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第二部 炎魔の座
第百二十八話 手負いの野獣
しおりを挟む「グ……フ……ッ……⁉」
グレンが血を吐き、その瞳から光が失われていく。やがて身体が弛緩し、腕をダラリと下げた。斃した。死してなお黒剣を手放さないのは、無意識の意地だろうか。
「はあっ……はあっ……!」
俺は荒い息を吐く。やっと……勝った……。グレンがまとう魔力の耐久性は非常に高く、ミストルテインの光腕でなければおそらく貫けなかっただろう。
「勝っ……た……?」
サラがヘタリと座り込む。斃したという事実に緊張が解けてしまったのだろう。割座……いわゆる両足を左右に広げた女の子座りだった。
「ふん……我輩がトドメを刺すつもりだったが……まあいいだろう」
まとっていた魔力を解いてフリートが言う。そのそばにベルが近寄っていき小さく唸ると、フリートもまた鋭い瞳を返した。
「生きていたか。そこの光魔導士に恩を売ったようだな」
グルルとベルが低い唸りで応じた。互いに生き残ったというのに、淡白な会話だった。フリート達らしいといえば、らしいが。
そして俺はというと、光の右腕が消滅して地面へと膝をついてしまう。身体を支える余力さえ残っておらず、そのまま重力に引っ張られて横に倒れてしまった。
全員が満身創痍、疲労困憊だった。勝てたこと自体が奇跡に等しかった。
「……そうだ……エイラとヨナは……? ……他のみんなは……?」
どうなった? グレンとの戦いが熾烈だったせいで、いままで気にかけている余裕がなかった……エイラなら、生きてさえいれば大丈夫だとは思うが……。
「ふん。人の心配より自分の心配をするのだな。いまのお前なら、赤子の手を捻るより容易く殺せる」
フリートの声が降ってくる。すぐあとには食い付くようなサラの声も。
「フリート、貴様っ! グレンを斃したシャイナどのを殺すつもりか⁉」
「腰が抜けた奴が吼えるな」
フリートの睨む気配。サラ、俺へと。
「……だが、いまは見逃してやろう。こんな虫の息の奴を殺しても、何の意味もない。むしろ我輩の品位を落とすだけだ」
「…………っ」
まだ何か言おうとするサラを無視して、フリートが背を向ける。その背中越しに言ってきた。
「まだ噛み付く余力があるのなら、そこのボロクズのような光魔導士に肩でも貸すのだな。貴様にそんな甲斐甲斐しさがあればだが」
そうしてフリートはトリン達のほうへと歩いていく。その片足を小さく引きずりながら。態度こそいつも通りだったが、奴自身もう満身創痍なんだ。
「意識はありますか、シャイナどの?」
フラフラと立ち上がったサラが自分の片腕を押さえながら近寄ってくる。
「……なんとか……な……」
「良かった。立てますか?」
「……いや……情けないが……」
「そんなことはありません。肩を貸します」
サラが肩を貸してくれて、俺はなんとか立ち上がる。というか立ち上がらせてもらう。全身フラフラで、足に至っては自分の足かと疑うくらいだ。
「……重症ですね。私の魔力を分けましょう。それで何とか出来ますか?」
「……分からないが……やってみる……」
触れているサラの手から魔力が流れ込んでくる。魔力の譲渡は直接触れることでもできる。分けてもらった魔力をまとうと、さっきよりは微かにマシになった気がした。
それでも両足にはほとんど力が入らず、サラに引きずられているような状態だったが。
「……重いだろ……すまない……」
「気にしないでください。貴方はグレンを斃したのですから。この戦いの一番の戦功者といってもいいでしょう」
「……そんなことはない……みんながいたおかげだ……俺一人じゃ絶対に勝てなかった……」
「……謙虚ですね」
サラがチラリと、背後に立ったまま死んでいるグレンに視線を投げる。つられて俺も見る。
「しかし、死してなお崩れないとは。あの死体からは執念すら感じます。生への執念、勝利への執着。まるでまだ生きているようです」
「…………」
「そんなことあり得ないはずなのですがね」
冗談めかして、サラは再び前を向いた。歩いていく先にはトリン達がいる。エイラとヨナはまだ倒れたままだが、いずれ復活すればみんなの怪我を治してくれるはずだ。重傷が治ったばかりで申し訳ないが……。
そして俺もまた前に向き直ろうとする。グレンは斃したんだ、これ以上見ていても仕方がない……。そう思って前を向いた瞬間だった。
「ヴオオオオ……ッ!」
声が、手負いの野獣のような声が聞こえた。至極間近、すぐ背後から。サラとフリート、ベル、そして俺は振り返る。
「「「「っ⁉」」」」
目の前にグレンがいた。確かに心臓を貫き、完全に生命活動を停止させたはずの身体が、その右手に持つ黒剣を俺とサラへと振り上げていた。
「シャイナ! サラ!」
トリンが叫ぶ。フリートとベルがこちらへ向かってくる。完全に油断していたせいでサラは回避反応が遅れている。そして俺もまた。
間に合わない。斬られる。せめてサラだけでも……っ。俺は肩を借りていないほうの腕……肘から先が切断されている右腕をサラの脇腹へと向けて、その切断面から魔力の波動を放った。
「うく……っ⁉」
サラが少し先の地面へと吹き飛ばされていく。間に合ったのが自分でも信じられない。重傷のせいでグレンの斬撃もまたわずかに遅くなっていたのか。
だが、助けられたのはサラだけだ。俺自身は間に合わなかった。俺の背中に例えようのない激痛が縦に走る。大量の血が噴き出していく感覚。
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