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無職とコーヒー

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 早足で歩く少年の背中を見失わないように。
 辺りは街中にしては暗く、ぼんやりとしていてよく見えません。狭い路地を曲がった先も、また狭くて、一体どこを歩いているのかさっぱりわかりません。
 それに、さっきまで感じていた刺すような寒さも感じません。ほんのり暖かくて、まるで夢の中にいるようです。
 2,3分歩くうちに、周囲に気配を感じるようになってきました。相変わらず何も見えないけれど、何かがいる、そんな感じです。

「怖いか?」

 振り返らずに赤髪の少年、伊吹いぶきくんが話しかけてきました。

「い、いいえ! あなたがいるから大丈夫です!」

 さっきの様子を見ればわかります。不思議な力を使うけど、この子は強い。それに、優しい。だから、怖くない。

「ふぅん。オレが怖くないのか」
「はい、私のこと、助けてくれましたし」

 途端に伊吹くんが立ち止まる。その背中にぶつかりそうになってしまって、おっとっと、と私は慌てて足を止めました。
 彼の肩がプルプルと震えています。どうしたのでしょう。

「ふふ……はは……アハハハハハ!」

 かと思うと、いきなり笑い出しました。知らない間に彼が面白いと感じる行動を取ってしまったのでしょうか。1人あたふたしていると、伊吹くんはくるりと振り返りました。
 私の後ろに月がある。そう気が付きました。
 目の前の真っ赤な目がギラギラと光っているからです。きっと月の光を反射しているのです。赤いのに、冷たく感じる、炎のようなのに、とても静かに見える、そんな瞳。

甘祢あまね。お前、自分のことをわかっているのか?」
「私のこと、ですか? ええと……今日から無職になる今日20歳になった普通の女です!」
「あのな、そういうことではなくて……」
「あっ、身長は158センチ、京都の山奥出身です。村の一番奥の家で、母が亡くなってからは一人で暮らしていたので! 家事炊事は得意です! 苦手なことは人と喋ることです! 好きな食べ物は漬け物で、嫌いな食べ物は……」
「なるほど」

 遮るような相槌に、途端に不安になります。

「す、すみません、嫌いな食べ物情報はいりません、よね……。ええと、あとは、そう、接客業はマニュアルがあればある程度はできます! あと以前工場勤務もしていましたし、夜勤、夜勤もできます!」

 伊吹くん(今更だしそう呼んでいいのかわからないけど、年下に見えるからくん付けでいいよね!)の聞きたいことが何なのかわからないので、とにかく思いつくことを並べます。人と話すのが苦手で、この性格のお陰で仕事の面接はいつも気が重いです。というか、人に自分のことを聞かれるなんて面接のときくらいなので、ついつい仕事の面接のような受け答えになってしまいました。人とお話するときってきっとこうではないですよね。
 どうしよう、他に何を言えばいいのだろう。伊吹くんの、何かを考え込んでいるような表情からは何もわからずあたふたしてしまいます。

「して、質問なのだが」
「は、はひっ!」
「今夜から働けるか?」
「や、夜勤ですか? はい、いけます! あ、でもその、条件とかお仕事内容とか、あの……」
「酒は飲めるか?」
「え? いえ、昨日まで19でしたしわかりません……」
「……まぁ、いい。これから覚えていけ。教えてやるよ」

 いやいやいや、どう見ても10代の子が言っていい台詞ではない気がします。でも、もしかしたらものすごく童顔な年上なのかもしれません。そもそも仕事って何なのでしょうか。
 薄暗い路地、夜勤。
 もしかしてお客さんと割とフリーなトークをする接客業なのでしょうか。それならば断らなくてはいけません。私にそんなこと、出来るはずがありません。でも恩人相手に断るなんて申し訳なさすぎて出来る訳もありません。詰みました。

「何か言いたそうな顔をしているな」
「い、いえ! なにも!」
「よし、そうと決まれば早速準備だ」
「へ、準備……?」

 伊吹くんが私の手を改めて握ってきました。
 身長の割に大きな手。幼い頃に母親と手を繋いだ経験以来、人の手にこんなにもきちんと触れたことがなかった私は、その暖かさに胸がぎゅうと締め付けられたようになって、なぜだか泣きそうになりました。

 伊吹くんはそのまま、駆け出す直前みたいなスピードで進んでいきます。私は引っ張られながらただついていくしかありません。
 と、遠くにほんのりと灯りが見えてきました。
 近づくとだんだんとそれは店の灯りで、和風な造りの、真っ赤な扉も見えてきました。
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