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第二部 炎魔の座

第百二十五話 魔力譲渡

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 魔力譲渡の魔法。分類としては回復魔法に属するのだろうが、怪我や病気を治す魔法と違って、そこまで難しい魔法ではない……らしい。俺も話に聞いただけで、実際に使えるわけじゃないから詳しいことは分からないが。

 昔師匠が言っていたことには、魔力の譲渡自体は魔法を介さなくてもコツさえ掴めばできるそうだ。

 ただし、デメリットもある。魔力の質は個人差があるため、他人の魔力をそのままの質と量で受け取ることはできない。その人間の魔力へと変換される際に、少なからず量が減少してしまうらしい。

 また他人の魔力を受け取ることは、いうなれば他人の血液や臓器を移植することに似ている……そのため、場合によっては拒絶反応が出ることもあるらしい。

 これらのデメリットから、戦闘において基本的には魔力を譲渡するよりも、普通に自分で戦ったほうがマシらしい。魔力を譲渡するのは、本当にそうしなければならないときだと……そう師匠は言っていた。



「……ライース……ザイ……おまえら……」



 俺は魔力をまとい、残っている左腕に力を込めて上半身を起こす。高く広くなった視界の先に、いままた再び地面に倒れているライースとザイの姿が見えた。

 二人とも不敵に笑んでいた。ライースに至っては、親指を立てた握り拳すら見せてくる。

 グレンとの戦いにおいて、二人は己の未熟さを思い知ったんだ。そしてまた、さっきの俺の光速戦闘を見て、俺に魔力を託したほうがまだ可能性があると悟った。

 だからこそ。二人は自分の魔力を俺に譲渡してくれた。自分達が動けなくなったとしても。この魔力には二人の思いが込められている。絶対に無駄にするわけにはいかない。



「……虎、いや、ベル。俺の脚はいま動けない。だから力を貸してくれ。俺の脚になって一緒に戦ってくれ」



 グルル……ベルが低い唸り声を出し、首を少し俺のほうへと向ける。俺に魔物の言葉は分からない。しかし、ベルはうなずいた気がした。いまだけ特別だぞ……そう言ったような気さえする。

 空中で剣戟を繰り広げていたサムソンがグレンへと剣を振り下ろした。受け止めたグレンだったが、斬撃の勢いを完全に殺すことはできずに地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 いや、あえてそうしたのかもしれない。奴の目にも、俺が再起したのは見えていたはずだ。俺自身は先程よりも遥かに疲労困憊しているとはいえ、このまま空中にいるよりも地面に降りたほうが賢明だと判断したのだろう。

 空中にて体勢を整えたグレンが、地面へと着地する。と同時に、俺達のほうへと高速で向かってきた。



「ベル」



 低い応答の鳴き声を発して、ベルもまたグレンへと猛スピードで駆けていく。

 グレンはさっきの俺の光速化を警戒している。奴が唯一対処できずにやられるがままにされ、あと少しで倒されかねなかった魔法だからだ。

 そのせいだろう、グレンは俺達とのあいている距離を瞬身斬を使って埋めようとはしていない。それに使う力を自身の身体強化に回して、俺が光速化したときに少しでも長く耐えられるように備えているんだ。

 俺の光速のミストルテインには明確な弱点がある。非常に短い時間制限と多大な身体負荷だ。ライースとザイから譲渡された魔力は多くないため、仮にさっきのように光速化したとしてももって数秒、下手をすればそれこそ一秒も使えないかもしれない。

 そのことはグレンも察しているはずだ。あれだけの力の代償として膨大な魔力を消費したのだから。つまりグレンが待っているのは、俺が魔力を使い果たして再び、今度こそ完全に再起不能になることだ。



「レーヴァテイン」



 奴が剣を振り、横薙ぎの黒炎の斬撃が飛んでくる。魔力による強化を施していない、素の状態での黒炎斬。俺の強化した光魔法なら相殺できるかもしれないが、いま下手にこの魔力を浪費するわけにはいかない。



「避けろ、ベル」



 ベルが唸り声を発する。

 ……命令するんじゃない、言われなくても分かっている……。

 まるでそう言うような唸り声であり、そういうところはフリートに似ているなとも思う。

 ベルが迫ってきた黒炎斬を跳び越えるようにして回避し、着地するとともに再びグレンへと迫る。あいていた距離は縮まっていくが、奴は再び剣を振って黒炎斬を放ってきた。

 今度のは数本の黒炎斬。縦、横、斜め、それぞれの向きで放たれており、いずれもが猛スピードで向かってくる。



「くっ……これは……っ」



 さすがに避けきれないか? 仕方ない。俺が左手をかざして黒炎斬の群れを吹き飛ばすための光魔法を放とうとしたとき、またベルが唸り声を出した。

 ……この程度で魔力を消費するな。私をみくびるなよ人間……。そんな意味を込めたのだろう、ベルは大きく横に跳んで、まず縦の黒炎斬を避ける。

 そしてその直後に上に跳び横のを避けると、最後に少しだけ横にずれながら姿勢を低くして、斜めの間隙を掻い潜るようにしてまたグレンへと駆けていく。



「……っ」



 ベルの背に乗る俺も姿勢を低くしていたわけだが、正直内心で感嘆していた。凄えな。魔物の身体能力は人間のそれより遥かに高いが、魔力を使っていない素の状態でこれだけ動けるとは。

 虎の姿をした魔物が元々これだけ動けるのか……あるいはフリートの部下のベルだからこその芸当なのか。おそらく後者だろう。でなければ、あのフリートがわざわざ部下にしたりはしない……と思う。



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