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敵襲と日本酒
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「ふざけるな。うちの従業員だ。そもそもお前になんて見せたくも無い。見るな」
見るなって、ちょっと滅茶苦茶言ってません? 険しい表情の伊吹くんの言葉を流すように、茨木さんはまた笑います。余裕、という感じです。
「ええやん、人間の女なんてまたその辺で拾ってくれば。その子に拘るの、なにか理由があるんじゃなくて?」
「お前には関係無い」
「そもそも伊吹、あんた、女嫌い治ったわけ? あの子以外の女と会話とか出来るん? 筋金いりやったんやさかいそないな簡単に治るわけ・・・・・・」
「ぁっ……あの!」
伊吹くんの顔がどんどん険しくなるのを止めたくて、思い切って声を上げてしまいました。私に皆の視線が集まります。どうしよう、どうしよう、何を話せばいいんだろう。そうだ、今は営業中なんだった。緊張のあまり変な方向に思考が巡っていきます。
接客業といえばお客様対応! そして、まずはご案内! です! 私は夜都賀さんの背中の横から顔を出して、精一杯大きな声を出しました。
「あああ、あの、私、この状況把握できていないのですが・・・・・・お客様でしょうか? でしたらどうぞ! まずはお席にお座りくださいっ」
「「「……いやいやいや」」」
「どう見ても客じゃねーだろ」
スパさんとエイコさん、そして伊吹くんが声を合わせて入り口を指さしながら私の方を振り返りました。伊吹くんははっとした顔をすると、すぐに目線を入り口に戻して、再び茨木さんを睨みます。気を抜いてはいけない、という考えなのでしょうか。
そんな中、考え事をするような表情で口元に手を当てていた夜都賀さんがようやく口を開きました。
「そうだねぇ。甘祢ちゃんの言うことにも一理あるんじゃないかな。カウンター席は窮屈そうだし、積もる話もあるだろうし、どうぞ。手前のテーブル席へ」
夜都賀さんと茨木さん目を合わせると、空中にピリリと電流が走るような緊張感が生まれます。けれどもすぐに、茨木さんはめを反らして、また元の笑顔へと戻りました。
「・・・・・・そやね、お嬢さんの言う通り、お客としてお邪魔しましょか。それとも一見さんはお断り?」
「元々知った仲でしょう。ようこそ、OROCHIへ」
ぽかんとするスパさんとエイコさん、そして、キツい目をしたままの伊吹くんを余所に、茨木さんは、すとんと体重を感じさせずにテーブル席につきました。
「甘祢ちゃん、オーダーお願いね」
夜都賀さんに伝票を渡されて、テーブル席へと向かいます。……店内の緊張感とみんなの目線に晒されながら。自分から言い出したんだから、自分でなんとかしなくてはいけません。それに、私が初めて対応する、外からのお客様です。精一杯、頑張るだけです。
「あの、ご注文は……」
「そやね、貴醸酒ある? あまぁいの」
「き、じょうしゅ? 夜都賀さーん、あります?」
「お耳が早いねぇ。ちょうど今日そこの酒造で仕上がったの仕入れたよ。同じ酒造の限定純米大吟醸もあるし」
「そやね、日本酒ならなーんでも好きなんやけど、大抵のものは飲み尽くしてもうてるさかいねぇ」
「大抵のもの? 日本酒って種類があるんですか?」
「ふふ、甘祢ちゃん、だっけ」
「あ、はい! い、茨木さん、ですよね」
「よろしゅうおたのもうします。日本酒ってね、お米の磨き具合やら何やらで、種類変わんねんな。昔はそないなんなかったけどなぁ。精米技術急に発展した明治のねきからかしら。懐かしいわぁ。吟醸だのなんやの出てきてな、どれも初めて飲んだときは感動したわぁ。普通はお水でお米を仕込むねん。もろみ造りのときね。そやけど貴醸酒はその段階の最後でお水の代わりにお酒を使うんよ。昔は無かったわ、こないなお酒……」
早口。よくわからないけれど、茨木さんはお酒が好きなのだろう。私が全くついていけていないのに1人で喋り続けているのが楽しそうなので、とりあえず喋って頂くのがいいのでしょうか。
「あーあ、うんちくを語る客ほど面倒なものは無ぇな」
茨木さんの対面にどかっと座った伊吹くんが、茨木さんの喋りを遮りました。あ、茨木さん、微妙に機嫌が悪そうです。イラっとしているのがなんとなくわかります。
と、私が伝票に何も書かないうちに、夜都賀さんがコロンとした丸いグラスに少しだけ黄色がかった透明な液体を入れて運んで来ました。
私、何もしていません。役立たずにも程がありますね……。
「夜都賀、ありがとぉな。伊吹。新しい従業員ちゃんの教育に協力したってるんとちがう、感謝されてもええ思うけど」
「厄介な客は自覚無いよな……で、お前さ、何その喋り方。昔はそんなんじゃなかったのにいつの間にか京都に毒されてんじゃねーか、茨木」
伊吹くんは相変わらずトゲトゲした態度を崩しません。そんな伊吹くんに対してか、茨木さんは、はぁー、と大きく溜息をつきました。
「伊吹、夜都賀。それにそこのアンタら」
茨木さんは伊吹くん、夜都賀さんと順番に見たあと、最後にスパさんをエイコさんをひとまとめにして指をさしました。
「あんたらが死んどった間も、京都から離れてた間も、ずっとここで生きてきたさかいね、そらあこなもなるわ。なのにひょいと100年前に戻ってきたあんたらがこの辺仕切りはじめて……ほんま腹立つわ。つまりな、あんたらとは時間の積み重ねがちゃうんどす」
「あ、そ。しっくり来ねぇな」
夜都賀さんが白く濁った日本酒の瓶と陶器のコップを持ってきて、渡され促されるまま、私は伊吹くんの持ったコップにそれを注いでいきます。ちらりとこっちを見た伊吹くんは、一瞬だけ笑ってすぐに目線を茨木さんへと戻しました。ずっと気を張っているように見えます。
「どぶろくだよ。伊吹ちゃんはやっぱこれが好きなんだよね」
私の耳元で夜都賀さんが囁きました。どぶろく。なんとなく聞いたことがある、ような。ずっと昔からあるお酒、ということだけは知っています。
「なぁんも変わってへんね、伊吹は。昔の頃のまんま」
「在り方は変える必要がある。けど、見た目やら喋り方をお前みたいに変える必要は無いからな」
「あっはっはっは、やっぱり……伊吹、あんた子供やわ」
茨木さんはまた大げさに笑うと、グラスの中身を一気に飲み干しました。
見るなって、ちょっと滅茶苦茶言ってません? 険しい表情の伊吹くんの言葉を流すように、茨木さんはまた笑います。余裕、という感じです。
「ええやん、人間の女なんてまたその辺で拾ってくれば。その子に拘るの、なにか理由があるんじゃなくて?」
「お前には関係無い」
「そもそも伊吹、あんた、女嫌い治ったわけ? あの子以外の女と会話とか出来るん? 筋金いりやったんやさかいそないな簡単に治るわけ・・・・・・」
「ぁっ……あの!」
伊吹くんの顔がどんどん険しくなるのを止めたくて、思い切って声を上げてしまいました。私に皆の視線が集まります。どうしよう、どうしよう、何を話せばいいんだろう。そうだ、今は営業中なんだった。緊張のあまり変な方向に思考が巡っていきます。
接客業といえばお客様対応! そして、まずはご案内! です! 私は夜都賀さんの背中の横から顔を出して、精一杯大きな声を出しました。
「あああ、あの、私、この状況把握できていないのですが・・・・・・お客様でしょうか? でしたらどうぞ! まずはお席にお座りくださいっ」
「「「……いやいやいや」」」
「どう見ても客じゃねーだろ」
スパさんとエイコさん、そして伊吹くんが声を合わせて入り口を指さしながら私の方を振り返りました。伊吹くんははっとした顔をすると、すぐに目線を入り口に戻して、再び茨木さんを睨みます。気を抜いてはいけない、という考えなのでしょうか。
そんな中、考え事をするような表情で口元に手を当てていた夜都賀さんがようやく口を開きました。
「そうだねぇ。甘祢ちゃんの言うことにも一理あるんじゃないかな。カウンター席は窮屈そうだし、積もる話もあるだろうし、どうぞ。手前のテーブル席へ」
夜都賀さんと茨木さん目を合わせると、空中にピリリと電流が走るような緊張感が生まれます。けれどもすぐに、茨木さんはめを反らして、また元の笑顔へと戻りました。
「・・・・・・そやね、お嬢さんの言う通り、お客としてお邪魔しましょか。それとも一見さんはお断り?」
「元々知った仲でしょう。ようこそ、OROCHIへ」
ぽかんとするスパさんとエイコさん、そして、キツい目をしたままの伊吹くんを余所に、茨木さんは、すとんと体重を感じさせずにテーブル席につきました。
「甘祢ちゃん、オーダーお願いね」
夜都賀さんに伝票を渡されて、テーブル席へと向かいます。……店内の緊張感とみんなの目線に晒されながら。自分から言い出したんだから、自分でなんとかしなくてはいけません。それに、私が初めて対応する、外からのお客様です。精一杯、頑張るだけです。
「あの、ご注文は……」
「そやね、貴醸酒ある? あまぁいの」
「き、じょうしゅ? 夜都賀さーん、あります?」
「お耳が早いねぇ。ちょうど今日そこの酒造で仕上がったの仕入れたよ。同じ酒造の限定純米大吟醸もあるし」
「そやね、日本酒ならなーんでも好きなんやけど、大抵のものは飲み尽くしてもうてるさかいねぇ」
「大抵のもの? 日本酒って種類があるんですか?」
「ふふ、甘祢ちゃん、だっけ」
「あ、はい! い、茨木さん、ですよね」
「よろしゅうおたのもうします。日本酒ってね、お米の磨き具合やら何やらで、種類変わんねんな。昔はそないなんなかったけどなぁ。精米技術急に発展した明治のねきからかしら。懐かしいわぁ。吟醸だのなんやの出てきてな、どれも初めて飲んだときは感動したわぁ。普通はお水でお米を仕込むねん。もろみ造りのときね。そやけど貴醸酒はその段階の最後でお水の代わりにお酒を使うんよ。昔は無かったわ、こないなお酒……」
早口。よくわからないけれど、茨木さんはお酒が好きなのだろう。私が全くついていけていないのに1人で喋り続けているのが楽しそうなので、とりあえず喋って頂くのがいいのでしょうか。
「あーあ、うんちくを語る客ほど面倒なものは無ぇな」
茨木さんの対面にどかっと座った伊吹くんが、茨木さんの喋りを遮りました。あ、茨木さん、微妙に機嫌が悪そうです。イラっとしているのがなんとなくわかります。
と、私が伝票に何も書かないうちに、夜都賀さんがコロンとした丸いグラスに少しだけ黄色がかった透明な液体を入れて運んで来ました。
私、何もしていません。役立たずにも程がありますね……。
「夜都賀、ありがとぉな。伊吹。新しい従業員ちゃんの教育に協力したってるんとちがう、感謝されてもええ思うけど」
「厄介な客は自覚無いよな……で、お前さ、何その喋り方。昔はそんなんじゃなかったのにいつの間にか京都に毒されてんじゃねーか、茨木」
伊吹くんは相変わらずトゲトゲした態度を崩しません。そんな伊吹くんに対してか、茨木さんは、はぁー、と大きく溜息をつきました。
「伊吹、夜都賀。それにそこのアンタら」
茨木さんは伊吹くん、夜都賀さんと順番に見たあと、最後にスパさんをエイコさんをひとまとめにして指をさしました。
「あんたらが死んどった間も、京都から離れてた間も、ずっとここで生きてきたさかいね、そらあこなもなるわ。なのにひょいと100年前に戻ってきたあんたらがこの辺仕切りはじめて……ほんま腹立つわ。つまりな、あんたらとは時間の積み重ねがちゃうんどす」
「あ、そ。しっくり来ねぇな」
夜都賀さんが白く濁った日本酒の瓶と陶器のコップを持ってきて、渡され促されるまま、私は伊吹くんの持ったコップにそれを注いでいきます。ちらりとこっちを見た伊吹くんは、一瞬だけ笑ってすぐに目線を茨木さんへと戻しました。ずっと気を張っているように見えます。
「どぶろくだよ。伊吹ちゃんはやっぱこれが好きなんだよね」
私の耳元で夜都賀さんが囁きました。どぶろく。なんとなく聞いたことがある、ような。ずっと昔からあるお酒、ということだけは知っています。
「なぁんも変わってへんね、伊吹は。昔の頃のまんま」
「在り方は変える必要がある。けど、見た目やら喋り方をお前みたいに変える必要は無いからな」
「あっはっはっは、やっぱり……伊吹、あんた子供やわ」
茨木さんはまた大げさに笑うと、グラスの中身を一気に飲み干しました。
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