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55.転売屋は洗剤を売る

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快晴。

快晴の快晴。

快晴の快晴の快晴。

まさに洗濯日和。

今日洗濯せずしていつ洗濯すると言わんばかりの雲一つない快晴。

それだけじゃない。

空気は乾燥しており、適度な風が吹いている。

いやー、気持ちがいいねぇ。

服にシーツだけじゃなく毛布やマットまで日向に置いておきたい。

そんな陽気だ。

だが現実はそれを許さない。

目の前に待ち構えるはそこらの冒険者より凶暴で、ダンジョンの中にいる魔物よりも危険な存在。

「ちょっと!次は私の番よ!」

「何言ってるの私よ!」

「貴女達喧嘩するなら他所でやって!ほら、お兄さんさっさと頂戴!」

俺の目の前にいるのは。

女女女。

女ばかりだ。

うらやましい?

じゃあ代わってやろうか?

そんな弱音を吐きたくなるような光景が日の出前から続いている。

「はい、次の人銅貨10枚ですね、ではこちらをどうぞ。」

「さぁ頑張るわよ!」

「はい、次の人銅貨10枚ですね、ではこちらをどうぞ。」

「まだまだ終わらないわよ!」

「はい、次の人銅貨10・・・20枚貰っても一つのみです。ではこちらをどうぞ。」

店の前に並んでいるのは買取客ではない。

どこにでもいる普通の主婦ばかりだ。

皆のお目当ては例のブツ。

洗濯日和には欠かせない洗濯洗剤だ。

「ご主人様、次の桶をお願いします。」

「ほいきた。」

「あ!エリザ様、容器をご主人様に。」

「まっかせといて。」

俺が今まで買い付けてきたトレントの樹液。

それを水で薄めてのりを少量混ぜればあっという間に洗濯洗剤の完成だ。

今日はそれを10樽分用意しておいた。

売場はミラに任せて新しい桶を取りに行く。

ふぅ、圧が半端ないな。

「これ、計量容器。」

「おっと忘れてた。」

新しい樽に計量容器で計った適量の水を加えて、最後にのりを一回し。

それに腕を突っ込んで、底の方からぐるぐる回せば・・・これでよしっと。

これで洗濯洗剤の完成だ。

腕を引き抜くと、洗剤が腕にべっとりとこびりついていた。

本当は洗い流したいがどうせすぐこれに腕を突っ込むことになる。

そのままでいいか。

「すっごい人ね、驚いちゃった。」

「この街で一番安い店だからな、当然の結果だ。」

「普段は気にもしないような素材がこんな高値で売れるなんて今でも信じられないわ。」

「一年間でこの一週間しか売れない素材だから仕方ないだろうな。個人でやるには利益も出ないし。」

俺みたいに先を見越して大量に仕入れて置かなかったらこんなやり方は出来ないだろう。

普段は少量ずつしか出回らない品だし、こんな大量に消費するのも一年でこの一週間だけ。

その為だけに金にもならない樹液を集めるモノ好きはいないさ。

この街には年に一度、一週間雨の降らない不思議な時期がある。

過去の取引板からその時期を割り出し、俺達は準備を進めていた。

驚いたことにこの世界にも天気予報が存在するのだ。

空気中の魔力濃度から一週間ほどの天候は把握できるらしい。

もちろん突発的な雨は予想できないが、山もないこの地形では通り雨はあんまりないんだよな。

「シロウ様お早く!」

「まってろ!」

おっと、無駄口を叩いている暇は無かった。

店の前に作った臨時の販売所には殺気立った奥様方が詰めかけているんだ。

早くいってやらないと暴動が起きるぞ。

「私が持っていくわ。」

「それじゃ宜しく。」

大量の洗剤が詰まった樽は結構重い。

よろよろと運ぶ俺と違ってエリザは軽々とそれを持って行ってしまった。

「ふぅ・・・。」

空を見上げ大きく息を吐く。

まだ昼にもなっていない。

戦いはまだまだ続くだろう。

「もう少し仕入れておけばよかったか。」

取引板の履歴を見る限りではここまでの騒動になる事は予想できなかった。

普段銅貨3枚程度で取引されている素材が、この時期だけ銅貨10枚前後で取引されている。

その事実に気が付いたのはミラだった。

かなりの件数が短い期間に集中して取引されている事に気づき、またその時期に洗濯が行われている事を思い出してくれたおかげだ。

この世界に来たばかりの俺にはその辺の知識が無いから助かるよな。

それに洗濯洗剤が金になるなんて考えもしなかった。

相場スキルをもってしてもそれに気づくことは出来ないだろう。

あくまでも直近の販売価格と履歴を見るしかできない。

長年の記録はやっぱり目で確認しないとな。

「シロウちょっとー!」

「はいよ、すぐ行く。」

そんなことを考えてると表からエリザの切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。

ったく、なんだよ。

エリザに呼ばれて店に行くと・・・。

「なんだこれ。」

「いいから早く何とかして!」

「何とかって言われてもなぁ。」

俺がここを離れたのは数分前。

にもかかわらず何でこの短時間でこんなに客が増えてるんだよ。

列は大通りを曲がり遥か先にまで続いている。

騒ぎを聞きつけたのか警備隊まで出て来ているようだ。

まずいな、このままじゃ文句を言われかねん。

どうする?

どうするっていうか、こうするしかないよな。

「エリザ、裏から樽持ってこい。」

「う、うん。」

「分量はわかるよな?店の中でいいからそこでジャンジャン作れ。」

何か言いたげな目をしたエリザを無視して、俺はミラの横に割り込みギラギラと眼を輝かせる昔麗しかった奥様を手招きした。

「次の人、銅貨10枚だ。毎度あり、落とさないようにな。」

「ふぅ、やっと買えたよ。」

「待たせて申し訳ない。」

「いいさ、明日もやるんだろ?」

「残ってたらな。」

奥様の持ってきた容器に洗剤を流しいれ、次の奥様を呼ぶ。

「次の人、銅貨10枚だ。毎度あり、こぼさないように。」

ミラ一人では捌ききれなくても二人でやればなんとかなる。

裏ではエリザが不思議な声を上げているが気にしている暇はない。

それから何時間たっただろうか。

太陽が真上を通り過ぎ、少し傾きだした頃最後の客が帰っていった。

「何とか乗り切ったな。」

「シロウ様有難うございました。」

二人で目を合わせ笑い合う。

こんなに混むとは予想できなかったんだ、致し方ない。

俺はこの店の店主だ。

俺が販売しない理由はないだろう。

「いや、あの量は仕方ない。それに警備に目を付けられるわけには・・・。」

ミラをねぎらっていると視界の端に誰かが近づいてくるのが見えた。

そこにいたのは重厚な鎧を身に着けた二人の兵士。

そのうちの一人が俺に近づいてくる。

「お前がここの責任者か?」

「そうだ。」

「幸いにも苦情は出ていないが次に同じような事をすると出店を停止させるからな。」

いかにも偉いんだぞ!と言わんばかりの話し方に思わずカチンと来そうになったが、そこは大人の対応でぐっとこらえる。

面倒ごとはごめんだからな。

「それは済まなかった。だが時期が時期だけに同じような事になる可能性はある、その場合はどうすればいい?」

「そ、そうだな・・・詰め所に届けを出してくれ。何時から何時までどのような販売をしてどのぐらいの集客があるのか。それに合わせて俺達も警備を考える。」

「警備費の請求は?」

「もちろんさせてもらう。本来であれば今日の分も請求したい所だが、連絡なしの請求は上がうるさいからな。だが、警告はしたぞ。次回以降はそれなりの対応をすると思え。」

「わかった。世話になったな。」

最初の威勢はどこへやら、帰りは捨て台詞を吐いて兵士は帰って行った。

強気に出ればヘコヘコすると思っていたんだろうがそうは問屋が卸さない。

もちろん俺だって喧嘩するつもりはないが、売られた喧嘩は買うつもりだ。

「シロウ様どうされますか?」

「そうだなぁ。とりあえず手を打つ必要はあるな。実際隣の店にも迷惑はかけてしまったわけだし、ちょっと行ってくるわ。」

「わかりました。私は在庫の確認をしてきます。」

「それとエリザが変な声を出していたから様子を見ておいてくれ。」

「かしこまりました。」

樽を持ってくるときはそうでもなかったが、洗剤を作っているときに間抜けな声を出していたような気がする。

それよりもまずは詫びだ。

えーっと、菓子折りは後日でいいか。

それよりも、このギトギトになった腕をなんとかしないと。

表を片付けて中に入ると、エリザが真っ青な顔でへたり込んでいた。

「どうしたんだ?」

「な、なんでもないわよ?」

「そうは見えない感じだがな。」

いつもの威勢はどこへやら、そこにいたのはお化けを見た子供のように弱弱しい少女がいた。

いつもの感じだとあれだが、こう見るとまだまだ子供だよなぁ。

昔の俺から見たらだけど。

「エリザ様これをどうぞ。」

「ありがとうミラさん。」

「今お風呂を沸かしてますから。」

「え、でも。」

「ご主人様もあとで参ります、先に清めてくださいませ。」

え、俺も入る事前提?

それは別に構わないけど。

この後詰め所にもいかないといけないんですけどねぇ。

帰ってくる頃にはゆでだこになってないか?

「・・・わかった。」

「すぐに私も参りますので。」

「いや、後片付けは?」

「それが終わってからで問題ないかと。明日も同じやり方をするわけですし。」

「それが出来たらいいんだけどなぁ。」

問題は山積みだ。

明日も同じやり方をするわけにはいかないわけで・・・。

簡単に終わると思っていた洗濯洗剤の販売だが、どうやらそういうわけにはいかないようだ。
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