」

あぁそうかい。

まったく、こういう事があるからこういう場には来たくなかったんだ。

背が高いからってミラの谷間を覗き込みやがって。

見世物じゃないんだぞ。

羊男に連れられて馬鹿が隅の方に誘導されていく。

その騒ぎを横目で見ていた何人かが今度は自分の番だとこちらに近づいてくるのが見えた。

「ミラ、何なら後ろに下がっていてもいいんだぞ。」

「いいえ、大丈夫です。シロウ様を補佐するのが私の仕事ですので。」

「あぁ、早く帰りたい。」

「やぁ初めまして、私は・・・。」

ミラの美貌に引き寄せられた虫共が勝手に挨拶を始める。

さっさと本来の目的を果たしたい所だが・・・。

どうもそういうわけにはいかなさそうだな。
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