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二章 ナクラの集落

しゃべる馬のエド

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 つばさの心臓がどきどきと高鳴る。
 尻もちをついたまま、ただ目の前の白い馬を見上げていた。

「馬が喋った!」
「馬が喋ったらいけないのかよ!」
「いえ、まさか! ただ馬がしゃべるとは思っていなかっただけです……」
「そもそも「馬」とはなんだ。俺はエドだ」
「ぼ、ぼくはつばさです」

 立ち上がってお尻についた草を払いながら答えた。

「誰がてめえの名前を言えっていったよ」

 ひどく理不尽で口が悪い馬である。
 馬全部がそうなのか、エドが特別そうなのか他に喋る馬を知らないつばさには判断がつかない。

「ところでお前はナクラじゃないな。なんでこんなところにいるんだ?」
「旅の途中で、それでここに立ち寄りました」
「そんなもん少し考えればわかる。その集落に来たお前が、どうしてちびどものいないこんなところで暗い顔をしているんだ?」

 つばさは顔を落とした。
 サギが働いているというのに、自分はただ一人こんなところでたたずんでいるだけ。本当に何をしているのか。

「なんだ、メスにフラレたのか。いや、悪いことを聞いた。だがそんなこと気にしなくていいぞ。メスってのはオスと同じだけの数がいるんだ。だめなら次に当たればいいだけだ。次のメスと出会えるチャンスを手に入れたんだ。むしろラッキーだぞ」
「そうじゃなくて」
「そんなにいいメスなのか。だったら誠意をもって謝っておだてて、餌をさしだして許してもらうんだ。極上のにんじんとかな」
「とりあえずオスとメス、とかそういう発想から離れてください」
「それ以外に何が困るっていうんだ? それとも腹が減ったのか?」

 本気でこの馬は、空腹と女の子に嫌われる以外に困ったことがないようであった。

「いえ……何でもないです」
「なんでもなければこんなところで辛気臭い顔をしてねえだろ。気になって喉に餌が通らなくなる」

 つばさはどうしたものかと悩んだ。
 人に相談することが元来苦手なのだ。
 だが寂しさを感じていたのと、エドが馬であることがかえって初対面であるという抵抗をなくさせていた。
 ポツリポツリと、つばさは胸の内を話す。
 サギが女の子であることに対して過剰に反応して「やっぱりフラレたんじゃねえか」と鼻息を荒くしたことを除けば、エドは最後まで静かに話を聞いてくれた。
 たどたどしくも自分の話を終えると、エドは「なるほど」と頷いた。

「つまりお前は役立たずの、ごくつぶしってことだな」

 はっきりと告げられ、つばさはがあんと全身を叩かれたような衝撃を受けた。
 毎日歩きっぱなしの疲れが一気にやってきて、めまいをおぼえた。

「だがそんなお前のために、おれさまがいいアドバイスをしてやる」

 おそらく笑ったのだろう。顔を歪めたエドになんとか向き直る。
「自分がダメだと思ったらとにかく思うがままに尽くすんだ。どんなことでもいい。とにかくひたすら優しくするんだ。それで万事収まる」

 別の疲れを感じてつばさは脱力感でため息を吐いた。
 いろいろ話したのに、エドはオスとメス、男と女というあたりしか聞いていなかったらしい。
 しょせん馬なのだ。

「おお、おれさまのありがたいアドバイスに感動したか」

 ひひーんと鳴き声をあげる。
 その前向きさに呆れつつも、自分が悩んでいたのがすごく馬鹿らしくも思った。
 エドの言うとおり考え込むぐらいなら今からでも戻り、なにか手伝うことないか尋ねたらいいのだ。
 水を汲むとか、ものを運ぶとかそれぐらいの手伝いならつばさでもできるはずだ。
 すっきりするとこの集落は花が随分多いことに気づく。
 畑もあり、ナクラたちの生活の匂いがいたるところで漂っている。
 旅に必要なものがたくさん手に入りそうだった。

「ありがとう、エド。ぼくもお手伝いをするよ」
「ああ、頑張れよ」

 なんだかんだで気のいい馬にようやく表情をほころばせた。

「たいへん、たいへん」

 慌てた声につばさは声の方を向く。
 一人のナクラが何度も叫びながら走っていた。つばさをみるとこちらへと駆けてくる。

「客人、倒れた」
「サギが? なんで?」
「ありがとう、いって、壁かけ、たのんで」
 らちがあかない。

「案内して」
 とナクラを促し、つばさは走った。
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