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 奇跡が起きた。
 奇跡だったのか、それとも必然だったのかぼくにはわからない。

 はじめは駅員のおじいさんだった。

「名残惜しさから来てみたら、まさか先客がいるとは。子供がやっていてここで何十年も働いていたわっすがやらないのはご先祖にも、電車にも申し訳たたねえ」

 そう言うと駅員さんは大きなスコップをもって、ぼくと一緒になってスコップを動かし始めた。
 それから幾ばくかするうちに「おおい」という声があがる。
 顔をあげると知らない多くの大人たちだった。
 もっというならおじいさん達だった。

「おお、駅員さん久しぶりだなあ。元気にしとったか」
「わしらが若い頃はなんもなくてな。バスもほとんど走って無くて、この電車でよく妻と娘とでかけたもんさ」
「利用しなくなってずいぶん経つが、無くなるとなると忍びないものよな」
「ああ、せめて最後の勇姿をみんと死んでも死にきれんわ」

 おじいさんたちは互いに笑い合った。
 そして手にしたスコップをもって、雪かきに参加しだした。
 はじめはぼく一人だった雪かきは一人、また一人と増えていき、いつしか十人を超えていた。
 駅員さんが指示を出してくれて、何人かごとに区画をわけたこともあり格段にペースが速くなった。
 知り合いが知り合いを呼び、人数は増えていった。
 だけどしょせんは中学生と年寄りだ。
 おじいさん達は少し動くと腰が痛くて何度も立ち止まる。
 中には途中で帰る人も出始めている。
 どれだけがんばっても、線路を覆い尽くした雪はなかなかなくらない。
 でもぼくは腕を止めることはなかった。
 一駅の半分も過ぎただろうか。
 携帯電話でしきりに連絡を取っていた駅員さんが「ほんとですか?」と大きな声をあげた。

「他の駅でも雪かきの参加者が増えとると。わっすらの会社やみなさんのお友達だけでなく、わかあい子らも参加してくれとるそうで」

 寒さをかき消すような明るい声で、駅員さんがぼくらにむかってそういった。
 若いことはどういうことだろう。
 いぶかしげに思いながらも続けていると、小学生ぐらいの集団が歩いているのが見えた。
 雪の中遊びに行くのかと思っていたら、彼らは手にそれぞれのスコップを持っていた。そしてぼくらの方にやってきた。

「雪かき、てつだってもいいですか?」

 彼らのうちの一人がおずおずといった感じで、駅員さんではなくてぼくに向かってそういったのだ。

「それは助かるけど、どうしてぼくたちが雪かきしているってわかったの?」
「動画で流れていました」

 そう言って男の子がスマホの画面を開いてくれる。
 そこには確かにぼくらが雪かきをしている姿が映っていた。
 テロップでこの電車がかつて街の人々の足として支えてきたこと。
 長年の歴史に終わりを告げ、今日廃線がきまったこと。
 そして廃線で引退すらなく終わりを告げようとしていること。
 それに納得がいかない一人の少年と、かつての関係者達。
 もちろん少年とはぼくで、関係者は駅員さんたちだ。

「みなさんのお手伝いができればと思いまして」

 駅員さんは大喜びでみんなを迎え入れる。
 いったい誰が・・・・・・と考えるより先に動画を撮ったとおぼしき人物の声がナレーションとして流れた。

「松川君……」

 まちがいようが無かった。
 松川君は言っていた。
 中学生が一人増えたところで変わらない。
 だから彼はもっと人を増やす方法をとったのだ。
 ぼくでは考えつきすらしない方法で。

「ほんにありがとうな」

 駅員さんの声に振り向く。
 なんだか泣きそうな表情だった。

「こんなにたくさんの人が電車のためにやってくれるのは、おにさんのおかげです」

 少しイントネーションが違う相変わらずの声だった。

「ぼくは何も」

 人を集めたのは松川君だ。
 ぼくにそんなことは出来ない。

「はじめは残念に思っていても自分の手で雪かきしようなんか思わんかったです。でもおにいさんを見てわっすもやる気になりました。他のみなさんも、あの小学生たちも同じと思います」

 周囲では小学生達におじいさんが、まるで新しい孫に遊びを教えるように雪かきを教えていた。
 なんだか照れくさくて、ぼくはごまかすために雪かきの手を動かす。
 最後の瞬間まであきらめない。
 それがぼくに出来ることなんだから。
 雪かきに参加する人は、時間とともに増えていった。
 動画サイトを見た人から携帯のSNSによる拡散。
 彼らが仲間を呼び、次々と有志達が集まり雪かきに参加しはじめた。
 昼過ぎからは気温も一気にあがり始め、あれほど積もった雪を溶かしはじめる。
 空すらもぼくらを後押ししてくれているようだった。
 手も腰もすっかりくたびれ、夕暮れが黒く染まるころ、役所が動き出したと連絡があった。
 見かねた地域のお年寄りたちが集まって、直談判をしたらしい。

「わしの妻もその一人じゃよ」

 汗を拭きながらおじいさんがそう教えてくれた。
 線路の周囲から雪は消え失せ、代わりにライトが煌々と照らす頃、ようやく役所が重い腰が上がった。

「……こ―――長年続けた……路線は、今日あと一往復をもって廃線とさせていただきます」

 そんなアナウンスが有線から流れたんだ。
 よく聞き取れなかったこともあり、繰り返しの放送はみんな静かに聞いていた。
 二度、三度。
 アナウンスは雪の除雪が完了したこと。
 そして最後に後一往復することが伝えられた。
 感情の爆発が至るところで起こった。
 ある者は歓声をあげ、ある者は そしてある者は近くの誰かと抱き合っていた。
 ぼくだだってそうだ。そこにいた知らないおじいさんと抱き合って喜びをわかちあっていた。
 最後の最後にライトと会えるのだ。
 ぼくはこの感謝の気持ちを誰に伝えたらいいかわからず、みんなに聞いて欲しいと思った。

「みなさん! 本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げた。
 ぼく一人ではここまでたどり着けなかった。

「お礼を言うのはこちらですよ」

 みんなを代表してとでもいうように、駅員のおじいさんが声に出した。

「さっきもいいましたがおにいさんが始めなければ誰もしませんでした。おかげで最後の最後に電車にお別れできます」

 感慨深げに駅員さんはいい、そしてふとつぶやいた。

「でもおかしなことがあるんです。我々はこっちから順に雪かきをした。それだけだとまだ間に合わなかったでしょう。でも線路の反対側も同じように雪が取り除かれていたんですよ。そっちは誰がやったのか誰も知らないって話です」
 不思議ですね、と言いながらもぼくは確信していた。
 やっぱりライトも同じことを考えていたんだって。
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