230 / 235
番外編 第二話
その三 決めた。
しおりを挟むショートボブの黒髪に、黒い瞳。年齢は俺達と同じくらい。顔付きからして、東の国の人間のように見える。俺はその女に言う。
「トウカとか言ったな。俺達の話が聞こえていたとか、余程の地獄耳みたいだな」
その声音に警戒の色を込めて。受付嬢との会話は小声でしていて、他の奴らには聞こえないようにしていたからだ。女は俺の様子に気付いたのか、ひょうひょうとしていた態度に少しの真面目さを漂わせた。
「これは悪かったね。あたしは『気功』というやつの使い手で、緊急時にすぐに対応出来るように、耳をよく聞こえるようにしているのが癖なんだ」
「…………」
熟練の魔法使いが聴力を強化しているのと同じようなもの……らしい。
「まあ、いまのあたしじゃあせいぜい数メートルくらいの範囲しか聞き取れないけどね。それに全部の音声を拾ってたら疲れちゃうから、興味ないやつとか必要なさそうなのは無視してるし」
「気功か。やっぱり東の国の奴だったか。昔に、話し掛けてきた奴らの話を全部聞き分けたとかいう奴もいたらしいな」
女はわずかに目を丸くした。
「おや。東の国や気功のことをご存じで?」
「俺の師匠といた頃に、色んなところを旅していただけだ。人生経験だとか、色んな国のことを知って知見を広めるためだとか、そんな理由で」
「師匠? そこのイケメン君かい?」
女がサムソンを指差す。サムソンは眉を少しだけひそめた。何だこの女性は、とか思ってそうな顔だ。
俺は答えた。
「いや違う。俺の師匠はもっと年上で、ただのロリババアだ」
「ロリババア? 真逆の意味のそれらが成立するのかい?」
「実際にそうなんだから仕方ねえ。俺だってなんだそれって思ってるしな」
「よっぽどの童顔で幼児体型のようだね。くくく……面白いなあ……」
いったいなにが面白いのか、女は忍び笑いを漏らす。それからこちらに腕を伸ばしながらパチンッと指を鳴らして、芝居がかったように言ってきた。
「決めた。君達が何と言おうと、あたしは君達についていくよ。さあ、そのゴロツキ共を成敗しに行こうじゃあないか。おー」
士気を上げようとするように、女が右腕を上げながらギルドの入口へと向かおうとする。
思わず俺は目を丸くしていた。サムソンも若干呆れたような顔だった。女の言葉を真に受けていたのは受付嬢くらいで、彼女は慌てたように女に声を掛ける。
「あ、あのっ。相手の拠点とか隠れ家とか、知ってるんですかっ⁉」
「へ……?」
女が振り返る。きょとんとした顔で。知らなかったらしい。
「そ、それに貴方のランクも聞いてませんよっ。名前とか、クエストを正式に受諾する為の手続きも済ませていませんしっ」
「……やれやれ。面倒だなあ、ギルドのこういうところは。あたしの苦手な言葉のランキング上位に入るよ、『手続き』ってやつは」
女が肩をすくめる。その仕草、いままさに俺もしたいところだ。この女に対して。
「あたしは武闘家のトウカ。ランクはB。東の国出身だ。さあ、さっさと手続きを願おうか」
自分の腰に手を当てて、改めて女はそう自己紹介した。
そして。クエストを受諾すると、俺達は受付嬢に教えてもらったゴロツキ共がたむろしているという場所に向かっていた。ギルドの調査部が調べ上げた情報らしく、そこを根城にしているらしい。
「他にも隠れ家があるかもしれないから、分かり次第教えてくれるなんて、優しい受付嬢さんだったねえ。あたしの好きな言葉のランキング上位に入るよ、『優しい受付嬢』は」
俺とサムソンの後ろを歩きながら女……トウカがそう言ってくる。やれやれ、現金な奴だな。
俺達はいま建物と建物の間の路地を歩いていた。足元には木箱の破片とかパンの包み紙とかのゴミクズが転がっていて、ときおりネズミが通り過ぎていく。
俺は隣を歩くサムソンに言う。小声にしてもトウカには聞こえるだろうから、あえて普通の声量で。
「おい、本当にいいのか? こんな得体の知れない奴なんか同行させて。正直、別にこいつなんか連れなくても、いざとなったら俺達でゴロツキ共を片付ければいいんじゃねえか? クエスト関係なしに」
「……まさか君からそんなことを聞くとはな……」
サムソンがトウカのほうをちらりと見やる。
「彼女は手練れだ。間違いなくね。いくら受付嬢から話を聞いていたからといって、僕達二人に気取られずに後ろまで近付いていたんだから」
「……それは、そうかもしんねえが……」
「さっき彼女も言っていたが、彼女は僕達についてくるだけさ。僕達がクエスト関係なしにゴロツキ共を始末するとしても、その後をこっそりと」
「…………」
「それなら、いっそのこと彼女も正式に同行させて、その実力や思惑を確かめた方が良い。僕はそう判断しただけさ」
「…………」
なるほどな。それも確かに一理ある。
と、そこでトウカが口を挟んでくる。やれやれと肩をすくめながら。
「全く。君達は初対面の女の子がすぐ後ろで聞いているのに、ズケズケと言いたいことを言ってくれるんだな。傷付いちゃうよ。いいのかい? 自分で言うのもなんだけど、あたしは結構可愛い方なのにさ」
俺は呆れた。
「……マジで自分で言うなよって言葉だな」
「あはは。なら君が言ってくれるかい? 『トウカちゃん可愛いよ! マジ天使!』って。ほらせーのっ」
「誰が言うか!」
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね
いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。
しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。
覚悟して下さいませ王子様!
転生者嘗めないで下さいね。
追記
すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。
モフモフも、追加させて頂きます。
よろしくお願いいたします。
カクヨム様でも連載を始めました。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる