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番外編 第二話

その三 決めた。

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 ショートボブの黒髪に、黒い瞳。年齢は俺達と同じくらい。顔付きからして、東の国の人間のように見える。俺はその女に言う。



「トウカとか言ったな。俺達の話が聞こえていたとか、余程の地獄耳みたいだな」



 その声音に警戒の色を込めて。受付嬢との会話は小声でしていて、他の奴らには聞こえないようにしていたからだ。女は俺の様子に気付いたのか、ひょうひょうとしていた態度に少しの真面目さを漂わせた。



「これは悪かったね。あたしは『気功』というやつの使い手で、緊急時にすぐに対応出来るように、耳をよく聞こえるようにしているのが癖なんだ」

「…………」



 熟練の魔法使いが聴力を強化しているのと同じようなもの……らしい。



「まあ、いまのあたしじゃあせいぜい数メートルくらいの範囲しか聞き取れないけどね。それに全部の音声を拾ってたら疲れちゃうから、興味ないやつとか必要なさそうなのは無視してるし」

「気功か。やっぱり東の国の奴だったか。昔に、話し掛けてきた奴らの話を全部聞き分けたとかいう奴もいたらしいな」



 女はわずかに目を丸くした。



「おや。東の国や気功のことをご存じで?」

「俺の師匠といた頃に、色んなところを旅していただけだ。人生経験だとか、色んな国のことを知って知見を広めるためだとか、そんな理由で」

「師匠? そこのイケメン君かい?」



 女がサムソンを指差す。サムソンは眉を少しだけひそめた。何だこの女性は、とか思ってそうな顔だ。

 俺は答えた。



「いや違う。俺の師匠はもっと年上で、ただのロリババアだ」

「ロリババア? 真逆の意味のそれらが成立するのかい?」

「実際にそうなんだから仕方ねえ。俺だってなんだそれって思ってるしな」

「よっぽどの童顔で幼児体型のようだね。くくく……面白いなあ……」



 いったいなにが面白いのか、女は忍び笑いを漏らす。それからこちらに腕を伸ばしながらパチンッと指を鳴らして、芝居がかったように言ってきた。



「決めた。君達が何と言おうと、あたしは君達についていくよ。さあ、そのゴロツキ共を成敗しに行こうじゃあないか。おー」



 士気を上げようとするように、女が右腕を上げながらギルドの入口へと向かおうとする。

 思わず俺は目を丸くしていた。サムソンも若干呆れたような顔だった。女の言葉を真に受けていたのは受付嬢くらいで、彼女は慌てたように女に声を掛ける。



「あ、あのっ。相手の拠点とか隠れ家とか、知ってるんですかっ⁉」

「へ……?」



 女が振り返る。きょとんとした顔で。知らなかったらしい。



「そ、それに貴方のランクも聞いてませんよっ。名前とか、クエストを正式に受諾する為の手続きも済ませていませんしっ」

「……やれやれ。面倒だなあ、ギルドのこういうところは。あたしの苦手な言葉のランキング上位に入るよ、『手続き』ってやつは」



 女が肩をすくめる。その仕草、いままさに俺もしたいところだ。この女に対して。



「あたしは武闘家のトウカ。ランクはB。東の国出身だ。さあ、さっさと手続きを願おうか」



 自分の腰に手を当てて、改めて女はそう自己紹介した。

 そして。クエストを受諾すると、俺達は受付嬢に教えてもらったゴロツキ共がたむろしているという場所に向かっていた。ギルドの調査部が調べ上げた情報らしく、そこを根城にしているらしい。



「他にも隠れ家があるかもしれないから、分かり次第教えてくれるなんて、優しい受付嬢さんだったねえ。あたしの好きな言葉のランキング上位に入るよ、『優しい受付嬢』は」



 俺とサムソンの後ろを歩きながら女……トウカがそう言ってくる。やれやれ、現金な奴だな。

 俺達はいま建物と建物の間の路地を歩いていた。足元には木箱の破片とかパンの包み紙とかのゴミクズが転がっていて、ときおりネズミが通り過ぎていく。

 俺は隣を歩くサムソンに言う。小声にしてもトウカには聞こえるだろうから、あえて普通の声量で。



「おい、本当にいいのか? こんな得体の知れない奴なんか同行させて。正直、別にこいつなんか連れなくても、いざとなったら俺達でゴロツキ共を片付ければいいんじゃねえか? クエスト関係なしに」

「……まさか君からそんなことを聞くとはな……」



 サムソンがトウカのほうをちらりと見やる。



「彼女は手練れだ。間違いなくね。いくら受付嬢から話を聞いていたからといって、僕達二人に気取られずに後ろまで近付いていたんだから」

「……それは、そうかもしんねえが……」

「さっき彼女も言っていたが、彼女は僕達についてくるだけさ。僕達がクエスト関係なしにゴロツキ共を始末するとしても、その後をこっそりと」

「…………」

「それなら、いっそのこと彼女も正式に同行させて、その実力や思惑を確かめた方が良い。僕はそう判断しただけさ」

「…………」



 なるほどな。それも確かに一理ある。

 と、そこでトウカが口を挟んでくる。やれやれと肩をすくめながら。



「全く。君達は初対面の女の子がすぐ後ろで聞いているのに、ズケズケと言いたいことを言ってくれるんだな。傷付いちゃうよ。いいのかい? 自分で言うのもなんだけど、あたしは結構可愛い方なのにさ」



 俺は呆れた。



「……マジで自分で言うなよって言葉だな」

「あはは。なら君が言ってくれるかい? 『トウカちゃん可愛いよ! マジ天使!』って。ほらせーのっ」

「誰が言うか!」



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