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プロローグ

霧の中

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「ちぇ。のぞみのやつ、いい加減なことをいいやがって」

 懐中電灯で足下を照らしながら、つばさはぶつくさとつぶやいた。
 よほど山奥なのか、車道の外はうっそうと木が生い茂っている。
 葉のしげみを風が通る音に、ヒヨドリやムクドリの鳴き声が絶え間なく続いていた。
 周囲は濃い霧がたちこめ、少し先の視界を遮断していた。まだ昼前だというのにひどく視界が悪い。懐中電灯の光がなければ、すぐ先もわからないほどだった。

「本当に自動販売機なんかあるの?」
 つばさはもう一度つぶやいた。


 五月の大型連休を利用し、家族で田舎の祖父母の家に行く最中だった。
 妹ののぞみが、のどが渇いたからジュースがほしいと言い出した。
 道路脇の休憩スペースで車を止めたお父さんに、さっき自販機を見たからそこまで買いに行くとのぞみはきかなかい。
 山道にさしかかり、霧がでてきたこともあってお父さんはためらっていた。
 車で戻るには道が狭いし、他の車がこないとも限らない、とのぞみをなだめていた。
 だからといって「買いに行く」というのぞみを外に出すのは危なすぎる。

「じゃあぼくがぱっといって、買って戻ってくるよ」

 そんなわけでつばさはお母さんからもらった小銭と、懐中電灯だけをもって霧の中、ジュースを探して歩いていたのだった。
 
 しばらく歩いたけど自動販売機はおろか、他の車のライトなど見つけることができなかった。
 このまま戻ろうか。でも何もなければのぞみがまたかんしゃくをおこすかもしれない。
 ゲームをするといったのぞみにスマホを貸したのが悔やまれた。

「もう少しだけ、あそこの曲がり角まで行って、それで何もなかったら戻ろう」
 
 自分を納得させると、つばさは再び歩き出した。
 

「本当にすごい霧だ。こんなは霧今まで見たことがないや」

 まるでゲームの中みたいだと思った。
 いっそこのままゲームみたいにつばさが主人公の世界にでもいけないだろうか。そこではつばさは選ばれた勇者で、特別な才能が与えられる。そしてみんなに尊敬されるのだ。
  そんな妄想をしている間に、曲がり角のところにたどりついた。懐中電灯で森を照らす。ふとそこに白いシルエットが写った
 白い鳥が立派な木の枝に止まっていることに気づいた。

「フクロウだ」

 つばさは動物や恐竜の図鑑を読むのは割と好きだった。
 特に鳥など飛ぶ動物が好きだ。つばさという名前だからかもしれない。
 だから霧の中でもシルエットでそれがふくろうだってわかった。

「知恵の象徴と言われている鳥なんだっけ?」
 実際にかしこそうな目をしている。

「でも白いフクロウだなんているんだ」

 ものめずらしく眺めていると、フクロウはホゥホゥと鳴き声をあげた。
 それから羽音立てて飛び上がる。木の枝と葉がすれる音が耳に入った。
 フクロウはつばさの背中のほうに、今まで歩いてきた方向に飛んだようだ。
 懐中電灯でその姿を追いかけ、振り返る。
 
「え?」

 懐中電灯の光が、傾斜をまっすぐに上を照らす。
 だけどその先に家族が待つ車が見えない。
 自分が思っていたより長い距離を歩いたらしい。途端に深い霧の、山中で一人であることが心細く感じた。
 懐中電灯の光を足下に落とし、フクロウの後を追うように早足で元来た道を戻る。
 来た時は下りだったが、今度は登りだ。つばさは体力がある方ではないので、少し歩いたらだんだん息が上がってきた。じめっとした嫌な汗が、シャツにしみるのを感じる。
 それにずいぶんと足下が悪い。車道がアスファルトで舗装されていないのだ。山道では車が通る道でもそういうこともあるが、今まで気がつかなかった。
 何度かこけそうになり、叫びたい気持ちを抑えながらつばさは進んだ。
 車はまだ見えない。まさかつばさを置いて三人で行ってしまったのかと、不安で心臓が信じられないほど大きな音を立てていた。
 いや大丈夫だ。いくらなんでもそんなことをしないはずだ。この丘を越えたら車の中でみんな待っているはず。
 息も絶え絶えになりながら、最後の坂を走って駆け上がった。

「なに、これ?」

 つばさは思わず絶句する。
 車が停まっていない、というどころではない。
 つばさの足下に、広大な森が広がっていたのだ。
 霧は幾分かマシになっていて、果ての見えない深い森が続いているのがハッキリと見える。

「どういうこと?」
 道を間違えたとかそういうレベルではない。まるで違う世界にやってきたようだ。

「おとうさん、おかあさん! のぞみ!」

 つばさは家族の名前を大きな声で呼んだ。
 恥も外聞も何もなかった。
 だけどつばさの呼びかけに応えてくれる者はなく、ただ自分の声がこだまして返ってくるだけであった。
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