転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア

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1.転売屋は異世界に飛ばされる

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ボロい商売だと思っていた。

人が欲する商品をいち早く見つけそれを仕入れ、利益を乗せて販売する。

それが転売屋だ。

昨今ではテンバイヤーなんて言われ方をして嫌われているが、俺は買い占めなんて野暮な事はしない。

必要な物を必要なだけ買って経費と利益を乗せて出荷する。

それでこれまで生きて来た。

昔はそれで怒られることはなかったし、むしろ買いに行けなかった人が手に入れられると喜ばれたものだが・・・。

まぁ、時代は変わるってもんだな。

俺も今年で42になる。

仕事が恋人って奴だったから別にさみしくもないが、人並みの幸せに憧れなかった訳でもない。

あと20年いや10年若ければもっと新しい商売を考えついただろうが・・・。

いい加減それにも疲れて来た。

最近じゃフリマアプリだなんだで、一般人がこの仕事に入るようになってきて生き辛くなって来たし、どこかで自分だけの店を構えて余生を送りたいもんだなぁ。

なんて歩いていたのがついさっき。

新発売の某有名靴メーカーの限定品を無事に確保して、さぁ帰ろうかと家路を急いでいた。

帰り道にある幹線道路は交通量が多くその割に信号が短いのでいつも横にある古ぼけた横断歩道を渡って帰るんだが、その日はいつも以上に夕日が眩しかった事だけは覚えている。

反対側へ渡りさぁ、階段を降りようかとしたその時。

「お前みたいなやつが買い占めるから本当に欲しい人が買えないんだ!」

ドンっと後ろから誰かに突き飛ばされた。

まるでコントのように俺は宙に投げ出され、苦労して買い付けた靴が同じように目の前に浮かんでいる。

それに慌てて手を伸ばしたのもつかの間、今度は重力に引っ張られて歩道橋に胸からダイブしてあとはごろごろと転がり落ちるだけだった。

俺を突き飛ばしたやつがどんなやつかすらわからない。

上も下もわからないまま世界がぐるぐると回転し、最後にバットで頭をぶん殴られたかのような強い衝撃を受けそこで俺の意識は無くなった。



「ってだけは覚えているんだけど、ここはいったいどこだ?」

次に目を開けた時、俺の目に飛び込んできたのは歩道橋の上で見たのと同じオレンジ色の夕日。

だが後ろに歩道橋はなく、幹線道路も止まっている車もない。

いるのは顔面蒼白で俺の顔を覗き込んでくるオッサンただ一人だ。

「だだだ、大丈夫かね君!怪我、怪我はないのか!?」

「怪我?見た感じ特に問題ないが・・・。」

「あぁよかった・・・。本当に良かった。まさかこんな何もない道のど真ん中を人が歩いているとも思わずつい速度を上げてしまったんだ。もう少しで前途有望な若者の命を奪ってしまう所だったよ、本当に本当に良かった。」

体中を動かしてみるも特に痛い部分はない。

不思議と最近苦痛になって来た四十肩のつらさも腰の痛みもない。

それどころか体に力が満ち溢れ、まるで20代に戻ったようだ。

ん?

今オッサンなんて言った?

「前途有望な若者?俺がか?」

「君以外に誰がいるというのだね。見た感じ二十歳かそこらだろう、身なりもいいし冒険者って感じでもない。むしろその見たことのない服装は・・・まさか、どこぞの貴族様!?それだったらなんてご無礼を!どうか、どうか命ばかりはお助け下さい!家には妻と息子と娘二人が腹を空かせて待っているんです!そうだ!これを、これをどうかお納めください!何でも遺跡の中で見つかった貴重なペンダントだとか、きっときっと貴方様にも気に入っていただけるかと!」

百面相しながらオッサンが胸元から赤い宝石の付いたペンダントを取り出して俺に突き出してくる。

差し出されたものだからつい手に取ってしまったが、ウズラの卵ほどもある深紅の宝石をつけたそれはオッサンの体温で温められていて正直触っていたくない。

だがこの混じりっ気のない色、かなり高価な物なんじゃないのか?

「いいのか?」

「もちろんです!ですからどうかこの場は収めていただけないでしょうか!もし不足というのであればそれとは別に・・・。」

「あぁ、いや、別にこれ以上くれとは言わないが・・・。」

「左様でございますか!寛大なご配慮まことにありがとうございます!では私はこれで!失礼致します!」

「ちょおい、待てって!」

俺が止めるのも聞かずオッサンは慌てて馬車に乗り込むと馬に鞭を当て猛スピードで夕日の向こうに消えて行ってしまった。

ってか、馬車ってなんだよ馬車って。

何処の田舎だよ。

いや、田舎でも馬車なんて走ってるはずがない。

「一体全体何がどうなってるんだ?」

俺はオッサンから半ば無理やり押し付けられた深紅のソレを見つめながらため息をついた。

宝石の向こうに太陽が空けて丸い形がよくわかる。

見れば見る程美しい。

まるで血の色のように真っ赤なそれを見ているとなんだか変な気分になって来て・・・。

『鑑定が完了しました。クリムゾンティアのペンダント、装用者に強力な火の加護を授けるものです。』

「は?誰だ?今なんて言った!?」

突然聞こえてきた無機質な声に辺りを見渡すも俺以外に誰もいない。

というか、コンクリートでもない剥き出しの地面に何もない原っぱが広がるだけ。

そもそもここはどこなんだ?

「くそ、何なんだよ。俺は歩道橋で誰かに突き飛ばされてそれで・・・。」

そこでふとこの間スマホで読んだ漫画を思い出した。

それは主人公がトラックに轢かれて異世界かどこかに飛んで行って勇者になり魔王を打ち滅ぼすという何処にでもあるご都合全開漫画だったのだが、ゲーム全盛期に生まれた世代としてはそんなご都合こそが楽しくてついつい読みふけってしまった。

それと今の状況が綺麗に重なる。

まさかここは異世界?

いいや40過ぎたオッサンがそんな夢みたいなこと・・・。

だが今の状況を考えればそういう風にしか考えられない。

手の込んだドッキリだとしても俺みたいなオッサンつかまえて視聴率なんて取れるはずもない。

そうだ、スマホ!

慌ててポケットに手を突っ込むが仕事で使う肝心のスマホはどこにも入っていなかった。

嘘だろ!?顧客に連絡して発送先とか振り込みとか色々しなきゃならないことがあるんだぞ。

これまで客に迷惑をかけないをモットーにここまでやってきたんだ、それをこんな事で不意になんて・・・。

結局大慌てで探ったポケットから出てきたのは靴のレシートと小銭が数枚。

えぇっと、721え・・・ん?

500円玉のはずのそれはよく見るといつもよりも光って見える。

昔祖父からもらった10万円金貨のようだが、よく見ると額面も違うし、まるで海外のお金のような模様が彫ってある。

残りの9枚も同様に100円玉が銀色の硬貨に、10円玉が茶色の硬貨になっている。

1円はというと1セント硬貨のような小ささだ。

おいおい、仕込みにしては随分と手が込んでるな。

てか俺の財布どこだよ。

身分証も無ければクレカもないし、残ってるのが小銭だけってマジで勘弁してくれ。

「その他に残っているのはこの高そうなペンダントだけか。」

『クリムゾンティア』と、無機質な声は言っていた気がする。

確かによく見ると涙型の形をしているが、そのあとなんていった?

「火の加護を授けるとか言っていたな。ゲームじゃよくある装備だが、高いのか?」

『最近の平均取引価格は金貨100枚、最安値が金貨80枚、最高値が金貨120枚、最終取引日は10日前と記録されています。』

「またか!」

再び無機質な声がきこえてくるもやはり周りに誰もいない。

でも、今確かに値段を聞いたら答えたよな。

もう一度聞いてみるか?

「クリムゾンティアの値段は?」

『最近の平均取引価格は金貨100枚、最安値が金貨80枚、最高値が金貨120枚、最終取引日は10日前と記録されています。』

「おぉ!」

やはり俺の問いかけに返事をしやがった。

まるで何かのゲームをしているかのようによくわからない何かが説明をしてくれる。

と、いう事はだ。

「おい、ここはどこなんだ?」

聞いてみるも答えはない。

「聞こえてるんだろ!ここはどこで今はいつなんだ!おい、答えろよ!」

同じく大声で叫んでも返事はなし。

うーん、これでもダメか。

それじゃあこれならどうだ?

「これが最後に取引されたのは何年何月のどこだ?」

『クリムゾンティアの最終販売日は10日前、聖王歴720年18月11日、地方都市国家アクアの宝石店で勇者ヒヒロ一行が買い求めました。』

よし、ひっかかった!

つまり今は聖王歴720年18月21日ってわけだな。

って意味わかんねぇよ!

何だよ聖王歴って!

そもそも一年は12か月で18月なんてありえないんだけど。

無機質な声にいちいち反応する哀れなオッサン。

周りにはそう見えているかもしれない。

そんなことはどうでもいいんだよ、誰か俺が今どこにいて何がどうなっているか教えてくれ。

陽はだんだんと障害物のない地平線に沈んでいく。

マズイな、このままじゃこんな良くわからない所で夜を明かす事になるぞ。

こんな事ならさっきのオッサンの馬車に無理やり便乗すればよかった。

それを悔やんだ所で現実が変わるわけもなく、とりあえず今はここではないどこかに行かなければならない。

今の手持ちはよくわからないお金が10枚に金貨100枚で売れるらしいネックレスが一つ。

そもそも金貨100枚っていくらだよ。

状況が呑み込めないまま、とりあえず俺は馬車が進んだ方向に向かって歩き始めた。
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