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16.転売屋は挨拶に行く

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それから四日程エリザの研修を兼ねて販売を続けた。

おかげで在庫は半分以下になり、荷物は全部隣部屋に押し込めるようになった。

え、なんで隣部屋を解約しないかって?

そりゃ広い部屋のほうが何かと便利だからだよ。

残り物はもうしばらく粘ってみて無理そうなら買い取りに出すとするかな。

横ではエリザが気持ち良さそうに眠っている。

昨夜も楽しませてもらったし、もう少し寝かせておいても良いだろう。

現在手元には金貨が17枚。

一年分の宿代は前払いしてしまったので固定費はこれ以上かからない。

エリザの分も払ったのかって?

そんなわけないだろ、そこまで甘やかすつもりは無いさ。

本来であれば今日も露天に顔を出す所なのだが、別の用事を済ませる予定なので休みにするつもりだ。

「え、今日は休みなの?」

「だから昨日そう言っただろ、何聞いてたんだよ。」

「だってあの最中に言うから・・・。」

「なんだって?」

「なんでもないわよ!」

バンと机を叩き抗議するエリザ。

女は急にキレるからこまるんだよな、まったく。

「なんだ今日は休みなのか?」

「売り物も少なくなったし、偶には休めっていうマスターの助言も聞いておかないとな。」

「おーおー、宿代を前払いできるだけの男は言う事が違うねぇ。」

「ほんと、いきなりお金を積み上げた時はビックリしちゃった。」

いつの間にかリンカまでもが会話に加わってくる。

いつものことなんだが仕事をサボって大丈夫なのか?

ほら、あそこのテーブルの客が店員を探してるぞ。

「後になって金がなくなっても困るだろ?先払いしとけば最悪の事態になっても野ざらしは防げる。」

「そんな理由で金貨を9枚も出すのはアンタぐらいでしょうよ。」

「ウチとしては一年間部屋が埋まって万々歳だよ。」

「一年分払えば湯代はタダで良いって言うんだ、払う所だろあそこは。」

どうせ出て行くお金だ。

それに毎晩いたしているから湯代だって馬鹿にならない。

それがなくなると考えれば前払いなんて安いものだよ。

ちなみに内訳は一年分720日のうち180日分は払ってあるので残りの銀貨540枚、それと隣部屋の一年分銀貨360枚を足して金貨9枚だ。

ちなみにこの世界の一年は24ヶ月。

一ヶ月が30日なのでこういう計算になる。

一年で2歳年を取る事になるんだろうか?

まぁ、若返っているし昔の年齢なんてどうでもいいけど。

「金貨9枚かぁ、何年かかるかなぁ。」

「ダンに稼いでもらえば良いだろ。」

「べ、別にアイツは関係ないでしょ!」

「へー!リンカちゃんも男がいるんだ、やるじゃん。」

「男とかそんなんじゃないから!ちがうから!」

必死に否定するのが答えみたいなものだと気付いていないんだろう。

若いって良いねぇ!

「俺としては止めといて欲しいんだがなぁ。」

「どうしてよ。」

「稼ぎが悪い男だと苦労するってことさ。せめてシロウぐらい稼げれば安泰なんだが。」

「マスター、いくらなんでもコイツを基準にするのは可哀想じゃない?」

「そうよ、シロウさんみたいに稼げなくてもダンには良い所が一杯あるんだから!」

それはつまり俺には良い所が無いと言いたいのかな?

否定はしないが俺を前にして言うとは良い度胸だ。

マスターと二人で顔を見合わせて肩をすくめ合う。

こういう時急に女は結託するんだから困るんだよなぁ、全く。

「はいはい、俺が悪かったって。で、休みにしてお前はどうするんだ?」

「これまたマスターの助言に従って挨拶にいくつもりだ。」

「そうだな、結構噂になっているし早いほうが良いだろう。」

「噂って俺がか?」

「あぁ、露天で荒稼ぎしている商人がいるって専らの噂だよ。普通は妬みから虚偽通報されるもんだが何故かそれも起きていないらしい。どんなカラクリか知らないが上手くやってるってな。」 

確かにここ数日かなり稼がせてもらった。

それもまぁ昨日までの話だ。

在庫がない以上売りは出来ないし、ここしばらくは仕入れに専念する事になるだろう。

エリザがどうするかは知らないが、販売に出るというのなら日当は出すつもりだ。

今で金貨1枚は稼いだだろうから装備を探しに行くのかもしれないけどな。

カラクリ扱いされているチーズを食べながら少し考える。

そもそも挨拶に行って何をすれば良いんだ?

「なぁマスター。」

「なんだよ神妙な顔しやがって。」

「挨拶って何すれば良いんだ?」


それからマスターにあれやこれやと教えてもらい、例の紋章がかかげられた建物の前までやってきた。

出来れば二度とここには来たくなかったが、マスターにあれだけ教えてもらった手前逃げるわけにもいかない。

俺の目標は店を持つ事。

それを達成する為にも避けては通れないよな。

大きく深呼吸をしてから扉に手をかけると、思っていたよりも軽い力でそれは開いてしまった。

「ようこそギルド協会へ。」

入ってすぐドア横にいた職員らしき人に挨拶をされた。

この間は就業時間外ということで真っ暗だったが今日は明るく、沢山の人が行き来している。

「登録がしたいんだが何処に行けば良い?」

「どのギルドですか?」

「商人ギルドだ。」

「でしたら向って左のカウンターですね、ご案内します。」

マスターに助言されたのはこうだ。

いずれ自分の店を持ちたいのであればギルドに所属しなければならない。

マスターなら宿泊業のギルド。

武器や防具にも個別にギルドがあり、製造業もまた個別のギルドが存在している。

革、木工、錬金術と上げだしたらキリがない。

その中でも一番勢力が強いのが商人ギルドだ。

まずはギルドに所属せずに登録だけ済ませておくと後々話がスムーズらしいのでまずはそこから始めることにした。

案内されたカウンターの女性が俺を見てニコッと微笑む。

うむ、可愛い。

「ようこそ商人ギルドへ、本日はどのようなご用件ですか?」

「三日月亭の主人に登録を進められてね、何時までここにいるか分からないから登録だけしたいんだが構わないか?」

「もちろんです。ではまずこちらの用紙にお名前と取引品目をご記入下さい。」

「専売にしている物がないんだが・・・。」

「でしたら取引の多いもので結構です、販売のみですか?」

「いや、いずれは買取もしたい。」

「でしたらこちらの用紙にもご記入お願いします。」

おや、マスターからは一枚だけでいいと聞いていたんだが妙だな。

記入するのはよく聞いてからのほうが良いだろう。

「これは?」

「買取に関する宣誓書です、ご禁制の物を含め買取禁止品を取り扱った際にギルドが出す罰則を無条件で受け入れるという内容となっています。」

いやいや無条件て、それはおかしくないか?

「それは妙だな、シープさんに伺ったときはまずは注意からという話だったが?」

そういった瞬間に受付の女性がピクッと固まってしまった。

おや?

つっこんじゃまずい内容だったか?

そのまま受付の女性が後ろを向き別の職員に何かを告げる。

そして正面を向くとニコニコ先程の用紙を引き下げた。

「ではこちらの用紙だけで結構です。」

「先程のは?」

「こちらだけで結構ですので。」

これ以上は聞くなという最上の営業スマイルが帰ってきた。

今のやりとりをされるとこの用紙に記入するのも憚られるんだが・・・、何処を見てもホルトのように小さな注意書きは見当たらなかった。

仕方ない、名前と販売品目だったな。

とりあえず冒険者関係と書いておけば良いだろう。

主にそれを扱うほうが多いし、それ以外を扱うなという感じではなかった。

書類に記入をすると再び後ろの職員に何かを伝える。

その人を不安にさせるやり取りは何だ?

非常に不快なんだが事を荒立てるのもあれなのでグッと耐えた。

「そのまましばらくお待ち下さい。」

それだけ言うと受付をした本人までもどこかに行ってしまった。

一体何なんだ?

「これはこれはシロウさん、ようこそお越しくださいました。」

イライラが頂点に達する寸前、一番会いたくない人物が突然後ろから現れた。

羊の皮をかぶった狼。

俺の中ではそういう認識になっている男だ。

「どうもシープさん、先日はなりました。」

「やだなぁそんなに怖い顔をしないでよ。今日は商人ギルドへ登録に来てくださったとか、噂の商人に来てもらえるなんて嬉しいなぁ。」

「どんな噂か知らないがやり方がせこいんじゃないか?」

「どういうことかな?」

「ご禁制の品を販売したら注意を経ずに無条件で罰則を受け入れろって書面にサインさせられそうになったんだ。この前は甘く言っておいて次は問答無用、コレはどうかと思うがね。」

それを聞いた瞬間羊のような優しい表情のまま固まってしまった。

お前もかよ。

「それは商人ギルドが?」

「そうだ。買取もするのならコレにも署名しろとね。アンタの名前を出したらすごすごと引き下げたが、あのまま署名していたらどうなってたことやら・・・。」

そこまで言った所で突然シープさんは姿勢を正し俺に向って頭を下げてきた。
 
「ギルドを管轄する立場の人間としてお詫びさせてもらえるだろうか。この度は不快な思いをさせてしまい大変申し訳なかった。商人ギルドには私の方から責任を持って是正するように言っておこう。」

「つまりこれは商人ギルドの独断で行なった事だというんだな?」

「その通りだよ。この前も説明したようにご禁制の品を含め買取に条件がついている品を全て把握してくれというのは無理な話だ。不文律である事もあって各ギルドにはまず注意を行いそれでも聞き入れられない場合には警告をするように申し伝えてある。だけど今回はそれが守られていなかった、だからお詫びをさせて欲しいんだ。」

「その話を信じろと?」

「信じてもらうしかない。この僕が頭を下げている事が何よりの証拠になるんだけど・・・。」

「残念ながら俺はここに来て日が浅い、どれだけ偉いかも分からない男の謝罪だけじゃ納得できないのが本音だ。」

この男が頭を下げた瞬間に周りの職員が一斉にざわついた。

それだけで偉い人間である事はわかるんだがさっきも言ったようにそれだけじゃ納得できない。

俺は名前を出す事で未然に防げたが、知らずにサインをした人間は多いだろう。

「ではどうすれば良いのかな?」

「あの書類が過ちだというのなら、存在したらまずいよな?」

「その通りだね。本来あってはならない書類だ。」

「じゃあそれを正しい状況にもどしてくれ。コレまでの分全て。」

「そうだね、君が言うよりも前にそうすべきだ。わかった約束しよう。」

「それともう一つ。」

挨拶をしに来た割には話が大きくなってしまったが、折角の機会だ本来の目的も果たしておこう。

「どこか良い店舗を紹介してくれ、いずれはこの街で商売がしたいと思っているんだ。」

それを聴いた瞬間のシープさんの顔は、中々面白い顔だったとだけ言っておく。
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