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 顔を上げるとまだ四時前だった。
 図書室に人はまばらだ。
   最近は割と本を読むことが面白いと感じるようになってきてはいるけど、今日は全く集中が出来なかった。
 今週は一度も向こうの世界へ、トヨジ達に会っていない。
 映画の完成を間近という所なのに、二人は怒っているだろうか。
 あ、でもトヨジは怒らずに悲しむだけかな。
 ここのところ毎日あっちの世界にいっていたから、ほんの数日間行っていないだけでずいぶん時間が長く感じる。
 正直時間をもてあましていた。
 これだけの時間があれば、トヨジの意図だってわかる。
 廃線は決定的でもう止めようが無い。
 もしそうなればわたしたちは二度と会えない。
 だからトヨジはわたしにあんな事を言ったんだって。
 こちらがわたしの世界なんだから、仲良くした方が良いと。だったらもう向こうには行かない方がいい。
 今ならそれこそ一時の夢で終わらせることが出来るから。
 でも踏ん切りがついていない、自分の気持ちも知っている。
 頭で理解することと感情は別だ。
 今日はもう集中が出来ない。
 さっさと帰ろうと図書室を後にした。

「おい、ライト」

 廊下にでた所で呼び止められる。

「なに、カズキじゃん」

 バスケの練習帰りか、それとも途中なのか。
 運動したすぐ後のため、身体から湯気が出ているのが見える。
 こいつと最後に話したのは、夏休みの終わる前か新学期早々ぐらいか。
 毎日顔を合わせているはずなのに、ずいぶん懐かしい気がした。

「なにじゃないだろう。また一人かよ」
「……あんたに関係ないでしょ。で、用は何」

 こいつが図書室および、この辺りの教室に用事がないのは知っている。
 わたしに用があって来たぐらいは想像がつく。

「おまえ図書室なんかで本を読んでいるのかよ」
「日本語がおかしいよ。図書室は本を読むのと借りる所だよ」
「おまえ、本当にこんな風になっているのかよ」
「……言いたい事ははっきりいいなよ」

 カズキは指で少し離れに誘う仕草を取る。
 ついていくと空き教室に入った。
 どうやら鍵がかかっていないらしい。カズキは人がいないことを念入りに確認するように周囲を見渡すと言った。

「俺と付き合えよ」
「はあ?」

 思わず大きな声を出してしまう。
 カズキを見るとわりかし真剣な様子なので、冗談ではないようだ。

「お前だって今の状況をいいと思っていないだろう? 今更戻りづらいっていうなら俺の彼女として戻れよ。今フリーだろ? それで全部解決するじゃないか」

 どうやらこいつはこいつで、わたしが追い出された形なのを心配してくれたらしい。
 所詮わたしはこちらの人間にすぎず、こちらの人間と過ごすのが普通だ。
 前の仲間の所に戻るならこれ以上無い申し出だろう。
 余計な頭を下げなくてすむ。
 でもね。

「カズキ。あんたは良い奴だね。みんなからのけ者になれたわたしをなんとか許そうとしてくれている」
「当たり前だろう。じゃあオッケーでいいんだな」
「でも悪い。その条件は飲めないわ」

 断られるとは思っていなかったのか、カズキはずいぶん間抜けな顔を見せた。

「これ以上に戻る良い条件があるのかよ?」
「戻らない選択肢もあるって言ってるの」
「お前馬鹿かよ、何に意地張っているんだ。ずっとこのまま一人で図書室で本を読んで、仲間はずれで過ごすのか?」

 カズキの言うことは間違っていない。
 数ヶ月前までなら、わたしもそう思っていた。
 そりゃ人と付き合うのは面倒くさいこともいっぱいある。
 女子同士だと特にね。
 そんなメンドクサイを感じながらも、空気を壊さないで自分はみんなと一緒なんだと感じる間柄を、仲間だと思っていた。
 でもそうじゃなかった。
 わたしたちはゆるい空気を共有し合う関係だ。
 ただ学校での居場所を求めて、同じような人間で集まっているだけだ。
 その集まりはクラスでは確かにコミュニケーションが結構うまくて、メジャー組とか言われているかも知れない。
 でも他の価値観を否定して、けなすほど偉いわけじゃない。
 まして空気が合わなくなったからあっさりと掌を返し、自分たちの価値に合わなければ責めるなんて仲間とはいえない。

「仲間は欲しいよ。でもそれは自分たちの価値観だけを大事にして、ただ空気を読んで、お互いを牽制し合うような関係じゃ無いよ」

 わたしはこちらの世界で、二人がいない世界で過ごさなければならない。
 ずっと一人だった故に、その辛さを知っているトヨジはわたしの事を心配していた。
 わたしもこちらで自分の居場所を、ある程度は本音を言い合える場所を探さないといけない。
 でも悪いけどカズキ、それはあんたらの所じゃないよ。
 人間は変わる。
 今のわたしにはこいつらの近くは、安息とはいえない。
 人間を蹴落とすことで自分を保っているようにしか見えない。
 君たちの所は、もうわたしの居場所じゃないんだ。

「仲間だろうとある程度はゆずり合うものが必要だろう? それともなんでもわがまま聞いてくれる人間以外はいやだっていうのかよ」
「それがわからない人間とは付き合えない、って言えばいいかな」

 カズキは言葉をつまらしたようだ。
 反論がみつからないのだろう。

「じゃあね。本当に感謝はしているんだよ。ありがとうカズキ」

 カズキに背を向ける。後ろで「おい、それでいいのかよ!」となおも未練がましく声をあげる声が聞こえた。
 ありがとうカズキ、わたしに踏ん切りをつけさせてくれて。
 もう迷わない。
 わたしには本当の仲間がいる。
 それがもうすぐ終わる関係だとしても、仲間と必死になった思い出は、何よりも大切なものだから。
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