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42.転売屋は理由を知る
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結論だけ言えば抱かなかった。
いや、抱けなかったが正しいだろうか。
先に訂正しておくが立たなかったわけじゃない。
体はそれなりに若く、目の前に好みの女がいて勃起しない男などそういないだろう。
童貞でもなく勃起不全でもない健全な男だ。
事実絶好調な状態だった。
でも抱かなかった。
理由は簡単だ、まだ俺の物じゃない。
言い方が悪かった、俺の奴隷じゃない。
あくまでも所有権はレイブさんにあるわけで、その状態で傷物にする気にはならなかった。
抱きたかったのは間違いない。
事実臨戦態勢に入ったそれを指摘され、ミラさんには抗議された。
なぜそうなっているのに抱かないのか。
答えは先述した通りだ。
何事にも順序というやつがる。
あぁ、恋愛とかそういうんじゃない、あくまでも所有権の問題だ。
しかるべき手順で手に入れたのであれば心置きなく手を出せただろう。
それこそエリザのように。
「そんな顔しないでほしいんだけど?」
「シロウ様のせいです。」
「だから、さっきも言ったように買ってもいない奴隷には手を出せないって。」
「それを含めてのお試しだと昨夜あれほどご説明したではありませんか。」
「そうだとしても無理なものは無理。」
昨夜からこの繰り返し。
あの後文句を言うミラさんをソファーに押し返し、何とか眠りについた。
再度部屋に入ると買わないぞと脅すと何とか引き下がってくれたんだけど、朝からこの調子だ。
そのせいでせっかくの朝食も美味しくない。
「ごちそうさま。」
「夕食はもう少ししっかりとしたものをお作り致します。その為に調理器具や食器を購入したいのですが・・・かまいませんか?」
「ミラさんに任せるよ。銀貨20枚置いとくから好きに使って。」
「シロウ様は如何されますか?」
「一旦宿に戻って今後について話すつもり。それから買い付けと、ベッドも新調しないと。」
「私の分は不要ですが・・・。」
「客間にも入れとかないとエリザがうるさいからな。」
それとは別にレイブさんの所にも顔を出すつもりだ。
ミラさんの処遇も含めて色々と訊いておきたいことが多い。
後片付けをするミラさんを横目に、買い付け用のお金を置いて足早に店を出る。
自分の店なのにどうして遠慮しなければならないのだろうか。
解せぬ。
三日月亭に戻るとエリザがさも当たり前のように朝食にかぶりついていた。
朝からステーキ肉とは、さすがだな。
「あれ、早いじゃない。」
「ちょっとな。」
「マスターなら裏よ。リンカちゃんが風邪ひいちゃって忙しいみたい。」
「ちょいと行ってくるわ。」
肉にかぶりつくエリザを放置して裏庭に向かう。
しっかし、風邪とは大変だな。
「おはよう。」
「シロウじゃねぇか、ちょっと手伝え。」
「客を使うってのはどうなんだ?」
「どうせ何か聞きたいことあるから来たんだろ?情報料だよ。」
「へいへい、それ全部か?」
「終わったら皿洗いも頼む。」
「情報料高すぎだろ!」
「エリザの肉代だよ。」
なんで俺があいつの肉代まで払わなきゃならんのだ?
後で請求してやる。
マスターがさっさと別の仕事に行ってしまったので、仕方なく目の前のシーツを裏庭中に張り巡らせたワイヤーに引っ掛けていく。
白いシーツがカーテンのようにあちらこちらでなびいている光景は中々に壮観だ。
良い感じに仕上がったので中に戻ると食事を終えたエリザが今度はデザートを食していた。
「おい、肉代は自分で払えよ。」
「え、何のこと?」
「それも自腹だよな?」
「そうだけど、ねぇ何の話?」
マスターの冗談だったんだろうか。
うーむ、わからん。
「とりあえず中にいるから何かあれば呼んでくれ。」
「私も手伝おうか?」
「いい。」
シーツもそうだったが洗い物もなかなかの量だ。
これを二人で処理するって無理があるんじゃないだろうか。
リンカだけじゃなく自分が風邪を引く可能性だってある、前は臨時で誰かを雇うって言ってたがやっぱり奴隷を買った方がいいんじゃないだろうか。
「ふぅ、これで終わりっと。」
「すまん、助かった。」
「高い勉強料だったよ。」
最後の食器を片づけた所でマスターが宿に戻ってきた。
買い出しか何かに行っていたんだろう。
「聞きたいのは奴隷についてだろ?」
「奴隷を買うのは良い、だがその後どうすればいいのか聞きたくてな。」
「本職に訊けばいいじゃないか。」
「第三者の意見が聞きたいんだよ。ぶっちゃけ購入した後の責任ってどうなってるんだ?」
「責任ってのがよくわからんが、お前の物なんだからお前の好きにしたらいい。」
「殺しても?」
「金を無駄にしてもいいんならな。」
マジかよ。
生殺与奪まで全部俺にのしかかって来るのか。
この世界じゃそれが当たり前なんだろうけど俺には荷が重いなぁ。
「税金とかは?」
「人頭税として奴隷一人につき金貨1枚を納付する義務がある。死んだら死んだで届を出さないと無駄な税金取られるからな。」
「逃げたりはしないのか?」
「その為に戒めの首輪をつけるんだろ、勝手に逃げれば首が締まって死ぬだけだ。」
なるほど、戒めの首輪か
でも確かあれって失神させるだけじゃなかったっけ。
逃げられて死なれたんじゃ大損なんだけど・・・。
「そうか、有難う助かったよ。」
「詳しく聞きたきゃ本職に聞いてこい。」
「そうするよ。」
気付けばエリザはいなくなっていた。
ったく、依頼料払うんじゃなかったのかよ。
仕方ないので依頼料をマスターに預けレイブさんの店へと向かう。
道中大きな荷物を持ったミラさんを見かけたがこちらには気付かなかったようだ。
この人の命を俺が握っている。
ふと隠し部屋の檻を思い浮かべてしまった。
あの指輪を落とした人物も奴隷として使われていたんだろうか。
さすがに死ぬまで働かせるのは俺には出来そうにない。
そう考えるとやはり奴隷を買うのはやめた方がいい気がしてきた。
奴隷ではなく人を雇うようにすればそんな心配をしなくても済む。
何事にも合う合わないってものがあるからな。
「おや、シロウ様ではありませんか。」
そんなことを考えているうちに気づけばレイブさんの店に到着していた。
入り口の扉を開ける前に本人が出てきたので思わず後ずさってしまう。
「ミラの具合はいかがでしたでしょうか。」
「残念ながらそっちの方では使用していなくて。本人曰く俺に話していない事があるそうですが、自分の口からは言えないようでして。」
「立ち話もなんですので中へどうぞ。」
「いや、この後もやらなきゃならないことが多くて、ここでお願いします。それとも聞かれちゃまずい内容ですか?」
「とんでもありません。」
何故だかわからないが中に入ったら最後な気がするんだ。
第六感ってやつか?
流石に入り口のど真ん中ってのはあれなので、入り口横にずれる。
どれ、その話ってやらを聞かせてもらおうじゃないか。
「で、どんな話なんだ?」
「まず初めに、シロウ様はモイラという名前に聞き覚えはございますか?」
「モイラ。いえ、すぐには。」
「この街で雑貨店を営んでおられまして、時々市場にも出店なさっているようです。」
「雑貨屋・・・思いだした、横の日用品店のおばちゃんがそんな名前だった。」
そうそう、前に大量に商品を買った時に店にはもっといいのがあるからそれをまた持ってくるって約束してたんだった。
それから顔を見なくなっちまったんだよなぁ。
元気しているんだろうか。
「おばちゃんが何か関係あるんですか?」
「実は昨年の年末に大病を患われたようで、今は別の街で治療をしているそうなんです。」
「だから最近見かけなかったのか。」
「幸いに治療法のある病でして、半年程で完治するそうです。」
「そいつはよかった。あの顔が見れないと思うとそれはそれで寂しいからな。」
「ですが、その治療には莫大な治療費が必要でしてね・・・。」
おっと、急に雲行きが怪しくなってきたぞ。
っていうか、俺はミラさんの話を聞きに来たんだよな。
なんでおばちゃんの身の上話を聞いているんだ?
「幸いにも治療費を工面してくださったご家族がおりまして、今回の運びとなったようなのです。」
「ちなみに治療費はいかほど?」
「ざっと金貨40枚。」
「高すぎだろ!」
「それで命が買えるのであれば安いもの、治療費を工面した方はそう仰ったようです。」
確かに命に代えられる物はないからなぁ・・・。
とはいえ金貨40枚なんて普通に暮らしていたら手に入る金額じゃない。
おばちゃんの店がどれだけ儲かっていたかは知らないが、あの単価だとなかなか厳しいものがあるんじゃないだろうか。
ましてや金を借りたとなったら返す必要がある。
利子もかなりのものになるだろう。
やはり借金はするもんじゃないな、いつもニコニコ現金払い。
これが一番だ。
「お金を工面されたのはモイラ様の一人娘でしてね、当店を利用して用立てるにあたり一つの条件を付けられたのです。『一番最初に紹介するのはシロウという商人にしてほしい』と。」
「まさか。」
「えぇお察しの通りでございます。ミラはモイラ様の一人娘、その条件がございましたのでこうしてシロウ様に真っ先にご紹介したのでございます。驚いたことに外見的な好み、年齢、スキルを含めましてまるで図ったかのようにピッタリでございました。以上がシロウ様にお話ししなければならなかった特別な事情というものになりますが・・・。シロウ様?」
まじかよ。
おばちゃんの一人娘だって?
確かに世間話の中でいい感じの娘がいるって話は聞いていたし、嫁にどうだ?なんてふざけて言われたこともあったが・・・。
それがまさかミラさんだなんて想像できるはずがないじゃないか。
しかもおばちゃんの治療費確保の為に自分を売ったっていうんだろ?
もし俺が拒否したら全くの他人に売られることになるわけだし・・・。
なぁ、これ完全に外堀埋められてないか?
ずるくない?
「この事情、わざと黙っていたとか?」
「本来であれば店頭にて説明する予定でございましたが、今回はこのような流れでの体験となりましたので・・・。」
「だから言わなかったと。」
「もちろんこれはミラの事情であってシロウ様には全く関係のない話。最初にお話ししました通りご満足いただけないのであればご購入頂かなくても問題ございません。私がしかるべき相手を見つけ、販売するだけです。」
ここまで言われて買わないなんてありえない。
どう考えても買えって事ですよね?
あのおばちゃんの事だ、本気で娘にいい男がいると言っていたんだろう。
だからミラさんも俺に一縷の望みをかけて身を売ったに違いない。
俺なら買ってくれる。
そんな二人のやり取りがあったかどうかは知らないが・・・。
乗らない理由はもう、ないな。
「これが話せる全てになります。」
「ありがとうございました、これを踏まえて購入するかどうか検討させてもらいましょう。」
「どうぞよろしくお願い致します。」
レイブさんにお礼を言ってその場を離れる。
この後は市場に行って仕入れをして。
あぁ、やらなきゃならないことがたくさんあるのに・・・まったく困ったものだ。
一度は大通りから市場に足を向けたものの、その場で立ち止まってしまう。
そしてそこで深呼吸を一つ。
新鮮な酸素を受け取り思考をクリアにした俺はその場でクルリと反転するのだった。
いや、抱けなかったが正しいだろうか。
先に訂正しておくが立たなかったわけじゃない。
体はそれなりに若く、目の前に好みの女がいて勃起しない男などそういないだろう。
童貞でもなく勃起不全でもない健全な男だ。
事実絶好調な状態だった。
でも抱かなかった。
理由は簡単だ、まだ俺の物じゃない。
言い方が悪かった、俺の奴隷じゃない。
あくまでも所有権はレイブさんにあるわけで、その状態で傷物にする気にはならなかった。
抱きたかったのは間違いない。
事実臨戦態勢に入ったそれを指摘され、ミラさんには抗議された。
なぜそうなっているのに抱かないのか。
答えは先述した通りだ。
何事にも順序というやつがる。
あぁ、恋愛とかそういうんじゃない、あくまでも所有権の問題だ。
しかるべき手順で手に入れたのであれば心置きなく手を出せただろう。
それこそエリザのように。
「そんな顔しないでほしいんだけど?」
「シロウ様のせいです。」
「だから、さっきも言ったように買ってもいない奴隷には手を出せないって。」
「それを含めてのお試しだと昨夜あれほどご説明したではありませんか。」
「そうだとしても無理なものは無理。」
昨夜からこの繰り返し。
あの後文句を言うミラさんをソファーに押し返し、何とか眠りについた。
再度部屋に入ると買わないぞと脅すと何とか引き下がってくれたんだけど、朝からこの調子だ。
そのせいでせっかくの朝食も美味しくない。
「ごちそうさま。」
「夕食はもう少ししっかりとしたものをお作り致します。その為に調理器具や食器を購入したいのですが・・・かまいませんか?」
「ミラさんに任せるよ。銀貨20枚置いとくから好きに使って。」
「シロウ様は如何されますか?」
「一旦宿に戻って今後について話すつもり。それから買い付けと、ベッドも新調しないと。」
「私の分は不要ですが・・・。」
「客間にも入れとかないとエリザがうるさいからな。」
それとは別にレイブさんの所にも顔を出すつもりだ。
ミラさんの処遇も含めて色々と訊いておきたいことが多い。
後片付けをするミラさんを横目に、買い付け用のお金を置いて足早に店を出る。
自分の店なのにどうして遠慮しなければならないのだろうか。
解せぬ。
三日月亭に戻るとエリザがさも当たり前のように朝食にかぶりついていた。
朝からステーキ肉とは、さすがだな。
「あれ、早いじゃない。」
「ちょっとな。」
「マスターなら裏よ。リンカちゃんが風邪ひいちゃって忙しいみたい。」
「ちょいと行ってくるわ。」
肉にかぶりつくエリザを放置して裏庭に向かう。
しっかし、風邪とは大変だな。
「おはよう。」
「シロウじゃねぇか、ちょっと手伝え。」
「客を使うってのはどうなんだ?」
「どうせ何か聞きたいことあるから来たんだろ?情報料だよ。」
「へいへい、それ全部か?」
「終わったら皿洗いも頼む。」
「情報料高すぎだろ!」
「エリザの肉代だよ。」
なんで俺があいつの肉代まで払わなきゃならんのだ?
後で請求してやる。
マスターがさっさと別の仕事に行ってしまったので、仕方なく目の前のシーツを裏庭中に張り巡らせたワイヤーに引っ掛けていく。
白いシーツがカーテンのようにあちらこちらでなびいている光景は中々に壮観だ。
良い感じに仕上がったので中に戻ると食事を終えたエリザが今度はデザートを食していた。
「おい、肉代は自分で払えよ。」
「え、何のこと?」
「それも自腹だよな?」
「そうだけど、ねぇ何の話?」
マスターの冗談だったんだろうか。
うーむ、わからん。
「とりあえず中にいるから何かあれば呼んでくれ。」
「私も手伝おうか?」
「いい。」
シーツもそうだったが洗い物もなかなかの量だ。
これを二人で処理するって無理があるんじゃないだろうか。
リンカだけじゃなく自分が風邪を引く可能性だってある、前は臨時で誰かを雇うって言ってたがやっぱり奴隷を買った方がいいんじゃないだろうか。
「ふぅ、これで終わりっと。」
「すまん、助かった。」
「高い勉強料だったよ。」
最後の食器を片づけた所でマスターが宿に戻ってきた。
買い出しか何かに行っていたんだろう。
「聞きたいのは奴隷についてだろ?」
「奴隷を買うのは良い、だがその後どうすればいいのか聞きたくてな。」
「本職に訊けばいいじゃないか。」
「第三者の意見が聞きたいんだよ。ぶっちゃけ購入した後の責任ってどうなってるんだ?」
「責任ってのがよくわからんが、お前の物なんだからお前の好きにしたらいい。」
「殺しても?」
「金を無駄にしてもいいんならな。」
マジかよ。
生殺与奪まで全部俺にのしかかって来るのか。
この世界じゃそれが当たり前なんだろうけど俺には荷が重いなぁ。
「税金とかは?」
「人頭税として奴隷一人につき金貨1枚を納付する義務がある。死んだら死んだで届を出さないと無駄な税金取られるからな。」
「逃げたりはしないのか?」
「その為に戒めの首輪をつけるんだろ、勝手に逃げれば首が締まって死ぬだけだ。」
なるほど、戒めの首輪か
でも確かあれって失神させるだけじゃなかったっけ。
逃げられて死なれたんじゃ大損なんだけど・・・。
「そうか、有難う助かったよ。」
「詳しく聞きたきゃ本職に聞いてこい。」
「そうするよ。」
気付けばエリザはいなくなっていた。
ったく、依頼料払うんじゃなかったのかよ。
仕方ないので依頼料をマスターに預けレイブさんの店へと向かう。
道中大きな荷物を持ったミラさんを見かけたがこちらには気付かなかったようだ。
この人の命を俺が握っている。
ふと隠し部屋の檻を思い浮かべてしまった。
あの指輪を落とした人物も奴隷として使われていたんだろうか。
さすがに死ぬまで働かせるのは俺には出来そうにない。
そう考えるとやはり奴隷を買うのはやめた方がいい気がしてきた。
奴隷ではなく人を雇うようにすればそんな心配をしなくても済む。
何事にも合う合わないってものがあるからな。
「おや、シロウ様ではありませんか。」
そんなことを考えているうちに気づけばレイブさんの店に到着していた。
入り口の扉を開ける前に本人が出てきたので思わず後ずさってしまう。
「ミラの具合はいかがでしたでしょうか。」
「残念ながらそっちの方では使用していなくて。本人曰く俺に話していない事があるそうですが、自分の口からは言えないようでして。」
「立ち話もなんですので中へどうぞ。」
「いや、この後もやらなきゃならないことが多くて、ここでお願いします。それとも聞かれちゃまずい内容ですか?」
「とんでもありません。」
何故だかわからないが中に入ったら最後な気がするんだ。
第六感ってやつか?
流石に入り口のど真ん中ってのはあれなので、入り口横にずれる。
どれ、その話ってやらを聞かせてもらおうじゃないか。
「で、どんな話なんだ?」
「まず初めに、シロウ様はモイラという名前に聞き覚えはございますか?」
「モイラ。いえ、すぐには。」
「この街で雑貨店を営んでおられまして、時々市場にも出店なさっているようです。」
「雑貨屋・・・思いだした、横の日用品店のおばちゃんがそんな名前だった。」
そうそう、前に大量に商品を買った時に店にはもっといいのがあるからそれをまた持ってくるって約束してたんだった。
それから顔を見なくなっちまったんだよなぁ。
元気しているんだろうか。
「おばちゃんが何か関係あるんですか?」
「実は昨年の年末に大病を患われたようで、今は別の街で治療をしているそうなんです。」
「だから最近見かけなかったのか。」
「幸いに治療法のある病でして、半年程で完治するそうです。」
「そいつはよかった。あの顔が見れないと思うとそれはそれで寂しいからな。」
「ですが、その治療には莫大な治療費が必要でしてね・・・。」
おっと、急に雲行きが怪しくなってきたぞ。
っていうか、俺はミラさんの話を聞きに来たんだよな。
なんでおばちゃんの身の上話を聞いているんだ?
「幸いにも治療費を工面してくださったご家族がおりまして、今回の運びとなったようなのです。」
「ちなみに治療費はいかほど?」
「ざっと金貨40枚。」
「高すぎだろ!」
「それで命が買えるのであれば安いもの、治療費を工面した方はそう仰ったようです。」
確かに命に代えられる物はないからなぁ・・・。
とはいえ金貨40枚なんて普通に暮らしていたら手に入る金額じゃない。
おばちゃんの店がどれだけ儲かっていたかは知らないが、あの単価だとなかなか厳しいものがあるんじゃないだろうか。
ましてや金を借りたとなったら返す必要がある。
利子もかなりのものになるだろう。
やはり借金はするもんじゃないな、いつもニコニコ現金払い。
これが一番だ。
「お金を工面されたのはモイラ様の一人娘でしてね、当店を利用して用立てるにあたり一つの条件を付けられたのです。『一番最初に紹介するのはシロウという商人にしてほしい』と。」
「まさか。」
「えぇお察しの通りでございます。ミラはモイラ様の一人娘、その条件がございましたのでこうしてシロウ様に真っ先にご紹介したのでございます。驚いたことに外見的な好み、年齢、スキルを含めましてまるで図ったかのようにピッタリでございました。以上がシロウ様にお話ししなければならなかった特別な事情というものになりますが・・・。シロウ様?」
まじかよ。
おばちゃんの一人娘だって?
確かに世間話の中でいい感じの娘がいるって話は聞いていたし、嫁にどうだ?なんてふざけて言われたこともあったが・・・。
それがまさかミラさんだなんて想像できるはずがないじゃないか。
しかもおばちゃんの治療費確保の為に自分を売ったっていうんだろ?
もし俺が拒否したら全くの他人に売られることになるわけだし・・・。
なぁ、これ完全に外堀埋められてないか?
ずるくない?
「この事情、わざと黙っていたとか?」
「本来であれば店頭にて説明する予定でございましたが、今回はこのような流れでの体験となりましたので・・・。」
「だから言わなかったと。」
「もちろんこれはミラの事情であってシロウ様には全く関係のない話。最初にお話ししました通りご満足いただけないのであればご購入頂かなくても問題ございません。私がしかるべき相手を見つけ、販売するだけです。」
ここまで言われて買わないなんてありえない。
どう考えても買えって事ですよね?
あのおばちゃんの事だ、本気で娘にいい男がいると言っていたんだろう。
だからミラさんも俺に一縷の望みをかけて身を売ったに違いない。
俺なら買ってくれる。
そんな二人のやり取りがあったかどうかは知らないが・・・。
乗らない理由はもう、ないな。
「これが話せる全てになります。」
「ありがとうございました、これを踏まえて購入するかどうか検討させてもらいましょう。」
「どうぞよろしくお願い致します。」
レイブさんにお礼を言ってその場を離れる。
この後は市場に行って仕入れをして。
あぁ、やらなきゃならないことがたくさんあるのに・・・まったく困ったものだ。
一度は大通りから市場に足を向けたものの、その場で立ち止まってしまう。
そしてそこで深呼吸を一つ。
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