1 / 62
プロローグ
霧の中
しおりを挟む
「ちぇ。のぞみのやつ、いい加減なことをいいやがって」
懐中電灯で足下を照らしながら、つばさはぶつくさとつぶやいた。
よほど山奥なのか、車道の外はうっそうと木が生い茂っている。
葉のしげみを風が通る音に、ヒヨドリやムクドリの鳴き声が絶え間なく続いていた。
周囲は濃い霧がたちこめ、少し先の視界を遮断していた。まだ昼前だというのにひどく視界が悪い。懐中電灯の光がなければ、すぐ先もわからないほどだった。
「本当に自動販売機なんかあるの?」
つばさはもう一度つぶやいた。
五月の大型連休を利用し、家族で田舎の祖父母の家に行く最中だった。
妹ののぞみが、のどが渇いたからジュースがほしいと言い出した。
道路脇の休憩スペースで車を止めたお父さんに、さっき自販機を見たからそこまで買いに行くとのぞみはきかなかい。
山道にさしかかり、霧がでてきたこともあってお父さんはためらっていた。
車で戻るには道が狭いし、他の車がこないとも限らない、とのぞみをなだめていた。
だからといって「買いに行く」というのぞみを外に出すのは危なすぎる。
「じゃあぼくがぱっといって、買って戻ってくるよ」
そんなわけでつばさはお母さんからもらった小銭と、懐中電灯だけをもって霧の中、ジュースを探して歩いていたのだった。
しばらく歩いたけど自動販売機はおろか、他の車のライトなど見つけることができなかった。
このまま戻ろうか。でも何もなければのぞみがまたかんしゃくをおこすかもしれない。
ゲームをするといったのぞみにスマホを貸したのが悔やまれた。
「もう少しだけ、あそこの曲がり角まで行って、それで何もなかったら戻ろう」
自分を納得させると、つばさは再び歩き出した。
「本当にすごい霧だ。こんなは霧今まで見たことがないや」
まるでゲームの中みたいだと思った。
いっそこのままゲームみたいにつばさが主人公の世界にでもいけないだろうか。そこではつばさは選ばれた勇者で、特別な才能が与えられる。そしてみんなに尊敬されるのだ。
そんな妄想をしている間に、曲がり角のところにたどりついた。懐中電灯で森を照らす。ふとそこに白いシルエットが写った
白い鳥が立派な木の枝に止まっていることに気づいた。
「フクロウだ」
つばさは動物や恐竜の図鑑を読むのは割と好きだった。
特に鳥など飛ぶ動物が好きだ。つばさという名前だからかもしれない。
だから霧の中でもシルエットでそれがふくろうだってわかった。
「知恵の象徴と言われている鳥なんだっけ?」
実際にかしこそうな目をしている。
「でも白いフクロウだなんているんだ」
ものめずらしく眺めていると、フクロウはホゥホゥと鳴き声をあげた。
それから羽音立てて飛び上がる。木の枝と葉がすれる音が耳に入った。
フクロウはつばさの背中のほうに、今まで歩いてきた方向に飛んだようだ。
懐中電灯でその姿を追いかけ、振り返る。
「え?」
懐中電灯の光が、傾斜をまっすぐに上を照らす。
だけどその先に家族が待つ車が見えない。
自分が思っていたより長い距離を歩いたらしい。途端に深い霧の、山中で一人であることが心細く感じた。
懐中電灯の光を足下に落とし、フクロウの後を追うように早足で元来た道を戻る。
来た時は下りだったが、今度は登りだ。つばさは体力がある方ではないので、少し歩いたらだんだん息が上がってきた。じめっとした嫌な汗が、シャツにしみるのを感じる。
それにずいぶんと足下が悪い。車道がアスファルトで舗装されていないのだ。山道では車が通る道でもそういうこともあるが、今まで気がつかなかった。
何度かこけそうになり、叫びたい気持ちを抑えながらつばさは進んだ。
車はまだ見えない。まさかつばさを置いて三人で行ってしまったのかと、不安で心臓が信じられないほど大きな音を立てていた。
いや大丈夫だ。いくらなんでもそんなことをしないはずだ。この丘を越えたら車の中でみんな待っているはず。
息も絶え絶えになりながら、最後の坂を走って駆け上がった。
「なに、これ?」
つばさは思わず絶句する。
車が停まっていない、というどころではない。
つばさの足下に、広大な森が広がっていたのだ。
霧は幾分かマシになっていて、果ての見えない深い森が続いているのがハッキリと見える。
「どういうこと?」
道を間違えたとかそういうレベルではない。まるで違う世界にやってきたようだ。
「おとうさん、おかあさん! のぞみ!」
つばさは家族の名前を大きな声で呼んだ。
恥も外聞も何もなかった。
だけどつばさの呼びかけに応えてくれる者はなく、ただ自分の声がこだまして返ってくるだけであった。
懐中電灯で足下を照らしながら、つばさはぶつくさとつぶやいた。
よほど山奥なのか、車道の外はうっそうと木が生い茂っている。
葉のしげみを風が通る音に、ヒヨドリやムクドリの鳴き声が絶え間なく続いていた。
周囲は濃い霧がたちこめ、少し先の視界を遮断していた。まだ昼前だというのにひどく視界が悪い。懐中電灯の光がなければ、すぐ先もわからないほどだった。
「本当に自動販売機なんかあるの?」
つばさはもう一度つぶやいた。
五月の大型連休を利用し、家族で田舎の祖父母の家に行く最中だった。
妹ののぞみが、のどが渇いたからジュースがほしいと言い出した。
道路脇の休憩スペースで車を止めたお父さんに、さっき自販機を見たからそこまで買いに行くとのぞみはきかなかい。
山道にさしかかり、霧がでてきたこともあってお父さんはためらっていた。
車で戻るには道が狭いし、他の車がこないとも限らない、とのぞみをなだめていた。
だからといって「買いに行く」というのぞみを外に出すのは危なすぎる。
「じゃあぼくがぱっといって、買って戻ってくるよ」
そんなわけでつばさはお母さんからもらった小銭と、懐中電灯だけをもって霧の中、ジュースを探して歩いていたのだった。
しばらく歩いたけど自動販売機はおろか、他の車のライトなど見つけることができなかった。
このまま戻ろうか。でも何もなければのぞみがまたかんしゃくをおこすかもしれない。
ゲームをするといったのぞみにスマホを貸したのが悔やまれた。
「もう少しだけ、あそこの曲がり角まで行って、それで何もなかったら戻ろう」
自分を納得させると、つばさは再び歩き出した。
「本当にすごい霧だ。こんなは霧今まで見たことがないや」
まるでゲームの中みたいだと思った。
いっそこのままゲームみたいにつばさが主人公の世界にでもいけないだろうか。そこではつばさは選ばれた勇者で、特別な才能が与えられる。そしてみんなに尊敬されるのだ。
そんな妄想をしている間に、曲がり角のところにたどりついた。懐中電灯で森を照らす。ふとそこに白いシルエットが写った
白い鳥が立派な木の枝に止まっていることに気づいた。
「フクロウだ」
つばさは動物や恐竜の図鑑を読むのは割と好きだった。
特に鳥など飛ぶ動物が好きだ。つばさという名前だからかもしれない。
だから霧の中でもシルエットでそれがふくろうだってわかった。
「知恵の象徴と言われている鳥なんだっけ?」
実際にかしこそうな目をしている。
「でも白いフクロウだなんているんだ」
ものめずらしく眺めていると、フクロウはホゥホゥと鳴き声をあげた。
それから羽音立てて飛び上がる。木の枝と葉がすれる音が耳に入った。
フクロウはつばさの背中のほうに、今まで歩いてきた方向に飛んだようだ。
懐中電灯でその姿を追いかけ、振り返る。
「え?」
懐中電灯の光が、傾斜をまっすぐに上を照らす。
だけどその先に家族が待つ車が見えない。
自分が思っていたより長い距離を歩いたらしい。途端に深い霧の、山中で一人であることが心細く感じた。
懐中電灯の光を足下に落とし、フクロウの後を追うように早足で元来た道を戻る。
来た時は下りだったが、今度は登りだ。つばさは体力がある方ではないので、少し歩いたらだんだん息が上がってきた。じめっとした嫌な汗が、シャツにしみるのを感じる。
それにずいぶんと足下が悪い。車道がアスファルトで舗装されていないのだ。山道では車が通る道でもそういうこともあるが、今まで気がつかなかった。
何度かこけそうになり、叫びたい気持ちを抑えながらつばさは進んだ。
車はまだ見えない。まさかつばさを置いて三人で行ってしまったのかと、不安で心臓が信じられないほど大きな音を立てていた。
いや大丈夫だ。いくらなんでもそんなことをしないはずだ。この丘を越えたら車の中でみんな待っているはず。
息も絶え絶えになりながら、最後の坂を走って駆け上がった。
「なに、これ?」
つばさは思わず絶句する。
車が停まっていない、というどころではない。
つばさの足下に、広大な森が広がっていたのだ。
霧は幾分かマシになっていて、果ての見えない深い森が続いているのがハッキリと見える。
「どういうこと?」
道を間違えたとかそういうレベルではない。まるで違う世界にやってきたようだ。
「おとうさん、おかあさん! のぞみ!」
つばさは家族の名前を大きな声で呼んだ。
恥も外聞も何もなかった。
だけどつばさの呼びかけに応えてくれる者はなく、ただ自分の声がこだまして返ってくるだけであった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる