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六章 おごるつばさと異形の使者

再び力を見せつけるために

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 しばらくして声が聞こえてきた。
 慌てて起きたつばさは入り口の布をどけて外をのぞく。
 車は止まっていた。
 夕焼けが空を染めはじめている。
 うっすらと霧がかかっていて、どこか不気味に思った。
 幾人かの兵士が周囲にいるが、兵士たちを指揮するはずのキムニやエドの姿が見えない。
 まさかぼくを? 

「エドたちはどこに行ったの?」

 内心ひやりとしつつ、兵士たちに尋ねてみると答えが返ってきた。

「周囲を警戒しております」

 異形か。
 館まで妨害しないといっていたのにあいつ。
 つばさは無性に腹立たしくなった。
 あいつのせいでこんなに不安な気分になったというのに、やっぱり異形なんか少しでも信用するのではなかった。

「ぼくが助太刀に行ってくる」
「危険ですぞ、つばさどの」

 兵士の言葉にさらにかちんとなる。
 何が危険だっていうんだ。異形相手に何もできないくせに!

「大丈夫だよ、ぼく一人で。きみたちはほら、女の子たちを守って」

 後ろで何かを叫ぶ兵士たちを無視してつばさは走った。
 なんだよ、あいつら。
 ぼくが特別な存在であるって忘れているな。
 異形の語った「つばさの世界の人間なら誰でも」という言葉がよみがえる。

「ぼくは特別なんだ。それを証明してやる!」

 つばさは山道を走る。
 途中で木の根に足を取られ、何度かこけそうになって悪態を吐きつつ異形を探して奥へと進んだ。
 進んでも霧は深くならず、異形は現れない。

「どこだ、どこにいる!」

 つばさは杖を構えて狂ったように叫んだ。

「異形ごときがぼくの邪魔をするんじゃあない!」

 茂みや小さな枝を払いながら、異形の姿を探し回る。
 そんな時、少し離れたところで草がすれる音がした。

「そこか!」

 つばさが杖を構えて、音の方に駆け寄る。
 視界の邪魔をするツタの植物を払いのけると、目の前に生き物の目があった。
 それは四足歩行の、巨大な生き物。
 イノシシ!
 それもとんでもない大きさだった。
 一瞬異形と思ったのは、身体の一部が異形のように黒く変色して、腐っているからか。
 正体に気づいて杖を構える。
 だけどイノシシはひるむ様子はなかった。
 イノシシはつばさの方にその巨体で突進してきた。

「うわあああ!」

 つばさは杖を投げつける。
 それは偶然にもイノシシに当たった。
 だがイノシシは消滅する気配はない。
 異形と違って、つばさの力を恐れないようだった。
 だがひるまし、時間を稼ぐことはできたようだ。
 そのすきに全力で逃げた。
 木々を避け、狭い木の間をくぐり抜ける。
 あの巨体ならこんな狭い所まで追ってこれない。
 サギと二人で旅していたとき、彼女から聞かされた森の生き方の一つだ。
 しばらく走り、もう追いかけてこないか後ろを振り返る。
 そのとき、またつばさの足に根がかかった。
 よそ見をしていたこともあって、思い切り前に倒れ込む。
 とっさに手で受け身を取ろうとして、その場所が空をきる。

「え?」

 なんだかわからずにそこあるものをつかんだ。
 しばらくの浮遊感のあと、身体が地面にたたきつけられた。
 痛みでむせつつ周囲を見る。
 足下が急な下りになっていて、自分がつかんでいるつたのようなもので身体を支えている。
 急な下りだ。このままだとこのまま転がり落ちてしまう。

「誰か、誰か助けて!」

 状況をようやく理解してつばさは叫んだ。
 あの兵士たちが危険だといっていた意味がようやくわかった。
 危険は異形だけではないことを忘れていた。

「助けて、このままだとおちちゃう!」

 無駄かもしれないという気持ちを振り払いながら、つばさは叫び続けた。
 暗がりの中でただつばさの声だけが響いている。そもそも一人でいいといったのはつばさなのだ。
 それでもつばさは自分を一人にした大人たちを恨んだ。
 どうしてぼくがこんな目に!

「つばさ!」

 がさっと音がして、女の子の必死な声が聞こえた。
 見上げると、サギが青い顔をしてこちらを見下ろしている。

「待ってて、今引き上げるから!」

 彼女はつばさがぶら下がっているツタを引っ張ろうとしている。
 でも女の子の力だ。つばさの身体を持ち上げるなんて簡単にはいかない。

「つばさ、もうすぐ、もうすぐだから」

 それでも必死でサギはつばさを引き上げようとする。
 パニックを起こしかけていたつばさは、真っ赤な顔でふんばるサギの姿にようやく冷静さを取り戻した。

「サギ、無理をしないで」

 つばさはツタをつかむと這い上がろうと力を込める。
 自分の身体は重くて、なかなかあがらない。手がちぎれそうだ。
 でも自分の身体だ。
 サギが必死なんだからそれぐらいできるはずだ。
 体中の力をつかって、つばさはよじ登っていく。
 だんだんとサギの姿が近づいてくる。
 もう少し、あと少し。
 つばさの左手が地面の草をつかんだ。
 最後の力を振り絞って後は上るだけ。サギがつばさの右手をつかんで持ち上げようとしてくれる。
 たすかった!
 そう思った瞬間、いやなものがつばさの目に映った。
 つばさが握っていたツタが、じりじりとちぎれていくのが妙にゆっくりと移った。
 あっと思う間もなくつばさは足下へと滑っていく。

「つばさ!」

 その手をサギが握る。
 つばさの落ちる勢いのままに、サギも引きずられていく。
 二人は暗い山道を転げ落ちていった。
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